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第一章 第一話

 隊長に連れられ、格納庫奥の資材置き場へと入った私は、その『機体』を見て絶句していた。


 ──大、きい。


 その機体は四本の脚に放題を乗っけただけの『歩砲』とは異なり、私たちと同じ人型をしていた。

 機体サイズは恐らく私の五倍から七倍ほど……今まで乗ってきた『歩砲』の倍以上の大きさである。

 意味があるのかどうかは分からないが、その巨大な人型の機体は頭部に該当する部位まであり、手は指先までも人間と同じように作り込んでいる。

 砂に対しての保護色のつもりだろうその機体色は、少し黄みがかった白で、あちこちの装甲が尖っているのが印象的だった。

 ただその機体が人間と少しだけ違うところは……妙に太い足首周囲の装甲と、奇妙に広がった肩の部分だろうか?


 ──これは、噴出孔、ね。


 どうやら足首の広まった部分と、広がった肩の部分はスラスターになっているらしく、この大きな機体を重力のある惑星上で運用するための仕掛けのようだった。

 ……くるりと機体の周辺を見ると、背中にも六つ、臀部にも三つのスラスターが見えていて、背中のスラスターの付け根には円筒型の燃料塔が生えている。


 ──アレ、一発でも被弾したら拙い、ような。


 そんな恐れが私の胸中に芽生えるものの、すぐに首を振ってその恐怖を振り払う。

 私はあくまで火器管制。

 この機体を運用するのは【死神】という二つ名を戴くヴォルフラム=ヴィルシュテッター。

 ……ここに赴任してきてからずっと共に戦ってきた私の上司で。


 ──この身体を預けるに足る人物、なのだから。


 ……生憎と、まだそういう関係にはなってない、訳だけど。

 っと、そんないつもの妄想を抱いている場合じゃない。

 敵は確実にこちらへと迫ってきているのだから。

 私は次にこの機体の武装へと視線を移す。


 ──何よ、これ。


 機体に積まれた武器らしきのは、両腕の甲から突き出している菱型の小さな盾と、両肩から生えてある巨大な砲塔、そして腰の両脇にある円柱型の砲塔、両ひざの外側にある三門ずつのロケット砲と、お尻にある二股の尻尾のような、小さなコンテナ。

 それに加えて、両腕に握られているのは二丁のロングバレル・ライフルと、背中には四本のパンツァーファウスト、両肩に設置されてある箱はミサイルランチャーだろう。

 まさに武装を載せられるだけ載せたという様子のその機体は、その凹凸の激しい外観も相まって鈍重そうにも見えた。

 だけど……あの隊長が動かすのだから、この機体すらも使いこなして見せるに違いない、だろう。


 ──背後のコレは……戦場までの運搬機、かな?


 その機体の腰後ろに接続されてあったのは、巨大なロケットと六本の円筒形燃料タンクが生えた歪な形のシャトル機。

 そして、何故かその機体からは四本の長い金属片が……「そり」にも見える金属片が反り返って突き出してある。

 勿論ソレらは薄く細く、この機体を支えられるとは思えない、飾りに過ぎないと断言できるが……


 ──【ライト条約】対策、ね。


 どうやらコレで砂の上を「滑り」、私たちは敵機まで運ばれることになるらしい。

 そのまま飛んでいけば良いようなものだけど……航空機全ての使用を禁じるという【ライト条約】を、この期に及んでまで遵守しようというのだろう。


 ──この機体で、戦うのだ。


 ……この私、アドリア=クリスティと、【死神】ヴォルフラム=ヴィルシュテッターが。


 ──たったの、二人だけで。


 ……この『へび卵砦』の命運を、賭けて。


 この『へび卵砦』に赴任されてまだ十日ちょっとの私が、そんなとんでもない状況に置かれてしまったのか。

 それは……ほんの十日ほど前。

 私がこの『へび卵砦』へと赴任してきたところから語らなければならないだろう。





 【「アドリア=クリスティ」

 所属『へび卵砦』第二機甲師団所属

 認識番号 29─2─03─027】

 

 列車が揺れるのを感じながらも私は、自分の認識票(ドッグ・タグ)を見つめていた。

 ……これから軍に所属することになる。

 義務教育を終了した段階で、まるで故郷から逃げ出すかのようにこの仕事を自ら志願したのは事実だけど……それでも少しだけ気が進まない。


 ──後悔している?


