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先生が何も言わないのに、私だけが勝手に心理戦して二万字悩んだ歴史のテストの話  作者: くろめがね


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1/9

第1話 先生は「大事なのは流れです」と言った

第一話です。

チャイムが鳴った。


――来た。


社会科、日本史。

給食の前に、もっとも集中力を削りにくる時間だ。


先生は、いつも通りの顔で教室に入ってきた。

顔に「今日はテストの伏線を張ります」とは書いていない。

だが、書いていないからこそ怪しい。

くっ……今日も通常運転か。


「はい。明治維新、続きます」


淡々。

感情の起伏ゼロ。

この人は本当に人間なのだろうか。

いや、違う。感情を隠す達人なのだ。

先生の感情は、たぶん問題用紙の余白に潜んでいる。


黒板に書かれたのは三語。


「倒幕」

「王政復古」

「版籍奉還」


……以上。


まさか。

いや、待て。

板書が少なすぎる。

三語だけ? 三語で終わり?

来週テストだよね?

これはもしや、「ここから先は自分で考えろ」という高度な挑戦ではあるまいか。


「覚えるのは、ここじゃないです」


出た。

主語なし。

目的語なし。

断定だけが、そこに落とされた。


(くっ……来たな)


ここじゃない、とはどこだ。

ここじゃないなら、どこなんだ。

「ここじゃない」と言われた瞬間、

私の脳内地図は全面的に書き換えを迫られる。


後ろの席で誰かが欠伸をした。

愚か者め。

その一瞬の油断が、政権交代を招くというのに。

……招かない。現実では。たぶん。


先生はチョークで「倒幕」を軽く叩いた。


「大事なのは、流れです」


――くっ。


来た。

先生の十八番。

歴史教師界の必殺技。

流れ。


流れとは何だ。

水か? 川か?

逆らえば流され、流された先で赤点が待っている。

つまり、逆らうなということだ。


(流れ……流れを掴め……)


私はノートを開きかけて、閉じた。

いや、違う。

ここでノートを取るのは“流れに従う側”だ。

私は読む側。

いや、作る側。

……作る側は言いすぎか。


「細かい年号を全部覚えるより、前後関係。原因と結果。どうしてそうなったか」


先生はそう言った。

言い切らない。

でも、言っている。


(年号は枝葉……?

 いや、枝葉を切り落とせ、とまでは言っていない……が……)


教科書の数字たちが、急に不安そうに見えてきた。

1868。

1871。

1873。

似ている。

顔が似ている。

こういうのは、テストで人を惑わせる。


先生は「王政復古」を指して、さらっと言う。


「ここは、教科書読めば分かります」


まさか。

いや、やはり。


これは来ない。

来ないやつだ。

「読めば分かる」と言われた場所は、だいたい来ない。

来たとしても、ひねってくる。

ひねってきた時点で、これはもう別問題だ。


(読めば分かる=出ない

 出るなら、もっと言う

 言わない=罠……)


私は勝手に法則を立てた。

法則は強い。

法則は私を安心させる。

たとえ間違っていても。


隣の友達が小声で言った。


「どこ出すか、言わないね」


私は小さく頷いた。

言わないのが、この先生だ。

言わないことに意味がある。

意味があると、私は信じている。


先生は教科書を閉じた。

静かすぎる。

音がしない。

圧だけがある。


「最後に確認。倒幕が起きて、王政復古があって、版籍奉還で何が変わった?」


答えられる。

でも、答えたら負けな気がした。

ここで答えるのは、“流れに乗る側”。

私は……流れを疑う側でいたい。


誰かが答えた。

先生は「そうですね」と言った。


くっ。

万能ワード。

肯定にも否定にも使える、最強の曖昧。


(これは、まだ続く、という合図)


黒板に小さな矢印が三つ。

矢印。

三つ。

まさか……三段構え?


(先生は、

 私の思考を三段目まで想定している……?)


私は机の下で、そっと拳を握った。

気分は完全に維新志士。

制服だが。


――しかし。


(……年号、出るよね?)


現実が戻ってくる。

胃が縮む。

流れも大事。

年号も大事。

両方?

両方やれ?


それは無理だ。

私は政府じゃない。

ただの生徒だ。


チャイムが鳴る。

先生は「では次」と言って出ていった。

背中が普通すぎる。

普通であることが、いちばん怖い。


(先生……あなたは、私をどうしたいんですか)


私は勝手に悔しくなり、

勝手に腹を立てた。

まだテストは始まっていない。

なのに、もう戦争は始まっている。


たぶん。

いや、確実に。

私はもう、負け始めている。


誤字脱字はお許しください。

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