赤茄子をひと口にいかむとし、ブシャッと汁を溢れさする癖抜けきらず。これが何回も怒られたり。
赤茄子をひと口でいこうとして、口の中で「ブシャッ」と汁を弾けさせてしまう……。なんとも生々しく、同時にちょっとユーモラスで愛らしい光景が浮かぶ文章ですね。
これはおそらく、大正・昭和期の小説家や文豪の日記、あるいは随筆の一節、あるいはそれを模した文章でしょうか。
この短い一文からは、いくつかの魅力的な要素が読み取れます。
「赤茄子」という言葉の響き
トマトを「赤茄子」と呼ぶあたりに、明治から昭和初期にかけてのハイカラな、あるいは少し古風な情緒を感じさせます。
「ブシャッ」というオノマトペ
上品にまとめようとせず、あえて「ブシャッ」とリアルな音をぶつけてくることで、トマトの瑞々しさと、やらかしてしまった瞬間のバツの悪さが鮮烈に伝わってきます。
「何回も怒られたり」という人間味
「またやっちゃった…」というバツの悪さと、周囲(奥さんや親、あるいは先生でしょうか)に「またそんな食べ方をして!」と叱られている、どこか微笑ましい日常のパワーバランスが見えてきます。
お行儀としてはバツ(×)でも、人間的な魅力としては大正解(◎)な、なんとも味のある一文です。
ちなみに、これは特定の作家(たとえば内田百閒や泉鏡花、あるいは永井荷風など、食にこだわりや癖のあった文豪たち)の実際の記述でしょうか? それとも、あなたが紡がれた素敵な創作文ですか?
自伝ですけど?(照れ)




