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第三章 第三話


「右前方、そっちの岩陰っ!

 左に回ったっ!

 違う、前方っ!」


「こっ、んっ、なっ、のっ?」


 次から次へと下される隊長の指示にはとても追いつけず、私はただ目を回すだけだった。

 それほどまでに【タンポポ】さんと【ハゲ】さん二人が操る『歩砲』は凄まじく早い。

 岩山で視界が狭まっているとは言え……あれだけの巨体でありながら、私の眼が追い付かない有様なのだ。


「おいっ!

 右ぃっ!」


「つっ?」


 同時に私は、我等『へび卵砦』の『歩砲』が何故こんな純白の、酷く目立つ色をしているかを……初めて理解していた。

 白色の機体は、この光を乱反射する砂塵の中では、上手く認識出来ないのだ。

 右へ左へ、岩山の影から影へと移動を繰り返す『歩砲』を前に、私は完全に翻弄されていた。

 そうして私が戸惑っていたとしても……あの二人が手を休めてくれるハズもない。

 突然、遠くから火薬の爆発音が聞こえてきたかと思うと、右後ろすぐ近くで硬質な音が響き渡り……次の瞬間、モニターの向こう側では岩山が一つ崩れ落ちていた。

 どうやら【ハゲ】さんの発射した主砲が、近くに着弾したらしい。


 ──今のが直撃していたら……


 岩山を穿つような主砲の威力に、私は思わず震えを抑えきれなかった。

 今はシミュレーターだからまだ良い。


 ──もし、実戦でアレを喰らったら……私の身体はどうなってしまう?


 岩山の主砲痕を見てしまった以上……私はそんなことを、考えずにはいられない。

 何しろ私の職場は『戦場』で……明日にも実戦が始まるかもしれないのだから。

 ……だけど。


「相変わらず下手だな、【ハゲ】のヤツ」


 【死神】ヴォルフラムにとっては、あの程度の光景は脅えるにも値しない……むしろ呆れ返る程度の出来事らしい。


「ったく……無駄弾一発が命を分かつ時もあるってのに」


 ヴォルフラム隊長がそう愚痴った次の瞬間、またしても砲音ば聞こえたかと思うと、さっきまで私たちの『歩砲』がいた場所を砲弾が通り過ぎ、砂漠に砂柱を作り上げていた。

 どうやら隊長がぼやくほど、彼ら二人の……恐らくは【ハゲ】さんの射撃の腕は悪くないらしい。

 その事実に私は気合を入れ直すと、副砲をばらまいて敵『歩砲』を牽制する。

 こっちの方は前の実戦で慣れたのは、数発は当たった手応えがあった。


「15mmじゃぶち抜けないっ!

 当てても気を抜くなっ!」


「分かってますっ!」


 射撃を当てた手応えに浸った所為か、気が一瞬だけ緩んでいたらしい。

 完全に見透かしたかのような隊長の叱責に、私は我に返ると火器管制に集中する。

 ……そうして、お返しとばかりに主砲を放とうとする私だったが……


 ──位置取りが、上手いっ!


 撃ってきたかと思うと場所を移動している。

 岩陰から岩陰へと射線が通る場所に殆どいない。

 右と思えば左、左と思えば右と……こちらの予想をことごとく裏切ってくる。

 しかもその僅かな間に、砲撃がこちらを掠めるように飛んで来るのだ。

 ……一言で言ってしまえば、格が違う。


 ──これが、操縦技術。

 ──こんなの……どうやって、当てろってのよ。


 相手の……【タンポポ】さんの操る『歩砲』の腕に、私は完全に呑まれていた。

 当たる当たらない以前に、そもそも撃つタイミングが与えられない、歴戦のベテランのみが可能な巧みな操縦技術を前に、私は狙おうという意識すら削がれていたのだ。

 そうして私が呆けている間にも、すぐ近くに敵の砲撃が着弾し、私のモニターが一瞬砂で覆われて何も見えなくなる。


「アドリア=クリスティっ!

 俺も、いつまでも避けきれないぞっ!」


 そんな私を叱責するかのように、ヴォルフラム隊長の叫びが耳に入ってきたその瞬間、私は不意に、気付いて当たり前のことにふと思い当たっていた。


 ──敵の砲撃もまだこちらを捉えていない。


 ……そう。

 つまり、【死神】隊長もまた凄まじい腕をしているのだ。

 だからこそ、演習相手である【ハゲ】さんの砲撃は全て空を切っているのだろう。

 彼らの癖なのか、副砲である15mmガトリングをあまり使わないらしく、私たちの『歩砲』が被弾すらしていない。

 どうやら、ヴォルフラム=ヴィルシュテッターという『歩砲』乗りは、「私というお荷物」を抱えながらも、あのベテラン二人を相手に引けを取らないほどの技量を持ち合わせているらしい。

