第二章 第四話
第二機甲師団第三部隊……つまり、さっき出撃した格納庫に舞い戻った私たちを待っていたのは、『トリフィド』の凄まじい群れだった。
上手く格納庫内に忍び込み、格納庫全体を見渡せる二階部分へと登ったものの……見なければ良かったと思えるほどの『卵』外作業服姿の面々が格納庫内をうろついているのだ。
これだけうじゃうじゃと雁首揃えられると……ちょっと正面から撃ち合うには、幾ら弱い『トリフィド』だからって分が悪いだろう。
──『歩砲』に乗れれば話が早いんだけど。
あんな水風船、『歩砲』に乗って走り回るだけで格納庫床の染みに出来てしまうだろう。
そう思って私が格納庫に並ぶ『歩砲』に視線を向けると……
「……あちゃ~」
どうやら私が考える程度の戦術は、敵も考え付くらしい。
私たちがさっきまで乗っていた『歩砲』は殆どが脚を爆破されていた。
……あの『トリフィド』の群れの中に、どうやら敵工兵が混ざっていたらしい。
アレではもう出撃さえも出来ないだろう。
「ったく。
どうして、私たちの倉庫を……」
「ま、視界さえ確保出来れば『歩砲』は一番攻撃力の高い部隊だからな。
……補給中を狙われたら弱いのは、航空機も宇宙船も戦車も『歩砲』も同じだ」
思わず口から出た私のぼやきに、ヴォルフラム隊長は舌打ちしつつもそう答えてくれる。
私を教育しようと考えている、というよりは、ただ単純に苛立ちを言葉として吐き捨てたかっただけ、なのだろう。
「けど、どうやって……」
「隔壁が歪んで閉じなくなってやがる。
その所為で砂塵に紛れて入り込まれたんだ。
……道理で無理を押してでも格納庫内に特攻して来ない訳だ」
ヴォルフラム隊長は開いたままの隔壁を睨み付けながらそう呟く。
確かに、帰ってきたばかりの時、敵『歩砲』の所為で随分と歪んでいたと思ったんだけど……まさか閉まらなくなっていたとは。
そしてそれを見越した敵『トリフィド』部隊は、私たち第三部隊が補給に戻ったその隙に格納庫へと入り込んだに違いない。
──でも、どうしてこちらの『歩砲』の脚を破壊するだけだったのだろう?
向こうが本気になれば、格納庫全てを爆破……は、火薬が足りないにしても、『歩砲』を大破させるくらいは簡単だと思うんだけど……
「……ちぃっ。
恐らく、あの中に工兵が混じってやがる。
基地の情報やこちらの『歩砲』構造を抜き出すのが目的か……」
どうやらそれが、敵が未だに『歩砲』を完全に破壊しない理由らしい。
そして……未だこの格納庫内に敵が留まったままの理由でもあるのだろう。
つまるところ、この奇襲は『へび卵砦』を落とすためではなく……全てはこちらの兵器や配置など情報を盗むためのものなのだ。
……しかしながら。
──コレ、無理じゃないかな?
私は『トリフィド』の群れを眺めながら、そんな不謹慎な感想を抱いていた。
事実……敵は数え切れないほど格納庫に集まっていて、しかもこちらは『歩砲』が使えない有様である。
幾らこうしている間に大事な情報を盗まれ続けているのだとしても……私が頑張ったところで銃弾には限りがあるのだ。
そして何より、こちらにはまだ援軍すら来る様子もない。
──援軍?
そう思ったところで私はふと我に返る。
さっきからヴォルフラム隊長と二人きりで走り続けているものだから、私たち二人だけで戦争をしている気になっていたし、私たち二人だけでこの格納庫内の敵を全て倒さなきゃならないつもりでいた。
……だけど。
第二機甲師団第三部隊は私たちだけじゃない。
あの【ハゲ】さんや【タンポポ】さんみたいな他の仲間もいる筈で…… 私がその疑問を尋ねようと口を開いた、その時だった。
「……このままじゃ埒が明かないな。
アドリア=クリスティ。
フォローを頼む」
ヴォルフラム隊長は突然、そう一言だけ告げると……突如として立ち上がり、真下でうじゃうじゃと群れている『トリフィド』たちに向けて銃を放ったのだ。
──んなっ?
