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第四章 第六話


 共食い整備は思ったよりも簡単に終わっていた。

 事実、傷の入った部位を切り離し(パージ)させ、故障機の部品を外部から隊長権限を使って遠隔操作で切り離し、後は接ぎ変えるだけである。

 隊長の手慣れた操作のお蔭か、切り離し(パージ)は三十を数える間に終わっていたし、脚一本を接ぎ変える作業も三百を数える間もないほど簡単だった。


 ──手慣れてる、なぁ。


 明らかにヴォルフラム隊長はこの『共食い整備』をやり慣れているらしく、思案や躊躇いや逡巡の欠片もなく作業を進めている。

 要は、それほどまでに『へび卵砦』の物資がヤバかった時期がある、ということなのだろう。

 そういう意味では、ある程度の整備をしてくれている現状は、不利になっていると言っても「まだマシ」なのだろう。

 しかし、こう……隊長があまりにも整備慣れしているものだから……


「……えっと」


 正直に言って、彼が整備をしている間、私は何もやることがなかった。

 何しろ、今は真昼間……【トレジャースター】の気温が最も高くなる時間帯である。

 こんな時間帯に『卵』外作業服もなく『歩砲』の外なんかに出ると、十秒も経たない内に日射病か熱中症か、もしくは純粋に火傷でかは分からないけれど……間違いなくお迎えが来てしまうだろう。

 だからこそ、外へ出て作業を手伝うことすら、私には出来なくて……


「……あれ?」


 そう考えた私は……今さらながらに凄まじい『事実』に気付く。


 ──『卵』外作業服っ!


 そう言えば……私は今、軍服のままで『歩砲』に乗り込んでいる。

 と言うか、【死神】ヴォルフラムは今まで一度たりとも『卵』外作業服なんかを着る素振りを見たことがないから、思い当たらなかったけれど。

 もし一発でも喰らって外部へ放り出されてしまった時を考えると……今さらながらに身体の震えが止まらなくなってきた。


 ──どこまで無茶苦茶なのよ、この人はっ!


 戦争中毒者を通り越して、自殺志願者じゃないかと疑いたくなる始末である。

 まぁ……どうやら『歩砲』には『棺桶』なんて生命維持装置があるみたいだし、そもそも主砲を胴部に直撃された場合は、『卵』外作業服なんて関係なく命を落とすことになるんだろうけれど。


 ──それでも、一言くらい……


 せめて小言くらいは言わせて貰おうとモニターを操作してヴォルフラム隊長のウィンドウを開く。

 ……だけど。


「エネルギー供給管、接続良し。

 骨格の接合……良し。

 動作信号も、良し」


 真剣な表情をして『歩砲』の修理をしている隊長の顔を見た途端、私は何も言えなくなってしまう。

 だって彼は、私の出した通信ウィンドウに気付くこともないほどに……こうして見ている私が圧倒されてしまうほどに、この修理に没頭しているのだ。


 ──邪魔なんて、出来る筈もない。


 そう結論付けた私は、ただぼーっと隊長の真剣な顔を眺め続ける。

 淀みなくモニターと操縦桿を操る彼は、私に視線をくれることもなく、ただひたすら修理作業へと没頭していた。

 その様子を見続けた所為か、緊張によって疲れてきた身体の懲りを取ろうと、私が背伸びをしたところで……早くも整備は終わったらしい。


「取りあえず、無事だった【カエル】と【片目】に『棺桶』入りの仲間を運んで貰うことにした。

 残弾とエネルギーも貰ったから確認してみろ」


 ヴォルフラム隊長のその声に、私はモニターへと視線を移す。

 全天方位モニターは右前方の一部が相変わらず死んでいるし、あちこちにノイズが走っているものの、取りあえず機能に大きな異常はない。

 隊長に言われた通り、火器管制ウィンドウを開いてみる。

 主砲、異常なし。残弾、三十五。

 副砲、異常なし。残弾、一二〇〇。

 残弾が随分少ないのは、主砲そのものを換装した所為であり、副砲の方は余っていたマガジンをそのまま入れ替えた所為だろう。

 燃料は満タンで……機体の異常は今のところは見られない。


「ざっとした共食い整備だから、ガタが来てもおかしくないがな。

 さっさと行くぞ?」


「は、はいっ!」


 隊長の声に私は頷く。

 取りあえず偵察だけで、戦いがなければ良いと願いつつ。

 そして、同時に……あの剣山を通る時、揺れなければ良いななんて祈りつつ。

 

