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不幸の悪女と呼ばれても、あなたを幸せにしたいんです  作者: 息吹 紡


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6.渦巻く思い

 お忍びで出かけたプルードの街で見かけた、太陽の光を集めたような黄金色の髪。横顔は一瞬しか見えなかったが、間違いない。


(どうしてこんな所にアルがいるの?)


 療養中と言って面会を拒否しているのに、こんなところで鉢合わせるのはまずい。何より、心の準備ができていない。

 キキも、目が覚めてから主人がアルミオを避けているらしいことを察し、ちらりと目配せをしてきた。


「キキ、『ハレイロ』で落ち合いましょう」


 声をひそめて言うと、キキは素早く頷き、そのまま舟市の賑わいの中へと向かっていった。

 対するセレスティアは、アルミオに見つからないようにそっと回れ右をして、足早に噴水広場から遠ざかった。


(アルとはとにかく、距離を置かなきゃ……)


 顔を隠しながらも広場を出る時に小さく振り返ると、人混みの奥でキキがアルミオと話をしているのが見えた。

 セレスティアが顔を合わせなくて済むように、あえて話しかけて注意を引きつけてくれているらしい。気がつかれずに済んだようなのでほっとすると同時に、ほんの少し後ろ髪が引かれる。


 できることならアルミオの顔を一目見て、元気なことを確かめたかった。抱きしめて、ごめんねと言いたかった。

 でもまた、同じ不幸を繰り返してしまったら?


 これが神さまによって与えられた機会だというのなら、感慨にひたって時間を無駄にすることなど許されない。そんな資格はないのだから。


 父からも、アルミオに会って助けてくれたお礼をするよう言われているけれど、体調を理由にずっと断っている。


(今は自分にできることをしなくちゃ)


 思いを振り払うように、小さく首を振る。


 まずはドレスをなんとかして、その後アルミオとデビュタントに行かなくて済むようにしよう。父の死を回避したとしても、アルミオとはなるべく接触しないほうがいい。


 『ハレイロ』への道をなんとか思い出しながら、早歩きで角を曲がる。


 遠回りしながらもなんとか『ハレイロ』の前にたどり着いたセレスティアは、キキの姿を探したけれど見当たらない。


(まだアルに引き止められているのかしら?)


 とはいえ、もとは一人で乗り込む予定だったので好都合だ。

 見据えた『ハレイロ』のショーウィンドウには、純白のサテンの布を纏ったマネキンが立っている。

 豪華な装飾もレースも何もついていないけれど、凛とした美しさを纏ったマネキンは、何もないところからデザインを生み出すという『ハレイロ』のコンセプトを表しているのだそうだ。


 前はこの外観も大好きだったけれど……破産することを知っている今見ると、うがった見方をしてしまいそうになる。


 ドアノブに手をかける前に、セレスティアは立ち止まった。


(お金を持ち逃げされてドレスも無くて……酷い目にあったわ。でも、喧嘩をしにきたんじゃない。お金を取り返すことを優先するのよ)


 個人的な恨みより、今は大切な人たちの未来だ。焦る気持ちを整えようと、セレスティアは一拍、深呼吸をした。

 よしっと意気込んでドアを引こうとすると、思わぬ軽さに勢いがついてバランスを崩しそうになる。


 ちょうどタイミング悪く店から人が出てきたらしい。


 よろけながらバランスを取ろうとするセレスティアを、中から出てきた壮年の男性がすかさず支えてくれた。おかげで転ばずに済んだ。不幸中の幸いだ。


「ありがとうございます」


 体制を整えながら、自分を支えてくれた相手の顔を見てセレスティアは驚いた。


(えっ?レイトス様?)


 レイトスは一瞬セレスティアの町娘のような服装に目を止めたが、顔を見て気がついたらしい。少し驚いたように、目をみはる。


「あなたは……セレスティア嬢。こんなところで会うとは、ドレスの仕立てですか?」


 やや距離のある口ぶりに、レイトスときちんと面識ができたのはアルミオと婚約をした後だったと思い出す。ローザに似た神秘的な赤い瞳が、じっと品定めするようにセレスティアを見つめた。


(なんだかいつもと雰囲気が違うわね……警戒されてる?)


 ろくに面識もない今。セレスティアのことを、娘と懇意にしている甥っ子が、デビュタントのパートナーとして選んだ警戒すべき相手……そんな風に思っているのかもしれない。正式な婚約者となった後は、レイトスはむしろ好意的で、色々と助けてくれていた。

 思えばレイトスにも、ずいぶんと迷惑をかけた。セレスティアはなるべく丁寧にお辞儀をした。


「ありがとうございます、レイトス・ラグマ様。ここでデビュタントのドレスを仕立てておりまして」


「そうですか。ここはいい仕立て屋ですよね」


「……ええ、そうですね」


 代金だけ持ち逃げされなければ、すごく良い仕立て屋だったと思う。

 よく見ると、レイトスの手には紙袋が下げられている。家族へのプレゼントだろうか?


