超古代遺跡と伝説の悪魔
「なにここ?」
三人が転送された先は、穏やかな光が満ちる石造りの建物だった。研究所の地下のように、ドーム状になっている。壁も床もツタが這っている。建物内に満ちる光は、天井から射している。それは人工的な光ではなく、自然の光だった。
紅樹がさっそく調べる。ひんやりとした石を触る。石の劣化具合から、とてつもなく古い建物だと推測できた。
「おそらく建造されてから数千年経ってる」
「数千年!? そんなありえないでしょ。大破壊の後、残っている古代遺跡ってせいぜい千年前くらいに造られたものでしょ」
アリスはあまりのことに叫んだ。
「確かに俺達が現在『古代遺跡』と呼んでいるのは、破壊前に使われた年号で言うと、西暦一六〇〇年前後の建築物だ。それ以前の建物はなぜか全部壊れて無くなった。だが、ごく一部、数千年経っても残っている建築物があるそうだ。それが超古代遺跡と呼ばれているものだ」
「そうなんだ……」
アリスは言葉を失った。人類が繁栄を極める前から世界に存在し、大破壊を経験してもなお生き残る超古代遺跡。それはアリスの想像をはるかに超えていた。
「つーか、アリス。お前の親父さんは民俗学者であり、考古学者でもあったんだろ。それくらいお前も知っとけよ」
ザンが呆れたように指摘した。
「し、仕方ないじゃない。お父さんはあんまり仕事のこと教えてくれなかったし、お父さんが持ってる本を読んでもさっぱり分からなかったんだもん」
「あー、もしかしてアリスって勉強できないタイプ?」
「バカで悪かったわね。そうよ。勉強より体を動かしてる方が好きよ」
アリスは膨れっ面でそっぽを向いた。
「まぁ、誰にも苦手はあるさ。それよりこの遺跡はどの辺にあるんだろう」
遺跡内は窓がなく三人がいる場所を示す手がかりがなかった。
「先に進んでみたら分かるんじゃない?」
アリスが指した先には道が続いている。
「ここで俺の出番だぜ」
ザンは懐から手のひらサイズの機械を取り出した。それはタッチ式のディスプレイパネルが付いている機械だった。
「お、位置情報を検索する最新のコンパスか」
紅樹は興味深そうに言った。
ザンは誇らしげに説明する。
「モンスターハンターの必需品だぜ。いまだに変化し続けているヘンゲン大陸も把握する高機能地図が閲覧で来て、今いる場所を特定できる。しかも超空間通信だから圏外なし。水深500mまで耐えられる対水圧加工。マグマに落としても五時間なら耐えられる対熱加工。そしてダイナマイトで爆破しても壊れない耐久性。これだけの機能が付いて、お値段なんと三十万円なり!」
「さんじゅうまん!? 無茶苦茶高いじゃない!」
アリスは値段に驚いた。
「ハンターは過酷な環境で狩りをすることもある。高くてもこれだけの機能が付いていたら安いんだよ」
そう言いながらザンはコンパスを起動させて位置を検索する。
だが、画面には「検索できませんでした」の文字が浮かんだ。
「あれ? おかしいな。んなバカな」
「壊れてるんじゃないの?」
「それはありえねぇよ。昨日まで使えてたんだしよ」
ザンは再度、位置情報を送信する。しかし結果は同じだった。
「どーなってやがる」
「それで検索できないなら、ここは異次元かもな」
紅樹が意見を出した。
「異次元? ああ、そうか超空間通信は異次元でも使えるしな。地球上にいるならコイツで検索できるけど、別次元なら検索できねぇか」
「そんなバカな」
アリスは、ありえないという顔をする。
「転送された先が異次元なんてよくある話だ。異次元なら数千年前の遺跡が残っていても不思議ではない」
ザンはコンパスをしまった。
「つーかよ。なんとなくだけど、グンハ村の伝承に出てきた遺跡ってここの事なんじゃねぇか」
「ああ、俺もそう思った。あの研究所には伝承にあった言葉が見つからなかったからな」
紅樹もザンの意見に同意した。
ザンは奥に続く道を睨む。
「しかも、例の二人組。先に居やがるぜ。音が聞こえる」
「気配が復活したな。研究所に居た時よりはっきりと感じる」
紅樹の頬に冷たい汗が流れた。
「紅樹、大丈夫? 顔色が悪いよ」
アリスは紅樹の様子を心配する。
「ああ、大丈夫だ。気分は悪くないが、頭の中で非常警報が鳴り響いている感覚だ。この気配、もしかすると……」
紅樹の表情が険しくなる。
「ここで立ち止まってても仕方ねぇ。虎穴に入らずば虎児を得ず」
