エピローグ
ゆらり、と視界がゆれて隣に何かがいる気配がした。どきっとしたけれど、そこに座っていたのは菜々美だった。
ここは……病院のベッドだろうか? 暗くなった病室に、菜々美が座ったまま寝ていた。
ふと見ると枕元にアイスがたくさんあった。菜々美の嫌がらせに違いない、とアイス好きのアホ菜々美を毒づきつつ、アイスをさっさと側にあった冷蔵庫にいれた。
大事なアイスを山のようにお見舞い品として持ってきたアイス魔に、風邪を引かされるところであったが、仇を恩で返すように毛布を一つ菜々美の肩に分けてあげた。
そっとベッドを降りて反対隣のベッドを見ると、そこには山田くんがいた。一緒に階段で転げ落ち、救急車で運ばれたのだろうか。大部屋らしき病室には私と山田くんとアイス魔しかいなかった。
「……」
山田くんの目がゆっくり開く。すると彼を見つめる私と目があった。
一瞬きょとん、としたあとに、理解したようで山田くんは私に笑いかけてきた。
私は寝ている菜々美を起こさないように、山田くんの側にいくと小さな声で言った。
「おかえり……山田くん」
「……ただいま、長崎さん」
はい、と差し出すその手には。
私にすっかり忘れ去られてたハンカチがあった。
「忘れてたようだけど、ありがとう、このハンカチ」
「全然忘れてないけど、どういたしまして」
ハンカチを受け取り、目と目を見合わせるとくすっと笑い合った。夢じゃなかったんだな、と改めて思う。
「山田くんが勇者様ねぇ……」
「いやいや、やめて現実でそれを言われるとめっちゃ恥ずかしい」
「あんな美人のお姫様を振っちゃって良かったの?」
「王様なんて柄じゃないし……第一もう二度と戻れないし、ね」
異世界の小さな穴を通して、私のハンカチは現実世界に戻された。ランスは二度と私も山田くんも呼び出すことは出来ないだろう。
最初から最後までただの傍観者だった私は、特に何の罰を望むべくもない。
絶対誤解したままのミア姫も、すでに隊長に殴られていたランスも、ついでに私の台詞の後に爆笑したハクセイも、酷い目に遭ってほしいと思うわけがない。
ちなみに最後の人間だけぶん殴られていた。もちろん隣の勇者に。
隊長は苦笑したあとに、「カエデ殿がそう望むのなら」と言って現実世界へ戻るために寝室へ案内してくれた。
「一部屋でよろしいか?」
「窓から突き落としますよ、隊長」
うん、多少のわだかまりは残ったが。
私は山田くんを見つめると、はい、ともう一度ハンカチを渡した。
「え? 長崎さん?」
「貸してあげる」
現実に戻ってこれないような、そんな出来事はもうないだろうけど。
山田くんがいつでも帰ってこれるように。
「いつか洗って返してね」
そう言うと理解したのか、山田くんは笑顔になった。
「……ありがと」
寝たふりをしていた菜々美が一部始終を見ていたらしく、現実世界最大のピンチがその後訪れることを、今はまだ知らない。