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上書き2 イエス!フォーリンダイブ

 日課である見回りの任務(街を適当にぶらつくだけだけど)を終えた私は、自宅のドアの前に立っていた。

 風祭に滞在する間、独り暮らしをする為に借りたマンション。

 とは言え、ここは敵地。自宅の前とは言え、中に入るまでは気が抜けない。

 慎重に周囲を確認し、気配を探る。

 ……うん、お隣さんが急に出てくるような事も無さそうね。

 私は鍵を取り出してドアを自分が入れる最小限の広さに開け、身体を滑り込ませると同時に素早く鍵をかけた。

 これでよし、と……。

 「ただいま~ナンディちゃん。いい子にしてまちたか~?」

 私は一気に緊張を解くと、たまらず背後の同居人に抱きついた。



 

 「犬の話なんざ誰も興味ねえっつうの!」

 私がのろけていると、今宮がいつもの調子で話の腰を折る。

 「ええ~、でも本当に可愛いのよぉ?私が家に帰るとぉ、いっつも玄関で待っててくれるの~」

 お利口さんに座って待っていてくれている姿を思い出すだけで、ついつい頬が緩んでくる。

 艶のある青みがかった黒い毛並みに、狼に似た精悍な顔立ちにオッドアイ。

 その風貌から犬種はシベリアンハスキーぽいが、正確な所はわからない。

 司馬さんも仔犬の時に拾ったので犬種は不明だそうだ。 

 「だから、んな事訊いてねえって。それよか、その後御主人様とはどうなったよ?」

 「期待している様な事は何も無いわよ。ああ、でも彼の重大な秘密が明らかになったわ……」

 「おっ!意外な性癖でもわかったか?」

 「違うって。先日、登校中に司馬さんに声をかけられたんだけど、その時ね……無かったのよ……」

 「何がよ?」

 「ホクロ……司馬さんて眉間にホクロがあるんだけど、それがその日は無かったの。それで、それを教えてあげたら、『ああ、忘れてた』って鏡見ながらマジックで書いてた」

 「……」

 「そ、それって……!」

 今宮は神妙な顔つきで、天王寺は酷く狼狽しながら共に言葉を失っていた。

 隣で一人、式部だけは大きなパフェを食べる事に夢中で、私の話なんぞ聞いちゃいない。

 「……手に紋章とか書いちゃう小学生と同じノリ……だよな?」

 「『第三の目』……ってか?マジかよ?いくらなんでも、高2だろ?有り得ねえだろ!」

 「そうかな?インドの人とかみんな付けてない?」

 「いや、それ多分、ヒンドゥー教か何かの風習だろ?俺もよくは知らないけど……」

 ぺろりと唇の周りをなめながら話に混ざってきた式部に、天王寺がつっこむ。

 どうやら聞いていなかったのではなく、単に動じてないだけらしい。

 だが、この驚愕の事実を聞いて、彼は平然としていられるだろうか?

 「司馬さんはヒンドゥー教徒じゃないと思う。その時に何気なく訊いてみたのよ。『おまじないか何かですか?』って、そしたら彼はこう言ったわ。『まあ、そんな所だ。おかげで俺は“目”になれた』って……」

 「……ええっ!?」

 驚きのあまり天王寺は立ち上がり、今宮は寄りかかっていた体勢のままズルッとイスを滑りテーブルの下に沈んだ。

 しかし意外と大物なのか、式部だけはへえと感心するだけだった。

 “目”とは、大まかに言えば目に関する能力を持つ能力者の事であり、通常は視認出来ない物を見る力を持っている。

 我々ガーディアンの目的の一つに、世界を滅ぼす存在である“鍵”の発見と破壊があるが、“鍵”には認識撹乱能力が備わっており、“目”を持つ者でしか視認出来ないらしい。

 その為、“目”と言うだけで組織では高待遇が約束され、俸給も私達の何倍も貰えてるそうだ。

 「いや、まさか、ジョークだろ!?確か“目”ってかなりのレア能力って話じゃなかったか?」

 「でも、思い当たる節は有るのよ。ほら、この前学校に圧縮空間が在るって話したじゃない?」

 「姐さんがボコられて奴隷にされたって話な」

 「それはもういいから!とにかく、普通の人には見えない空間を発見出来て、更に利用出来るなんて、見えてるとしか考えられないじゃない」

 「マジか……!?ヤベエぞ、おい天王寺!こりゃあ、お前もホクロ書くしかねえ!」

 「自分でやれよ!」

 「ああ、こりゃ失敬。勇者センセーにはやっぱ手に紋章っきゃねえよな!どうするよ?マジで何かのオーラが出て、ババーンとパワーアップしちまうかもしんねえぞ!」

 「出るか!」

 今宮の勇者・天王寺ネタでオチがつき、この場は慌しいままお開きとなった。




 


