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上書き1 いきなり初体験

 風祭学院への転入初日。


 私は、いきなり“敵”と遭遇した。


 折角のクラスメートの申し出を断り、独り放課後の校内を探索していた最中。


 違和感に気付いた時には手遅れだった。


 行けど戻れど、延々と続く廊下。


 深い霧にでも覆われているのか、窓の外は何も見えない。


 窓は全てはめ殺しの様になっていたので、やむなく破壊を試みたが傷一つつかなかった。

 

 こおから脱出するには、出口をみつけるしかないと言う事だろう。


 お父様が餞別にくれたデジタルの時計が、静かに時を刻む。


 もうじき完全下校時間。


 仲間……ここでの上司への報告の時間もとうに過ぎている。


 異変に気付いて救助に来てくれないだろうか?


 どうやって?


 そもそも、ここは一体何なのだろう?


 ガーディアンが使用する“圧縮空間”に近い物だとは思うけど……この広さは有り得ない。


 ループの可能性も疑ってみたが、途中落としてきた目印のヘアピンはみつからないままだ。


 この学院はガイア資本だから、これもガイアが作った物なんだろうけど……。


 無駄に広過ぎない?


 そして何でわざわざ校舎を模してるのだろう?


 使用目的がイマイチ理解出来ない。


 私みたいに迷い込む生徒が居るから?


 そもそも、私は迷い込んだのか、はたまた意図的に迷いこまされたのか?


 誰かの仕業だとしたら、これだけ歩き回っているのに何故罠や敵と出くわさないのか……?


 もしや何処からか観察されている?


 だとしたら、そいつを倒せば出られる……てのがお約束だけど……。

 

 敵が出てくれないんじゃどうしようもない。


 「ふう……」


 試しにへたりこんで隙を見せてみる。


 敵が誘い出てくれればそれで良し。


 例え出なくてもここまで歩き詰めだ。暫く休憩にしよう。


 ふうっ……。


 壁に背を預けた途端、突然廊下の先に人影が湧いて出た。


 それも、奥から近付いて来たのではなく、まるで空間から這い出てきたかの様に忽然と現れたのだ。


 ローブを纏った見るからに怪しい人影と、足下に従う犬らしき物。


 ガイアの魔物使い!?


 「まさか、本当に出るとはね……!」


 跳ねるように立って反射的にナイフを抜き構える。


 犬型……あれがハウンドタイプというやつか。


 話に聞く、ガイアの戦闘型の魔物の中では最もポピュラーで、“強目の雑魚”程度の扱い。


 ガーディアンの平均的な戦士なら、普通に一人で倒せると言うのだが……。


 新人の中でもドベに近い私の実力で、あれに勝てるだろうか?


 いや、魔物に勝てなくとも勝機は十分に有る。


 魔物はそれを操る魔物使いがいなければ存在出来ない。


 つまり……先にあの魔物使いさえ倒せば……!


 ダッ!!


 同じ思考に思い立ったか、はたまた自分に向けられた殺気に気付いたか、ローブを翻し魔物使いが逃走を始めた。


 逃がさん!!


 その背に向け、必殺のナイフを放つ。


 魔物が飛び出す事も見越してあさっての方向に投じたナイフは、天井すれすれを掠めて魔物の上を通過し、更にフックしながら正確に魔物使いの首筋、延髄に迫る。


 殺ったっ!!


 だが、


 バサッ!!


 「なっ……!?」


 勝利を確信したその瞬間、信じ難い事が起きた。


 魔物使いが尋常でない速度で振り返り、ナイフを事も無げに弾いて見せたのだ。


 まさか……!?


 魔物使いは、魔物を使役出来る以外はただの人と変わりない物だと聞いている。


 にもかかわらず、今の反応速度は明かに並の超人か、それ以上の代物だった。


 「ワオオオォォォォォォゥ!!」


 驚きに支配されていた私を、魔物の咆哮が強制的に醒ます。


 マズイ!!


 魔物が来……えっ!?


 バサッ!!


 魔物とそれを注視していた私との間に、突如人影が割って入った。


 何で魔物使いの方が前に!?


