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第四章 第五話


「……え?」


 不意に。

 何気なく放たれた同郷の先輩の一言に、私は固まってしまう。

 自らの耳を疑った私は、思わず隊長の顔が写っているウィンドウへと視線を向けるが……彼の口から否定の言葉は発せられない。

 ただ苦虫を噛み潰したような顔をしているだけで……いや、バツの悪そうな顔とも言えるだろう。


「だから、アンタ……アドリア=クリスティだっけ?」


 ふと、ジュジュという名の先輩がこちらに言葉を向ける。

 突然水を向けられた私は驚いて声も出せなかったが、彼女にとっては私の返事なんてどうでも良かったらしい。


「亭主から聞いて知っているけど……同郷者、だろ?

 ……裏切るなら、歓迎するよ?

 先の見えない負け戦を続けても……良いことなんて一つもないからね」


 それは……明確な『誘い』だった。

 彼女が私の故郷を知っていたことも、名前を知っていたことも驚きだったが……少し考えただけで理由は分かる。

 恐らく、ヴォルフラム隊長から【金髪】さん、そして【金髪】さんからジュジュという形で情報が流れまくっているのだろう。


 ──機密維持とか、どうなっているのやら?


 まぁ、実際……隊長の呑んでいる「天然モノ」とかいう酒は、『農場』にいる【金髪】さんに譲ってもらっていると聞いたことがある。

 ……多分、裏でこっそりと手紙のやり取りなんかしているのだろう。

 だから、私のことを彼女が知っていても不思議じゃない。


「……で、でも」


「このまま……あんな『卵』で色気もなく朽ち果てるつもりかい?

 そんなつもりで故郷を出た訳じゃないだろう?」


 彼女……ジュジュは伊達に同じ『プリムラ卵』出身者ではなかったらしい。

 私の急所を……同郷者ならではの嗅覚で嗅ぎ取って見事に突いて来る。

 そして、彼女の誘いに……私は返す言葉を持たなかった。

 ただ、彼女の言葉を否定して欲しくて、私は同郷者の映るウィンドウから視線を逸らすと、ヴォルフラム隊長のウィンドウへと視線を向ける。

 ……だけど。


「……事実だ。

 我等の『へび卵砦』は、『農場』の物量に圧され……もう長くない」


 彼の口から零れ出たのは、ジュジュ先輩の言葉を肯定するその一言だった。

 実際……思い当たる節はあった。

 『歩砲』が最大攻撃力のこの砂の惑星上で、幾ら第三部隊の素行が悪いとは言え……まともな食事すら出ず、修理や補給すら足りていないのだ。

 他にも……着任したばかりの時から『卵』内は砂っぽく、外壁の修理や換気すらも満足に出来ていないのを窺わせていた。

 一番のエース級である筈の【死神】ヴォルフラム隊長の相方がいないのも……補充兵の供給に支障を来たしている所為だろう。

 ……つまり。


「だから前々から言っただろう?

 裏切りたければ好きにしろ、とな」


 ヴォルフラム隊長のその声はいつも通りで……そのどうしようもない答えこそが、彼の全く偽りのない本心だと雄弁に語っていた。

 その事実に私はため息を一つ吐く。


「……隊長は、どうするんですか?」


「俺か?

 俺はギリギリまで粘ってみるさ。

 こういう極限状態の戦火の中にいないと、生きた心地がしないんでね」


 私の問いに返ってきたのは、やっぱりいつも通り常軌を逸した、何の色気も期待出来ない答えだった。


 ──彼との恋愛は、期待できない。


 だって、彼自身が戦争しか見ていないから。

 ……戦いしか見ていないのだから。


 ──彼との将来は、期待できない。


 だって、彼自身が戦地に身を置かないと眠れない、戦争中毒なのだから。

 彼は平穏な日常なんて、欠片も欲していないのだから。


 ──そして、現在は絶体絶命。


 眼前には隊長と同クラスのエース級パイロットがいて、こちらに主砲を向けている。

 こちらの主砲はヤられていて、しかも脚が一本まともに動かない有様である。

 ついでに言うと……我が『へび卵砦』は物量差に圧されていて、ここからはジリ貧……負けが込む一方になる、らしい。


 ──だから……


 私は目を軽く閉じると……

 決断を下す。


「これが、私の、答えだぁああああああああああああああああっ!」


 私の答えは、15mmガトリングの一斉射だった。

 次の瞬間、敵機から主砲が放たれるものの、隊長の操縦によって88mmの砲弾は私たちの『歩砲』ギリギリのところを通り過ぎて行ったくれたらしい。

 勿論、その間にも副砲である15mmガトリングはお互いの装甲を削り続けていたが。


「アンタは、馬鹿かっ!