 私はすぐに首を左右に振って、そんな弱気な考えを拭い去った。


 ──新しい環境に飛び込むのだから戸惑って当たり前。


 ……そう、自分に言い聞かせる。


(もう……引き返せないんだから)


 再度言い聞かせるように、覚悟を決めるように、私は心の中で呟く。

 ……そう。

 この列車は既に最前線『へび卵砦』へ向かっているのだ。

 今さら拒否することなんて出来ない。

 いや、しようとも思わない。

 企業軍に志願したのは理由があるし、その理由は自分にとっては正当な物だと信じている。

 母もママも喜んでくれた。

 ……流石に、向かう先が戦場と言った時には反対されたけれど。


 ──そう言えば、説得、し損ねたっけ。


 帰郷した時に頂くだろう叱責に気分を悪くした私は、認識票から目を離し、列車の窓から外を眺める。

 今は夜中。

 ……見えるものと言えば、窓に映った見慣れた自分の顔だけだった。

 もし見えたとしても事前に仕入れたこの星の情報が正しければ……一面の砂の海か、見渡す限りの岩の山だけなんだけれど。


「……はぁ」


 私はため息を一つ吐くと窓に映った自分の顔を眺めてみる。

 ……自分では悪くはないと思う。

 赤い髪は短く中性的で可愛いというよりは格好良い『らしい』。

 自分では気にしている少々太めの眉は、意思の強さを表している『らしい』。

 瞳は青く、まるで人類の故郷である地球の海のようだと……後輩に『言われた』。

 そして、これら全ての容姿に対する他人からの評価を受けたのは、言った相手がラブレターを片手に持って、頬を染めながら……という状況だった。

 ただ、その、本来有り難い筈の情景も、私の場合はなんと言うか……。


「ラブレターなんて貰ったの、全部……女の子から、だったっけ……」


 その事実に私は再びため息を吐き出していた。

 何しろ、同性からもてたところで哀しいだけである。


 ──そりゃ、好かれるのは悪い気はしないけどさ。


 私は過去を思い返し、内心で呟く。

 確かに、私は学校でも運動神経と反射神経が飛び抜けていた。

 子供の頃から身体を動かすのが好きだったし、その才能を隠すようなことはしなかった。

 極めつけに私の赤髪は母星では珍しかったのだ。

 ……そのお陰で、学校では目立つ方だったと自分でも思う。

 考えれば考えるほど、自分から見ても「女の子にもてるのも無理はない」と納得してしまうほど好条件が揃っている。

 そして、その極めつけが……


「この体型なのよね……」


 私は悩みの種を見下ろす。

 ……哀しいくらいに真っ平らである。

 色々と努力はしてみたものの、どうやら私は、「脂肪が付きにくい」体質をしているらしい。

 ……その体質は特に場所を問わないらしく、身体全体を見渡しても女性っぽい柔らかさに欠けているという自覚があった。


「母さんもママも、姉さんも、普通なのになぁ」


 思わず私の口からはぼやきが零れていた。

 この体質の所為もあり……私は母星では同性ばかりから言い寄られ、まっとうに恋愛すら出来ない有様だったのだ。

 そして私は生憎と『同性同士での恋愛』には懐疑的な、極めて普通の性嗜好を持っていた。

 ……そこで私は、一世一代の賭けに出たのだ。


 ──あんな最悪の故郷を出て、絶対に「男性と」恋愛をしてみせるっ!


