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第4話

 あの日、あたしは母親の言いつけを無視してデパートの屋上にひとりでのぼったの。おうちの三面鏡の前にいる母をみるのは好きだったけど、おトイレで自分の顔をみつめる母は、いつもと違って近寄りがたかった。あたしのこと、見てないように感じた。いま思えば、あたしはお母さんにやさしくなかったなあって反省する。あんなときに娘に逃げ出されたら、再婚に反対だって意思表示みたいだよね?

 もちろん、そんなつもりじゃなかったんだけど。

 でも、あたしもほんとは不安だった。

 新しいお兄さんに会うのが。

 苛められたらどうしようって心配した。お兄さんは私立の学校に行っているって聞いてたし、お父さんの声も、お医者様のように優しすぎてこわかった。あたしの本当の父親は、あんなふうにこっちの様子をみながら喋らなかった。かといって、ただたんに再婚相手の娘として機嫌をとられているってわけでもなくて……。

 それが世間でいう、良い所のお家のひとらしい声だってわかるのはもう少し後のことで、いつもと違う服を着せられたあたしはそれだけで、自分が変わらないといけないと言われているようで嫌だった。あたしはそれまで、あんな、袖のふくらんだ真っ白なレースのワンピースなんて着たことなんてないんだもん。

 ふわっとしたスカートやエナメル靴の感触をもてあまして遊び場へ駆けだそうとしたあたしの目に、男の子の姿がとびこんできた。

 あたしのまぶたの裏には今でも、金網に指をかけて、その先をむいていた少年の横顔がはりついている。あたしは、なにも見ていないような、何かを必死で探しているような、その痩せっぽちの男の子に恋をした。

 かすかに、もどかしげに動いてた指が鍵盤を押すそれと似てると気づいたのは、一緒に住むようになってからのこと。

 あたしはずっと彼を見ていたいのに、その子が泣き出してしまいそうな気がして、そんなことになったら絶対にあたしも泣いちゃうと思ってあわてて目をそらしたの。

 夕立のあとアスファルトがゆっくりと乾いていくのを見おろして、たぶん、この子はあたしと同じで泣きたいときに泣かないんだろうなって思ってた。笑いたいときにも、笑わないんだろうなって。周りを見て、みんながどうしてるか見てから、安心して笑うタイプ。そうじゃなきゃ、先に、ここはこうしたほうがいいって確認して相手を煙にまいてしまうひと。

 自分に素直になれなくて、相手のことが気になって、でも、完全にひとの言いなりになって楽にもなれないの。

 ねえ、あのとき、何を思っていたの。

 何を、見ていたの。

 ほんとはあたしになんか、会いたくなかったんじゃないの?

 いつも聞いてみたいと思うのに、あたしには、口に出せない。

 そういえば、なんでデパートだったのと母親に聞いたら、お兄ちゃんが緊張しないように買い物に来たついでを装って自然に会わせたかったっていった。あのお兄ちゃん相手にはそれは通用しなかったにちがいないけど、たぶん、そういう両親の気遣いを嫌いじゃないのはわかるのね。

 けっきょく、あたしは迷子のお呼び出しをされて、あたしの格好に気がついたお兄ちゃんが手をひいてふたりのところに連れていってくれたの。

 王子様、みたいでしょ?

 あたしはさんざん母親に叱られたけど、あたしの迷子ネタはその後も我が家の食卓を明るくしてくれたし、お兄ちゃんはお兄ちゃんであたしのことちょっと頭のよわい子だと思ったのか過保護なくらい大事にしてくれたし、いわゆる結果オーライっていうのかなあ。

 でもね。

 お兄ちゃんは優しいから、ほんとうに優しいから、あたしはいつも不安になる。

 もしもあたしが好きだっていったら、お兄ちゃん、自分もだよって言いそうな気がする。あたしのこと好きじゃなくても、あたしを好きだと言いそう。

 この家に波風をたてないために。

 家族が気まずくならないために。

 血はつながってないから、結婚、できるもんね。あたし、やらしいかもしれないけど、ずっとずっと生理が来る前から、そんなことばっかりひとりで想像して安心してた。

 あたしもけっこうな年になっちゃったし、今ならもう、お父さんもお母さんも世間体が悪いなんていわないように思うの。


茉莉ちゃん、実は「お年頃」です。

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