 このままじゃ、どうしようもないって言っているだろうっ!」


 そんな銃弾の響き渡る中、同郷の先輩であるジュジュの怒鳴り声が聞こえて来る。

 その上から目線の、人を馬鹿そのものだと断じる声に私は更に頭に血が上り、引き金を握ったままの指に、更に力を込める。


「だって、だって、だってっ!」


 頭に血が上ったままの私は、これ以上彼女の声を聞くまいと、これ以上自分の決意が揺らぐまいと、必死に叫びを上げる。


「そこにはっ!

 そっちにはっっ!

 安全な場所にはっっっ!

 ヴォルフラム=ヴィルシュテッターは、いないじゃないかぁああああああああああああああっっっ!」


 正直……何も考えずに叫んだ所為で、その叫びは声になっていたのかどうか自信がない。

 ただ、私は正直に思うがままを叫んだつもりだった。

 告白じみたその台詞を、ヴォルフラム=ヴィルシュテッターその人に聞かれているだろうことを考える余裕もなく、ただ頭に血が上ったまま、衝動に任せ、口から零れ出る言葉の意味を考えもせず、ただ喉の奥から吐き出しただけである。

 そうして叫びながらも渾身の力で引き金を握り続け、15mmガトリングをただひたすらに敵機に向けて放ち続ける。

 次の瞬間に、敵機の放った主砲が近くの剣山を貫き、すぐ目の前に尖った岩山が落ちてきたものの、それすらも今の私には「ただの遮蔽物」に過ぎなかった。

 恐怖すらも感じることなく、隊長の操縦によって遮蔽物の影から敵機が見えてきた途端、またしても引き金を絞る。


「うぁああああああああああああああああああああああっ!」


 悲鳴なのか怒号なのか、それとも内心を吐露した照れ隠しなのか。

 自分でも分からないまま、ただ叫び続け撃ち続け……




「……ここまで、だ。

 お互いに、な」


 諭すかのようなヴォルフラム隊長の声によって私はようやく我に返る。

 眼前にある全天方位モニターは、あちこちにノイズが走り、亀裂が入っていたり、右前方の景色が全く見えなかったりと、もう無茶苦茶になっている。

 それもその筈……下方に見える脚部はガトリングによる弾痕が凄まじく、装甲が意味をなさないほどに撃たれてしまっているのだから。


 ──残弾、ゼロ。


 どうやら無我夢中になっている間に撃ち尽くしてしまったらしく、モニターの端に映っている火器管制システムは、15mmガトリングの残弾がすっからかんであることを表していた。


「……ま、痛み分けだな」


 隊長のその声に、敵機の方へと視線を向けると……

 そこには私たちの『歩砲』よりも遥かに重大なダメージを被った敵『歩砲』の姿があった。

 脚は二本も捥げ、胴体部は弾痕だらけ。

 主砲はひしゃげ、副砲のガトリングは弾け飛び、胴体の穴からはオイルらしき黒い液体が漏れ続けている。

 ……どう見ても戦闘不能だろう。


「……無茶苦茶しやがって。

 これだから『プリムラ卵』の女が恐れられるんじゃないか」


 モニターに映ったジュジュさんの声は、何処となく苦笑じみていた。

 先輩であるジュジュさんの『悪行』によって、色々と辛酸を舐めた私としては、彼女の声に抗議したい気持ちで一杯だったけれど……流石に今はそういう場面じゃないだろう。

 実際、私たち以外の『歩砲』もお互いに痛み分けだったらしく……『棺桶』漬けになっている機体が四機と、もう動けなくなったらしき『へび卵砦』所属の『歩砲』が一機、視界の端に横たわっているのが見えた。