肩に担いだ銃を手に持つ。
「いくぜ」
ザンの音頭で遺跡の奥へと踏み入る。
しばらく進むと、ザンは辺りを見回した。
「生き物の匂いや息遣いがするのに、飛び出してこねぇな。なんか、マクラ森の状況と似てやがる」
石畳の道を歩いていくと、道が三つに分かれていた。
「ザン、どれだ?」
「右」
「気配からして、左だ」
「分かってんなら聞くんじゃねぇよ。頭ぶち抜くぞ」
ザンは文句を言って睨む。
左の道を進むと、だんだん天井が高くなり、かなり広い道に変化していった。
「近いぜ」
「ああ、気を抜くなよ」
紅樹は刀に手をかけて臨戦態勢を取る。
「ごめん。ちょっと待って」
アリスが苦しそうに立ち止まった。
「なんだろう? これ。すごく苦しい。それに寒い」
自分の体を抱いて震える。
「おいおい、まさか遺跡の罠か?」
ザンはオロオロと慌てた。
「いや、違う。例の嫌な気配に中てられたんだ。アリス、深呼吸しろ」
紅樹に言われるまま、アリスは深呼吸をする。
「そうだ。ゆっくりでいい。へその下あたりに溜めるイメージで息を吸って、吐いて」
優しく語りかけながら、紅樹はアリスの背中に手を置く。
深呼吸をすること数回。段々と、アリスの震えが落ち着いてきた。
「ありがとう。なんか楽になった」
まだ苦しそうだが、それでも笑顔になった。
「なぁに、女の子に優しくするのは男として当然だ」
「よく言うぜ。十五歳以上はお断りのロリコンのくせによ」
ザンは悪態をつく。
「ふん。今、それは言わんでもいいだろう。それより、ここから先に進むのは結構、気合いがいるな」
紅樹は進む先を見つめる。その奥からは禍々しい気配が漂っていた。
「ザン。よく、こんな中で平気だよね」
「え? だって俺、なーんも感じねぇもん」
ケロリと平気な顔して言う。
「カンが悪いって、こういう時は便利ね」
アリスは、ザンの態度に少し殺意が湧いた。
「とりあえず、進もう。アリス、ここからは俺と手をつないでいこう」
紅樹が手を差し出す。
「え、それは……」
「安心しろ。ロリコンとかそういうのは抜きでの提案だ」
「まあ、それなら良いけど」
若干警戒しつつアリスは差し出された手を握る。
途端に気分が軽くなった。
「うわ、凄い! なんで?」
「俺の気で君を覆って、あの気配を遮断した。これで何とかなるはずだ」
「そうなんだ」
アリスは自分の体を確かめる。別段何かが覆っている感じはしない。しかし、握っている手は力強く暖かかった。よく考えると生まれてから今まで、握ったことがある男の手は父親くらいだった。つまり初めて身内以外の手を握ったことになる。
「なんか顔、赤くね? 実は紅樹の手を握ってドッキドキなんじゃね」
ザンがからかうように笑う。
「な、そんなことないっ」
努めて平静に答えた。が、実際の所はザンの言うとおりだった。
「バカはほっといていくぞ」
紅樹は歩き出す。
「もうすぐ、例の二人がいるゴールだ」
果たして、紅樹の言うとおりだった。三人の目の前には巨大な扉が現れた。
その扉の前に立つと、ゆっくりと開いていき、部屋の様子が見えてくる。
部屋はとても広かった。入り口から最奥までざっと見て二十メートルはある。天井は高く五十メートルくらいある。奥には巨大な祭壇がある。明らかに重要そうな部屋だった。
その部屋の中心で、待ち構えるように黒と白の人物が立っていた。
それぞれ、全身が同じ色で統一されたスーツを着ている。
黒の人物は美しい男だった。色白の肌が黒のスーツに映えている。輝く宝石のような青い目。整った顔立ち。長い黒髪は透き通るような輝きを放っている。背は高い。太過ぎず痩せすぎず絶妙な体格をしていた。そして手には長いステッキを持っている。
白の人物は全身白いスーツを着て、白いコートを羽織っている。コートのフードを目深にかぶっているため、表情は分からない。
「よくここまで来たね。あの転送扉の鍵を持っているとは驚いたよ」
黒の男が、低いよく通る声で話しかけてきた。
手に持ったステッキを石畳に打ちつける。
「だが、君達は何者かな? 私の波動を浴びて平気でいられる人間は珍しいのだが」
紅樹たちは部屋に入って二人組と対峙する。
男の問いかけに、さらにアリスは前に出る。
「忘れたとは言わせないわ。お父さんはどこ!」
父親を連れて行った男が目の前いる。紅樹と手を握っていなければ、飛び出して胸倉をつかんでいるところだった。
