上書き4 真相
~Another~
毎年恒例の収穫祭により、風祭市は大いに賑わっていた。
その喧騒から離れた郊外に広がる森の入り口に、数人の若い男がたむろしている。
「そういや、西九条ってどうなった?やっぱ例の先輩にやられちゃったのか?」
「今宮から聞いた話じゃ、まだっぽいよ。犬の世話やらされてるとか」
「マジで!?勿体ねえなあ……あいつ性格キツそうだけど、見た目はいいのに」
彼らはただ延々くだらない事を駄弁っているだけだったが、森に近づく者に目を光らせ、「祭の期間中は、森へは立ち入り禁止だよ」などと森に入ろうとする者を阻んでいた。
街の青年団か何かだろう。
大半の人間はそう勝手に納得し、特に疑問も抱かない。
確かにその解釈はそう的外れな物でもなかった。
彼らはこの祭の影のスポンサー団体の一つである“ガーディアン”に所属する者達であるのだから。
街の名物として毎年多くの観光客を呼び込む“収穫祭”。
しかし、その多くの人達は知らない。
どこにでもありふれた祭の名に、自分達の命運すら係わる重大な事実が隠されている事を。
そして今年もまた、有史以前から続くこの地を巡る永き戦いが、再び始まろうとしていた。
「あれ?つながらねえ……」
夕暮れ時、定時連絡の為に通信機器を手にした男の一人が首をかしげる。
「どうした?」
「いや、なんかつながんねえんだ」
「はあ?電池切れとかじゃね?」
「いや、充電はしておいたはずだけど……故障か?」
敵地とも言える地で、突如本部との通信不能に陥ったのだ。
だがしかし、彼らは慌てるどころか「その内直るんじゃね?」などと悠長な事を言うばかりで、事の重大さにすら気付かずにいた。
彼らは皆、“立ち班”と呼ばれる見回り組であった為、誰も実戦経験は無かったからだ。
加えて、彼らの持ち場が想定されている“戦場”の外にあった事や、敵対勢力はあまり軍事的行動に精通していない事、ここ数年は敵方に大きな動きが無かった事なども、少なからず影響していたとも言える。
いや、そうではない。
根本的な緊張感の欠如。
彼らは皆、超人的な能力に目覚め、自らを特別な存在だと自負して生きていた。
“ガーディアン”と言う大そうな名前の組織に入り、そこで自分以上の能力者の存在を認知しようと、彼らは“超人”であり続けた。
例え優劣があろうと、“特別”である事に変わりがないからだ。
自分達は“超人”と言う特別な存在で、平和を守る“ガーディアン”であり、悪の敵対組織を狩る絶対的な“狩猟者”であると信じて疑わない。
自分達が負ける事なんて有り得ないと思っているのだ。
その増長が、人類の命運がかかった任務を帯びて敵地に居るにもかかわらず、彼らを“ゆるく”させていた。
「ん?あの鳥何か変じゃねえ?」
通信役とは別の班員の一人が、橙色に色付いた森の木の枝の一つに、奇妙な鳥がとまっている事に気付いた。
それなりの距離があったが、超人である彼らには十分視認出来る距離である。
胴体部は普通の鳥だが、頭部の形状が歪で、とても自然界の物とは思えない。
「魔物っぽいな……殺っとくか」
「おっ、いくのか?」
発見者の側に居た男は、鳥を確認すると瞬時に狩猟者の顔になり、獲物を凝視しながら腰のポーチから得物を取り出した。
それを見るや、発見者の方は何故かニヤニヤとしながら視線をそらす。
男が取り出したのは……ただの野球のボール程の石だった。
そう、これが彼の武器なのだ。
『投石』
恐らく、人類が最初に手にした人類最古の武器である。
「ただ石を投げるだけかよ」と、後ろで笑いをこらえている同僚のように馬鹿にしてはならない。
徳川家康の石合戦の逸話などにあるように、銃火器が戦場の主役になる前までは、投石は弓や槍と並んで最もポピュラーな攻撃手段として実戦で用いられてきた。
何しろ、超ローコスト(拾えばタダ)で投げるだけなら訓練も要らず、それなりに殺傷力も有る。
また、銃刀法のある日本でも、持っていても誰にも咎められない利点も大きい。
そして何よりも、この武器には“歴史”がある。
人類が最も古くから、最も多く使用してきた凶器であるがゆえに、練達し、極めた者の数は剣や弓の比ではない。
そして“超人”とは、それら先達の技能を、後天的に伝承する者達でもある。
「とどくか?」
「余裕」
ぽんぽんと手の上で石を数回軽く投げて弄んだ後、男はワインドアップで振りかぶり、まるっきり野球のピッチャーの投球モーションで投げた。
ビュッ!!