 風祭に着任してからの私の生活は、平穏その物だった。

 それこそ、組織に入る前とほとんど変わらないくらいに。

 学校でも一応ガイアに関わる生徒の監視と言う任務はあるが、むしろこちらが怪しまれない為にも今は普通の学生として溶け込めと司馬さんから言われている。

 まあ、この任務は実質それが目的なのだろう。

 ガイアの表の顔である日本マーテルのお膝元だけあって、家族や親類、交友関係まで含めれば、まったくマーテルと関わりが無い生徒の方が珍しく、マーテルのミーティングに頻繁に通っている生徒もかなりの数にのぼる。

 それら全てを私達三人だけで監視しきれるはずもない。

 もっとも、それ以前にいくら幹部の子女が居たとして、そこから何かしらの情報が得られるとも、身内が多く通うこの学校で目立つような事をするとも思えない。

 つまり、この場所はガーディアンにとってさして重要ではないのだ。

 「わかってた事だけどね……」

 そんな場所だから、訓練所の落ちこぼれ組だった私や式部にお鉢が回ってきたのだろう。

 ただ、そう考えると分からないのが司馬さんだ。

 貴重な存在である“目”は、それだけに普通は最前線、もしくは拠点に配置される物なのではなかろうか?

 同期の“目”である大西も、訓練生の中で成績トップの三国班の一員として最前線の偵察を任されたと聞く。

 なのに、彼はこんな所でふらふらしていていいのだろうか?

 まさか……“目”というのはやっぱり嘘?

 ……なんだかそんな気がしてきた。

 普段の司馬さんを見てると、とても凄い人と言うか、とても超人だとは思えない。

 中肉中背でいつも猫背。気だるそうに欠伸ばかりしていて覇気がまったく感じらず、ぼ~っとしていて何を考えているのかさっぱりわからない。

 ホクロの件もそうだが、髪はぼさぼさで寝癖がついててもお構いなしだし、制服は上着の下Tシャツだし、学生で無精ひげってどんだけ剃っていないんだか。

 まあ、それでも私なんかより遥かに強い事だけは確かなんだけど……。

 実際の所、私は司馬さんの事をほとんど知らない。

 一応、報告で定期的に顔を合わせてはいるが、必要最低限の事しか喋らないし、そもそも報告するような事がここにはほとんど無いので、「特に異常ありません」「んじゃ、解散」と一言で会話を終わらせてさっさと帰ってしまう事もざらだ。

 学年も違うし、転入生の私達があまり親しげでも変に思われるかもしれないが、一応同じ持ち場を任された同僚なんだから、もう少しコミュニケーションをとろうとしてくれてもいいと思う。

 それとも……私が奴隷だから?

 役立たずな奴隷と会話しても無駄とか思われてる?

 それはある意味こき使われるよりキツイわ……。

 ナンディちゃんのお世話くらいしか命令されてなかったから忘れかけてたが、実はおもいっきり奴隷扱いされていて、しかも自分はそれに気付きもしなかったと思うとおもいっきりヘコんできた。

 今日もこれから会う事になっているのに……。

 「……あれ?」

 階段を上りながら考え事をしていた所為か、どこまで上がったかを失念する。

 「……と言うよりこれって……」

 また無限ループ?と言いかけて口を噤んだ。

 これが司馬さんの仕業なら、失言は間違いなく減点される。

 てか、またいつ空間に入ったか気付けなかった……。

 既に減点されてると思うと泣けてくる。

 いや、まだ挽回するチャンスはあるはず!

 滲んだ涙を拭って上を向く。

 少しでも良い所を見せないと、このままじゃ永遠に奴隷扱いだ。

 ……でも、一体どうすりゃいいのよ~?