その隊長の、暴挙としか思えない行動に私は目を見開いていた。
だって……どう考えても無謀でしかないのだ。
──幾ら動きの鈍い『トリフィド』相手だからって、この数を相手に撃ち合って、勝てるはずがないっ!
私はそう内心で絶望しつつも隊長に続くべく立ち上がり、銃口を眼下へと向けた。
……その時だった。
私の動体視力は、敵の数百を超える『トリフィド』の中に、銃声で咄嗟に上体を伏せた人影を見切っていたのだ。
隊長は銃口を真下に向けながら……
「分かったか?」
そう叫ぶや否や、銃弾をぶっ放していた。
彼の狙いは、さっき上体を伏せていた人影。
つまり……『トリフィド』に混じっていた工兵っ!
「~~~っ!
は、はいっ!」
彼の意図を理解した私は手に持った小銃を、さっき身体を屈ませた人影へと向ける。
幸いにして、私は長期記憶に比べて短期記憶が優れている方で……五人がどの辺りに居たかを、凡そ覚えていた。
だから、その辺り一帯に小銃の先を向け、欠片の躊躇もなく引き金を絞る。
──当たれぇええええええええええっ!
内心で叫びながら、私は銃弾をばら撒いていた。
……相手が人間だ、なんてこと、一切考えることもなく。
私の放った銃弾は眼下にいた工兵だか『トリフィド』だか分からない人影に次から次へと突き刺さり、バタバタと人影は倒れていく。
──次っ!
一人目が潜んでいただろう辺りを全て薙ぎ払った私は、次の場所へと視線を移す。
「いたっ!」
そこでは私たちに気付いたらしくこちらに銃口を構えようと動き出した『トリフィド』の中でただ一人、こちらに背中を向けている人影があった。
私はその背中に向けて、躊躇わずに引き金を引く。
……私が手にしている小銃の集弾率はあまり芳しくないらしく、逃げ出した人影を狙ったというのに、何故か周囲の『トリフィド』たちがバラバラと倒れていく。
勿論、逃げ出した工兵は見事に倒れたから、まぁ、成果は上々なんだけど。
──人を、撃った。
その事実に私の手は一瞬だけ震える。
だけど……今は、それどころじゃない。
──次、は……
私は自分の中に生まれた弱気を、唇を噛むことで追い払うと、次の工兵を探すべく、銃口を走らせる。
……そして、こちらに銃口を向ける『トリフィド』の中でただ一人、その白い『卵』外作業服の人形を押し分けて逃げようとしている人影を見つけ、銃口を向け、引き金を放つ。
丁度、その時だった。
「馬鹿野郎っ!」
ヴォルフラム隊長の叫び声が響いた次の瞬間、私は突如襟首を掴まれ、身体ごと押し倒されていた。
その直後……さっきまで私が立っていた位置を何かが通り過ぎて行くのが見えた。
恐らく、『トリフィド』の放った麻酔銃、だろう。
あと数瞬隊長の動きが遅ければ……私はアレが突き刺さっていたに違いない。
「──っ?」
私は驚きの声を上げかけたが……足元の鋼板に叩きつけられた痛みで生憎と息を呑むことしか出なかった。
……いや、正直に言おう。
ヴォルフラム隊長が身体ごと私を押し倒したのだ。
彼の鋭い眼差しが、戦士と言わんばかりの顔つきが、私の眼前間近にある。
身体の上に感じる重みは、女の子とは全く違う、無骨な感じの身体が私に圧し掛かっていて……
ついでに言えば、さっきまで走り回った所為か、彼の身体からは汗の匂いがちょっと私の鼻を突いて……でもそれが不快じゃなくて。
自分の顔が真っ赤に染まってくるのを自覚する。
──私は汗臭く、ないかな?