 そう奮起して、こうして企業軍に雇われる形で最前線に向かっているのだから、まさに一世一代の賭けと言えるだろう。

 とは言え、私は別に「女性同士の恋愛が悪い」と思っている訳ではない。

 私は逃げていたけど、友人にもそういう人たちはいたし、大昔と違って同性間の結婚が認められない訳でもない。

 と言うか、うちの故郷はかなり特殊な場所であり、同性婚もありふれていた。

 でも、私はやはり男性と恋愛がしたいのだ。

 例え、そこが戦場だろうと構わない。

 ……いや、むしろ危険な場所の方が、真実の愛が生まれると学生時代に何本も目を通したムービーにあった。

 私の判断は間違っていない、筈である。

 ……多分。


「さ、明日から戦場だし、もう寝よっと」


 ……そう。

 もう数時間でこの列車は、戦場である『へび卵砦』に辿り着く。

 着任早々、寝不足で居眠りなんてしていたら……周囲の男性たちの好感度が思いっ切り下がってしまうだろう。

 それは……私が戦場に出てまで叶えたい『野望』が一層厳しいものへと変わってしまうことを意味するのだ。


 ──それだけは、避けなければいけない。


 とは言え、私の杞憂とは裏腹に……列車の揺れが眠りを誘ったのか、それとも色々な準備に疲れていたのか……

 私が寝台に横たわってから眠るまでに、5分とかからなかったのだった。




 一体どれくらい眠っていたのだろう。

 列車の揺れにふと目を覚ました私は身体を起こそうとして……


「あいたたた」


 身体中の軋みに悲鳴を上げていた。

 どうやら長時間列車に揺られていた所為か、体中が痛い。

 その上、この列車は元々最前線基地『へび卵砦』に物資を搬送するための輸送列車である。

 しかも、戦争やっている都合上……というかこの惑星の性質上、揺れが少なくしかも速いリニア列車なんて上品なものは使えず、骨董品とも言うべきレール敷き列車だったものだから……その長時間の揺れは思っていた以上に、私の身体を痛めつけてくれたようだった。

 一応、お情けのように寝台は備えられていたものの、それも私の寝心地を保証してはくれなかった。

 なお、断っておくけれど、私の寝相が悪い訳ではない。

 ……多分。

 同じベッドで夜明けを迎えた人生のパートナーなんて今までいなかったから……はっきりとしたことは言えないけれど。


「……ま、それもこれも戦争が悪いんだよね」


 私は身体の痛みをそう愚痴ると、首に巻いてある軍票(ドッグ・タグ)を操作する。

 そうすることで、眼前の虚空に顔面大ほどのウィンドウが開かれ、データ検索がかけられる仕組みになっているのだ。

 ……大昔にあった死者判別のための『ドッグ・タグ』システムに、最新の携帯端末機能を混ぜ込んだらしいこのシステムは、生憎と戦場ではあまり評判が良くないらしい。

 ……要するに『要らんことをされると鬱陶しい』そうだ。


 ──少なくともここへ来る途中に軍票を配ってくれた、退役間際というおじさんはそうぼやいていたっけ。


 そんなことを思い出しながら私は眼前のウィンドウに触れることで現在時刻を見てみる。


 ──まだ、時間はちょっとある、みたい。


 私は残りの時間をどう過ごそうかと考え……端末にこっそり突っ込んである魅惑の男性声優ボイス集を聞きたい誘惑に駆られつつも……結局、惑星の情報を引っ張り出した。

 正直、急遽決めた最前線行きだったため、この星の歴史や気候やら何やらなんてほとんど調べてこなかったのだ。

 ……迂闊と言えば迂闊極りないんだけど、ちょっと出発時は忙しかったのだから仕方ない。


「この【トレジャースター】の開発初年は……」


 ……っと。

 いきなりウィンドウから流れてきた合成音っぽい女性の甲高い声に辟易とした私は、音声をカットしつつ、意識をそちらへと戻す。

 ウィンドウに最初に映っていた光景は、砂漠にポツンと一つ、鈍色の丸っこい半球が転がっているものだった。


「これが、惑星開発当初、かぁ」


 ……凡そ、十数年前。

 大規模な惑星改造も終わり、この惑星の環境が落ち着いた頃……開発権を得た企業がそれぞれの拠点である『卵』と呼ばれる惑星上コロニーを建設し始めたのだ。


 ──『卵』とは、良くいったものね。


 その半球状の丸っこい建造物は、この惑星に吹き荒れる磁気嵐や寒波、肌を焼く直射日光などの有害物質を完全に遮断してくれる。

 私の故郷である『プリムラ卵』も、此処から数十光年ほど離れた場所にある『卵』の一つであるが……うちのは改築に改築を重ねられ、しかも政治家が女性ばかりなものだから機能性よりも外観にこだわった結果、見事な花型の形状をしていた記憶がある。

