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第六章 第六話


「───っ!」


 私の意識を暗闇から引き戻したのは、凄まじい衝撃と轟音だった。

 突然現実世界へと叩き戻された私は、現状把握のために周囲を見渡し……絶句する。

 眼前には、二十余りの『歩砲』。

 そして、右手には五十近くの砂上バイクとホバー。

 それらの敵機が編隊を組んで、こちらへ走り込んできているのだ。


「何よ、これっ!」


 その現状に驚いた私が叫び声を漏らすのと……私たちの乗る機体装甲が砂上バイクの機銃を弾き返したのはほぼ同時だった。

 甲高い金属音と共に銃弾による衝撃がコクピットを軽く揺らしていて……これが夢でないことを私に教えてくれていた。

 ……迷惑極まりないことに。

 悪夢であった方がまだマシな現実に、私は慌てて唯一の縋る相手を……隣の操縦席へと視線を移す。

 そこには……未だに身体を結晶が覆ったままの、ヴォルフラム隊長が座っていて……


「目覚めた、かっ!

 寝ていれば、良いものを……お前も、運がない、なっ!」


 【死神】という二つ名を持つ彼はそう笑うものの、その顔色は流石に憔悴していて……彼であってもこの状況は如何ともし難いのだろう。


 ──無理もない、か。


 慌てて眼前のモニターで私の乗っている『AHO‐01』の機体状況を確認し、内心でそう呟いていた。

 何しろ、左腕がない。

 右肩から先がない。

 頭のメインカメラは吹っ飛んでいる。

 右足は膝から先が存在していない。

 左足はスラスターごと吹っ飛び、外部装甲が辛うじて繋がっているだけ、という有様である。

 そして、当然のように武器がない。

 左手のロングバレル・レールガンは誘爆し、右手のレールガンも右肩に直撃した時に何もかも吹っ飛んでしまった。

 肩のミサイルも膝のミサイルも全てを撃ち尽くした。

 背中に搭載していたパンツァーファウストも全て使い切っている。

 両肩のレーザーキャノンも被弾した際にそれぞれ吹っ飛び、腰のキャノン砲も右側は吹っ飛んでしまい、もはや欠片も残っていない。

 唯一残っていた左腰部キャノン砲も、脚に向けて超接近弾を放った所為か……既に存在していない。

 ……挙句、ダミーバルーンは使い果たしていて。


 ──つまり、この『AHO‐01』は大破寸前のズタズタで、もう武器すらもない。


 その状況で、これから二十機以上の『歩砲』を相手しなければならないのだ。

 その挙句、ホバーやら砂上バイクやらの機銃もさっきからこちらを狙い続けている有様である。

 片腕を失い、片足をも失い、目を片方失いつつも……ヴォルフラム隊長はそれでも諦めていないらしい。

 このボロボロの機体を片腕片足で器用に操り……腰と背中のスラスターを上手く使い、跳躍と旋回を繰り返しながら、何とか逃げ続けている。

 ……だけど。


 ──勝ち目が、ない。


 ……ある筈がない。

 唯一の救いは、全ての脚を奪われた『歩柱』……いや、接地ポイントを失ったただの軌道エレベーターは、自らを航空機の仲間と見做しているらしく、上空から狙撃はして来ないことだろう。

 加えて、上空からの降下兵の後続も降りて来ていない。

 ……「一切の航空機による戦闘関与を禁じる」というライト条約では、兵士・武器等の運搬すらも禁じられているから、当然なのだろうけれど。

 とは言え……『歩柱』に脚が残っていた頃に降下したそれらの兵器群は、航空機による軍事物資運搬が禁じられているライト条約に抵触しないと解釈しているらしく、次から次へと容赦なくこの破壊の機体へと攻撃を仕掛けて来ている。

 ……こっちにはもう攻撃する武器すらないと言うのに。


 ──っ!


 コクピットへの至近弾が装甲によって弾き返される音に、私は思わず首を竦めていた。

 正直な話……未だに『歩砲』の主砲を喰らってないのが不思議なくらいである。

 幸い、着地の際に左脚が千切れておらず……だからこそこの機体はまだ人型で、「跳んでいる」という言い訳の範疇に存在している。

 そうして逃げ回っているとは言え……五十近い砲門から放たれる機銃の乱射をいつまでも避け続けられる訳もない。


「くそっ!

