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エピローグ


 あの『歩柱』という名の、軌道エレベーターの形をした敵の兵器を撃破し『へび卵砦』の命運を救った私たちを待っていたのは……

 ……減給という名の、容赦ない現実だった。


 待機命令違反。

 修理物資の勝手な使用。

 兵器の無断保有。

 ライト条約違反ギリギリの兵器所有。

 大気圏内における核融合爆弾の使用。


 挙げればキリがないほどのルール違反を犯した私たちが、銃殺刑にもならず懲役刑も課されず、ただの減給程度の罰則で済んだのは……結果的に私たちの特攻が『へび卵砦』の命運を救ったからに他ならない。

 加えて『AHO‐01』が私たちの「独断」だった所為で、『へび卵砦』は大したペナルティも喰らわなかったことも、私たちの処分が軽かった理由の一つだろう。

 ……勿論、惑星連合が「一兵士の独断」という言い訳を本当に信じたのかどうかは別問題ではあるものの。

 ……ひょっとしたら色々と企業側の思惑もあったのかもしれない。

 そんな背景もあり、一兵士の暴走とは性質の異なる『歩柱』側の処分は酷いモノだった。

 条約違反である『卵』への無差別攻撃の件もあって、『歩柱』を所有していた『工場』には天井知らずとも言えるほどの罰金が科され……しばらくは軍事行動も儘ならないだろう。




 ──尤も、同情する気にはならないんだけど。


 4・8・7へ駆逐艦を動かしつつ、私は内心でそう呟く。

 そんなことを考えながら、ろくに考えもせずその手を打った所為だろうか?


「5・2・9に空母。

 ……あ、これで戦艦と空母にチェックです」


 ヤマトさんの次の一手で、私は自分の盤上にある最強の駒、戦艦と空母のどちらかを捨てる必要に迫られてしまう。

 ……そう。

 時間を持て余した私は格納庫の隅っこで、この三次元的に艦隊戦を行う『艦棋』というゲームの対戦を、ヤマトさんとしている最中だったのだ。

 とは言え、技術・頭脳派であるヤマトさんに、反射・直感型である私が頭脳を使う遊戯に勝てる筈もなく、現在のところ十七戦十七敗を記録中なのだけど。


「けど、こんなに暇で良いのかなぁ?」


 私は盤上から視線を外してそう呟く。

 正直な話、もう負けが確定したみたいだから、ゲームを切り上げる意図もあったりする。


「……良いんじゃないですか?

 あの一戦で、私たちは『農場』との同盟関係が出来てしまいましたから」


 【眼鏡】ことヤマトさんはそんな私の内心を知ってか知らずか……盤上から目を離そうともせずそう呟いた。

 と言っても、別に彼が意地悪をしている訳じゃない。

 こうして『艦棋』でもやらないと、暇で暇でしょうがないのが現実だったりするのだ。


 ──最大の敵がいなくなったからなぁ。


 この【トレジャースター】はレーダーや航空機が使えない所為か、ものすごく広く……敵勢力とぶつかることなんて、滅多にあり得ない。

 そもそも、砂塵そのものが希少金属であるため、そう遠くまで遠征する必要もなく。

 更に【卵】が頑丈過ぎてお互いに決定打を欠くことと、物資の大量輸送も儘ならない事情もあり……それぞれの【卵】が近くの商売敵と小規模ないがみ合いを続けているのがこの星の現状だった。

 そんな事情の所為で私たちは今、「暇を持て余す」という贅沢極まりない時間を過ごしていたのだった。

 とは言え、数日前まで戦い続けていた『農場』との休戦が、私たちにもたらしたモノは退屈だけではなく……


「そう言えば、ヤマトさんは、良いの?

 その……奥さん」


「ボクは独身ですっ!

 そして、ボクはホモ=セクシャルなんですっ!」


 ふと呟いた私の声に、ヤマトさんは泣きの入った叫びを上げる。

 ……そう。

 最寄りの『卵』だった『農場』との休戦によって、お互いの交流が可能になったため、来てしまったのだ。

 【眼鏡】ことヤマトさんが『農場』を逃げ出す原因となった……向こうで無理やり結婚させられたという、「奥さん」とやらが。

 一見しただけでは普通のお嬢様っぽい女性だったんだけど……やっぱり彼女も『プリムラ卵』出身者。

 ……夜は猛獣と化す、らしい。

 他にも『金髪』さんが隊長と酒盛りをしたりと、ゆっくりではあるものの相互交流は進んでいるようだった。


「そういう貴女の方はどうなんです?