「う~ん?」
青い目を細めてアリスを見る。そして、思い出したのか声を上げた。
「ああ! ガーランド先生の娘さんか。いや大きくなったね」
まるで久しぶりに会った親戚のような反応だった。
「答えて! お父さんはどこ!」
「どこと訊かれれば、ここと答えるよ」
懐からペンダントを取り出す。斑模様の石がはめ込まれた簡素なペンダントだった。
「え?」
アリスの口から疑問の声が出た。
「もしもーし、ガーランド先生? ガーランド先生?」
男が石に語りかける。すると、石がぼんやりと光って、立体映像で人が浮かび上がってきた。
「はい。ガーランド先生だよ」
アリスに見せる。
「お父さん!」
アリスは叫ぶが、まるで反応がない。
「ああ、無理だよ。人並みの反応は出来ない。聞かれたことのみ答えるよ」
「どういうことよ」
「だってこれは、ガーランド先生の知識しか入っていない。いわばデータの塊だよ」
男はしれっと説明した。
「これは『英知の首飾り』。優れた人物の知識をこの石に蓄積することが出来るのだよ」
「じゃあ、お父さんはどこにいるの!」
「だから、ここだって。このペンダントに居るって」
困惑した顔で男はペンダントを見せる。
そのとき、アリスは最悪の展開に思い至ってしまった。
「まさか。まさか。お父さんは死んだの?」
「え? ああ! ガーランド先生の肉体のことを聞いていたのか。これは失敬。どうにも人間の感情を読み取るのは」
「いいから、答えなさい!」
話をさえぎってアリスは叫ぶ。
「死んだよ。私が殺した。欲しかったのは肉体ではなく、知識だったからね」
何の呵責も無く答えた。
その言葉を聞いて、アリスは崩れ落ちた。
「そんな」
衝撃の事実にアリスは震えた。
今まで黙っていた紅樹がアリスをかばうように前に出た。
「外道が。覚悟は出来ているだろうな」
男を鬼の形相で睨む。
「ぶっ殺す」
ザンも怒りの表情で銃口を向けた。
「残念だけど、人間に私は殺せないよ」
「怨、恨、狂、凶、負」まさに言葉に表すならば、そう表記できる。そんな禍々しい気配が男から発せられる。
アリスの手を放して、飛び出そうとした紅樹の動きが止まった。否、動けなかった。今、彼女の手を放して動けば、この恐ろしい気配に中てられてアリスは死ぬ。そう確信させるほどに男の気配は狂気に満ちていた。
紅樹の表情を見て、黒の男は勝ち誇ったように笑う。
だが次の瞬間、男の上半身がはじけ飛んだ。続けざまに、白の男も上半身が消し飛んだ。
「なに、ぼーっと突っ立てるんだ。タコ」
煙を上げる大銃を肩に担いでザンは言った。
「ザン。お前」
紅樹は吹き荒れていた気配が消えて、ホッと胸をなでおろす。
「あん? なんだよ」
ザンが不思議そうな顔をした。
「いや、お前がいてくれて」
紅樹は言葉を紡ごうとしたが、出来なかった。
下半身だけになった男の死体から、再び禍々しい気配が立ち上ったからだ。
「本当に驚いたな。なぜ、私の邪気を受けて動ける?」
下半身だけの体から声がした。下半身は踊りを踊るようにくるりと回り始める。
「私の邪気が平気なのかい?」
回り終わると、消し飛んだ上半身がもとに戻っていた。服装も元通りだ。
紅樹とザンは油断なく構える。
「俺はカンが悪いからな。なーんも感じねぇよ」
再び銃口を向ける。
「ほほう。面白い人間がいたものだ」
興味深そうに顎を撫でる。
「紅樹、この黒男ってもしかして」
「ああ。間違いない。あの狂気の邪気と、不思議な再生力。こいつは『悪魔』だ」
悪魔。それは厄介な怪物だった。世界が壊れる前、魔法技術の解明により、悪魔の存在も明らかになった。それはこの世とズレた異相世界「魔界」に住む生物。人と同じように知性を持ち、契約により人にあらゆる奇跡をもたらす存在だった。
一説によれば、世界を破壊した「大罪人」たちは悪魔から世界の理を壊す方法を知ったとされている。
「おや、悪魔と名乗らずとも察するとは。君達随分ともの知りだね」
男の言うとおり、破壊後、悪魔は姿を消した。魔法による召喚も出来なくなった。人間界と魔界との境界が遠ざかったことが理由だった。そのため今では伝説の生き物として語り継がれるのみとなっている。
「いかにも。私は悪魔だ。名前はクリスタ・アールベント・モンパティ・ヨルマゲ・シェン・ググラガ。親しみをこめてググラガと呼んでくれたまえ」
ググラガと名乗った悪魔は大仰にお辞儀した。
