第二章 第五話
「……『人狩り』?」
思わず零れ出た私のその呟きは、自分で思っていた以上に周囲に響き渡っていた。
不味いことを聞かれたという様子で、ヴォルフラム隊長とヤマトさんが揃って口を噤んでしまったことも、私の声が響き渡った原因だろう。
そのまま私は隊長とヤマトさんの瞳を交互に見つめる。
自分には聞く権利があると……そういう意思を込めて。
私の「意地でも聞かせて貰う」というその視線に根負けしたのか、それともその言葉を聞かれた時点で観念していたのか。
先に口を開いたのはヴォルフラム隊長の方だった。
「あの『トリフィド』共が麻酔銃を撃ってくるのは、見ただろう?」
一度ならず二度三度と狙われた覚えのあった私は、素直に頷く。
「撃たれて意識を失った兵士は、連中の本拠地……『農場』と呼ばれる場所に連れて行かれる。
まぁ、捕虜の強制収容所だな。
この砂の星を緑豊かな農園に変えるとか、そういうお題目の施設だ」
「勿論、この水もろくになかった星です。
『卵』以外の場所に緑なんて生える訳もありません。
結局は少しずつ広がって行く『卵』内の農場の世話ばかり。
……要は、穴を掘って埋めろという、捕虜の意思を削ぐ類の強制労働ですよ」
隊長の言葉を引き継いだのはヤマトさんだった。
その口ぶりは吐き捨てるかのような、酷く実感が籠っている声で……
──経験者、か。
さっきヤマトさんが「あそこへ戻りたくない」と叫んでいたのだ。
その『農場』とやらは……よほど酷い場所、なのだろう。
私は脳内に『地球』の歴史にある産業革命直後、まだ人権もなかった頃の労働者の映像を浮かべ……思わず顔を歪める。
劣悪な環境の下、低賃金で、休暇もなく単純作業を延々と繰り返させられたという、この世の地獄の光景を……
「いや、労働条件はそう悪くなかったんですけどね。
……基本的に水・温度・日照時間など、苗の管理はボット任せで。
食事はこの『へび卵砦』よりも遥かに美味しくて……多分、ここよりも労働条件は良いくらいです」
「……抜かせ」
涙ぐんだ私が脳内で酷い想像をしているのに気付いたのだろう。
ヤマトさんはあっさりと私の妄想を断ち切ってくれた。
その口ぶりがあまりに敵を持ち上げるものだから、ヴォルフラム隊長が唇を尖らせる有様である。
──でも、だったら、何故?
労働条件は良い。
労働内容は無駄極りないかもしれないけれど、ここよりはマシ。
なのに……彼は戻りたくないと言う。
その矛盾に私は思わず首を傾げていた。
私の仕草に気付いたヤマトさんは……少しだけ口ごもると、隊長の方に窺うような視線を向ける。
ヴォルフラム隊長は彼の視線に気付くと、軽く肩を竦めてみせる。
それは……多分、「私に聞かれたくない内容だけど、隠したところでいずれバレる」という意思表示だったのだろう。
「その、『農場』では……男女は強制的に、その、結婚、させられるのですよ。
いや、女性側に相手を選ぶ権利があって、男性に拒否権が全く存在しない、というのが正しいのかな?
酷く女性優位の職場でして……」
ヤマトさんは酷くイヤそうな声で吐き捨てるようにそう告げていた。
その言葉を聞いた私は、彼の語る内容を理解出来ずに首を傾げるだけだった。
何しろ私には、彼の言う職場の『何処が悪いか』すら理解出来なかったのだ。
自分の選んだ相手と結婚できるなんて、素晴らしい場所としか言いようがない。
正直な話、そんな場所だと知っていたら『さっきヴォルフラム隊長と共に撃たれて拉致されていた方が良かった』なんて頭の片隅に浮かんで来たくらいである。
……だからだろう。
気付けば私は、つい隣のヴォルフラム隊長へと視線を移していたのだった。
「要は、脱走防止の『見えない鎖』ってヤツだ。
人権を盾にした惑星連合を黙らせるための、な。
名目上はお見合いだし……生憎と連合で幅を利かせている女性の人権団体って連中は、男性の人権に関しては何も言って来ないからな。
……上手い手だよ、畜生」
私の視線に気付いたのだろう。
ヴォルフラム隊長は『農場』の政策について語ってくれた。
どうやら私が事態を全く理解できていないことに気付いたらしい。
……とは言え、彼の言葉を聞かされただけで理解出来るなら世話なんてない。
基本的にこの私、アドリア=クリスティはあまり頭の出来が良い訳じゃないのだから。
ただ、その『農園』って場所を見てみたいという欲求がふと頭の中に浮かんできて……
「……あ、そう言えば」
その所為だろうか?
