第6話 先生は「見直しは大事です」と、たしかに言っていた
第六話です
残り時間を見た瞬間、
私は一度、呼吸を忘れた。
(……少ない)
思っていたより、ずっと少ない。
いや、正確に言えば、
「思っていた時間配分」が、
すでにどこかで破綻している。
(前半は簡単だった)
(だから、時間は残るはずだった)
(なのに……)
私は問題用紙を見下ろした。
残っているのは、
年代、順序、組み合わせ。
いちばん嫌なやつ。
問十。
「次の出来事を、古い順に並べよ」
――来た。
順序問題。
一見、親切。
だが私は知っている。
(これは……
年号を覚えているかどうかではない)
覚えていれば、一瞬だ。
だが先生は言っていた。
年号に頼るな。
流れを見ろ。
(つまり、
年号を覚えている人間は、
ここで慢心する)
私は、
あえて年号を思い出さない。
思い出しかけて、止める。
(流れだ……
準備 → 実行 → 結果)
出来事A。
これは準備っぽい。
出来事B。
これは結果っぽい。
出来事C。
……中間?
(中間が、
一番厄介なんだ)
私はA→C→Bと並べた。
並べた瞬間、
嫌な違和感が胸に残る。
(待て……
Cって、
Bの“直前”じゃなかったか……?)
くっ。
私は、
問題文をもう一度読む。
読むたびに、
出来事の顔が変わる。
(これは……
用語が、
紛らわしいだけで……)
私は、
順番を入れ替えた。
A→B→C。
……落ち着かない。
(直した瞬間に、
間違える気がする……)
私はペンを止めた。
丸は、
まだ確定していない。
問十一。
また年代。
今度は、
「正しいものを選べ」。
四択。
当然、
二つはすぐ消える。
残る二つ。
(くっ……
年代が、
一年違い……)
一年。
たった一年。
されど一年。
(これは……
覚えているかどうかの問題だ)
……だが。
(先生は、
覚えなくていいと言った)
いや、
“全部覚える必要はない”
と言っただけだ。
(じゃあ、
この一年は……
覚えておくべき“一年”……?)
私は、
一瞬、
年号を思い出した。
――思い出した気がした。
(……あれ?)
思い出した瞬間、
不安が湧く。
(今、
思い出した年号は……
授業中に聞いたやつか?
それとも、
どこかで読んだ別のやつか?)
記憶の出所が、
分からない。
(信用できない……)
私は、
年号ではなく、
出来事の前後を考えた。
(この出来事の後に、
あれが来る……
ということは……)
私は、
一つに丸を付けた。
付けた瞬間、
手が止まる。
(……本当に?)
周囲を見る。
すでに、
見直しに入っている人がいる。
(早い……
いや、
早すぎる)
なぜ、
そんなに確信を持てる。
(まさか……
私だけが、
ここまで迷っている……?)
いや、違う。
考えているからだ。
考えている私は、
正解に近い。
……はずだ。
問十二。
また順序。
しかも、
選択肢が
「正しいものをすべて選べ」。
(やめてくれ……)
複数選択。
これはもう、
地獄だ。
一つ合っていても、
一つ違えば、
全部違い。
(先生……
これは意地悪では……?)
いや、
先生は言っていた。
意地悪はしない。
(意地悪ではないが、
容赦はしない……)
私は、
一つ一つ、
慎重に検討した。
……検討しすぎた。
時間が、
溶けていく。
(まずい……)
ここで、
ある言葉が、
頭をよぎる。
「見直しは、大事です」
先生が、
たしかに言っていた。
授業中に。
どこかで。
(見直し……)
今、
私は迷っている。
迷っているということは、
見直しが必要だ。
……のか?
(いや、
見直した結果、
直して、
間違えるパターンもある……)
第4話の自分。
第5話の自分。
消して、
書いて、
失った時間。
(今回は……
どうする……)
私は、
あえて、
一度つけた答えを、
消さないことにした。
(信じる……
最初の判断……)
だが、
不安は消えない。
残り時間を見る。
(……少なすぎる)
ここで、
先生の声が聞こえた。
「残り五分です」
――来た。
五分。
この言葉で、
世界が変わる。
見直すか。
進むか。
(見直しは大事……
でも……)
私は、
すでに解いた問題に戻った。
問十。
さっきの順序。
(……やっぱり、
さっきの並び、
おかしくないか……?)
私は、
一つ、
直した。
……直した瞬間、
胸がざわつく。
(やってしまった)
問十一。
年代。
(……一年、
違う気がする……)
私は、
また直した。
(やめろ……
やめろ……)
自分にそう言いながら、
手が止まらない。
見直しは、
止まらない。
先生の言葉が、
頭の中で反響する。
「考えすぎなくていいですよ」
――くっ。
今、それを言うな。
「残り一分です」
世界が、
一気に狭くなる。
私は、
最後の一問を見た。
……白い。
(……手を付けてない)
一瞬、
思考が止まる。
(どれだ……)
私は、
流れを思い出そうとした。
だが、
流れはもう、
霧の中だ。
直感。
最初に浮かんだ答え。
私は、
それに丸を付けた。
チャイムが鳴る。
「そこまで」
ペンを置く。
心臓が、
まだ速い。
(……終わった)
先生が、
答案を集め始める。
私は、
自分の答案を見下ろした。
消しゴムの跡。
修正の跡。
迷った痕跡。
(これは……
戦った跡……)
だが、
その戦いが、
正しかったのかどうかは、
まだ分からない。
一つだけ、
確かなことがある。
(私は……
見直して、
直して、
たぶん……
やっている)
先生は、
何も言わない。
ただ、
答案を受け取る。
その沈黙が、
やけに重かった。
――テストは終わった。
だが、
私の中の戦争は、
まだ終わっていなかった。
誤字脱字はお許しください。