 ……次の瞬間、私の身体からは焦りも気後れも恐怖も何もかもが吹っ飛んでいた。


 ──ヴォルフラム隊長が操縦しているのだ。

 ──敵の弾なんて、当たる筈がない。


 そう考えた瞬間、私の眼にも敵の挙動が読め始めたから不思議なものだ。


「今っ!」


 取りあえず、まだ狙っても当たりそうにない主砲は頭から外す。

 15mmのガトリングを狙って、撃つ。

 狙って、撃つ。

 当たる、掠る、当たる、外れる、当たる。

 ……そう。

 相手側はこちらを狙い撃てるのだ。


 ──そのタイミングを見極めれば……同じ『歩砲』である以上、こちら側から撃てないハズがない。


 そう覚悟を決めた私は、主砲である88mm砲を準備し、狙いをつける。

 ……目標は、今、右の岩裏へと隠れた敵『歩砲』。


 ──それが、次に左へと現れた、その瞬間っ!


「今ぁああああああああああっ!」


 私は叫びと共にトリガーを引き絞り……狙い澄ました主砲を敵『歩砲』へと放つ。


 ──手応え、あり。


 敵がこちらを撃ってくるそのタイミングでこちらも主砲を放ったのだ。

 ……当たらないハズがない。

 私が放った主砲は敵『歩砲』の脚へと直撃し、その脚を見事吹っ飛ばしていた。


「やったっ」


「……ちっ」


 その光景を見た私が歓声を上げた、その瞬間。

 ヴォルフラム隊長が、静かに舌打ちするのが聞こえたかと思うと……

 全天方位モニターの真正面パネルに、巨大な砲弾が映っているような、気が……


「~~~っっぁっ?」


 とは言え、それが目に入った瞬間に、シミュレーター全体に凄まじい衝撃が走り……私の意識は瞬く間に消し飛んでしまっていたのだった。




「ったく、ホントに新人かよ、ソイツ。

 あの【死神】の操縦についてくるなんて化け物だぜ、畜生」


 耳元でそんな声がするのを、意識を取り戻した私はぼんやりと聞いていた。

 多分、この声は【ハゲ】さんの声で……相変わらず意味もなく大声を出す癖があるらしく、耳が痛くして仕方ない。


「……ま、俺たちの相手をするにはまだまだ甘いようだけどな」


 次に聞こえてきたのは【タンポポ】さんの声だった。

 低い渋めの声で、私は結構好きなんだけど……やはり隊長の声には劣る、気がする。


「……そのまだまだ甘い新人に脚をぶち抜かれたヤツの台詞とは思えないな」


 私好みの、静かな隊長の声は酷く近くから聞こえてきた。


「……相討ち覚悟のカミカゼに不意を突かれただけだ。

 大体、実戦であんな無茶する馬鹿がいる訳ないだろうっ!」


「へっ。

 情けねぇなぁ。

 言い訳はそれだけか、玉なし野郎?」


 言い争っているらしき、【タンポポ】さんと【ハゲ】さんの声を聞き流しつつも、私はヴォルフラム隊長の声が非常に近かった事実にふと身体を硬直させ……そして気付く。

 さっきから私の身体が、ゆさゆさと規則正しく上下に動いていることを。

 そして、私の身体はどうやら宙に浮いているらしく……肩と膝の裏に力強い男性の腕の感触があることに。


 ──え、え、えぇえええええっ?


 もしかして、コレ……『お姫様抱っこ』というヤツじゃないだろうか?


「お前たち……下らん言い訳をしてないで、次に活かせ」


 しかも、この声の距離から推測する限り……私を抱きかかえているのはヴォルフラム隊長その人のようで……

 私はこの推測が事実かどうかを確認しようと目を開きかけ……すぐに閉じる。

 目を開いた瞬間に、ヴォルフラム隊長と目が合ってしまったら……私が起きていることに気付かれてしまったら、この至福の時間が終わってしまうかもしれないのだ。

 そう考えた以上……目を開ける筈がない。


「ま、ソイツ……【死神】の相棒にしては上出来じゃねぇか?

 鍛えりゃそれなりにモノになるだろうよ」


「起きたらよろしく伝えてくれ。

 あんなの、もう二度と喰らってやるもんか、ってな」


 進んでいる内に分岐が来たらしい。

 【タンポポ】さんと【ハゲ】さんがそう言い残して遠ざかって行く気配があった。

 つまり……ここからさきは隊長と二人きり、なのだろう。

 私はその事実に唾を飲み込み……咽喉を鳴らしてしまう。

 その音は思いっきり大きく響いてしまい、彼に私が起きていることを気付かれてしまったかと不安になったが……幸いにして隊長は私の様子に気付かなかったらしい。


「よ、【死神】隊長、ラブラブだな?