 ……とは言え本来の機能を考えると、この卵型こそが正しいのだろう。


「っと、長いわね。

 ……時間もないし、飛ばそ」


 退屈極まりなさそうな惑星開発史が始まったのを見て、私は画面を操作した。


「……うわ」


 次に画面に移された光景は、赤一色だった。

 ……開戦当初。

 企業群が最初に行ったのは、ライバル企業の『卵』に対する爆撃である。

 そのたった七日間の爆撃によって、当時、このトレジャースターにあった二十八個の『卵』の内、7つが崩壊した……と、ある。

 そして、その結果を見た企業連合は、一つの戦闘条約を結んだのだ。


「【ライト条約】……」


 それは、『全ての航空機を戦闘行為に使用することを禁じる』条約、らしい。

 兵士の移動から物資の搬送まで全ての戦争行為を禁じているという、かなり厳しいこの条約に……だけど反対する企業は一社たりとも存在しなかった、とある。

 ……それほどまでに、開戦当初の爆撃被害が大きかったのだろう。

 ちなみにこの条約名は、人類の偉人録に登録されている航空機を開発したライト=なんちゃらという人が、自らの開発した航空機が戦争に利用されると知り嘆いたという逸話にちなんで付けられた。

 ……と、眼前のウィンドウの歴史に書いてある。


 ──ま、良い迷惑なんだけどね。


 その所為で、私は輸送機で戦場まで一っ跳びとはいかず、こうしてゆらゆらと列車に揺られ、お尻を痛めている訳だけど。

 そうして私が斜め読みで歴史を学んでいる内に、いつのまにやら列車は徐々に速度を落としていた。

 つまりようやく目的地……『へび卵砦』内部へと到着したらしい。


「……ここが、私の職場、かぁ」


 そんなことを呟きつつ、私は荷物を片手に列車を降りる準備を始めていた。

 ちなみに私の手荷物は本当に片手分しかない。

 元々無趣味だし、化粧も苦手だし、服も軍服に下着が数枚ある程度である。

 ……色気がないってのも分かっているんだけど、故郷ではそういうお洒落を気にする女の子たちの中に私は入っていけなくて……


 ──勿論、慌てて故郷を飛び出した所為もあるんだけど。


 それに、一応、軍の中でも色々と買えるらしいし、幸いにして傭兵という稼業の給料はそう安くない。

 生活に困ることはないだろう。

 列車が停止した瞬間、私は自分の服装をチェックする。

 黄土色のジャケットにズボンという、『へび卵砦』で支給される普通の、周囲の砂と同じ色のあまり格好良くも可愛くもないデザインの軍服は、ボタンもしっかりと留められていて、何処もおかしいところはなさそうだった。


 ──第一印象が大事だから、こういうところはしっかりしていないと……


「……わっ。

 ……ぷっっ」


 心の中で呟いた途端、列車のドアが開き……私の顔に砂塵が襲い掛かる。

 幾ら『卵』の中とは言え、色々な物資の出入りに伴う微量の砂塵を防ぐことは出来ないらしい。

 ……それにしても、故郷に比べて、この『卵』内の砂塵は酷い。

 同じ惑星上にある軌道エレベーターはここまで酷くなかったから……色々と出入りが激しいのだろう。


「……この砂が、また色々と戦争をややこしくしている、かぁ」


 服にへばりついた砂を払いながら、さっき見たデータの一つを思い出す。

 ……この砂は、希少金属の微粒子から出来ている、らしい。


 ──実は、科学的なことはあまりよく分からないけど。


 兎に角、この砂塵が電磁波などを乱反射するそうで、この惑星上ではレーダーや無線、誘導ミサイルの類が全く使えないとか。

 その結論に達するまでの惑星開発当初、飛行機事故が多発したし、開戦当初の爆撃戦でも、全ての企業の『卵』が、飛んでくる爆撃機を感知および迎撃する手段を全く持たなかったという。