 パニックに陥りながらも、狩猟者としての本能で背後に飛び退き、両手に持ったナイフをカウンターで浴びせる。


 スッ!


 体を素通りした!?


 いや、正しくは残像が残る程のスピードで横にかわされたのだ。


 しかし、それすら気付く間も無く、まだ空中にあった私の鳩尾をローブから伸びた拳が貫く。


 「ッッッ……ぅっ……!!」


 空中でのガードも間に合わず、派手に廊下を転がり悶絶する。


 肺が潰れてしまったかのように、息が出来ない。


 呼吸だけでなく、まるで身体全体の機能が強烈な負荷によってシャットダウンしてしまったようだ。


 暫くは動けそうにない。


 ああっ……私死ぬんだ……。


 朦朧とする意識の中でそれを認識すると、様々な思い出や想いが過ぎる。


 折角、人生諦めてガーディアンになったのに……。


 折角、また学校に通えるようになったのに……。


 私の人生、こんなにあっさり殺されて終わるんだ……。


 ゆっくりとやってきた魔物の影がさす。


 観念して目を閉じる。


 お父様、お母様、先立つ不孝をお許しください。


 ぺろ


 味見でもしているのか、頬をなめられた。


 ぺろぺろぺろぺろぺろ


 執拗になめられる。


 もう、殺すならひとおもいにやって!


 鬱陶しさにたまらず薄目を開ける。


 「ク~ン」


 つぶらな瞳が心配そうに私を見ていた。


 とてもこれから私を喰い殺す物の目とは思えない。


 と言うより……この仔普通の犬なんじゃ?


 それじゃあ、あれも魔物使いじゃ……ない?


 「ダメだ。全然ダメ。0点どころかマイナスだ西九条。お前使えねえよ」


 もしやと思っていると、ダメ出ししながら魔物使いがフードをはだける。


 そこから現れたのは、眉間にあるホクロがトレードマークな無精ひげ。


 他でもなく、彼こそが風祭学院潜入調査班のリーダー、司馬しば優次郎ゆうじろうだった。


 「これが実戦だったら、100回は死んでるぞ。命だけは助けてやる。その代り、お前は今日から俺の“奴隷”だ」


 一体……何……を……言って……?


  色々問い詰めたい所が山積みだったが、訪れた安堵感にかろうじて繋がっていた意識の糸が断ち切られた。



 


 


 

 