 パラパラとっ!」


 狙われ続けることにいい加減、腹が立ったのだろう。

 ヴォルフラム隊長は強引に機体を操り……砂上バイクの群れへと機体を突っ込ませる。


「無茶なっ!」


 業を煮やしたとしか思えない、一矢を報いる以外に何の意味もない特攻に、私は思わず悲鳴を上げていた。

 とは言え、流石の【死神】ヴォルフラムも敵へと体当たりを敢行するほど無茶苦茶な人間ではないらしい。

 敵部隊へと機体を突っ込ませつつ、地面ギリギリの場所に左足を「置いた」だけである。

 トップスピードとはいかないものの、『AHO‐01』左足の速度と質量はただそれだけで五台ほどの砂上バイクを吹っ飛ばし、戦闘不能へと陥らせていた。

 勿論、こちらも数十近い機銃を浴びることになった訳だが、幸いにして敵の機銃はこちらの正面装甲を食い破れるほどの威力はない。


「今っ!」


 そうして敵機動師団の合間を強引に抜けることで、突破口を開いたヴォルフラム隊長が、渾身の加速を始めた。

 敵バイク部隊が反転して狙いをつける暇はなく、追撃を仕掛けてくる『歩砲』の群れもホバー部隊も、混乱して散り散りになったバイク部隊との衝突を避けるため、一瞬の足止めを余儀なくされるだろう。


 ──流石は、隊長。


 まさに乾坤一擲の逃亡術。

 ただ逃げ回ることしか、勝ち目のない絶望しか頭に浮かばなかった私とは、操縦技術以前の胆力という部分が明らかに違う。


 ──これは戦闘経験の差?

 ──それとももっと根本的な、人間性そのものの、差?。


 私はその疑問に首を傾げる。

 いや、殺人的な加速にもいい加減に慣れて来て……そんな下らないことを考える余裕が生まれ始めていた。

 ……その瞬間、だった。


「がぁっ?」


「んぎゃっ?」


 突如、私たちの乗る『AHO‐01』に凄まじい衝撃が走ったかと思うと……そのまま推進力を失ったかのように、ゆっくりと高度を下げ始め……

 ついには、砂漠へと左肩と脚による軟着陸を敢行してしまう。

 しかも……その所為で千切れかけていた脚は弾け飛び、もう空を「跳ぶ」ことも叶わない。


「どうしてっ!」


「……流れ弾が、背後のスラスターに、直撃した、らしい、な。

 ここが、限界、か」


 隊長の口からついに放たれた、その諦めの台詞に私は思わず隣を見つめ……


「~~~~っ?」


 驚きの連続だった今日一日で最大の驚愕に遭遇してしまう。

 何しろ彼は……その手に拳銃を持っていたのだ。

 ……アレで、まだ戦う、つもり、らしい。

 片目と片腕をなくし、右足を怪我している所為で真っ当に立ち上がれないだろうに……あの大軍相手に、あんな拳銃一つで。


 ──呆れた。


 勝ち目なんて、ある訳がないのに。

 それでも、戦いを捨てることなんて……彼には出来ないのだろう。

 敵を前に諦めて何もかもを放棄するなんて……彼には出来ないのだろう。

 ……彼が負っている精神的外傷(トラウマ)故に。


 ──仕方ない、か。


 私は、そんな彼を好きになったのだ。

 もう……止める言葉も、諭す言葉も、愚行を責める言葉も出て来やしない。

 ただ、そんな彼の姿を見て……それが本当に自然であるかのように、私の手は自然と操縦席の下に備え付けられていた拳銃へと延びていたのだった。


「……お供、します」


 正面からはバイク部隊。

 左からはホバー部隊。

 そして右からは生身では絶対に勝てそうにない圧倒的な存在感を放つ『歩砲』が砂煙を上げて迫ってきている。

 勝ち目なんてある訳もなく、確実に私は蜂の巣にされてこの世を去ることになるだろう。

 ……だと言うのに。

 死が確実に迫ってきているというのに。


「ははっ!