 それらが見えたのは……同郷の先輩が主砲を無茶苦茶撃ちまくった所為で、視界が良くなったお蔭だろう。

 ……断じてその主砲の余波によって、彼らが戦闘不能に陥ったのではないと信じたい。

 だから……剣山が突き刺さっているあの『歩砲』は、何かの見間違いだろう。


「ま、今日のところはこの辺で勘弁してやるよ。

 どうやら下じゃ、うちの軍が負けたみたいだし」


「……確かに、な」


 彼女の声に眼下の戦場へと視線を向けると……『農場』軍が総崩れになって退却を始めたところだった。

 我等が『へび卵砦』の軍勢は、追撃をかけようとしているものの……どうも連携が悪いというか、勢いが足りず徐々に引き離されている。


「何か、追撃の勢いがイマイチのような……」


「まぁ、空模様を見る限り、そろそろ激しい風が吹いてくるからな。

 本部はやる気みたいだが……砂が出ると各部隊の連携も取れなくなることくらい、砦の全員が熟知している。

 大体、『農場』を落とす戦力なんて、『へび卵砦』にはないぞ?」


 その光景を見た私の呟きに、隊長は律儀にも返事を返してくれた。

 彼の言うとおり……そろそろ砂塵も吹き始めたらしく、徐々に眼下の戦場が見えなくなってきている。

 晴れていた所為で見えていた向こう側の『農場』も、こうして砂塵が吹き始めるともう見えなくなるだろう……か、ら。


「……へ?」


 そうしてふと視線を『農場』へと向けた所為、だろうか?

 私の視界に突如、訳の分からないモノが映っていた。

 一口で『ソレ』を説明するならば、紐、だろうか?


 ──砂漠から生えた一本の紐が、空の彼方へと突き出していた、ような。


 瞬きを二度三度と繰り返している内に、新たに立ち上った砂塵の影に『ソレ』は隠れてしまっていて……ただの見間違いだったびかと私は首を傾げていた。


「……どうした、アドリア?」


 私の態度が不審だったのだろう。

 ヴォルフラム隊長が私にそう問いかけてくるものの……私は自分の見た光景が信じられなくて答えを返せない。

 そうして私が七度目の瞬きをした時だった。

 私の視界の端の『農場』から、煙が立ち上っているのが目に入っていた。

 ……今度のは、見間違いじゃない。


「あの、隊長。

 砂の合間……『農場』から黒煙が上がっていませんか?」


「……ああ、確かに」


 私の言葉に……ヴォルフラム隊長は静かに頷いていた。

 その声は遠い世界の出来事のような、無関心に近い静かな声で……まぁ、事実、敵である『農場』を心配する謂れなんて、私たちにはない訳で。


「ちょ、そりゃどういうっ!

 いや、それよりもっ!」


 とは言え、『農場』の兵士であるジュジュにとってはそうはいかないのだろう。

 私たちの声を聞くや否や、自分たちの『卵』の様子を確かめ……


「お。おい。

 その機体じゃ何も……」


 隊長が止めるのも聞かず、ボロボロの歩砲を駆ってすぐさま飛び出していった。

 ……あの機体には脚が二本しか残ってないと言うのに、器用なものである。

 そうして同郷の先輩が飛び出していったのを見届け、ようやく戦いが終わったことに私が安堵のため息を吐いた、その時だった。


「気を抜くな。

 補給をしたら、すぐに追いかけるぞ」


「……え?」


 完全に気を抜いていた私に向けて、ヴォルフラム隊長はそう言い放ったのだ。


「え? 何で? え?」


 その【死神】という名に相応しくない隊長の命令に、私は思わずそう尋ね返していた。

 ……上司だとか、部下だとか、相手が理想の男性だとか、そういうことすら完全に失念したままで。

 それほどまでに、戦いをやっと終えたことで、私は気を抜き切っていたのである。


「俺は、『卵』を壊す戦争は、許す訳にはいかないんだ。

 ……中の人間が殺し合うのは構わないんだが、な」


「……あ、ああ」


 私の問いに返ってきたのは、ヴォルフラム隊長の昏いその一言だった。

 その言葉を聞いてしまった私は……頷くことしか出来なかった。

 ヴォルフラム隊長はその精神的外傷(トラウマ)がある所為で、戦場を【死神】として駆け続けなければならない日々を送っている。

 だから……私には彼を止める術がない。


「でも、補給ってどうやって?」


「『棺桶』入りした機体から共食いする。

 幸いうちの『歩砲』は相互互換出来るようになっているからな」


 隊長のその言葉を聞いて、私は近くに転がっている『歩砲』へと視線を向ける。

 事実……『へび卵砦』の『歩砲』はどれもサイズは同じで、どの『歩砲』もボロボロであるということを除けば……脚のすげ替えくらいは簡単に出来そうだった。


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