 「それで姐さん、一体どうなっちゃったのよ!?」

 テーブルに身を乗り出した今宮が、興味本位全開で訊いてくる。

 同期で同じ班だった面子で喫茶店に集まり、私達は情報交換と言う名の近況報告をしていた。

 そこで私は、昨日我が身に降りかかった災難を話したわけだが……。

 まあ、当然そうくるだろうと予想した通りの反応が返ってきた。

 「『お前はペット以下だ』て言われて、強制的にナンディちゃん……司馬さんのワンちゃんのお世話係にさせられたわ。うちのマンションペット飼っちゃいけないのに……」

 まあ、必要な時しか吼えないお利口さんな仔なので、目撃されなければ大丈夫だとは思うけど。

 「おいおい、何とぼけちゃってんだよ姐さん?俺らが聞きたいのは、司馬先輩にどんなエロエロな御奉仕をさせられたかって事だよ!」

 やはり誤魔化しきれないか……アホな今宮の追求の手がさらに伸びてくる。

 でも、残念ながら拍子抜けする程何も無かったのだから仕方ない。

 「いや、それよりその学校にあった空間の事とかの方が大事じゃないか?」

 「はぁ?何言っちゃってんのよお前?空気読めっつうの!ここは全力で西九条をイジるトコだろうがよ!なあ、式部」

 いつもの調子で天王寺を閉口させた今宮は、私の隣に座る式部しきぶ雅弘まさひろに話を振った。

 式部も私達と同期のガーディアンで、私と同じくカザコーの潜入調査班に回されている。

 私より背が低く童顔で中性的な顔立ち、黙ってれば美少年と言えるのだが……、

 「そうだよ!トーカちゃんのオパーイどうなっちゃったの!?」

 この通り、頭の中はただのエロ中学生だ。

 「何もないわよ!本当に有ったら大問題じゃない。それと、トーカちゃんはやめて」

 「いやいやいや、んな訳ねえって!奴隷にしといて何もしねえって、一体どんな紳士だよ!?」

 「そうだよ!健全な男子なら、そのオッパイを前にして理性を保てるはずないよ!」

 「お前らちょっと落ち着け。注目浴びてるって」

 興奮した二人を天王寺がなだめてる間に、私もぬるくなったコーヒーで一息つく。

 そりゃあ、私もそういう事をさせられるのかもと不安だったけど……。

 今のところ司馬さんにそういった素振りはまったく無い。

 むしろ、私にあまり興味が無いと言った感じだ。

 それはそれでほんのちょっと女としてのプライドが傷つくけど……。

 「彼の中で奴隷って言うのは、半人前以下の“見習い”とか“雑用”みたいな感じなんでしょ。式部の事は“駒”だって言ってたし……」

 “駒”とはつまり使えるって意味なのだろう。

 訓練所での成績は|(ほんの少しだけ)私の方が上だったのに……この評価の差は納得いかない。

 「そういえば、式部も先輩の試験受けたの?」

 「うん。多分一緒だと思うけど……」

 「どうやってアレをクリア出来たの?」

 「どうって、廊下歩いてたら変な違和感を感じたから、暫くその辺うろうろしてたらローブの人が出てきて、普通に話かけたら『つまらんけど、まあよかろう』って」

 「何よそれ……そんなんで良かったの?」

 私は散々歩き回ったあげく死ぬ思いまでさせられたんですけど……。

 「そりゃあ中は変だと思ったけど、入った時に違和感なんてあった?」

 「僕は何となく感じたけど……」

 式部も困った顔をしている。

 彼もあれがどういう物かまでは知らないだろうから、仕方無いか。

 私達は超人で一括りにされてはいるが、こういった感覚的な物は特に個人差が大きい。

 それに私の場合、大分浮かれてたからなぁ……。

 何らかのシグナルがあったのに、見逃していたのかもしれない。

 敵が現れてからは予想外の事ばかりでとても冷静ではいられなかったし。

 うう……失敗したなぁ……。

 「それで、その空間て結局なんだったんだ?」

 「さあ……元から在った物を勝手に使ってるって聞いたけど、詳細までは聞いてない」

 「なるほどな……」

 天王寺は思うところがあるのか、首を捻って何かを考えているようだった。

 彼は地元の人間であり、個人的に魔物狩りをしていたとも聞く。

 訓練所での成績はドベで正直冴えない奴だが、実戦経験者ゆえか妙に慎重で抜かりない所がある。

 「まっ、マジな話すっと、お前らんとこ実はわりと当たりじゃね?」

 「どこがよ?いきなり試されて、お前は使えない奴隷だとか言われたのよ?」

 「実戦にかなり近い経験させてもらえたんだから、ありがたいと思えよ。俺らのとこなんて、何もねえぞ。せいぜいヤンキーどもの小競り合いくれえだ」

 一応彼なりの慰めなのか、今宮は愚痴りつつかったるそうに立ち上がる。

 「さてと、んじゃ俺らそろそろ行くわ。あ~あ、勇者センセーに続いて西九条にも先越されたか」

 「だから、いい加減その呼び方やめろって。またな、西九条、式部」

 次いで天王寺も残っていたコーヒーを飲み干しながら立ち上がり、二人は足早に店を出ていった。

 放課後ほとんど自由な私達と違い、彼らの仕事はこれからがメインになるのだろう。

 そうよね。私達、任務でやってるんだもの。

 奴隷呼ばわりは酷いが、実害は無いんだし、今は自業自得と反省しよう。

 茶化しながらも実は本気で悔しそうだった今宮を見て、大分溜飲も下がったし。

 同期の、特にあの二人に負けるわけにはいかない。

 難物そうな上司の下で前途多難だが、そう思えば頑張れそうな気がした。

 「まずは、先輩を見返してやらないとね!」





 と、この時はかなりポジティブに考えていたのだが……それから暫くして起きた“ある出来事”により、私は再び自らの甘さや未熟さを痛感する事となる。

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