 早く俺を儲けさせてくれよっ」


「喧しいぞ、【一つ目】っ。

 当直明けだろうが……さっさと恋人の『右手』を抱きしめて寝てやがれっ」


 誰だか分からないけれど、男性が隊長に声をかけ……酷い罵声を喰らって追い払われている。

 儲けさせてくれって言っているから、彼ら二人は何かを賭けているのかもしれない。

 それが何かは分からないけれど……そんなことより。


 ──ラブラブ、かぁ。


 追い払われた【一つ目】さんの一言に、私は思わず相好を崩していた。

 だって、故郷の『プリムラ卵』では、私と男性との間でそんな形容詞が使われたことすらなかったのだ。


 ──そもそも故郷じゃ……男性と二人きりになることすら、なかった訳だけど。


 だけど、今はもう違う。

 こうして恋人同士のように抱きかかえて運んでくれる男性が私にはもういるのだ。

 私は身体中の力を抜いて、その力強い両腕の感覚を必死に堪能し続けていた。

 そうしてどれだけの時間が経ったのだろうか?


「……いい加減にしろ、この馬鹿」

 

 ふとヴォルフラム隊長のそんな声がしたかと思うと……彼の両腕にぐっと力が込められ……

 次の瞬間、私の身体は重力の軛から解き放たれていた。


「わっ……ぺぷっ?」


 自由落下の感触とベッドに叩きつけられた衝撃に、私の口からはそんな変な奇声が発せられていた。

 我ながら女の子らしくない悲鳴に悔やむけれど……生憎と、そんな乱暴な扱いをされるなんて全く予想もしていなかった所為か、女の子としての体裁を取り繕う余裕すらなかったのだ。

 周囲を見回すと見慣れた景色が目に入って来る。

 どうやら彼は気を失った私を隊長室……私たちの愛の巣へと運んでくれたらしい。


「も、もう少し丁寧に扱ってくれても……」

 

「やかましい。

 狸寝入りの罰だと思え」


 至極真っ当な筈の私の抗議は、ヴォルフラム隊長の静かな一言であっさりと潰されてしまう。

 ……どうやらバレバレだったらしい。

 まぁ、会話を聞いている時に何度か身体を硬直させてしまったから……気付かれていても不思議はなかったんだけど。

 だけど、彼は私を叱責するどころか、優しく微笑むと……


「ま、今日はゆっくり休め。

 取りあえず、新人にしては上出来だ」


 そう、優しく告げてくれたのである。


「は、はいっ!

 ありがおうごじさますっ!」


 褒められた。

 褒めて貰えた。

 彼に、褒められた。


 私はそのたった一つの事実にのぼせ上ってしまい、お礼の言葉を思いっ切り噛んでいた。

 が、生憎とその失態すら気にならないほど、【死神】ヴォルフラムに褒められたという事実は……彼に認めて貰ったという事実は大きかった。

 しかも、彼は……軽く微笑んでいたのだ。

 いつも仏頂面で愛想の欠片もない彼だったけれど……微笑むとこんなに良い笑顔になるなんて、もう反則としか言いようがない。

 私は寝転んだままで『卵』の外まで飛び出せそうな熱気に任せ、訓練の続きをしようと身体を起こそうとするが……


「……あれ?」


 この燃え上がるような情熱に逆らうかのように、私の身体は言うことを聞いてくれない。

 ベッドに引っ張られたまま……全く身体は起きようとしなかった。

 その時になって初めて、放り投げられた所為でスカートが思いっきりめくれ上がり、ピンク色の下着が丸見えになっていることに気付くが、生憎とそれを直そうにも身体が思うように動いてくれない。

 そんな私を、隊長は一瞥すらせず……近くに転がっていた酒瓶を掴み。


「流石にガタが来たんだろう。

 良いから、今日はもう身体を休めろ。

 ……明日に響く」


 背を向けたまま、優しげな声で私にそう告げていた。


「はい。身体を休めます。

 明日に響きます」


 何故だろう?

 さっきから……隊長の笑顔を見てから、動悸が止まらない。

 何しろ、私の口から出て来た言葉は彼の声をただ鸚鵡返しに繰り返すだけで……はっきり言って脳みそが全く働かず、考えがさっぱりまとまらないのだ。

 この動悸は、さっきパンツを見られた所為なんかじゃない。


 ──もしかして、このシチュエーションに緊張している?


 でも、今までのように筋肉が硬直している訳でもないし……


 ──あれ?


 どうもこの動悸は、さっきまでの……お姫様抱っこをされていた時のような、夜同じ部屋で過ごす時のような、緊張半分の動悸とはちょっと違うような……

 何と言うか、動悸が今も激しいのに、安らかな気分で落ち着けると言うか。

 矛盾だらけで意味の分からない、今までにない感情に私は戸惑いを隠せない。


「じゃ、俺は呑んで来る。

 お前はゆっくり一晩休むと良い」


「……あ、はい」


 そうして動悸が激しいまま、彼が酒瓶片手に部屋を出るのを見守ったその直後。

 私は自分の思考回路が急速に落ちていくのが分かる。

 頭が回らない。

 身体に力が入らない。

 視界が少しずつ暗闇に閉ざされて行く。

 ……どうやら、私は疲れている、らしい。

 そうして私がようやく疲労を自覚したその瞬間。


 私の意識は暗転し……私は眠りへと落ちて行ったのだった。


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