カンッ!!
森に金属同士がぶつかりあった様な硬質の音が響いた。
元野球少年でもある彼の投げた石礫は、100マイルを余裕で超えた速度で鳥に直撃し、見事枝から射ち落としたのである。
「おー、さすが!」
「じゃあ、回収頼むわ」
「はあ?なんで俺が……?」
「今ので仕留めてなかったら、飛んで逃げるかもしれねえだろ?そうなった時、俺がまた射ち落とす必要があるし、茂みに入っていくのは伐採系の方が得意じゃん」
「……」
笑ってた事に気付いてやがったか?
その後ろめたさもあり、同僚は渋々獲物の回収に茂みに分け入っていく。
だが、
「ん?」
茂みの中頃まで行った所で、不意に見えていた男の頭部が消えた。
かがんだか、窪地にでもなっていたのだろう。
見張っていた野球男は別段不信も抱かず、同僚か獲物が出てくる事を次弾を手にして待っていた。
「岡本~、みつかったか~?」
しかし、それから数分が経ち、さすがおかしいと思い名を呼んでみる。
だが、返事がない。
「おい、どうした住吉?」
「いや、それが……」
かわりに他の仲間が何事かと野球男・住吉のもとに集まってきたので、彼がバツが悪そうに事情を説明すると、先程通信をしていたリーダー格の男は不快感を示す。
「勘弁してくれよ……今本部と連絡できねえんだぞ?他に敵が居たらどうすんだよ?」
「連絡できねえって……こんな森の入り口でか?」
「なあ、その怪しい鳥っての怪しくね?」
「怪しいから怪しい鳥なんだろ?」
「そうじゃなくて、そいつが怪しい電波かなんかで通信を妨害してたんじゃないか?」
リーダーとともにきた残りの一人・春日野が、頭が悪そうな言い回しをしがらも鋭い指摘をする。
「なら、倒せていたなら通信が回復しているかもか」
そう思い立ったリーダーは、通信機器の元に戻って確かめる。
だが、繋がらなかったようで仲間達に向けて首を振った。
「ダメだな。まだつながらねえ。仕留めきれてないのかもな」
「どの道、岡本は探しにいかなきゃならねえだろ?ついでにその魔物も探そうぜ」
「そうだな。俺と春日野で探しに行くから、住吉は引き続きこっから見張ってろ」
「あ、ああ……気をつけろよ」
岡本を行かせた事で少なからず責任を感じていた住吉だったが、自分の能力があまり接近戦向きではない事も知っているので、大人しく二人が茂みに入っていくのを見送った。
だが、
「えっ!?お、おい!!どうしたー!?」
その二人の姿も岡本を見失った辺りで消えてしまい、大声で呼びかけるもやはり返事がない。
突然訪れた静寂と孤独。
この時になって、ようやく彼は恐怖を覚えた。
あの辺りには敵が居る。
仲間三人はきっとそいつにやらたに違いない。
「うおぉぉぉぉぉぉっおおおうおおおぉぉぉっうおぉぉぉウァァァァァァっ!!」
怒りとそれ以上の恐怖に駆られた住吉は、錯乱したように両手でありったけの石を投げ始める。
ポーチの中の石を。
それが無くなれば大小問わず地面の石を。
そしてついには看板を破壊し、道標を引っこ抜き、更にゴミや支給された組織専用の通信機器までも、敵が潜んでいるであろう仲間が消えた辺りに向かって投げ続けた。
「ハアッ……ハアッ……」
茂みに十円ハゲの様な地肌の剥き出しになった跡を作りあげ、玉切れになって彼はようやく止まった。
あれだけ出鱈目な攻撃をしたのだ。さすがに超人の心肺機能をもってしても息が乱れている。
それゆえに、彼は気付けなかった。
背後から迫る黒い影の気配に。
「ッカハッ!?」
跳躍した黒い影__巨大な犬が背後から踊りかかる。
彼は何物かに襲われた事に驚くと同時に気管に穴を開けられ、何ら抵抗すら出来ずにそのまま首を捻られ絶命した。
「どうやら、他は順調の様だね……後は僕次第か……」
意識の集中を解くと同時に目を開けた少年は、何も無い部屋で溜息混じりに呟いた。
そう、本当に家具どころかドアすらも無い、壁すらも曖昧な“空間”と言った方が正しい部屋に彼は一人立っていた。
ここは、彼専用の簡易圧縮空間。
彼は恐らく世界で唯一、この風祭の地にのみ伝わると言う亜空間生成の業を会得している、ガイア最強の魔物使いとも称される存在である。
だが、その最強の彼でも、少々目の前の状況に困惑していた。