「あの……レイトス様もローザ嬢のドレスを仕立てに?」


(『ハレイロ』は潰れてしまうから、ここで仕立てる予定なら止めてあげた方がいいわ)


「いや、刺繍入りのハンカチを作ってもらったんだ。ドレスもおすすめかい?」


「はい、ですが今は人手がなかなか足りていないと聞いたもので。もう少し後になってから注文するのがいいかもしれません」


 これからドレスを作ると言い出さないようそう答えると、レイトスはやっと笑顔を見せた。


「そうかい、教えてくれてありがとう」


 では、とそのままドアを大きく開けてセレスティアを店の中へと送ってくれたので、セレスティアも挨拶をして店の中へと踏み入れた。


 『ハレイロ』の店内は、物が無くなって空っぽになっている――ところを想像していたけれど、記憶のままだった。棚に並んだ様々な種類の生地に、色とりどりの糸やレース、花の装飾。


 表のショーウィンドウを除けばドレスの展示はない。その代わりに店内に飾られているのは、これまで完成したドレスを纏った人たちの絵姿だ。

 どの人もびっくりするほど似合うドレスを纏って、幸せそうに微笑んでいる。あの中に自分のドレス姿が飾られることが、セレスティアの小さな夢だった。


 アトリエのような、工房のような、『ハレイロ』独特の雰囲気が以前は好きだった。

 どちらも今となっては、虚しいものだ。


「セレスティア様」


 迎え入れてくれた店主のデイジーは、セレスティアの顔を見て笑みを浮かべたものの、動揺したように目を逸らした。


 ドレスの仕立ては進んでいないのだろう。信頼していた彼女に裏切られた時のやるせなさが、沸々と湧いてくる。


(落ち着いて。まずはデイジーに会えたのだから)


 最悪、会えない可能性もあると思っていたから、今日の自分はついているらしい。


 セレスティアは、渦巻く感情を悟られないように、白銀の髪をなびかせて優雅に微笑んだ。


「デイジー、久しぶりね。私のドレスを見せてくれる?」


「そ、それは……」


「どんな状態でもいいの。なんならドレスに使う生地だけでもいいし。デビュタントまで3ヶ月を切って、心配なのよ」


「……完成するまでお見せしないのが、『ハレイロ』の方針ですので」


「完成しないどころか、全く進んでいないんじゃないの?」


「そんなことありえません。デザインだって完璧ですし、生地ももうすぐ……」


 言ってから、デイジーはしまったという顔をした。


「もうすぐってことは、やっぱりまだ手元にもない状態ということよね?」


 なおも問い詰める。少しの沈黙の後、デイジーはがばっと頭を下げた。


「……お嬢様、申し訳ございません!」


 デイジーは一言一言、言葉を探すように続けた。


「生地の入荷に手間取っておりまして。まだ手元になく、お嬢様にお見せできるような状態ではないんです」


「あら、全額支払いは済んでいるはずだけれど。生地以外の部分はどうなっているの?」


 笑顔で圧をかける。


 自分の笑顔はなぜか冷たく見えるらしいということを、回帰する前の噂で散々耳にした。まさかそれが役に立つ時が来るとは。


「それはその……どれも稀少な素材を予定していますから」


「分かりました。では、契約不履行ということね」


 契約書では、ドレスの進捗について事細かに定められている。それでも回帰前に法的な権力を行使せずに待ち続けたのは、『ハレイロ』のスタンスを尊重したかったことと、本来、貴族はお金におおらかでなくてはならないという理由があった。


 いくら貧乏貴族とはいえ、ティエラ家は由緒ある家柄。その尊厳を守るのが貴族の矜持なのだと教えられてきた。でも――


(お金に執着して何が悪いの?プライドと命、どちらが大切かは明白だわ)


 うちは貧乏で、ドレス代には父の命がかかっている。そしてこのドレスが完成することはない。

 ならば、答えは一つしかない。


「契約を破棄し、代金の返却を要請するわ」


「お嬢様……お願いします」


「許してと言われても――」


「お願いします。どうかお嬢様のドレスを作らせてください」


 デイジーは、熱っぽい口調で続けた。真剣な眼差しは職人そのもので、意表をつかれる。


「製作が滞っており申し訳ないです。でも、必ず期日までに素晴らしいドレスを完成させます。私もお嬢様のドレスを、楽しみにしているんです」


 その目が、言葉が嘘だなんて、セレスティアには到底思えなかった。

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