 ……勿論、無理な願いとは知っていたけれど。




「……酷い」


 砂塵が舞う中、戦場である『農場』が見える距離までたどり着いた私は、そんな呟きを漏らしていた。

 眼前には『農場』という名の『卵』があるが、その外壁は破れ、中からは黒煙が上がっている。

 気圧差の所為か温度差の所為か、砂塵は『卵』内部へと吹き込まれて行き……内部はもう無茶苦茶だろう。


「シェルターへの避難は……っ、畜生っ!

 この砂じゃ……ここからじゃ連絡も取れやしないっ!」


 その様子を見た隊長の口からは、悲鳴にも似た叫びが零れ出る。

 ウィンドウから聞こえる、ギリギリというくぐもった音は……彼の歯がこすりあわされる音、だろうか?


「アレは……『歩砲』が……」


 ふと砂塵の隙間に見えたモノの姿に、私は思わず息を呑んでいた。

 壊れた『卵』の外壁周辺には、『農場』の護衛をしていたと思われる『歩砲』だったらしき残骸が数十も転がっているのが見えたのだから。


「……どんな化け物が襲ってきたってのよ」


 これでも私は、『へび卵砦』第二機甲師団第三部隊のエースパイロット……の、相棒である。

 だからこそ『歩砲』の戦力がどれほど凄まじいかくらいは知っている。

 【ライト条約】によって航空機を制限され、更に大地が砂ばかりだからこそ、重戦車が「ただの的」に成り下がるこの【トレジャースター】において、圧倒的な機動力と装甲、攻撃力を兼ね備えた『歩砲』は最強の陸戦兵器と言えるだろう。

 その『歩砲』が数十機も大破させられ……しかも周囲には敵影の残骸すら見えないのだ。

 しかもそれらの残骸の周囲には、明らかに巨大な砲撃によるものと思われる蟻地獄の巣のようなクレーターが出来ていて……

 まるで絨毯爆撃でも喰らったかのようなその有様に、私はふと『農場』から視線を逸らすと天を仰ぎ見る。

 そして……


「……嘘」


 今度こそ間違いなく『ソレ』を目にしてしまった。

 空を覆う砂塵に、だけどはっきりと映った『ソレ』の影。

 ……『農場』の近くからまっすぐに天へ向かって伸びているだろう『ソレ』の姿を。


「あの、隊長……」


「くそっ、降伏の信号弾やら狼煙やらを上げている奴らをっ。

 だが、あの数の『棺桶』を助ける術なんて……っ」


 思わず私は同機体に乗る相棒へと不安げな声を上げていた。

 だけど……隊長は自分の視界に映る惨状に気を取られてばかりで、私の声に耳を傾けてはくれなかった。

 この【トレジャースター】の戦場ルールに慣れていない私には、『農場』から立ち込める煙のどれが降伏用の狼煙なんだかよく分かりはしない。

 いや、今はそれどころじゃないっ!


「あの、隊長っ!」

 

 私の声に耳を貸そうともしないヴォルフラム隊長の態度に苛立ち、私は思わず大きな声を張り上げていた。

 ……つい苛立ちに任せ、モニターを拳でぶん殴る真似までしていたのが功を奏したのだろうか?