 最後の一華、咲かせてやるかっ!」


「はい、隊長っ!」


 隣で笑うその人の病気が感染してしまったのか……私の貌は自ずと彼と同じように微笑みを浮かべていた。

 そうして、ヴォルフラム隊長とタイミングを同じくしてコクピットのハッチを開き……『AHO‐01』から外へ出る。

 周囲は地獄のように熱いものの……幸いにして上空には砂塵がかかっている。

 汗は噴き出た側から蒸発するし、高温の所為か乾燥の所為か、咽喉も鼻の奥も灼熱の地獄だし、周囲を舞う砂塵の所為か眼球が刺されたように痛む。

 だけど……直射日光に焼かれて命を落とすような心配はしなくても良いらしい。

 つまり……十発ほどの銃弾を敵に叩き込むくらいの悪足掻きは出来るということだ。


「さぁ、かかってきやがれぇええええええええっ!」


 ゆっくりと迫り来るその絶望的な軍団を前に、知らず知らずの内に私は、まるで【死神】に乗り移られたような叫びを上げていた。

 銃口を敵の『歩砲』へと向け、最後の一発までも敵へとぶち込もうと引き金にかかった指に力を込める。


 ──その瞬間、だった。


 突如周囲に轟音が響いたかと思うと、私たちに向けて迫っていた敵『歩砲』が真横へと吹っ飛んで砂塵を巻き上げる。


「……へ?」


 私は思わず拳銃をマジマジと見つめるものの……銃弾は発射されていない。

 と言うか、拳銃で『歩砲』を横に吹っ飛ばすような真似など出来やしない。

 そうして私が現状を把握できないまま呆然と立ち尽くしている間にも、敵機は次から次へと横合いに吹っ飛ばされていく。

 バイクは弾け飛び、ホバーは砕け、『歩砲』も大破を続け始める。


「……一体、何が」


「……援軍かっ!

 【眼鏡】のヤツ、俺たちの独断専行を周囲に漏らしやがったなっ!

 相変わらず良い仕事しやがる、あの野郎っ!」


 そう毒づく隊長の声は、喜びに満ちていた。

 それが助かった喜びなのか、この戦いに勝てる悦びなのかは分からないものの……


「この戦い、貰ったっ!」


 そう彼の口が紡いだ通り、敵の部隊は横合いから喰らった想定外の奇襲によって混乱を来たしていた。

 とは言え、こちらの援軍は『歩砲』が十機程度しかいない。

 しかもよくよく見てみると、私たちの『へび卵砦』のと『農場』の生き残りで構成された混成部隊だった。

 あの無茶苦茶な旋回を繰り返しているのは【ハゲ】さんと【タンポポ】さんの乗っているらしき『歩砲』で。

 どっかで見たことある特徴的な『農場』産の隊長機は……恐らくジュジュの操っている機体だろう。

 そんな無茶苦茶な編成の部隊がまともな連携を出来る訳もなく……外野から冷静に見てみると、勢いに乗ってはいるものの、単調な攻撃を繰り返しているだけで、幾らでも付け入る隙は見つけられた。


「……何、あれ。

 脆っ!」


 だと言うのに……それでも慌てふためいた敵は何も出来ず、たった半数のこちらの援軍に一方的に狩られ続けている。

 彼らがそこまで脆いのは……恐らく『歩柱』に頼り続けていた所為、だろう。

 上空からの援護射撃と上空からの索敵、ほぼ無尽蔵の援軍を可能にしていた『歩柱』が「一切の戦闘に参加できなくなった」からこそ、索敵情報も入らずに奇襲を許してしまい。

 上からの援護を当てにしていたからこそ、彼らは……自分たちだけで踏みとどまって戦うことが出来なくなっているのだ。

 あの有様は……もう総崩れと表現しても問題ないだろう。

 ……そして。


 ──助かった、の?


