第3話 先生は「質問ある人?」と言って、三秒で終わらせた
第三話です
チャイムが鳴る前から、嫌な予感はしていた。
今日は、先生の歩く速度が少しだけ早い。
早いというより、迷いがない。
こういう日は、何かが起きる。
「じゃあ、今日はまとめです」
来た。
まとめ。
この一言で、授業は突然テスト直前モードに切り替わる。
私は背筋を伸ばした。
まとめと言いながら、新しいことを放り込んでくるのが、この先生だ。
先生は黒板に何も書かない。
本当に何も書かない。
まとめなのに?
板書なしのまとめ?
まさか、頭の中で整理しろという、上級者向けの授業ではあるまいか。
「ここまでの話、だいたい分かってますか」
だいたい。
この言葉が危険だ。
分かっているか、分かっていないかではない。
“だいたい”だ。
つまり、完全理解は求めていないが、
分かっていないとも言わせない、絶妙な逃げ道。
(だいたい、とはどの程度だ……)
先生は、教卓に肘をついて、教室を見渡した。
視線が合いそうで合わない。
合ったら負けだ。
私は教科書に目を落とした。
が、文字は一切頭に入ってこない。
「じゃあ……質問ある人?」
――来た。
この時間が、一番怖い。
質問タイム。
聞けと言われるが、聞くと負けな気がする、あの時間。
一秒。
誰も手を挙げない。
静寂。
空調の音だけが、やけに大きい。
(二秒……)
先生は、まだ待っている。
待っているというより、数えている。
私は勝手にそう感じている。
(三秒……)
「はい、ないですね」
――早い。
早すぎる。
いや、待て。
今のは三秒もなかった。
体感では、二・五秒。
これは質問する気があるかどうかを見たのではない。
質問する勇気があるかどうかを見たのだ。
(質問しない=分かっている、ではない)
(質問しない=考えている、でもない)
(質問しない=様子見……?)
だが、先生はそこで区切った。
区切ったということは、
質問は想定されていなかったということではあるまいか。
(つまり、質問する人間は……
想定外)
私は、危うく手を挙げそうになった自分を思い出し、
背中に冷たい汗を感じた。
危ないところだった。
想定外になるところだった。
先生は続ける。
「細かいところで悩まなくていいです」
くっ。
出た。
細かいところ。
これはもう、私に向けた言葉だ。
名指しされていないのに、完全に私を射抜いている。
(細かいところ、とは……
どこまでが細かいんだ)
私は、昨日から今日にかけて悩んできた
年号、人物、制度、言い回し、
そのすべてが“細かいところ”に分類されるのではないかと、
急に不安になった。
「大枠を掴めば、問題は解けます」
大枠。
流れ。
考え方。
最近、先生の口から出る単語は、
すべて輪郭がぼやけている。
(輪郭がぼやけている言葉ほど、
解釈の余地がある……)
つまり、私がどう解釈するかが試されている。
試されている以上、
適当に聞き流すわけにはいかない。
先生は、黒板を見ずに言った。
「テストは、意地悪はしません」
――まさか。
いや、待て。
“意地悪はしない”と言う時点で、
意地悪の定義が怪しい。
(先生の言う意地悪と、
生徒の言う意地悪は、
だいたい一致しない)
私は、過去のテストを思い出した。
意地悪ではないが、
優しくもない。
そんな問題ばかりだった。
「ちゃんと授業を聞いていれば、大丈夫です」
くっ……。
それが一番信用できない。
授業を聞いていたかどうかは、
誰が判断するのか。
聞いている“つもり”だった私が、
一番危ない立場にいる気がする。
先生は時計を見た。
終わりが近い。
このタイミングで言う言葉は、
だいたい重要だ。
「テスト範囲は、ここまでです」
来た。
ついに来た。
範囲指定。
だが、先生は続けた。
「ただし……」
――ただし。
この3文字が付いた瞬間、
範囲指定は意味を失う。
「流れは、切れませんから」
……切れない。
(切れない、とは……)
(範囲は指定したが、
指定していない部分も、
頭に入れておけ、ということか)
私は一瞬、頭が真っ白になった。
範囲があるのに、範囲がない。
これはもう、哲学だ。
チャイムが鳴る。
先生は教科書を閉じて、最後に言った。
「考えすぎなくていいですよ」
――くっ。
またそれだ。
それを言われるたび、
私は確信してしまう。
(考えすぎている生徒こそ、
想定内……いや、想定外……?)
どちらにしても、
考えすぎるのをやめるという選択肢は、
私には残されていなかった。
先生が教室を出ていく。
背中は、いつも通りだ。
だが、私には見える。
(この授業……
もうテストは、
始まっている)
私は勝手に理解し、
勝手に納得し、
勝手に追い詰められていった。
次は、テストだ。
逃げ場はない。
質問タイムは終わった。
たぶん。
いや、確実に。
ここからが、本番だ。
誤字脱字はお許しください。