私の頭の中から突然、この『へび卵砦』へと赴任する前の……就職先を決めようと色々と調べていた頃の記憶が浮かび上がってきたのは。
「いつだったか……『この惑星全土を緑化しております。我々の紹介するパートナーの男性と共に、この惑星をより良くしましょう』って広告があった、ような……」
うろ覚えの広告を必死に思い出す。
勿論、うろ覚えでしかない訳で、もうちょっと美辞麗句が揃っていた筈だけど、大筋で間違っていはいなかった、ような。
何故覚えていたかと言うと、その会社は私の故郷である『プリムラ卵』出身者が作ったモノで……同郷の人間を多く募集すると書いてあったからである。
「へぇ、どうしてそこへ行かなかったんです?」
「だってあまりにも条件が良すぎて……その……胡散臭いと言うか」
怪訝そうなヤマトさんの問いに、私は正直に答えていた。
……そう。
幾らなんでも企業側が提示する条件があまりにも良すぎて……誰も見向きもしなかったのが実情である。
異性が手に入り、やりがいのある仕事が手に入り、自立するくらいの給料まで得られる。
そんな……都合の良い話なんて、転がっている筈もない。
──ま、それだけじゃないんだけどね。
正直なところ、私がその企業を選ばなかった理由は他にもあった。
何しろ、同郷の人間と顔を突き合わせれば……間違いなく『迫られる』だろう。
少なくとも同性にもてもてだった過去がバレるかもしれない。
私はそう危惧したからこそ、あまり故郷の人間が近寄らない、こんな戦場での勤務を希望したのだった。
とは言え、そんなことを正直に口に出す必要もない。
「で、どうするんですか?」
「……え?
どうって?」
不意に尋ねてきたヤマトさんの意図を理解出来なかった私は、首を傾げてただ鸚鵡返しにそう言葉を返していた。
そんな私の態度が気に入らなかったのだろうか?
ヴォルフラム隊長は苛立ちを隠そうともせず、頭を引っ掻きながら口を開く。
「だから、この砦でまだ働くのか?
それとも辞めるのかと聞いているんだ」
「……え?
でも、脱走は厳罰……ペナルティがあるって」
ヴォルフラム=ヴィルシュテッターの声は隊長らしからぬ内容で、私は思わずそう言葉を返していた。
企業の施設軍であるこの『へび卵砦』にも一応、軍規というものがある。
逆らえば厳罰が待っていて……とは言え、普通の軍隊のように銃殺刑がある訳ではなく、罰金や減給、無料奉仕等の社則で決められた罰則が課せられるのだけど。
その私の疑問に、ヴォルフラム隊長は肩を一つ竦めると……
「軍としてはそうだが、お前がこの『へび卵砦』に来たのは婿探しの筈だろう?