 その為、爆撃の被害が想定以上になり、このままでは採算が取れないと判断した各企業は、【ライト条約】の締結に踏み出した……と、先ほどの資料には載っていた。


「案外、覚えているものね……」


 自分の記憶力に驚きつつ、私は到着したばかりの前線基地を見渡した。

 見える限りでは建物は……7つ。

 3つほどの非常に大きな建物は多分、格納庫だろう。

 となると、それ以外の4つに私の向かう兵舎がある筈で……


「……あの~。

 すみません」


 丁度、近くを通りかかった人がいたので声をかける。

 私と同じ黄土色の軍服を着ていたから、この『へび卵砦』で勤務する人に間違いはない筈だった。

 とは言え……初対面の「男性」なので、ちょっとだけ気後れしつつ……だけど、ここでこれから働く訳だから、こんなことで怯んでなんかいられない。

 それに、ちょっとだけ線が細くて優しそうで……なのにちょっと格好良い二十歳くらいの男性だったから、少しだけ可愛い声を演じてみる。

 ……そんなの、故郷でも慣れてないから、あまり上手くいったとは言い難くて、掠れた声になっちゃったけれど。


「あ。はい。

 ……ああ。新入りの方ですね」


 声をかけた男性は、そんな私にも笑顔で初対面の相手に返事をくれた。

 しかも茶色がかった髪がよく見えるように、初対面の、しかも年下の女の子でしかない私にも礼儀正しく頭を下げて。

 驚いた私はお辞儀を返しつつ……


 ──困ってしまう。


 だって……お辞儀を返した時点で、何を尋ねるかなんてすっかり頭の中から転がり落ちてしまっていたのだから。

 

「あの、どうされました?」


 それでも、その男性は苛立った様子もなく、優しげな笑みを浮かべてそう尋ねて来てくれた。


「……えっと。

 第、二機甲師団っ、えっと、その……第三部隊、宿舎って場所へ、行きたいんですけど……」


「あ、それなら……えっと。

 ボクもそっちへ向かう用事がありますから、ご案内しますよ」


 慌てふためき、どもりつつ小さな声になった私を、その男性はそれでも嫌がる様子も笑うこともなく、そう答えてくれた。


 ──ああ。ホントに良い人だ。


 笑顔が似合う、眼鏡をかけた、ちょっと頼りなさそうな、線が細い感じなんだけれど、本当に優しくて良い人ってのはさっきのやり取りだけで確信できた。


 ──こういう人が彼氏だったら、多分、甘えちゃうんだろうな、私。


 個人的にはもうちょっとだけ男らしい方が好みなんだけど。

 ……ま、悪くないかも。

 戦場に着いて一番最初に出会った相手とラブストーリーってのも……

 私がそうして脳内で勝手なラブストーリーを展開していたところで、ふと気付く。

 この男性の名前すら、私はまだ聞いていない。


「あ、あの。

 私はアドリア=クリスティと言いまして……」


 結局私は、自分から名乗ることで彼の名前を聞き出す作戦に出た。

 ……実のところ、こんな優しそうな人と知り合っていれば、今後色々と助けてくれるかなぁ、なんて打算もあったんだけど。

 

「……『プリムラ卵』出身でしょう?」


「……え?

 何故知っているんです?」


 ……だけど。

 彼がぴったり言い当てたその一言に、私は吃驚してしまう。


 ──いきなり出身地がばれるほど、私は訛りが強いのだろうか?


 そう考えた私はつい口元を触れてみるが……そうじゃない、と思う。

 そりゃ、『プリムラ卵』はこのトレジャースターからかなり離れた、惑星開発連合でも端っこの方のド田舎だけれど、私の発音と彼の発音にそれほど差はない。

 そうやって私が悩んでいるのを見て、慌てて彼は答えを教えてくれた。


「あ。違います。

 貴女に問題がある訳じゃありません。

 ……ヴォルフラム隊長から食堂で聞き出しただけなんですよ」


「ヴォルフラム……隊長?」


「ええ。

 貴女の所属することになる部隊の隊長ですよ。

 ここでは【死神】なんて二つ名で呼ばれていますが……」


 ……うわ。

 その怖そうな二つ名を聞いた私は、思わず息を呑んでいた


 ──それが私の上司。


 私は、無意識の内に胸の前で手を組んでいた。

 ……これから先、何とかやっていけるのだろうかと、不安になったのだ。


「ああ、申し遅れました。

 ボク、ヤマト=ハジメと申します。

 第二機甲師団第三隊のメカチーフなんですよ、これでも」


「……ああ。はい」


 だけど。

 私はその声で不安から引き戻される。

 ……そう。

 もうここまで来てしまった以上、今さら迷ったところでしょうがないのだ。


 ──ぶっつけ本番、何とかしなくっちゃ。


 それにしても、目の前の彼、ヤマトさんは本当に気が利く人だ。

 私の不安を見抜いて自己紹介をしてくれたに違いない。

 ……もしかしたら、私と相性が良いかもしれない、なんて真面目に考えてしまう。

 ちょっとだけガサツなところのある私と、マメで気の利く彼氏。


 ──良いかもしれない。


 メカチーフとエースパイロットになった私のロマンス……か。

 と、勝手な未来予想図を組み立てていた私に、彼はいきなりこう言った。


「あ、ボク、ホモ=セクシャルですから、貴女の相手にはなれませんけどね」


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