 敵部隊が半ば掃討されたというのに……私は未だにこの現実を飲み込めずにいた。

 それも仕方ない、だろう。

 さっきまで最後の一矢を報い、ヴォルフラム隊長と死地を共にすることしか考えていなかったのに。

 その絶望的な状況だったと言うのに。

 僅か瞬き一つの間に戦況は完全に覆ってしまったのだ。


 ……そんなの、理解出来る筈もない。


 今、こうして生きている事実すら、信じられない有様なのだから。

 ただ一つだけ……もう拳銃を力いっぱい握り絞めなくても良いことは確からしい。

 私は大きなため息を吐くと、手に張り付いているかのような拳銃を必死に引き剥がし、砂に落とす。

 そこでようやく実感が湧いてきた。


 ──私たちは、勝ったのだ。


 そう考えた途端……私の胸の奥から、勝利の喜び、汗と血が実った充実感、恐怖からの解放、未来を望める充実感。

 そういう様々な感情が湧き上がってきて、落ち着かない。

 そしてそれは……隣に立ったままのヴォルフラム隊長も同じだったのだろう。

 私の肩に突然、彼の力強い左手が回されたかと思うと……


「勝ったぞ、俺たちっ!」


 ヴォルフラム隊長はいつもの静かな雰囲気ではなく……二十歳前後の若者らしい、歳相応の感情を表に出したかと思うと、私を思いっ切り抱き寄せてそう叫んでいた。

 それは……彼にとってはチームメイトと勝利を喜ぶだけの仕草だったのだろう。

 スポーツの大会なんかで、優勝したチームの選手たちが、喜びにチームメイトを抱き寄せるような……

 別に特別な感情なんて籠っていない、あまりの歓喜ゆえの衝動的な抱擁の筈だった。

 ……だけど。


 ──う、あぁ?


 私にとっては、その抱擁は全く意味が違っていた。

 血の匂い。

 汗の匂い。

 体温。

 肌と肌が触れ合う感触。

 彼の汗で私の身体が濡れる感覚。

 耳元で感じられる彼の吐息。

 そして……その力強い腕と、外見より遥かにたくましい胸板の弾力。


 ──これ、が、男性っ?


 そこまでされて初めて……今さらながらに私は、異性という存在をはっきりと自覚していた。

 そして、その異性と触れ合うということが、どういうことなのかを実感してしまう。


 ──こんな、こんなのっ!


 頬どころか、耳までが熱い。

 心臓が、洒落にならない。

 肩に力が全く入らない。

 腕も足も、どうしようもなく力が抜けて……

 そのあり得ない心臓の鼓動と頬から耳にかけての熱を感じながら、私はすぐに一つの決断を下していた。


 ──無理っ!

 ──こんなの、無理っ!


 ……そう。

 私ももう、それなりの歳の……適齢期を迎えた一人前の女性である。

 試験官内で男女双方の遺伝子を結合させる以外の……要は天然生殖というものが一体どういう手順で行われるかくらいは理解している。

 そして、さっきまでの私は、確かにそれを望んでいた。

 ……だけど。


 ──こんなの、絶対に無理っ!

 ──間違いなく、心臓が、破裂しちゃうって!


 こうして隊長の腕に抱かれて。

 隊長の温もりと汗と、その腕の力強さを感じてしまって。

 その上で、子供を作る行為のあれこれを連想しよぅとすると……

 脳みそのブレーカーが吹っ飛んでしまったかのように、思考が停止してしまうのだ。


 ──だって、裸になるのよっ?


 服を脱いで、下着も脱いで、身体中を見られて、触れられて、舐められたりして……裸で抱き合って、あとはまぁ、手順通りにされちゃって。

 そんなの……無理に決まっている。

 こうしてただ軍服の上から抱きしめられただけで、鼓動はもうあり得ない速度で脈打ち続けているのだ。


 ──それ以上なんて、耐えられる筈がない。


 ……そんなことを考えていた所為だろう。


「そう言えば、アドリア。

 お前、確か、敵に突っ込む時に……」


 隊長が不意にその話題を……あの時の激情に任せてつい口走ってしまったその話題を思い出してしまったその瞬間。


「わ、わ、忘れて、下さいっ!」


 私の右拳は、つい、彼の顎を渾身の力で貫いてしまっていたのだった。

 最悪なことに、彼は私に攻撃されるなんて事態を、欠片も想像していなかったらしい。

 ……いや、右目と右腕と右太股を怪我していた所為かもしれないけれど。

 兎に角、私の右拳は彼の顎を見事に捉え……


「うわぁああああああっ!

 隊長、済みませ~~~~んっ?」


 ……一撃で彼を昏倒させてしまったのである。



 ……こうして。

 『工場』が総力を結集した送り出した『歩柱』の侵略は食い止められ……

 数日後、この【トレジャースター】における交戦規定であるライト条約に新たな章が加えられることとなった。

 例え足が生えていたとしても軌道エレベーターの使用を禁止するという項目と。

 大気圏内における核融合爆弾の全面禁止項目。

 そして。


 人型跳躍兵器の保有数限定を謳う項目が新たに追加されることとなったのだった。


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