 具体策が何も出てこず、改めて己の無力を悟り階段の途中でへたりこむ。

 そもそも、私の能力じゃ脱出のしようも無いのは前回確認済みだ。

 前回はこうやってへたりこんだら司馬さん達が出てきたけど……。

 「君、どうしたんだい?」

 途方に暮れていると、不意に背後から声をかけられた。

 とてもいい声だった。

 男らしさと、包んでくれるような優しさを感じる、聞くだけで安心出来る声だった。

 「気分でも悪いのかい?」

 隣にきてしゃがみこみ、軽く背に手を当てながら覗き込まれる。

 端整な顔が間近にあってドキリとした。

 サラサラな髪に切れ長の眉と瞳、小さ目で通った鼻筋と細い顎。

 もちろん無精ヒゲなんて一本も無い。

 「大丈夫?喋れる?」

 「あっ……すみません。その……ちょっと疲れてしまって……」

 いけない……ついつい見とれてしまって素のリアクションをしてしまった。

 「立てるかい?」

 「すみません。ありがとうございます」

 差し出された手を借りて立ち上がり、頭を下げつつも彼を査定を始める。

 比較的長身の私よりも背が高く、スリムな体形にきっちりと着こなされた制服がよく似合っている。

 見るからに優等生で美形で長身、これはもしや……!

 「あの……もしかして生徒会長さんですか?」

 「ああ、僕が生徒会長の塩屋しおやだ」

 ビンゴ!

 むしろ、この人以外が生徒会長だなんて有り得ないもの!

 「えっと、君は……一年生?」

 「はい!最近転入してきた西九条です!」

 「そっか……この学校広いからね。迷っちゃったかな?」

 「え、ええ……」

 「どこに行くんだい?よければ案内するけど?」

 「えっと、屋上なんで大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 「屋上……?」

 「あっ……変ですよね私、屋上に行こうとして迷うなんて……」

 優しい笑顔に一瞬不信が浮かんだので、慌てて誤魔化す。

 そりゃあ、屋上に行くのに迷う人は普通居ないわよね。

 「いや、何分広い学校だからね。疲労からくる錯覚や目眩を覚える生徒は割りと多いんだ。だから、あまり気にしなくていい」

 「そうですか」

 「それじゃあ、僕は行くね。ああ、もし辛いなら、少し保健室で休んでいくといい」

 「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

 最後まで気遣ってくれる塩屋さんに、ひたすら恐縮して何度も頭を下げながら見送った。

 紳士……!

 彼が見えなくなった後も、暫し立ち止まり胸の高鳴りの余韻に浸る。

 まさか“恋の予感”?

 ダメよ!私はガーディアンの超人ですもの!

 いつこの街を離れる事になるかわからないし、何より常に死と隣り合わせの世界に彼を巻き込む訳にはいかないわ……!

 などと脳内で悲劇のヒロインごっこをしながら、私はスキップをするように階段を上った。

 





 「……それで?」

 屋上につくと、早速待っていた司馬さんに圧縮空間に迷い込んだ事を報告した。

 どうやら今回は司馬さんとは無関係だったようだが、私が大変な目に遭ったと言うのに相変わらず司馬さんの表情はつまらなそうなまま変わらない。

 「どう脱出したらいいか迷っていたら、生徒会長の塩屋さんが助けてくれました」

 「……それで?」

 「……以上……ですけど……?」

 「はぁ?」

 おもいっきり怪訝な顔される。

 そして暫く目をつぶって何かを考えていたかと思うと、あさっての方を向いてしみじみと語りだした。

 「塩屋ってさ……カッコいいよな?」

 「えっ?」

 「背は高いし、顔もなかなかイケてるし、勉強も運動も出来て、性格もいい、おまけに生徒会長だ。男の俺から見てもカッコいいと思う」

 「そ、そうですよね!私も素敵な人だな~って思いました」

 意外や意外、司馬さんも塩屋さんの事は特別に見てる?

 そりゃあ、そうよね。あれだけ完璧だと、認めるかひがむしかない物。

 と、一瞬のんきに思ってしまったのだが……甘かった。

 「ホント、とてもガキの頃に自殺未遂やらかした奴だとは思えねえよな」

 「そ、そうなんですか!?あの塩屋さんにそんな辛い過去が……」

 「ああ、それでマーテルにのめりこんで、マーテルの方でも才能を買われ、今じゃ立派な広告塔だ」

 「……マーテル?……ええ~~~~~~~っ!?」

 「西九条……今直ぐそこから飛び降りて死ね」

 司馬さんは、初めて見せてくれた笑顔で私に死刑を宣告した。

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