 

「何だ、アドリア、この状況でっ!」


「上を……空を、見て下さい」


 隊長の怒声を浴びても、私は怯まなかった。

 ……いや、怯む余裕すらなかった。

 ただそれだけを、一言だけを震える声で小さく呟く。


「何だよ、この忙し……い、とき、に。

 ……何だ、アレは」


 そして、私の言葉に上を向いた隊長は……私と同じように固まっていた。

 そのお蔭で、『ソレ』が見える私の眼が正常であることが、凄まじく乱暴な操縦に酔った所為でもないことが、この惨状を目の当たりにした所為で自分の精神が病んでしまった訳じゃないことが証明出来た。

 と言うか……そんな諸々を疑わなければ正気を保てないほど、『ソレ』はあり得ない存在だったのだ。

 そうして私たちが『ソレ』を見上げている間に、運よく風が通り抜け……幸か不幸か砂塵の切れ目から『ソレ』の全貌が目に入ってきた。


「……コイツは、無茶苦茶だ」


 一言で言うならば、『ソレ』は巨大な「塔」だった。

 いや、『プリムラ卵』のある故郷の惑星からこの【トレジャースター】へと恒星間旅行をした時も、宇宙船から【トレジャースター】へと降り立った時にも『ソレ』を見た覚えはある。


 ──軌道エレベーター。


 大気圏突入と離脱を容易にするべく建造された、静止軌道のその上にまで続く巨大な構造物の総称である。

 その細長い胴体に巻き付けるかのように配置されたリングには、砲塔のようなモノが下方に向けて設置されていた。

 どうやら……冗談抜きで『アレ』が、『農場』を壊滅させたらしい。


「あんなの……【ライト条約】違反だろう」


 ようやく隊長の口から零れ出て来たのは、そんなうめき声だった。

 戦場という極限状態において、条約そのものが一体どれほどの効力を持っているのは兎も角として……


「その、『アレ』は……航空機、なんです、か?」


 私の口から零れ出たのは、そんな素朴な疑問だった。

 そもそも軌道エレベーターというのはしっかりした地盤の上に建造されているべきもので、飛んだり動いたり出来る代物ではないのだ。

 いや、それを知っているからこそ……そんな変な疑問を思わず口から出してしまうほど、私の正気は追い詰められていたのだ。


「空を飛んでいたら航空機だろうっ!

 ジャックと豆の木じゃあるまいし……あんなのが急に生えてくる筈がないっ!

 空に浮かんでいたなら、それは航空機扱いだっ!」


 ただ、自分の正気を疑うほど追いつめられているのは私だけではなく……どうやら隊長も余裕がないらしい。

 古から伝わる童話を引き合いに出しながら、戸惑いの叫びを上げていた。

 と言うか、この惑星上の戦闘規定である【ライト条約】というのは、かなり雑な航空機の設定をしているらしい。

 と、私がその軌道エレベーターを上まで見上げ、そして下へと見下ろして……

 不意に、訳の分からないモノを発見してしまった。


「……隊長、アレの根元を見て下さい」


「……あぁっ?

 根元だと……っっっ?」


 私の声に、隊長は苛立った声を隠そうともしなかった。

 だけど……その声はまたしても、すぐに止まる。

 あの軌道エレベーターの根元にある『モノ』が目に入ったのだろう。

 砂漠から百メートルほど宙に浮いている軌道エレベーターの根元から生えた十二本の曲がった杭は、まっすぐに大地へと突き刺さっている。

 その杭が一本曲がって大地から離れると……また少し『農場』の近くへと突き立てられた。

 

「……何だよ、ありゃ。

 何の意味が、あるってんだ?」


「もしかして、アレ……『脚』のつもりじゃ、ないでしょうか?」


 隊長が呟いた問いに、私はバカバカしいと思いつつもふと閃いたその答えを呟いていた。

 ……そう。

 大気圏の遥か向こう側まで突き抜けた軌道エレベーターの根元から突き出したその十二本の杭は節足動物の……子供の頃に3D図鑑で眺めた、地球にいたと言われる『タカアシガニ』の脚に見えないこともない。


「……んな、馬鹿な。

 常識的に、あの質量を、あの脚で支え切れる筈がない……だろう?」


 私の返事を聞いたヴォルフラム隊長が、信じがたいと言わんばかりに首を左右に振り、そう呟いたのも無理はないだろう。

 だって彼の言うとおり……あんな細い脚で、あの軌道エレベーターの重量を支え切れる訳がないのだ。

 いや、成層圏の向こう側、軌道エレベーターの先にあるというカウンターの遠心力を受け止めることすら不可能だろう。

 ……だから、あの脚はただの飾りなのだ。

 この惑星の重力に引っ張られる重量と、大気圏外にあるカウンター質量の遠心力とが拮抗させ、僅かに地表から浮かせてある軌道エレベーターを、『航空機と見做さない』ようにするための、誤魔化しの脚。

