物語の悪役
魔女と言う言葉を知っている。と言うより、この世界の人間なら誰でも知っている物語の悪役。
魔女は人間の間に稀に生まれる亜人種の総称。闇に光る目と、色素の濃い髪。自由自在に魔法を操り、致命傷を負っても死ぬことはない。人間離れした魔女は近年まで迫害を受けており・・・今は比較的普通に暮らせるものの、差別はそう簡単になくならない訳で。
---そう、彼女は魔女だった。
ベッドに寝かされ、安らかな寝息を立てている彼女はどう見ても「悪役」には見えない。
ちら、と少女を横目で見る。
倒れた勇者を宿まで運び、力尽きて倒れた彼女の治療をすると申し出たのは自分自身だ。
あらかた傷の処置を終え、彼女をベッドに寝かせたところで---思い出してしまった。彼女が「女性」であることを。慌てて体に触れていた手を離し、背を向けた。
魔女。違う意味で、よく知っている。物語の悪役・・・より前に浮かんできたのは薬の材料。この、魔力の高い亜人種の髪や血は風邪薬からそれこそ惚れ薬まで様々な薬の材料になる。しかしながら。魔女は絶対数自体がかなり少ない上、自分から正体を明かさないので本物にお目にかかるのは初めてなのだが。
(魔女、か・・・)
怖いという気持ちより、好奇心が勝ったようだ。高い魔力と、致命傷を負っても死なないほどの生命力。これを薬の精製に応用できれば、と考える辺り重度の職業病だと思う。
壁に立て掛けてある時計に目をやる。時間にして、あれから半日が経った。彼女もそろそろ目覚める頃。その前に何か彼女に暖かい物でも持っていこう、と扉に手をかけた---そのとき。
ガタ、と背後で物音がした。と同時にここはどこだ?と眠たげな声が耳に届く。
「・・・気がついたか」
背を向けたまま、そう告げる。
呪いの効果は絶大で、顔を直接見る勇気はない。それ以前に、体が固まってそこから動けなかったのだが。
「さ、先ほどはすまなかった。まさか、君が」
「気にするな。・・・魔女を見た人間はたいがい、ああいう反応をする」
「魔女?・・・いや、そうではなくて君がその・・あの・・じょ」
面白いくらい会話が噛み合わない。魔女である彼女は以前にも、このような扱いを受けたらしいが・・・自分が言いたいことはそういうことではない。
「そういえば、なぜ後ろを向いているのだ」
最もな疑問だ。側から見れば、可笑しな光景だ。喧嘩をしている訳でもないのに、背中を向けて会話をするやつがどこにいるのか。
「そ、その・・・君がじょ、女性だとは思わなくて・・」
「は?」
「す、少し訳があって、女性と同じ空間にいるとこうなってしまうんだが、その・・・君は何ともないのか?」
情けない言い訳をした後、ふと思う。何度も彼女に「触れた」にも関わらず、彼女の様子は変わらない。
「理由は聞かないが・・・つまり、お前は女性がとんでもなく苦手で、顔も見たくない。だからそっちを向いているという訳か」
無言で頷く。今ので、だいたい合っている。
しばしの沈黙の後、背後からゴソゴソと物音がしたかと思うと、とん、とベッドから降りる気配があった。
「・・・ならば、これで大丈夫か?」
深緑のローブ。目の前に立つ彼女は、出会った時同様、それですっぽりと顔を覆っていて。
「私は、イリアだ。先ほどは助けに入ってくれてありがとう」
イリア、と名乗った彼女はすっと手を差し出した。戸惑って、恐る恐るその手を握り返す。
(あれ?)
自分のことをライト、と名乗ったところでふっと思い出した。
彼女は重傷人。ベッドから離れることなおろか、歩くなんて以ての外・・・のはずである。
「ちょっと待て。・・・どこに行くんだ?」
真横を通り過ぎ、部屋を出ていこうとする肩を捕まえた。
お気に入り登録&評価ありがとうございます。きっとムーンの方から来て下さった方々なんだろうな。しばらく続きますので、あちら共々、よろしくお願いします。