異常に発達した植物群と、その深緑と同じ色の無数の帯の中央に立つ少女の形をした存在。
『鍵』だ。
確証など何も無いが、直感がそう告げ、無条件でそれを信じられた。
敬虔と恐怖。
湧き上がる二律背反の衝動に、今直ぐ飛び出して跪くか逃げ出したくなる。
そんな物を自分も持ち合わせていたのかと、それらを自嘲で制す事で、少年は何とか理性を保っていた。
ガイアから課せられた彼の任務は、『鍵』の保護である。
だが、目標を目の前にしながら、彼は二の足を踏んでいた。
想定外の珍客の所為である。
迷い込んだ?二人の人間の少女と、それを追ってきたらしきガーディアンの男……。
その男は新人で大した力も無く、持ち場も森から遠かったはずだ。
ゆえにノーマークだったのだが、この男は何故か森にやってきて、こちらの配置した魔物を全てスルーしながらここまで辿り着き、どうせ雑魚だと始末する為に放った猟犬を返り討ちにしてみせ、『鍵』に接触してしまったのだ。
しかもだ。
「まさか……見えてる!?こいつ『目』だったの……!!」
たまたま迷子を捜してて、たまたま『鍵』に辿り着いて、たまたま『目』持ちっておかしいだろ!!
彼は心の中で神につっこんだ。
この作戦は、数年をかけて万全の布石を打ち、練りに練られた完璧な物であったはずなのだ。
それが今、たった一人のイレギュラーの存在で崩されるかもしれない状況にある。
男を始末しようにも、『鍵』を刺激してしまうかもしれず、下手に手出しは出来ない。
通信手段は封じてあるから、他のガーディアンに情報は伝わっていないとは思うが……。
「問題はあの人達か……」
少年は再び森の戦況を把握すべく意識を集中させる。
「うっ!?」
思わず怯んで集中した意識が霧散する。
この短い間に旗色が悪くなった事は一瞬で理解出来た。
彼の使用する偵察・連絡用の魔物が、相当数反応が無くなっていたのだ。
「この調子じゃ、通信網の回復も時間の問題……いや、もう回復されたか?」
最早、戦局は完全に覆ったと言える。
そして『目』であるあの男なら、この場所を嗅ぎつけるのも時間の問題だろう。
「やるしかないか……出番だよ。『アバドン』」
少年は強硬手段に出る覚悟を決め、自身の持つ最強の魔物を起動させるべく意識を集中させる。
だがしかし、
「あれ……!?」
『鍵』の方でまたも予想外な動きがあった。
と言っても、今度は“良い意味で”である。
なんと『鍵』と接触していた男が、『鍵』の攻撃を受け倒れたのだ。
片腕が切断され、頭部と胸部からかなりの出血が見られる。
まず致命傷だろう。
「おおっ!!ラッキー!!そうだよ。世の中そんな都合よくいかないって」
思わぬ展開に、少年は喜々として改めて魔物を起動させ、任務を遂行しようとする。
しかし、またも奇妙な事が起こり中断を余儀なくされる。
迷子?の一人が倒れた男にすがりつき、必死に『鍵』に何かを懇願しだしたのだ。
「まさか、あの子も『目』だとか?おいおい、『目』ってレア技能なんじゃないの!?」
意外過ぎる伏兵の存在に、少年は泣きたくなる。
彼女が『目』だとすると、『鍵』を拉致する所を目撃されかねない。
そしてそれがガーディアンの知る所となれば、ガーディアンも全力で『鍵』の奪還もしくは破壊に乗り出し、当然『鍵』を守るガイアとの全面戦争になるだろう。
ゆえに“敵に『鍵』の降臨すら察知されずに保護する”事が今回の作戦の目的であり、その為に通信を遮断し、敵の部隊を襲うなど無数の陽動を行ってきたのだ。
ここでしくじれば、画龍点睛を欠く事になる。
「可哀相だけど、あの子も始末するしかないかな……」
などと逡巡していると、驚くべき事が起こった。
「ええええええっ!?」
何と女の子は『鍵』の緑の帯をつかむと、倒れている男の身体に突き刺したのだ。
「助けたいんじゃなかったの!?」
瀕死の男はバタバタと暴れ悶え苦しんでいた。
介錯のつもりなのだろうか?
そして女の子は、押さえつける様に男の上に乗っている。
「おっ、チャンス!!」
女の子の意識は完全に男にいって、背後の『鍵』の事はもう眼中に無い。
それを好機と見て、少年はまんまと『鍵』の保護を成功させた。