さっきまで走り回っていた所為か、そんなことを一瞬だけ考えてしまうものの……
すぐにその至近距離にある彼の鋭い眼差しにそんな思考は霧散してしまう。
「……あ」
戦場のど真ん中、しかも敵に狙われているその最中だというのに、私はそんなことの一切を忘れ、すぐ傍にある彼の唇に向けて、自分のそれを伸ばそうと……
「良くやった。
さっきので、この場の工兵は全て斃れた。
……次に、行くぞっ」
だけど、まぁ、当然のことながら、そんなことをしている暇なんてある訳がない。
と言うか、【死神】隊長は至近距離にあった私の顔に注意を払うこともなく、さっさと中腰で立ち上がると、上体を屈めたまますぐに走り始めた。
「あ、はいっ」
私はその素っ気ない態度にちょっと唇を尖らしつつも、すぐに彼の真似をして走り始める。
慣れない中腰の走りはあまり早くなく、しかも不恰好だけど……こちらを麻酔銃で狙っている『トリフィド』がいる以上、恰好なんて気にしていられない。
そうして格納庫から身体半分を外へ出した時のことだった。
「いやだぁああああああああああっ!」
突如、格納庫内に大きな悲鳴が響き渡る。
あの声は……
「……ヤマト、さん?」
「……何をやっているんだ、アイツは」
あれだけ大きな叫びである。
当然のことながらヴォルフラム隊長も気付いたらしく、足を止めていた。
その所為で、声の方向を向いたまま中腰で走っていた私は、彼の背中にまたしてもぶつかってしまう。
だけど、状況が状況の所為か、【死神】隊長からそれを咎める声はなかった。
……もう慣れたのかもしれないけれど。
「助けてくれぇええええええええええっ!
もう、あそこには戻りたくないんだぁあああああああああっ!」
ヤマトさんがいたのは格納庫のすぐ近くにある整備班が使う居住区だった。
居住区の扉は無残に破られ、十体ほどの『トリフィド』が、彼の元へと迫ろうとしている、らしい。
ヤマトさんは必死に書類や工具を投げ、机を盾に上手く立ち回っているように見えるけれど……アレでは時間の問題だろう。
「ちっ。足を引っ張りやがって。
じゃ、まずはあっちだ」
「あ、はい」
助けに行くのが当然というヴォルフラム隊長の言葉に私は頷きながらも、頭では別のことを考えていた。
──あそこ?
泣きながら叫ぶヤマトさんは、死ぬことよりも何処かへ連れ去られることに脅えているように思える。
でも、惑星間条約や企業条約で捕虜の虐待や拷問は大きく制限されている筈だった。
破れば法的な拘束力以上に、『企業イメージの失墜』という何よりも恐ろしい罰則が待っているのだ。
──だとしたら、彼が脅えているのは何故?
「じゃ、さっさと片付けるぞっ!」
「あ、はいっ!」
私の思考はヴォルフラム隊長の叫びによってあっさりと遮られていた。
幸いにして格納庫から少し外れたこの辺りには『トリフィド』の数はそう多くない。
……しっかりと数えたところ、八体しかいないのだ。
──狙って、撃つっ!
隊長の銃撃によって六体が、私の放った銃弾が残り二体を葬り去る。
全自動で動くらしき大量生産の水風船を潰すのに、葬り去るという表現が正しいかどうかはよく分からないけれど。
兎に角、私とヴォルフラム隊長は愛の奇跡と言うべきか、息は本当にぴったりで……目も合わせることもないまま見事な連携を見せ、あっさりと眼前の水風船たちを全て叩き潰すことに成功していたのだ。
「【眼鏡】……相変わらず鈍くさいヤツだな」
「助かったよ、ヴォルフラムっ!
