現実世界3
残念なことに忘れていなかった。寝起きの気分としてはあまりよろしくなく、夏休みの宿題が残ったままの小学生の気分であった。締め切りは明日であり、なかったことにすると明日はどうなるのだろうという不安感がある。
今日もまた、「変な夢を見た」という一言で終わりにするには少々気になることが多かった。そしてまた、私個人でもあんな絶世の美女のお誘いを断るのはなんでだろう、と思う気持ちがなくもない。
問題はただ一つ。
……山田くんに尋ねた後に、可哀想な人を見られる目でそっと距離をおかれる可能性についてだけだ。
* * * * * * * * * *
昼休みの時間、菜々美に熱く放課後アイスを誘われながらも、全力でスルーした。
「また山田くんを誘ってみたら?」
「誘ったんだけど、私1人って言ったら断られたのよ」
むぅ、と頬を膨らませる菜々美。そりゃあ彼氏持ちの女の子と2人きりでアイスに行こうという誘いは出来れば断りたいだろうに。いやそれ以前にアイスという選択が間違えていると誰か伝えるべきである。
「楓もいたら来るかもしれないし、一緒にいこうよ! 楓と2人きりでもいいし!」
「寒いからやだ」
そう言いながらも勇者様に聞きたいこともあるし、山田くんが行くなら一緒に行こうかと思う私だった。
……しかし未だに夢が夢であったらどうしようという不安もなくもない。これからの高校生活のためにも、夏休みの宿題はなかったことにすべきだろうか。
悶々と考えながらも昼食を終え、菜々美と2人で教室に向かう階段を上っていると後ろから声がかかった。
「あ、長崎さん?」
振り返ると階下に山田くんがいた。人の良い笑顔を浮かべて手を振っている。
「あれ、山田くん」
「今日、菜々美さんとアイスを食べに行くの?」
「どうしようかなって思ってるところ。山田くんは?」
「俺は……」
急に山田くんの表情が変わった。
「長崎さんっ、あぶ…!」
肩の部分に何かがぶつかった衝撃がして……視界がぐるりと変わった。
え、ちょっと、ま。落ち、る。
目の前がぐらりとゆがみ、スローモーションのようなゆっくりとした動きで私は重力に引きつけられた。
最後に視界に入ったのは、慌てた顔で手を広げる山田くんだった。