7.詐欺事件
「実は一番弟子だったデザイナーがよそに引き抜かれてしまって……」
ぽつりぽつりと、デイジーは話し始めた。セレスティアは、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「そこから休みなく働いていたんですが、他の子まで急に辞めてしまって。だんだん経営が回らなくなっていたんです。すでに受けていたオーダーを今更断ることもできないし、かといってドレスの質を下げるなんて嫌だし……お嬢様からお話をいただいたのは、そんな折でした」
デイジーは遠い目をしながら続けた。
「受けるべき状況じゃないのは分かっていたんです。でも、『ハレイロ』のドレスを心から愛してくれていることが分かって……絶対にお嬢様のドレスを作りたいと思いました」
『ハレイロ』について2人で語った時のことを思い出す。続きを促すように、セレスティアは頷いた。デイジーは熱っぽく話を続けた。
「まだお見せできませんが、最高のデザインができたと思っています。私、お嬢様のドレスを作り上げるのを、本当に本当に楽しみにしていたんです!でも突然、予定していた生地の輸入が止められてしまって……他の生地にしようにも、同じように全く入ってこなくて……」
全てのドレス製作が滞っているという。できるのは、すでにできあがりかけているものを進めることだけだったそうだ。
デイジーを不憫に思うものの、セレスティアは1つ疑問に思い尋ねた。
「……代金を払ったのは少し前のことよね。その時にはもう、生地の輸入が止まっていたんじゃないの?」
デイジーは俯いた。
「どうして黙っていたの?借金があって、このまま店を畳んでしまうつもりじゃないわよね」
さらりと本気で聞いてみる。前世でデイジーは雲隠れしてしまった。そろそろその気で準備をしていてもおかしくないはずだ。
ところがデイジーは、真剣な顔で否定した。
「まさか!借金なんてありませんし、お店は続けますよ。私にとって『ハレイロ』は命よりも大切なんです」
「なら、どうするつもりだったの?」
「それが、少し前に支援してくださるという方が現れたんです」
変だな、と思った。『ハレイロ』の倒産の経緯は調べていたが、デイジーから聞く話とは妙に噛み合わない。出資者というのも初めて聞く話だった。
でも、デイジーが嘘を言っているとは思えないのだ。
彼女が店を畳むつもりがないというのなら、その出資者は何者なのだろう?
「その支援者の名は?」
「ソル様としか……書面でしかやり取りをしていないので、正式なお名前は知らないんです」
明らかに怪しい。そもそも出資するほど『ハレイロ』に惚れ込んでいるような者であれば、デイジーとは面識があるはずだ。名誉欲しさにというならば、名乗らないのも妙だ。
「まさか、その相手にお金を預けたりしていないわよね?」
えっ、とデイジーは目を見開く。図星らしい。
「それが……その支援者の方が5倍にして出資すると言ってくれたので……」
(詐欺としか思えないわね)
事態は思ったより複雑らしい。まさかデイジーに騙されたと思っていたのに。デイジー自身も騙されていたなんて。
「……このままじゃ『ハレイロ』は潰れるわよ」
セレスティアは厳しい目を向けた。デイジーに、そして彼女の弱みに漬け込んで、お金をむしり取った相手に腹が立つ。
「えっ?」
「そんなうまい話があるはずないじゃない。どうして信じたの?」
「信頼している友人からの紹介だったんです。実際、はじめに渡したお金は倍近くになって返ってきたんです……」
めまいがしてきた。それこそ、詐欺の常套手段ではないか。そして渡したお金には当然、セレスティアの支払った代金も含まれているはずだ。
ならばそのお金を今更取り返すことは、きっと難しいだろう。
「……デイジー、そのお金は返ってこないわ。あなたも薄々気がついていたんじゃない?」
「えっ……でも」
デイジーは真っ青な顔になる。
「あのね、あなた、騙されているわよ」
「そんな……」
デイジーの頬に涙が伝った。ひしひしと現実を受け止めているのが伝わってくる。
「なんとお詫びをしたらいいのか。私を信じて預けてくださったお金だったのに……」
さめざめと泣くデイジーの姿を見ていると、先ほどまで感じていた怒りはもう感じなかった。
きっと彼女も、藁にもすがる思いだったのだ。一人になって限界を迎え、店を愛するあまり盲目になってしまった……そんな彼女を責めて何になるのだろう。
セレスティアは、穏やかな声で言った。
「私のドレス作りや仕入れはもう良いわ。お金は返ってきたらそりゃ嬉しいけど……一旦諦めましょう。その代わり、今できることを一緒に考えるのよ」
「でも……あのドレスはっ」
そう、ただのドレスではなくデビュタント。成人の記念のものだった。
(すでに一度着れなかった分、このがっかりは経験済みよ)
