現実世界1
「……変な夢見た」
嫌な夢を見た後の人ならつぶやくであろう事を、私もつぶやいた。
寝起きだからだろうか、完璧に覚えている。
「山田くんがねえ……勇者様」
ぷっと吹き出すと、ぬくぬくとした布団から出た。やっぱりちゃんとパジャマを着ている。本当に夢だったんだ。
なぜ知り合い程度の関係の山田くんが勇者なのかよく分からなかったが、夢なら訳の分からないことは良くあるものだと思い、愛おしい布団を名残惜しく見つめると
「ほんと、変な夢見た」
そうつぶやいて階下に降りていった。
* * * * * * * * * *
「おはよー」
教室の席に着くと後ろの席にいる富田菜々美が笑顔で挨拶を返してきた。
「おはよ、楓。今日の5時間目が休みらしいんだけど、アイス食べに行かない?」
この寒空の下、何を言っているのかこいつは。
「そういうのは彼氏を誘って行ってやって」
犠牲者は1人で十分だと思う。
「彼氏は甘いのが嫌いだからな-。山田くんでも誘ってみよっかな」
ガタッ。
知らず知らずのうちに動揺したみたいで、机から筆箱が飛び降りた。勇者様が、寒空の下、アイスを食べると。
筆箱を拾いながらも、思わず口の端が上がってしまうので、それを手で隠すと、私は言った。
「山田くんと行くなら、付き合うよ!」
「……へ?」
勇者様のアイス姿なんて、見てみたいに決まっているじゃないか。
菜々美の彼氏は山田くんと仲良しなので、山田くんは菜々美ともよく話している。
「なんで、山田くんとなら?」
「……」
言えない、さすがに。夢で山田くんが勇者様だったなんて。
変に恋話と繋げられても困るし、間違っても夢の話はしたくないので、私は苦しい言い訳をした。
「ほら、彼氏じゃない男と二人きりでアイスを食べるなんて、馬鹿か恋人同士かと間違えられてしまうかもしれないしさ、付いてってあげようかってことよ」
「馬鹿と恋人同士しかない選択肢なんて……」
嘆く菜々美はそれでもアイスの誘惑に勝てなかったらしく、頷いた。
「じゃあ、山田くんがオッケーなら楓も誘うね!」
「うん」
どうせ私が行くなら、改めて私と2人で行けばいいんだという選択肢が思い浮かばない菜々美がとてもアホ可愛いと思った。