 【鬼火ウィル・オー・ウィスプ】さん?」

 

 意趣返しのつもり、なのだろう。

 ヤマトさんが意地悪そうにそう呟く。

 その言葉を聞いた私は……頬の紅潮を自覚しつつも止められない。


 ──そりゃ、ちょっとは進展した、と、思う、けど、さ。


 幸いにしてあのアッパーカットは、ボロボロだった彼の記憶から忘却されてくれたらしく、それについての彼の言及は一切なかった。

 だけど、あれから数日間、一緒の部屋で暮らしていても何一つ進展はなく……


 ──いや、違う。


 進展以前に、私はこうして……彼から逃げている。

 と言うか、何か進展をしようにも……あの日以降、私は彼の顔を見るだけで、あの時に抱かれた胸板の感触とか腕のたくましさとか、汗の匂いとか肌の暖かさとかを思い出してしまい、情緒不安定になってしまうのである。

 ……そんな私が彼と一緒の部屋でまともに暮らせる筈もなく。

 朝は早くからこうして格納庫に入り浸り、夜は彼が酒に溺れて潰れたのを見計らって部屋に戻るという始末だった。

 そろそろ訓練時間が迫っていると言うのに、それを無理やり記憶から追い出したりと……


 ──こんなの、私らしくない、んだけどなぁ。


 その儘ならない現実に、私は思わずため息を吐いていた。

 ホモセクシャルというヤマトさんには異性を感じることもなく、こうして一緒に盤に向かい合える訳だけど……

 相変わらず部屋で酒浸りになっているだろう同居人に思いを馳せた私が、今日二十八度目のため息を吐いた、その時だった。


「見つけたわよ、あなたっ!」


 突如、格納庫の扉が開いたかと思うと、ドレス姿をしたブラウンの髪のお嬢様っぽい女性が走り込んできたのだ。


「げぇっ! イオニアっ?」


 ヤマトさんは家の中で虎に遭遇したかのような悲鳴を上げると……


「ちぃぃぃっ!

 捕まって、たまるかぁあああああああああっ!」


 腰に装着してあった整備用有機ワイヤーを巧みに操って窓から逃げ去って行った。

 そのヴォルフラム隊長に負けるとも劣らない体裁きに、私は思わず口を開いて呆然と立ち尽くしてしまう。

 ……どうやら彼は、伊達に【死神】の友人をしている訳じゃないらしい。

 と、彼を見送って呆然と座っていた私をどう思ったのだろう?

 イオニアとかいう同郷のお嬢様は、私をキッと睨み付けると……


「負けませんわよっ!

 この、泥棒猫っ!」


 忌々しげにそう吐き捨て、格納庫を走り去って行った。


 ──泥棒猫て……


 全く心当たりのない、的外れなその罵声に私は呆れて反論する気すら起こらなかった。

 ただ、その周囲に迷惑をまき散らしてでも自分の感情に素直に生きる姿に、私は思わず口を開き……


「……迷惑なお嬢様ねぇ」

「……迷惑なお嬢様だなぁ?」


 何故か、私の呟きがステレオになって聞こえて来た。

 その声に慌てて振り向くと……そこには相変わらず酒瓶を手にしたヴォルフラム隊長の姿があった。

 今日も昼間っぱらから随分と呑んだのか、軍服を着崩している。

 ……いや、今現在もリアルタイムで呑んでいる、らしい。

 彼は右手に持っていた酒瓶を口元へと傾け……少しだけ口を潤すと、私の方へとその鋭い両の目を向け……


「ったく、こんな場所にいたのか。

 探したぞ、くそったれ」


 そう、毒づく。

 私はその彼の、五体満足の姿に未だに慣れず、安堵のため息を吐いていた。

 ……そう。

 あの戦闘で失われた筈の、彼の右腕も右目も既に回復している。


 ──再生治療。

 