また地獄へ逆戻りかと思ってたんだ!」
隊長の呆れたような声で助かったことに気付いたのだろう。
ヤマトさんは涙で顔をグシャグシャにしながら事務室を飛び出してきた。
──良い人、なんだけどなぁ。
その情けないとも言える姿に、私は彼の評価を少しだけ低すると共に……ため息を一つ吐き出す。
……やっぱり男性と恋愛するんだから、女の子である私が頼れる人じゃないと。
ヤマトさんを減点したのは、そういう思いがあるからだ。
ただでさえ男子と見紛うような体型と、そして男勝りの運動神経をした私は、故郷の【プリムラ卵】では頼られることばかりだった。
しな垂れかかられることも多々あったと言っても過言じゃない。
そんな私でも、こうして男社会へと足を踏み入れたんだから、頼る側に回りたいと思っても別におかしくはないと思うのだ。
「ったく。
てめぇが無能な所為で、うちの『歩砲』が全滅してたぞ?
……ちゃんと面倒みやがれってんだ」
「頭脳労働のボクに何を期待してるんだよ、ヴォルフラムっ」
ヴォルフラム隊長のぼやきを、ヤマトさんは大声の抗議でやり過ごす。
そんなやり取りをしても全く険悪になってない辺り、この二人の間にはしっかりとした信頼関係があるに違いない。
と、私が二人を生温い視線で見つめていた、その時だった。
「アドリアっ!」
【死神】隊長はそう叫びながら、事務室の入り口……格納庫の方へと銃口を向けていた。
「は、はいっ!」
それを目にした瞬間、私は返事を返しつつも手に持っていた小銃を彼と同じ方向へと向け、引き金を引く。
同時に、辺り一面に銃声が響き渡り……
こちらへと向かって来ようとしていた『トリフィド』は真紅の液体をまき散らしながら床へと倒れ込んだのだった。
そうして、発砲による残響が耳からやっと取れた、その時だった。
「相変わらず凄まじい腕だね、ヴォルフラム。
もうちょっと筋肉質なら、絶対に惚れているところだよ……」
ヤマトさんがいきなりそんな、とんでもないことを言い出したのだ。
いや、彼がそういう人だってのは理解している。
理解はしているし、ちょっとだけどんなことをしているのか興味があるのも事実なんだけど……
──ヴォルフラム隊長に色目を使おうとするのは許せないっ!
私がそう内心で叫びながら、手にしていた小銃の安全装置を外そうとする。
……だけど。
「……やめろ、気色悪い」
ヤマトさんの言葉にも、ヴォルフラム隊長はそんな素っ気ない返事を返すだけだったのだ。
どうやら彼はヘテロセクシャル……異性愛者らしい。
その事実が確認できた瞬間、【死神】隊長の運転する『歩砲』から降りた瞬間よりも、さっき『トリフィド』に銃口で狙われた瞬間よりも……
ただその事実にこそ、私は安堵していのだった。
「ですが、安心して下さい、ヴォルフラム。
今回の敵の目的は『人狩り』じゃなく『データ収集』の方ですっ!」
「……んなことは分かっている」
「気色悪い」という一言で一蹴されたヤマトさんは、話題を変えるかのようにそう叫ぶ。
が、【死神】というコードを持っているヴォルフラム隊長は、そんなヤマトさんの努力をもやはり一蹴してのける。
「勿論、データはダミーと差し替えていますから大丈夫です。
基地情報や『歩砲』の基本設計は、外部からだとボク好みの男性のヌードの3Dフォトデータへと書き換わるように設定しましたから!」
「……相変わらず悪趣味なヤツめ。
まぁ、それくらいは仕事してきゃこの場でクビにしてるがな」
ヴォルフラム隊長とヤマトさんはお互いに気心が知れた仲なのか、そんな気軽なやり取りをしていた。
……だけど。
「……『人狩り』?」
さっきから二人が交わしている会話の中に現れたその単語が、何故か私は妙に気になっていた。
……だからだろう。
知らず知らずの内に私は、先ほどヤマトさんが呟いたその一言を鸚鵡返しのように口にしていたのだった。




