9.月夜の再会
「ごめん、びっくりしたよね。でも、いてもたってもいられなくて……」
アルミオはイタズラを叱られた子犬のようにしおれてそう言った。こんな形で再会することになるなんて思ってもいなかったのでひどく戸惑ったけれど、そんな顔を見たら追い返せそうもなかった。
「とりあえず、座って話さない?」
窓辺に並んだティーテーブルに誘うと、アルミオは、薄い夜着姿のセレスティアをちらりと見やった。
恥ずかしそうに俯きながら、アルミオは自分の上着をセレスティアの肩にかけてくれる。
(幼い頃からパジャマ姿なんて見慣れているし、今更こんな風に扱わなくてもいいでしょうに……優しい人ね)
4年分幼い、ほんの少しあどけなさが残ったアルミオの顔を見ながらそんなことを思った。
回帰して以来、こうして正面から彼の顔を見るのは、初めてだった。アルミオを見つめていると申し訳なさで涙が出そうになる。
元気な姿を一目見れたら、と思っていたものの、実際顔を合わせると苦くて辛い。謝りたくても、何も知らない彼に謝ることができないのだから。
(心を落ち着けないと、変に思われちゃう……)
小さなテーブルを囲んで、セレスティアは、アルミオとできるだけ離れて座った。
大きな窓からは満月に近い月がのぞいており、燭台がなくても互いの顔がよく見える。
こうして向かい合っていることが、なんだか夢のように思えた。
「どうして忍び込むようなことをしたの?」
純粋な疑問は、取り繕わなくても声に出せるので助かる。
セレスティアは、ちらりと窓の外を見た。小さい頃、互いの親がお茶を飲んでいる間に、よくアルミオと木登りをして遊んだ。
あの時登っていたオークの樹が、セレスティアの部屋のバルコニーへと枝を伸ばしている。
(あれを伝って登ってきたのね)
アルミオは木登りが得意だった。でも、こんな風に突然やってくるなんて、アルミオらしくない。
「湖でのことがずっと気になっていて、セレスの顔を見て安心したかったんだ。それなのに、ずっと面会を拒否されてしまったから……ごめん」
アルミオがあんまり切羽詰まった表情をして言うので、セレスティアは困惑した。
「湖でのこと?」
「うん、どうして……どうして『死にたい』なんて言ったんだい?」
躊躇いがちに、アルミオは口に出した。
気を失う前、湖でアルミオに引き上げられたことはなんとなく覚えている。でも、そんな言葉を口走っていたなんて。
(アルの両親は事故で命を落とした……)
セレスティアとしては、アルミオを救いたいという気持ちから面会を拒否していたものの、それが彼をここまで追い詰めてしまったのだ。
「セレス?僕に力になれることがあれば、話して欲しいんだ」
アルミオが心配そうに見つめてくる。
少しの沈黙の後、セレスティアは小さく首を振った。アルミオを安心させてあげたい。けれど、本当のことを話すわけにはいかない。
「すごく大切なものを無くしちゃって、つい口から出ちゃったみたい。本気で言ったんじゃないわよ」
無理やり笑って誤魔化す。
「……そんなに大事なものを無くしたの?」
訝しげに首をかしげるアルミオに、あなたです、なんて言えるはずがない。
「そう、でも見つかったの」
「そうなんだ。じゃあ、今はあんな風に思っていない?」
はっとした。アルミオもまた、セレスティアがいなくなることを恐れているのだ。
(私の命でもなんでも捧げていいと思っていた。でも、アルはきっと悲しむ……)
「……思っていないわ」
「本当に?」
「本当よ」
「セレスがいなくなったら、生きていけないよ」
大袈裟な言葉を、アルミオはささやくように言った。切なげな顔に胸が痛む。
「……もう、あんなこと言わないわ」
「約束だよ?」
「うん、約束する……じゃあ、気をつけて帰ってね」
話は終わったと思いセレスティアは席を立つ。なるべく早く彼のそばを離れなければ……胸の苦しみに耐えられそうにない。
ところが、引き止めるように腕を捕まえられた。
「えっ?」
(アル、なんだか怒ってる……?)