 それは多能性幹細胞を使用した、人体の失われた器官を再生する治療法で……そう高い費用を払う必要もない、四肢欠損の際に行われる比較的安易な手術である。

 再生後は数ヶ月のリハビリを必要とするのが通常と聞いたことがあるが……彼はいつも通りに日々を過ごしている。

 ……もしかすると、酒瓶を右手でラッパ飲みしているアレが、彼にとってのリハビリなのかもしれなかったが。

 事実、手元がまだ思うように動かないのか、口元から零れた酒が彼の襟元を汚していた。


 ──単に呑み過ぎている、だけかもしれないけれど。


 今はそんな理由を追及するよりも……

 この凄まじい勢いで鼓動を続ける心臓と、熱いくらいに火照っている頬と、さっきから落ち着かないこの手のひらを誤魔化す方が先決だった。


「何か、御用、ですか?」


 冷静に言葉を出すことを心がけた所為だろう。

 妙に冷たい声になってしまう。

 だけど、アルコールの入った【死神】には、そんな私の虚勢など全く意味をなさないらしい。


「探していたと、言っただろう?

 ったく。

 訓練、サボりやがって」


 不機嫌極まりない声で、隊長はそう告げるが……私は彼の言葉に素直に頷けない。

 彼と顔を合わせ辛いというのも、勿論その理由の一つだけど。

 それよりも……


 ──敵もいなくなったのに、訓練なんてしてどうなるんだろう?


 そういう疑問が頭の片隅にあったからだ。

 そして当面の敵がいなくなった所為もあり、私は訓練の存在を頭の片隅に仕舞い込み……ちょっと思い出せない領域まで収納してしまった、という次第である。

 情けないこと、この上ない。


「ったく。

 敵がいなくなったから、訓練なんて不要です、って面してるな、畜生」


 私の不満は顔に出やすいのだろうか?

 それともヴォルフラム隊長は顔を見ただけで不満を言い当てるほど、私の表情をつぶさに観察してくれているのだろうか?

 ……どちらかと言うと、後者だと思いたいけれど。

 その理由は兎も角……彼は私の瞳をまっすぐに、真剣に見つめながら口を開く。


「確かに『工場』は動けず、『農場』とも同盟関係が生まれた。

 だけど……この星にある企業は三つだけじゃない。

 まだ他にも多数の企業が発掘に携わっている」


「ですが、それも遠くて、ここまで攻め込んでくることはない、のでは?」


 ヴォルフラム隊長が説明を始めた内容は私も【眼鏡】さんから聞かされて良く知っていた。

 ……だからだろう。

 気付けば私は【死神】隊長の言葉に異論を唱えていた。

 

「……んな訳、ないだろう?

 この辺りだけで『歩砲』が走れる一日圏内に六つの『卵』があるんだからな。

 勿論、連中は連中で最寄りの卵を相手するので背一杯らしいが……」


 隊長の声を聞いて、私は少しだけ胸を張る。

 近くの『卵』からこちらが攻められる心配はない……ヤマトさんから聞かされた通りで、私が訓練に勤しむ必要なんてない理由でもあるのだから。


「だが、最近、『卵』同士の同盟交渉が進んでいるらしい。

 理由はまだ不明だが……『工場』の新兵器の所為か、うちと『農場』との同盟を聞きつけた所為か……」


 何処となく楽しそうな隊長のその声を聞き進めるに連れて、私の顔からは血の気がドンドンと引いて行く。

 ……当たり前だ。

 それは即ち、ますます戦闘が大規模になり……戦死する確率が急上昇、あの『歩柱』と戦ったような、紙一重の戦場に何度も足を踏み入れるかもしれない、ということなのだから。

 だと言うのに……


「今までの倍、いや、三倍以上の戦闘が始まるんだよ。

 楽しみだろう?

 またあの紙一重の戦いが出来るんだぞ?

 最高の戦場で思いっきり暴れられるんだぞ?」


 【死神】という二つ名を持つヴォルフラム隊長は心底楽しそうにそう笑うのだ。


 ──と言うか、私には無理っ!