 恐らく、軌道エレベーターの先にあるカウンターを操作することで、大気圧や自転など様々な力を受ける軌道エレベーターのバランスを取っているに違いない。


「……【ライト条約】の隙間を狙ったつもりかよ、くそったれ。

 つーか、たとえ思いついてもこんな馬鹿な真似……実行するヤツなんざいないだろうがっっ!」


 ヴォルフラム隊長はそう吐き捨てるが……その馬鹿げた発想を実行に移したのが眼前に実在している以上、その叫びはただの捨て台詞に成り下がっている。

 そうして私たち二人がその無茶苦茶な兵器を眺めている中、砂塵を巻き上げながら破壊された『卵』へと走る機体が目に映った。

 二脚でも器用に走っているその『歩砲』……恐らくは先ほど戦ったジュジュの機体は、軌道エレベーターの隙を突いて『農場』へと飛び込んで行く。

 その次の瞬間、だった。

 一瞬軌道エレベーターが光ったかと思うと……ジュジュの乗った『歩砲』があっさりと破裂、炎上する。


 ──っ!


 知り合いが炎に呑まれるという絶望的なその光景に、私は思わず息を止め、目を見開いていた。

 幸いなことに、次の瞬間には『棺桶』が展開され、その炎は一瞬で鎮火されていた。

 考えてみれば当たり前で……戦場で人命救助するために作られたシステムが、爆発炎上への対応が出来ない筈がない。

 絶望的だった先輩が、助かっているかもしれないと分かったことに、私は思わずため息を吐いていた。

 ……だけど。

 私には、安心する暇も気を抜くことも許されないらしい。


「あの野郎っ!

 ふざけやがってぇええええええええっ!」


 【死神】ヴォルフラムがそんな咆哮を上げたかと思うと……突如『歩砲』をあの軌道エレベーターへ向けて走らせ始めたのだ。


「~~~っ?

 無茶よぉおおおおおおおおおおっ!」


 相棒の暴挙に、私は思わず悲鳴を上げていた。

 だけど、私の声であの隊長が止まってくれる筈もない。


 ──目の前で、『卵』を焼かれてるんだからっ!


 『大空襲』と呼ばれる開戦直後の攻撃で、家族を失ったヴォルフラム=ヴィルシュテッターが……あの敵を見逃せる筈がない。

 そうでなくても……彼は戦争狂で、こういう不利な戦いが大好物なのだからっ!

 私たちの乗る『歩砲』は砂煙を上げながら『農場』へと近づいていく。

 だけど……思っていたよりも近づかない。

 あの軌道エレベーターのサイズがサイズだけに、遠近感が完全に狂ってしまっているらしい。

 そうして砂を掻き分け、『歩砲』や『トリフィド』の残骸を踏み越え、『棺桶』漬けになっているパイロットたちを避けながら、私たちは軌道エレベーターへと近づき……

 ……ようやく、射程内へと到達する。


「狙う必要なんざねぇ、兎に角、ぶっぱなせっ!」


「うぁあああああああああああああっ!」


 隊長の声と、私の引き金はほぼ同時だった。

 そして……絶望が訪れるのも。

 『歩砲』の主砲である火薬式88mm弾丸では……あの軌道エレベーターの外壁に穴すら穿てなかったのだ。

 ……連結しているパネルの一つに僅かな凹みを作ったくらい、だろう。


 ──大きさが、違い過ぎるっ!


 そして当然のことながら……ほぼ勝敗が決している戦場で、巨大な敵兵器に手を出した代償は大きかった。


「~~~っ!

 砲撃っ?」


 すぐ近くの砂漠が何本もの砂柱を吹き上げ、私の身体には凄まじい衝撃が走る。

 ……どうやら上から砲撃された、らしい。

 ほんの隣がを砲弾が通り過ぎて行った……その事実に私の顔は一瞬で青褪めていた。

 しかも一発だけのまぐれ当たりではなく……十数発もの銃弾が、上から舞い降りてきたのである。

 それも……火薬の炸裂音さえ立てずに、だ。


「コイツらっ、暴発に構わずレールガンを使うかっ!