敵側の方がその目的を安全で確実に叶えられるとなれば……こちら側にはお前を引きとめる術など存在しない」
いつもの冷たい声で、そう、私に告げる。
「え、あの、その……
どうして、私の目的が?」
「分かるさ、アドリア=クリスティ。
『プリムラ卵』出身……それだけで、な」
完全に混乱して言い繕うことも忘れた私の質問に返ってきたのは、隊長のそんな声だった。
──『プリムラ卵』。
人口における男女比は一対九だけど、出生率の男女比はどんどん女性ばかりに偏り始めていて、男不足が深刻な社会問題となっている『卵』である。
とは言え、女性が多い所為か犯罪率はそう高くない。
……痴情のもつれによる刃傷沙汰以外は。
近年、婿探しのために出稼ぎをする女性が増えては来たものの……別にシリアルキラーや高額詐欺師などの犯罪者を出す訳でもない。
言ってみれば、それほど特徴のない『卵』の筈だ。
私が隊長の言葉に戸惑っていることに気付いたのだろう。
「その、この『へび卵砦』にも以前、数名ほどいたんですよ。
『プリムラ卵』出身者が……」
ヤマトさんが助け船を出してくれた。
私のその優しい声に少しだけ感動してしまう。
これで普通の性癖さえしてくれていれば、ヴォルフラム隊長に勝るとも劣らないくらいの点数がつくのに……。
「あの頃の我々は特徴のない『プリムラ卵』の情報がありませんでした。
だからこそ……あんな悲劇を食い止めることが出来ませんでした」
ヤマトさんの言葉は続く。
ちょっとばかり芝居がかっている気がするけれど……
「……悲劇?」
彼の仕草以上に『その言葉』が気になった私は思わずそう問い返してしまっていた。
その私の声を聞いたヤマトさんは一瞬だけ意を得たりと言わんばかりの笑みを浮かべたものの……すぐに目を伏せ、神妙な表情を取り繕って話し始める。
「一人目の犠牲者は【鬼教官】と呼ばれた四十代後半の男でした。
新兵の訓練を担当していた彼は、素晴らしい戦闘能力を持ち、男女分け隔てなく接する、眼光鋭く無精ひげが特徴的な、分厚い胸板が魅力的な渋い感じの男性だったのです」
……ヤマトさんの言葉に私は頷く。
男性である筈の【鬼教官】という人の性的魅力を、男性である彼が話すということに違和感が拭えないものの……彼の言葉には説得力があった。
視界の端でヴォルフラム隊長がまるで「理解したくない」と言わんばかりに首を振っていたが……今はヤマトさんが話している最中である。
「彼の悲劇は……その『プリムラ卵』出身者の少女が『あまりにも使えないから怒鳴りつけた』……ただそれだけで引き起こされたのです」
ヤマトさんの声に私は思わず唾を飲む。
彼はその同性愛は兎も角、語り方が巧く……話しに引きこまれてしまう。
同郷出身者が一体何をやらかしたのかに興味があったこともあり、気付けば私は身体を乗り出して、彼の話を必死に聞いていた。
「流石のボクもアレは予想出来ませんでしたよ。
まさか『初めて異性に怒鳴られた』という理由で、十代後半の女の子が、四十代後半の男性に一目惚れをしてしまったのですからっ!」
ヤマトさんの声に、私は思わず頷いていた。
だって、彼女の気持ちは分からなくはない。
私自身、この『へび卵砦』に来るまでは一目惚れなんて都市伝説の類としか思っていなかったけれど……今の私はもうその子のことを笑えない。
正直、あの『プリムラ砦』じゃ男性とろくに話したこともない女の子も多いから、怒鳴られただけで一目惚れしちゃう子がいても不思議でもなんでもないし……。
「そして、その少女は一目惚れした相手にアプローチを始めました。
延々と延々と……来る日も来る日も付きまとわれ、下手な世話を焼かれ、怒鳴りつけても喜ぶばかり、冷たくしても平気、周囲からは「ロリコン」呼ばわりされ、冷たい目で見られ……
鬼教官としての威厳も尊厳も失い、神経をすり減らした彼は……ついに彼女との結婚を承諾してしまたのです」
……それは、悪いことなのだろうか?