 その声に……私と楽しみを共有しようと言わんばかりの、同意を求めるような声に私はドン引きしていた。

 あの『歩柱』の時だって、何度死を覚悟したか数え切れないし、実際に何度も死にかけた。

 ……楽しそうに笑う隊長だって、もうちょっと『卵』への帰還が遅かったら手遅れになっていたかもしれない……そういう重傷だったのに。

 そんな地獄へと、彼は好き好んで向かおうと言うのだ。

 ……この私を連れて。


「さぁ、そう決まったらさっさと訓練だ。

 お前もまだまだ射撃精度が甘いからな。

 単発なら問題ないが……多数を狙う場合や牽制弾の使い方がまだまだ甘い」


 そう言いながら訓練場へと向かう彼の背中に、私は自然と付いて行きそうになり……


 ──もう、無理っ!


 慌てて首を左右に振ってその誘惑を断ち切る。

 だって、このままじゃ絶対に殺される。

 こんな彼に付き合っていたら、確実に戦場から戦場へと……それも一歩間違えればあの世へと転がり落ちてしまうような、そんな戦場に連れ回されるに決まっているのだ。


 ──だから、帰ろう。

 

 彼に付き合えない以上、私がその結論を出したのは当然と言えるだろう。

 私を地獄へと引きずり込もうとする【死神】の背中から視線を外すと、そのまま私は格納庫の隅……砂上バイクが置いてある方へと足を向ける。

 脱走と言われようと、未払いの給料を貰えなくても……死ぬよりはマシ、だと思うから。

 そうして、私が新たな人生へと一歩を踏み出した。

 ……その瞬間、だった。


「ああ、そうそう。

 これ、渡しておくからな」


 ヴォルフラム隊長は私の方を振り向くこともなく、ポケットから何かを取り出すと私の方へと放り投げてきた。

 彼と決別しようとしていた筈の私は、その唐突な行動に首を傾げながらも、その放り投げられたモノを、反射的に手に取ってしまう。


 ──手のひらサイズの試験官?


 私の手の中に転がり込んできた「ソレ」は……中身が見えないように周囲を黒いテープで覆われ、保温のためか外から触っても非常に冷たくなっていて。

 まるで、内部を冷凍しているかのような……

 

「これで心置きなく戦場に行けるだろう?

 ……ったく、世話の焼ける」


「ぁああああぁっ?」


 ため息交じりのヴォルフラム隊長の声に、「ソレ」が何かを思い出した私は、嫌悪と歓喜と驚愕が入り混じった訳の分からない悲鳴を上げていた。


 ──DNAバンク用試験官っ!


 ……そう。

 彼は覚えていてくれたのだ。


 ──私が、子供を欲しいと言っていたことをっ!


 ……そして、卵子バンクに登録しておくべきだったとか口走っていたことを。

 それに対しての彼の答えが、この精子の入った試験官、なのだ。

 つまり。


 ──つまり彼は、私と子供を作っても構わないと、思っている。


 その事実に、私の手が震えてくる。

 このでの日々は、あの戦いは……確実に報われていた、のだ。

 このちょっとばかり愛情表現が不器用な彼にも、しっかりと私の気持ちは届いていて……こうして彼は私を受け入れてくれたのだ。

 今はまだ、こうして遺伝子上の子作りを認めてくれただけかもしれないけれど……

 この調子なら、もうちょっと時間をおけば、すぐに……


「うひひ」


 つい変な声が口から零れ出る。

 だけど彼の足取りは全く淀みなく……多分、彼の耳には入らなかったんだろう。


「ま、死んだ後のことなんざ、どうでも構わないしな。

 こんなんで優秀な砲手が手に入るんなら安いもんだ」


 何やら彼が呟いていたけれど、完璧に舞い上がっていた私の耳には入らない。

 いや、そんな呟きを耳に入れようとは思わなかった。

 ただ今は……彼の隣に付き従って戦場で生きる。

 そんな未来を頭に浮かべるので精いっぱいで……


「ぐずぐずするなっ!

 時間は待ってはくれないんだからなっ!」


「は、はいっ!

 何処までもお供しますっ!」


 そうして呆けていた所為か、隊長の声が響いてくる。

 私はその声に慌てて叫びを返しながらも、彼の背中へと向けて必死に走り出す。



 その背後の格納庫には……まだ修理も半ばの、関節や導線が剥き出しのこの『へび卵砦』を救った最終機動兵器『AHO‐01』が静かに座していたのだった。

 まるで、【死神】と【鬼火】の二人に駆られて次の戦場へ向かうのを待ちわびるかのように……


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