くそっ、避け辛いっ!」


 その恐怖を後押しするかのように、ヴォルフラム隊長が毒づく。

 彼が避け辛いということは……常人では避けることも叶わないということだ。

 敵の砲撃が彼の技量を上回った瞬間、私たちは『棺桶』漬けにされて捕虜になってしまうのだろう。

 ……いや、それも間に合わずに即死するかもしれない。


「このっ!

 このぉおおおおっ!」


 その絶望的な状況を打破しようと、私は主砲をぶっ放す。

 意味がないと分かっていても、15mmの副砲をも全力でぶっ放し続けていた。

 ……だけど。


「コイツ、硬過ぎっ!」


 いや、大き過ぎるというのが事実なのだろう。

 主砲を幾ら当てても軌道エレベーターには何の効果も見られないのだ。

 ……いや、そもそも、主砲が当たる根元付近は厳重な装甲が張り詰められていて、彼我のサイズ差も合わせると……幾ら撃とうがダメージを期待できそうにない。


「上の方、軟そうなのにっ!」


 空の彼方を睨み付けた私は、思わずそんな泣き言を叫んでいた。

 上の方……軌道エレベーターの上部には、レールガンを放つリングや、外装のない軌道エレベーター本体など、88mm主砲で効果が望めそうな部位がいくつか見える。

 だけど、生憎と『歩砲』は斜め45度以上の角度を向くことが出来ない。

 ……それはこの『歩砲』という兵器が、【ライト条約】がある【トレジャースター】で生まれた故だろう。

 早い話、航空機相手を想定していない『歩砲』は、そもそも「上空を狙う」という必要がないのだ。

 そうして私が必死に主砲を撃ち続けている間にも、私たちの『歩砲』周辺に砲弾は降り注ぎ続けている。


 ──この、ままじゃっ!


 隊長の腕を信頼していない訳じゃない。

 訳じゃないけれど……この無茶苦茶な砲撃の嵐を、いつまでも避けきれるものじゃないだろう。

 実際、数えきれないほどの殆ど真上からの砲撃を、これだけ躱し続けられるということ自体、あり得ないのだから。

 そうして、頭上からの砲撃を避けるために無茶苦茶な挙動を続ける『歩砲』に乗りながらも、私が88mm主砲を軌道エレベーターへとぶち込み続けていた、その時だった。


 ──っ?


 モニターの端にあった火器管制ウィンドウが赤く点滅を始める。

 隊長の回避タイミングを合わせて主砲の引き金を放ち、そのウィンドウに視線を移した瞬間、私は思わず悲鳴を上げていた。


「主砲、残り四発ですっ!」


「……くそっ!」


 幾らヴォルフラム隊長の回避能力が凄まじくても……『歩砲』に載せられる弾数にも限界がある。

 右回転、前進、急制動、左旋回と、敵の砲撃を避けるため荒々しい操縦を繰り返したヴォルフラム隊長だったが……


「……畜生っ!