ヤマトさんは悲劇っぽく語るものの、私はそう悪い話だとは思えない。
と言うか、私たちの故郷である『プリムラ卵』では、余所の星から婿を連れてきたその少女は間違いなく『英雄』に近い扱いを受けるだろうし。
「俺は、あの【鬼教官】は嫌いだったが……尊敬もしていた。
いつも口癖で「俺が死ぬ場所は戦場だけだ」と、そう言い続けていたのに……
あんなに、なっちまいやがって……」
どうやらその男性のことはヴォルフラム隊長も知っている人らしい。
冷たい印象のある彼が珍しく遠い目をして……まるで故人を悼むような表情でそう語るのを、私はただ首を傾げて聞くことしか出来ない。
何しろ私は……その【鬼教官】という男性を全く知らないのだから。
「ええ。
あのたくましい胸板と、鋭い眼光が魅力だった彼が……結婚退役の時にはすっかり骨と皮だけになってしまいましたからね……
惜しい人を、亡くしましたよ」
私が首を傾げていたのに気付いたのだろう。
ヤマトさんが【鬼教官】さんの結末についてそう語ってくれた。
──顔も見たことのない同郷の先輩。
──それは……ストーカー行為というらしいです。
私は思わず故郷で主婦をしているだろう先輩に内心でそう語りかけていた。
話を聞く限り……【鬼教官】さんのやつれようを考えると、まだ未亡人になっていないかどうか、思いっきり心配になってくるけれど。
ちなみに私の主観からしてみれば、やはりその先輩の行動は勇気と行動力のある尊敬できる女性で、英雄と言っても過言ではないと思ってしまう。
「二人目の犠牲者は、第一歩兵師団のヤツで【殺人砲手】と呼ばれた、凄まじい中の使い手だった。
ただ、女性に対して少しばかり軽いという欠陥があり……」
「あ~、彼は自業自得でしょう。
何せ酒の勢いとは言え……『プリムラ卵』出身者に手を出すなんて愚行を犯したくらいですからね……」
ヤマトさんの声に、私は遠い目で故郷の出来事を思い出していた。
思春期の好奇心に負けて同級生に手を出した男の子がどうなるか……何度何度も聞かされていたのでそこから先はよく分かっている。
まぁ、女性優位の『プリムラ卵』においては、『女性に手を出す=人生を相手に捧げる』という方程式が成り立つ世界である。
……まぁ、男性そのものが女性数名の共有物と化すような夫婦関係もあるにはあるんだけど、それにしたって男性の自由意思なんてものは存在していなかったように思う。
「そこから先は……」
「……ああ。
アイツの故郷は男女関係にオープンな場所だったらしいが……ま、後はお決まりのコースというヤツだったな」
隊長の言葉を聞く限り、付きまとわれて付きまとわれて付きまとわれて……先の【鬼教官】と同じ結末を辿ったのだろう。
「三人目の犠牲者は、連中の捕虜にされ『農場』に連れ込まれた結果……向こうで『プリムラ卵』出身者の夫にされ……」
「……言わなくてもいいよ。
その所為で、女性がダメになったとだけで」
沈痛な隊長の声を、それ以上に沈痛なヤマトさんが遮る。
それは、まるで向こうでの出来事を思い出したくないと言わんばかりで……どうやら「三人目の犠牲者」とやらはこの【眼鏡】こと、ヤマトさんのことらしい。
──なんて、惜しいことをっ!
こんなに良い人を同性愛に走らせるなんて……私はこの時初めて、自分の同郷の人間を恨んでいた。
前にヤマトさんの夫になった『誰か』の所為で、私の選択肢が一つ狭まったのだ。
恨みたくもなる、というものだ。
「四人目の被害者は……俺の相棒だった男だ。
コードは【金髪】だった」
幾らなんでもストレート過ぎる名前に、私は思わず顔をしかめていた。
それが分かったのだろう。
「だからこそ隊長がつけるコードは、この部隊では嫌われるんですよ。
皮肉なことに……呼ばれた相手が嫌がるからこそ、部隊内では流行るんですけどね……」
【眼鏡】なんてコードをつけられているヤマトさんは、苦笑しながらそう私に教えてくれる。
私は彼の声に思わず頷いていたが……隊長はそんな私たちを無視して言葉を続けていた。
「あの【鬼教官】が結婚退職した時、【金髪】のヤツは仕方なく新兵の訓練をしていた。
不運なことに、その中には『プリムラ卵』出身者がいて……それが間違いだったのだろう」
「……間違い、ですか?」
ポツリと【死神】隊長が呟いたその言葉に、私は思わずムッとして尋ね返していた。
何しろ、その【金髪】さんが『プリムラ卵』出身者の訓練をしていたということは、今の隊長と私のような関係だったということだ。
……それを間違いと断じられるなんて、流石に黙って聞いてはいられない。
そんな私の不機嫌に気付くこともなく、隊長は話を続けていた。
「……ああ。
アイツは……【金髪】のヤツはあまり意識をしていなかったらしいが、どうやらあの女に惚れられていたのは傍から見ても明白だった。
だからこそ……アイツはあんな目に遭ったんだ」
──あんな目?
