第7話 先生は「よく考えましたね」と言った
第七話です。
終わった。
――終わった、はずだ。
答案用紙が回収され、
先生の手元に積み上がっていく。
私の答案も、その山の一部になった。
(……終わった)
この感覚は久しぶりだ。
頭の奥が、じんわりと熱い。
全力を出し切った後の、
妙な静けさ。
私は、深く息を吐いた。
(戦った……)
(確実に……)
周囲が、ざわつき始める。
テスト後特有の、
あの空気だ。
「難しくなかった?」
「いや、後半やばくなかった?」
「時間足りなかったんだけど」
聞こえてくる声。
それらを聞いた瞬間、
私の中で何かが、
静かに立ち上がった。
(……ほら)
やはりだ。
後半。
時間。
迷い。
みんな、同じところで苦しんでいる。
(ということは……)
私は、
あそこを“考え抜いた”。
迷い、
消し、
書き、
直し、
それでも最後は、
自分なりに答えを出した。
(私は……
ただ苦しんだわけじゃない)
廊下に出ると、
さらに会話が増える。
「問六、誰にした?」
「え、あれ伊藤じゃないの?」
「いや、大隈じゃね?」
――来た。
あの問題だ。
似た名前地獄。
(割れている……)
意見が、
見事に割れている。
(つまり、
これは良問)
良問ということは、
差が付くということ。
差が付く問題で、
私は“流れ”を読んだ。
(悪くない)
胸の奥で、
何かが少しだけ膨らんだ。
教室に戻ると、
先生が前に立っていた。
「お疲れさまでした」
淡々。
いつも通り。
だが、
この一言が、
すべてを終わらせた感がある。
先生は、
一瞬だけ教室を見渡した。
そして、
言った。
「……よく考えていたと思います」
――来た。
くっ。
来た来た来た。
よく考えていた。
“よく”だ。
“考えていた”。
正解とは言っていない。
だが、
否定もしていない。
(これは……)
私は、
心の中で、
静かに拳を握った。
(評価……)
先生は続ける。
「今回のテストは、
ただ暗記しているだけだと、
少し難しかったかもしれません」
――ほら。
来た。
(暗記だけだと、
難しかった)
私は、
暗記だけではなかった。
流れを見た。
考えた。
迷った。
それでも、
答えを出した。
(つまり……)
私のやり方は、
間違っていない。
いや、
むしろ、
先生の想定に近い。
(私は……
ちゃんと“考える側”だった)
隣の友達が、
小さく言った。
「なんか、
先生、
思ったより優しくない?」
優しい。
そう、
優しい。
優しいということは、
極端に難しくはなかった、
ということでもある。
(じゃあ……
あれだけ悩んだ私は……)
不利ではない。
むしろ、
有利だ。
私は、
自分の答案を思い返す。
確かに、
消した。
直した。
時間も足りなかった。
だが、
最後は、
自分なりの答えを
信じた。
(それでいい)
頭の中で、
これまでの迷いが、
少しずつ整理されていく。
(最初に簡単だった理由)
(後半で迷わせた理由)
(最後に見直しを促した理由)
全部、
“考える力”を
見ていたのだ。
(先生……
やっぱり、
そういうテストだったんですね)
私は、
勝手に納得した。
教室の空気が、
少し明るくなる。
「まあ、
思ったより書けたかも」
「ワンチャンある?」
そんな声が聞こえる。
(そうだ)
ワンチャンは、
ある。
むしろ、
かなりある。
私は、
自分が感じている
この静かな満足感を、
疑わなかった。
(これは……
負けた後の感覚じゃない)
先生は、
最後にこう言った。
「結果は、
次の授業で返します」
返却。
その言葉に、
一瞬だけ胸が跳ねた。
だが、
すぐに落ち着く。
(大丈夫だ)
考えた。
流れを掴んだ。
最後は直感を信じた。
(これは……
最低でも、
悪くない)
私は、
勝手に結論を出した。
帰り道、
空がやけに明るい。
給食は、
いつもより美味しく感じた。
(不思議だ……)
テストが終わっただけで、
世界はこんなにも違って見える。
(いや……
違う)
これは、
“手応え”だ。
私は、
確かに、
先生のテストを
読み切った。
――そう、
信じていた。
たぶん。
いや、
かなり。
少なくとも、
この時点では。
誤字脱字はお許しください。