 撤退するっ!」


 完全に頭に血が上り切っていた訳ではなかったらしい。

 幾ら頑張っても勝てないと判断すれば、もうその戦場に留まっている必要性もない。

 彼は一瞬だけ『農場』の残骸へと視線を向けたが……すぐに舌打ちを一つして操縦桿を押し込む。

 彼のその決断のお蔭で、私たちの乗る『歩砲』はすぐに軌道エレベーターに背を向けると、撤退を開始し始めた。

 ……その瞬間だった。


「がっ?」


「ふぎゃっ?」


 爆発音と同時に凄まじい衝撃が走る。

 シートに押し込まれた次の瞬間にモニターへとぶつけられた私は、潰された愛玩用カエルのような情けない声を上げていた。

 そして、衝撃に霞む目を凝らし……何が起こったかを理解した。


 ──脚、が。


 全天方位モニターに映っていた四本の脚の、一本が関節の先から消え失せている。

 ……どうやら、被弾したらしい。


 ──あと、一メートル近かったら……


 私は心の中でそう呟き……次の瞬間、自分の手が情けないほどに震えているのをようやく自覚していた。

 いや……手だけじゃない。

 膝は震え、歯の根は合わず、首も震えているのか視界が小刻みに震えている。

 胃が握られたかのように苦しく、咽喉から羽熱いモノがせり上がって来ているというのに、背筋には冷たい針金を差し込まれたような感覚が走る。

 ……それも、無理はない。

 だって、私は……死にかけたのだ。

 この戦場という場所は、隊長の操縦に身を任せるだけで絶対に安全だと信じられる、遊園地のアトラクションのような場所ではなく……本当に命を失ってしまうかもしれない、文字通りの戦場だと。

 さっきの一撃によって、私は今更ながらにその事実を『実感』してしまったのだ。


「あ、ぁ、あ、ぁぁ、ぁぁ」


 ……声が出ない。

 身体の震えを誤魔化すために叫ぼうにも……声が出ない。

 恐怖に任せて喚き散らしたいのに……声が出ない。

 震える自分を叱咤するための大声を出したいのに……声が出ない。

 私の身体は、完全に恐怖で固まってしまっていた。


「くそ、たかが脚の一本くらいっ!」


 そんな恐怖に震える私に気付くこともなく、ヴォルフラム隊長は『歩砲』を駆って敵軌道エレベーターからドンドンと遠ざかって行く。

 そうしている間にも、『歩砲』の近くから砂柱が立ち上り……未だに私たちは敵の砲撃の射程内に留まっていることを教えてくれていた。


 ──ひっ。


 近くに着弾したのだろう。

 ほんの数メートルのところから立ち上った砂柱に、私の身体はまたしても縮こまってしまう。


「くそ、鬱陶しいっ!

 アドリア、足元に15mmをばら撒けっ!

 砂が煙幕代わりにはなるだろうっ!」


「……っ?

 あ、ぁあっ?」


 隊長からの命令にも、私の身体は動かない。

 引き金を引こうにも指先は動かないし、狙いをつけようにも腕は動かない。

 彼の命令に言葉を返そうにも、私の咽喉は音を発してくれなかったのだ。


「~~~~っ、こんな時にっ!」


 私の声が出ない理由を悟ったのか……ヴォルフラム隊長は何かの操作を行う。

 次の瞬間……私のモニター上から火器管制ウィンドウが消え失せていた。


 ──そんな……


 隊長の操作によって私たちの『歩砲』から15mmガトリング砲が砂漠へと叩きつけられ、砂塵による煙幕が広がって行くのを、私は呆然と見つめていた。


 ──隊長の方でも火器管制、出来るんだ。


 その事実を知った衝撃の所為か……私の脳内からは、死の恐怖も、戦場の恐怖も、敵への恐怖すらも見事に吹き飛んでしまっていた。

 操縦しながら火器管制を操作しているにも関わらず、『歩砲』の動きに淀みはなく……副砲を狙った位置に着弾させながらも頭上からの砲撃を見事に躱しつつ、その上、敵から徐々に離れて行っている。

 その事実に……一つの疑問が私の薄っぺらい胸の中に生まれてしまっていた。


 ──私が戦場に出る意味、あるの?


 ……そう。

 私はこの数日間、【死神】と呼ばれる彼に必死についてきたつもりだった。

 それが自分のためだと信じて。

 それが彼の隣にいるためだと信じて。

 ……そして、彼の助けになるだろうと信じて。


 ──でも、違う。


 彼には……私なんていなくても大丈夫なのだ。

 その事実に私がショックを受けている間にも、隊長の操る『歩砲』は見事に戦場から……あの軌道エレベーターの砲撃の範囲内からの離脱に成功し。


「畜生。

 あの化け物、どうやって潰すっ?」


 まだ戦場に未練があるのか、そう独り言を呟いていた。

 

 コクピットで不要の置物と化していた私は彼のそんな独り言を聞きながら、両手で震える身体を抱きしめ……消えそうな自分の存在を必死に繋ぎ留めようとしていたのだった。


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