隊長のその表現が気になった私は、思わず眉を顰めていた。
そんな私に気付くこともなく、ヤマトさんは肩を竦めてヴォルフラム隊長に話しかける。
「彼は楽天的で鈍感でしたからね。
戦闘技量はかなり高くても、人間関係の機微を読めず、そして何よりも身内に甘いタイプの人間だった」
ヤマトさんの説明を聞いた私の胸中に、不意に嫌な予感が走っていた。
ここから先の話は、聞かない方が良いような……そんな予感。
──だけど、この話は聞かなきゃ。
少なくともこれから先、ヴォルフラム隊長の隣で、公私共にパートナーして暮らそうと言うのなら。
大昔から伝えられている、物事に対する心得の一つに『彼を知り己を知らば百戦をして危うからずや』と言うモノがある。
……そう。
戦略だろうと人間関係だろうと、何よりもまず情報が大事なのだ。
少なくとも私はママに……当時は結構な人気者だったという母さんと結婚を果たしたママからそう習っている。
「あれは……三か月前の戦場だった。
敵は、今日のように白兵戦を挑んできていて、俺たちはその迎撃を果たしている最中だった。
……しかし、タイミングが悪かったんだろう」
「彼には、悪いことをしたと思ってます。
あの襲撃の三日前、丁度ボクが敵の『農場』から脱走を果たし、敵の情報……『農場』における結婚制度について大々的に広めてしまったものですから……」
ヤマトさんの言葉を聞いて、私は自分の胸中の嫌な予感の正体に気付いていた。
人間関係に鈍い男。
『農場』とやらの、女性が男性を決めることの出来る結婚システム。
白兵戦の戦場。
もし自分がその女の子の立場だったらと考えてみると……答えは一つしか浮かばない。
「……まさか」
「やっぱり同郷者には分かるんだな。
……そうだ。
アイツは、その『プリムラ卵』出身者に撃たれたんだ。
敵の麻酔銃を奪った彼女によって……背後から、な」
──やっぱり。
言葉には出さないものの、私はそう思ってしまう。
彼女の裏切り行為が『恋愛感情』から来ている以上、同郷の私はその行為を否定することが出来なかった。
……それは自分にとっても大事なことであり、自分が同じことをしないとは言い切れない。
と言うか、一瞬『そうする』ことを考えてしまっていただけに、「自分は絶対に裏切りません」とは口が裂けても言えなかった。
「だから俺は、そういう目的ならさっさと脱走してくれと言っているんだ。
甘い訳じゃない。
……後ろから撃たれるなんて御免だと言っているだけだ」
【死神】隊長が放った静かなその声は、私の胸に突き刺さっていた。
私が裏切った訳ではないのに、私は彼の言葉を否定できない。
……反論できない。
少なくとも彼の相棒を背後から撃った私に当たる人は、間違いなく私と同じ行動原理で動いていて……
彼女の選択は、私がしたかもしれない選択でもあったのだから。
「そういう訳だ。
そのことを知った以上、悪いが俺は、お前……アドリア=クリスティを信用できない」
「……そ、ん、な」
そうして。
私に突きつけられたのは、【死神】隊長によるそんな残酷な言葉だった。
声を出すのも精いっぱいの私に、隊長は容赦なく追い打ちをかけてくる。
「いや、我が隊の誰も信用なんてしないだろう。
誰だって背後から撃たれるのは御免だからな。
だから、脱走するなら今の内だ。
少なくとも……この隊にいる以上、お前の望みは叶わないと思うから、な」
……いや、それは追い打ちではなく、彼の優しさだったのかもしれない。
何しろ彼は、「私の望み」を否定する訳でもなく……ただ「この『へび卵砦』第二機甲師団第三部隊に所属する限り叶わないだろう」と言っただけなのだから。
だけど。
だからと言って、一目惚れした相手に「信用できない」なんて言われて耐えられる訳もない。
そう聞かされた私は居た堪れなくなって彼の前から逃げ出すしかなかったのだった。