「世の中、取り返しがつかないことばかりよ。なら、くよくよ悩むよりも次にどうするか考えた方がいいわよ」
*
(お父様の治療費を工面できると思ったのに、当てが外れてしまったわね)
キキに足をマッサージしてもらいながら、ぼんやりと考えこむ。
「お嬢様、デイジーを詐欺でつき出さなくて本当によかったんですか?」
キキがぎゅうっと力を込めながら尋ねた。ちょっと痛いけれど、久しぶりの外出で疲れた足には気持ちがいい。キキはマッサージがとても上手いのだ。
「そうね、彼女も詐欺に遭っただけだしね」
「……お嬢様って、運の悪い人に優しいですよね。私も拾っていただいた身ですし」
「そんなことないわよ。無駄に騒ぎ立てるのが嫌いなだけ」
そう、デイジーを責めても何も返ってこない。なら彼女と一緒に次の作戦を考えるほうがいい。彼女もまた、被害者なのだから。
(でも、どうしたものかしら……)
簡単にお金が返ってくるとは思っていなかったけれど、問題は山積みだ。あのあと、デイジーに教えてもらった住所を調べたものの、出資者を名乗る“ソル”が所有している形跡はなかった。
相手から接触があれば連絡するようにと頼んでみたものの、大金を得た今、危険を犯して再びデイジーに接触するのかどうか……。
(お父様が時間をかけて貯めてくれていたお金。綺麗さっぱり諦めるしかないのかしら……)
ドレスははなから諦めていたものの、ただのお金ではなく、そこにかけた父の愛と苦労を思うと、胸が痛む。
なんといっても、父の命を救うチャンスが遠のいてしまった。
(アルとのデビュタントもどうにかしないといけないし……)
ちなみにキキは、デイジーと話し込んだ後になってようやく店に現れた。しかも抱えるほどの花や果物を持って。
噴水広場でアルミオに見つかってしまい、なんとティエラ家まで一緒に行ってくれと頼みこまれたらしい。なんとか理由をつけて申し出を断ると、ならばセレスティアに渡してくれとお見舞いの品を買うのに付き合わされたそうだ。
申し訳なさと同時に、アルミオの優しさを感じてほんのりと嬉しくなる心に蓋をする。
ふと、花瓶にいけられた花に目を留める。セレスティアが好きな花、かすみ草だ。
そういえば、かすみ草に似た花で薬草があったような……たしか2年ほど前に見つかった……。
(そうだ。お金は難しくても、力になってくれる医者なら?)
はっと身体を起こし、キキに尋ねた。
「ねぇキキ、アーノルド先生が今どうしてるか知ってる?」
「エドワード様の元主治医の、ですか?たしかいまだに枯熱病の研究をされていると聞いていますが……」
セレスティアは、ティエラ家で長年父の主治医を任されていたアーノルドのことを思い浮かべる。誠実な腕のいい医師だった。ティエラ家が落ちぶれる前から代々仕えてくれていたらしく、父のこともよく知っていた。
ところが数年前、アーノルドの娘が、不治の病である枯熱病にかかってしまったのだ。アーノルドは手を尽くしたけれど、娘を救うことはできなかった。
そのことを悔やんだアーノルドは、枯熱病の治療法を研究することに生涯を捧げると決め、屋敷を去ってしまったのだ。
「なるほど、手紙を一通送ってくれるかしら?」
*
「まだ面会できないのか?」
アルミオは、ティエラ家の門で対応してくれた執事に問いかけた。これでもう一週間。セレスティアが目覚めたと聞いてから、毎日足を運んでいるけれど門前払いだ。
彼女の侍女にプルードの街で偶然会い、見舞いに行きたいと頼み込んだものの、「体調が優れず休んでいる」としか教えてもらえなかった。
「一目でいいから、彼女の姿を見たいんだ。頼むよ」
後見人がついている未成年とはいえ、アルミオはバーレー家の当主。腰の低い態度に、執事もいい加減困った様子を見せたが、帰ってきたのは毅然とした言葉だった。
「意向に添えず申し訳ございません。お嬢様は療養に専念しなければならないのです。ご当主様からもお断りするよう言われておりますので」
療養の邪魔にはならない。眠っている姿を見るだけでも構わないとなおも食い下がるが、頑固な執事は首を縦にはふらなかった。
とぼとぼと帰路につきながら、アルミオは湖から引き上げた時の、セレスティアの細い腕を思い返す。落ちてしまう前は無邪気な様子だったのに、溺れかけたのがよほど怖かったのだろうか。
綺麗な白銀の髪を濡らしながら、ずぶ濡れになった彼女は震えていた。
倒れる前に、セレスティアがつぶやいた言葉が耳にこびりついて不安を掻き立てる。
"もう、死なせてよ"
なぜ彼女はあんなことを言ったのだろう。6年前、両親が突然帰ってこなかったことを思い出す。あの後、自分は叔父に引き取られてセレスティアとも引き裂かれてしまった。
「セレスにまで何かあったら、僕は……」
一つの決意を胸に、アルミオはこぶしを握った