やっと不安が取れたのか表面上は穏やかな笑みを浮かべているものの、アルミオの眉が微妙に上がっている。
他の人なら見過ごしてしまうような変化だけれど、セレスティアには分かった。
こういう時のアルミオは、機嫌が悪いのだ。もちろん、アルミオは乱暴な態度をするようなことはない。むしろ自分の気持ちを閉じ込めて周りには見せないようにするのだけれど。
周りに気を遣いながらも胸の中でどれほど考えを巡らすのか、セレスティアは知っている。
「で、セレスは僕とデビュタントには出たくないって、どういうこと?」
「えっ?どうして知っているの?」
心なしか、捕まれている腕にほんの少し力が加わる。まさか父が、アルミオに手紙を送ったのだろうか?
(私から手紙を送るはずだったのに、先を越された?)
夕食の席で話して、もう手紙が届いて読んでいるなんて早すぎる。
ここにやってきたのは、こちらが本題だったらしい。
そもそもデビュタントのことが決まったのは今から3ヶ月ほど前のことだ。アルミオの両親の死後、疎遠になっていたが久しぶりにアルミオから手紙が来たのだ。
こちらが頼んでやったのに、なぜ取り下げるのかということだろうか?
直球で聞かれるとは思ってもみなかったので、しどろもどろになりながらも弁明した。
「やっぱり好きな相手と出たほうが、お互いいいと思うんだよね」
「好きな相手?」
「そう、私、好きな人ができたの」
セレスティアは髪をかきあげる。白銀の髪がさらりと夜風に吹かれてなびいた。
父にも使ったし、アルミオを納得させるのに1番いいと思った言い訳だ。
「ユーミン・カランのことが好きなの?」
「ど、どうしてユーミンと行くことまで知っているの……」
(父上、そんなことまでアルに教えたの?)
アルミオは質問には答えず、逆に問いかけてきた。
「彼はただの親戚じゃないの?」
「……ユーミンはただの親戚よ。アルと私は幼馴染だけど、会えなかった時間も長いでしょ?そんな私たちがデビュタントのパートナーになると、社交界で誤解されちゃうんじゃないかなって」
「……ふぅん。じゃあその“好きな人”に誤解されたくないってこと?」
「そう……そうね、そういうことよ!」
なんとなく、着地することができたので安心する。
「そうか」
探るような視線を向け、何かを考え込んだ後、アルミオは微笑んだ。
「それなら仕方がないね」
思っていたよりもあっさりと、引き下がってくれてほっとする。
(アルもローザに惹かれている頃よね、渡りに船だったに違いないわ)
確かこの頃はまだ、ラグマ家に身を寄せている頃だろう。成長したローザの存在に、幼馴染との腐れ縁よりも、大切な出会いだと気がついているはずだ。
なのに義理堅い性格のアルミオだから、自分の気持ちに蓋をして、セレスティアのことを放って置けずに婚約を成立させたに違いない。そこにあった苦悩と、その結果、彼を死なせてしまったことを考えると胸が痛む。アルミオの目が見られなかった。
「ええ、だからアルも私に気を遣わずに好きにしたらいいからね」
「好きにしたら、か。なら、もしもユーミンと行けなかったら僕と一緒に出てくれる?」
(そんなことにはならないから、大丈夫よね?)
ユーミンは結局、パートナーが見つからずにデビュタントを欠席したほどだ。表向きは体調不良ということになっていたが、貴族のみんなが知っていた。
「そうね……もしユーミンに断られたらね」
「僕は今から相手を探すわけにはいかないんだけどな」
「アルならすぐに見つけられると思うけど……」
「セレス以外に頼める人なんていないよ」
「もう、引く手数多で選べなくて困るんでしょ?でも、デビュタントに誘ってくれたおかげで久しぶりに再会できて嬉しかったよ」
つい、本音がこぼれてしまう。これを最後に、アルミオと2人で会うこともなくなるだろう。
薄暗さと、そこに差し込む夜の空気のせいだろうか?月明かりに照らされるアルミオの顔を見ると、やっぱり泣きそうになる。
幻想的な光に惑わされ、つい、余計なことを言ってしまった。
「アル、幸せになってね」
でもそれが、セレスティアの切実な願いだった。




