赤の魔女との出会い
進むにつれ、獣の咆哮が大きくなっていく。唸り声を頼りに足早に木々の間を抜け、森の中心・・・少し開けた場所に辿り着くと彼は足を止めた。
(あれは・・・)
およそ人の背丈の倍はありそうな、紫の毛並みをした魔物。大勢を低く構え、今にも飛びかからんとしている。ぎょろりと濁った黄色い目が見据える先にあるのは---。
「危ない!」
言うが早いか、彼は剣を抜いた。
毒狼。毒々しい紫色の体毛を持ち、その名の通り鋭い爪には強い神経毒をもつ。
その毒は感覚を残したまま徐々に体を蝕んでいく恐ろしいもの。・・・とは言え、正しい量を使えば鎮静薬にもなるので一概に悪いとは言えない。
魔物は邪魔者が入ったとばかりに、標的を変えこちらに向かってくる。
図体はでかいが、所詮は獣。知能も低ければ、動きも一直線で攻撃も避けやすい。ただ、毒爪が少しばかり厄介だ。最も安全に、かつ確実に仕留める方法。・・・飛びかかってくる瞬間。その一瞬を狙う。
「ギャアアアアアアアアア!!」
耳を劈く断末魔と共に、斬撃が魔物の首を刎ねた。ぽとり、と地面に落ちた首が恨めしげに睨みつける。魔物の残骸には目もくれず、ライトは彼のもとに駆け寄った。
「大丈夫か?!」
木に寄りかかりぐったりとしている彼を見て、はっと息を飲む。
(これは酷い)
職業柄、血の匂いも酷い怪我も見慣れている。しかし、無惨という言葉がこれほど似合う現場は見たことがない。
辛うじて息はある。五体満足、手も足も失ってはいないものの血管を損傷しているようで、腹部からの出血が酷い。まさしく『血の海』と化した一帯はむせ返るほど濃い血の匂いが充満しており、いつ他の魔物をおびき寄せてもおかしくない。どちらにせよ、一刻の猶予も許さない状況だ。
(解毒か、いや止血が先か。くそっ、こんな時に限って手持ちの薬が・・・)
こんな日に限って。薬鞄をひっくり返してみて、落胆する。来るのが遅過ぎる。どうせ助からない、と頭のどこかで嘲笑う声が聞こえた気がした。
その声を打ち消すように、必死に打開策を考えて。うるさい、黙れ。どうにかして彼を助けるんだ、と。・・・だから、その声が自分を呼んでいるのに気がつかなかった。
「おい、聞いてるのか」
「・・・え?」
ぽんぽん、と肩に触れるもの。ふと我に返れば彼は起き上がってじっとこちらを見ていた。
あり得ない。驚きのあまり、思わず持っていた薬瓶を取り落としてしまった。
「・・・お前、薬師か?何でもいいが、放っておいてくれ。どうせ大した傷じゃない。もう少しすれば歩ける」
腕を振りほどいて立ち上がろうとする彼の肩をぐっと掴んだ。
「それは聞けない。そんな傷でどこへ行くつもりだ?無茶をするな。とりあえず、この場で簡単に治療しておこう」
今すぐ命の危険はないようなので、少し安心した。しかしながら、どう贔屓目に見ても動いていいような傷ではない。とりあえず、止血をするべくローブを---引っぺがした。
「・・・・お、おお、お前は・・」
ぱさり、と長い赤髪が夜風に舞った。
随分と珍しい色をした髪だ。よく見れば、緑の瞳が光って見えるのは決して月光のせいではない気がするが、そんなことは問題ではない。
だから言っただろう、と飽きれ気味に言う---彼女。
仕方がなかった、と言い訳をする。
男言葉に、女性にしては高い背丈。おまけに深くローブを被っていて顔が隠れていたから。
そもそも。例え彼が『彼女』だと分かっていたとしても、自分は重傷人を放置して逃げるほど無責任な人間ではない。しかし。
「悪かったな。だから・・・、うわっ、どうした?!」
焦る彼・・・否、彼女の声を最後に意識は途絶える。徐々に薄れゆく記憶の最後に、きらりと深緑が輝いたのを確かに見た。
補足説明
この世界には基本的に『治癒魔法』たるものが存在しないので、怪我や病気は回復薬など薬に頼ってます。私の中の勝手なイメージは薬師=医者+薬剤師+剣士(戦える人的な)