異世界4
「おいしい!」
「好きなだけ食えよ。俺んちのお菓子じゃないけど」
クッキーのような形をしたそのお菓子は大変美味しく、ハクセイに勧められるまま遠慮無く頂いた。いっぱい食べているが夢だからきっと太らない。美味しいのに太らない。楽園がここにあった。
完璧な至福の時を過ごしている私の前に、いつの間にかいなくなっていたランスが隊長を連れてきた。チェンジが効いたのかもしれない!
「カエデ殿」
大人の渋みが漂うダンディ隊長は私の側の机に身体を寄りかけると、少し笑った。
「……美味いか?」
「とっても!」
両手にお茶とお菓子を持ってこくこく頷く私、観光気分な庶民代表であった。
「その菓子が一番ジロー殿に好評だったな。そちらの世界ではクッキーというものに似てるんだとか」
「味も形もそっくりですね」
勇者様ご推薦のお菓子か……。売る店で「勇者様のお気に入り!」といった金看板がかけられそうな気がする。
「ランスの手作りだけどな」
ブフゥ!
ぼそっと言うハクセイに思わず茶を吹き出した。え? ええ?? あんなごっつい身体しておいて、手作り!?
凝視する私の視線に気づいてランスは「ミア姫が好きだから作っただけですから!」と言い訳した。
これ以上突っ込んではいけない話題のような気がして、無理矢理私は話題を変える。
「ジローって」
そう言いかけると、ふっと隊長が笑った。そう、その話題をしに来たのか、隊長は。先日は続く衝撃的事実に疲れてしまい、早々に戦線離脱して近くの民家で寝かせて貰ったため、勇者の話はろくに聞いてなかった。
「勇者のジローってどんな人なんですか?」
「私からも話すつもりではあったのだが……ジロー殿はカエデ殿とおなじように、そちらの世界からいらした方だ。カエデ殿とは違い、夢の狭間ではなく完全にこちらの世界に身体が存在していたため、魔王を倒すまでそちらの世界に帰ることはなかったはず」
かつて世界には魔王と呼ばれる存在がいたという。空は闇に覆われ、魔物が闊歩し、世界は暗雲たちこめる状況の中にあった。いつの日か魔王を倒そうと、この国は騎士団の全力をあげて魔物と争っていた。ある日予言者が言ったという。
この世界を救う勇者が現れると。
「それが、山田くん?」
「そう、ジロー殿だ。魔王軍との戦いは一年もたたぬうちに終結し、ジロー殿は魔王を倒したという」
暗雲は晴れ、世界は平和になった。魔物も出現しなくなり、花は咲き鳥は歌い、この国を中心に繁栄の輪が広がっていった。
戦いを終え、勇者と姫は結婚するものと思っていた。けれど勇者は姫をおいて、この世界から消えてしまった。
ミア姫は悲しみにくれて、朝も夜もなく泣き暮らしている。
「話というのはそのことで」
隊長は眉間に皺を寄せた状態で、一つの頼み事をしてきた。
「もしカエデ殿が明日もこの世界に来てくれるというのであれば、聞いて欲しいのだ」
世界は平和になり。姫の気持ちを伝えられた勇者。
「なぜ、姫の愛を拒否したのかを」
愛していますという姫の言葉に、小さく首を振って拒絶した、その理由を。
「……」
ひきつった笑顔のまま、私は何の返答もできなかった。
明日、山田くんに会ったときに。
「やあ、おはよう山田くん! ところで夢で見たんだけど山田くんって異世界で勇者様してきたんだって? で、なんでお姫様と結婚しなかったの? 告白断っちゃったってなんでー?」
と聞けと。
いや、うん。無理でしょう。絶対無理。可哀想な人を見る目で見られてしまうじゃないか。
かといって、断れそうな雰囲気ではなかった。ランスはじっと睨むようにこちらを見ているし、隊長は申し訳なそうながらも出来れば頼みたいという顔つきだし、ハクセイは我関せずの類でお茶を飲んでいる。高い茶菓子代だということに気づいたのはやっと今だった。
「ど、努力……します」
そう答えるのが精一杯だった。そして目が覚めたらこの約束は忘れてしまえ、と夢の中だけど思った私であった。