「そして、これはペットのボンキー君だ」
ググラガの傍に倒れていた白い男の死体が動く。
肉が盛り上がるように気色悪い音を立てて体が再生していく。
再生した姿は異様だった。フードなどは再生せず、肉体のみが元に戻っている。現れた顔には何も付いていなかった。のっぺりとしたタマゴのような頭。真っ白の体。それはまるでマネキンのようだった。
「さて、自己紹介も終わった所でどうするかな? 悪魔と知ってまだやるかい?」
自身が超常の怪物だからこその余裕と自信。
「ザン。俺はアリスから離れられない。お前だけになるが、いけるか?」
「誰にもの言ってやがる。任せな。俺一人で十分だ」
ザンは不敵に笑うと大銃を構える。
「吼えろ、『牙狩り』!」
ザンの号令で銃が吼え猛る。銃身から青い電撃を放って、強烈なプラズマ弾が発射された。
空気の壁を破って弾はググラガに飛んでいく。
しかし、着弾する直前で弾が停止。
「同じ手は効かないよ」
弾が跳ね返されて、ザンへと飛来する。
「なめんなぁっ!」
銃の本体部分が爆発的に盛り上がってシールドを形成。プラズマ弾を防いだ。
防御したと同時に、ザンは地面を蹴って移動。移動する最中に銃身が変化する。銃身は砲身へと変化してガトリング砲になった。
「うらぁっ」
ガトリングが回転して銀弾を吐き出す。
それは銀の大雨。空気を震わしてばら撒いた。
ググラガはその弾幕をステッキを回転させて防御。しかし嵐のように吹き荒れる銀の弾幕は、ステッキの盾を縫ってググラガの体を削っていく。
「銀は効くみてぇだな。だったらこれをブチ込む!」
ザンは距離をさらに取って狙いを定める。牙狩りはガトリングからさらに変化。長身のライフルに変化する。
「超電磁狙撃銃だ。喰らえ」
乾いた音と共に銀弾が発射される。狙い過たずググラガの左胸に命中した。
「ぐうぅうう」
うめき声を出して膝をつく。
「その隙は逃さねぇ!」
牙狩りを再びガトリング砲へと変化させて、銀弾をありったけばら撒いた。
だが、今度はボンキーが盾となって防ぐ。
「邪魔すんなあああああ」
ザンが叫ぶと、ガトリング砲はさらに回転数を上げて際限なく銀弾をばら撒く。
それでもボンキーの壁は破れず、やがて砲身が止まった。
「はぁはぁはぁ。クソ。どうなってやがる」
荒い息で悪態をつく。
あれだけの弾丸の嵐にも耐えたボンキー。それどころか撃ち込まれた銀弾を飲み込んで体積が倍以上に膨れ上がっていた。
「ナイスだ。ボンキー」
左胸に撃ち込まれた銀弾を取り出して、ググラガは立ち上がる。
「いやはや。死にはしないが、銀弾は痛いな」
埃を払ってザンを見る。
「その不思議な銃。牙狩りとか言ったかな。良い銃を持っている。それは『賢者の石』を組み込んだ錬金術の銃だね」
ググラガの指摘通り、ザンが持つ牙狩りは錬金術の粋を集めて作られたものだった。錬金術が生み出す最高の物質「賢者の石」。それは無から有を生み出すことが出来る超物質である。それを銃に組み込むことで、形態を自在に変えて弾を無限に生み出すことが出来る。
「理論上は無限に撃てる最強の銃だけれど、賢者の石を発動させるのに君の魔力を使っているようだね。だから疲労する」
ググラガは冷静に分析していく。
「それでも、あれだけ使えれば凄い。普通の人間ならとっくに魔力が尽きて死んでいる」
先ほどの戦闘で削れたステッキを一回転させて元に戻す。
「では、君は何者か。常人より優れた魔力。私の邪気を物ともしない体質。そして手に描かれた十字架と数字が答えだ」
ステッキを地面に突いてザンを指差す。
「君は鬼攻兵のクロスナンバーシリーズではないかな?」
首を傾げて尋ねる。
「知るかよ。俺が訊きてぇくらいだ」
ザンはググラガを睨んだ。
「ふむ。記憶喪失の未帰還兵か。それともレプリカか。なんにせよ、まだ生き残っていたのは珍しい」
ググラガは興味深そうに頷く。
「鬼攻兵だとしたら少々分が悪い。戦うのも楽しいが、今はスターレインが最優先だ。というわけで、ここはボンキーに任せて私はお暇しよう」
ググラガの足元に魔法陣が現れる。
「待ちやがれ!」
銃を撃つが、ボンキーが盾になって飲み込む。
「また会おう。鬼攻兵達よ」
一礼すると、姿が掻き消える。
「逃げやがった」
ザンは悔しそうに言った。
残されたボンキーはザンに立ちはだかる。
互いの間に緊張の糸が張りつめた。