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不幸の悪女と呼ばれても、あなたを幸せにしたいんです  作者: 息吹 紡


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5/20

5.2人を救うために

「まずいことになったわ」


 父と話した後、自室に戻ったセレスティアは、大きくため息をついた。デビュタントまでまだ3ヶ月。それだけあればと思ったものの、事態はすでに思ったよりも良くないらしい。


(よりによって、仕立て屋にお金を払ったばかりだなんて……)


 セレスティアは、デビュタントのドレスを巡るトラブルを思い返した。



 ティエラ家は貧乏だ。


 しかし父のエドワードは、娘の成人式のために貯金を重ねておいてくれた。成人するまでドレスのひとつも仕立てたことが無い娘に、デビュタントでは綺麗なドレスを着させてあげたいと、長年準備したお金だった。


 仕立て屋として選んだのは、ここ数年で急に台頭してきた『ハレイロ』。

 カユラ王国で一般的なのは、貴族の要望をもとにドレスを作り上げるフルオーダー式だ。『ハレイロ』もフルオーダーで作りあげる仕立て屋ではあるものの、そのやり方には斬新なところがあった。


 普通、ドレスを仕立てるとなると、依頼人がドレスの素材やパーツごとの形状まで細かく指定する。仕立て屋は助言や相談を行いながら、いかに忠実に依頼人の要望を再現するかが問われる。

 ところが『ハレイロ』では、依頼人の要望はあくまで要望のままにとどまる。


 出来上がりまでドレスのデザインは秘密にされ、店主のデイジーが、着る人に最も似合ったドレスを作り上げてくれるのだ。


 店ができたばかりの頃は、出来上がったドレスが要望と全く違っていて依頼人が怒り出す――なんてこともあったそうだ。ところが、実際に着てみると、不思議とその人にピッタリのドレスに仕上がっているのだという。どんなに怒っていた依頼人も、鏡を見てその出来上がりにうなり、納得するらしい。


 その評判が広まり、今ではデイジーに新たな魅力を引き出してもらおうと『ハレイロ』は新たな人気の店になりつつあった。

 セレスティアもずっと『ハレイロ』に憧れており、ドレスを仕立てるならデイジーに委ねてみたいと願っていたのだ。


 その願いを父が、叶えてくれた。


 『ハレイロ』にお願いすることは1年近く前から決まっていた。デイジーと直接打ち合わせをし、デビュタントのドレスとして白薔薇をモチーフにしたものを作って欲しいと伝えた。どんなドレスが出来上がるのか、完成を指折り数えて楽しみにしていた。

 ところが、デビュタントの1ヶ月前になっても音沙汰がない。何度か連絡を送っても、「完成間近」との返事だけ。おかしいと思ったエドワードとセレスティアが直接、『ハレイロ』へ出向くと――


 なんとそこはもぬけの殻で、『事情により閉業しました』の張り紙が。


 後から新聞でニュースになったが、『ハレイロ』は、デイジーの強すぎるこだわりと高すぎる製作コストのせいで、セレスティアのドレスを頼まれた時点で、すでに破産寸前だったと。

 あちこちお金を借りながら運営していたものの、最後には先に支払われたお金を持って、国外に雲隠れしてしまったというのだ。

 

 結局デビュタントは、人伝に借りたドレスでなんとか間に合わせることができたものの、今度はその借りたドレスがきっかけで、セレスティアは“呪われた悪女”などと言われるようになってしまった。


 父が突然亡くなったのは、そんな大失敗に終わったデビュタントの直後のことだ。


 その頃セレスティアは、デビュタントの失態を取り返そうと、躍起になってパーティーや夜会に出席していた。


 お金がないからお古のドレスを一生懸命に修繕して、髪型だけは毎回変えて。必死に笑みを浮かべて、社交辞令で送られて来ているのであろう招待にも全て応えた。


 でも、どのパーティーでも話題になるのは、セレスティアの知らない煌びやかなドレスや観劇など、流行りの娯楽ばかり。セレスティアが家で読んでいる本や、育てている野菜のことなど話題にもあがらない。


 唯一話が振られるのは、デビュタントのパートナーだったアルミオとの関係についてで、下品なことまで根掘り葉掘り聞かれ、挙げ句の果てには「あなたじゃ釣り合っていないわね」と言わんばかりに、ローザの話を引き合いに出されるのだ。

 実際その通りだと思ったので聞き流していると、嫌味な言い方はどんどんとエスカレートし、しまいには収拾がつかなくなった。


 自分を殺し、貼り付けた笑みで話を合わせようと頷くことに、ただただ疲れていた。


 それでもパーティーや夜会に通うことをやめられなかったのは、このまま社交界で一人ぼっちになってしまうのが怖かったからだ。たった1人でいい、心を許せる友達が欲しかった。結局それは叶わなかったのだけれど。


 デビュタントから1ヶ月ほど経ったある夜のこと。遅くに家に帰ると、執事から声がかかった。


「ご当主様が、部屋へ来るようお呼びです」と。


 父からそんな風に呼び出されることは滅多になかったが、成人したと思えば連日夜遊びばかりしていることを叱られるにちがいないと思った。普段、温厚なぶん、父は怒るととても怖い。


「……明日の朝に行くと伝えて」


 その日の夜会は特に最低で、慣れないアルコールと息の詰まる会話に心も身体も疲れ果てていた。

 そうしてそのまま、自分の部屋で体を丸めて眠ってしまったのだ。

 朝になったらきちんと話をしようと思っていた。そのためには、休息が必要だった。


 ところが、次の日の朝、父はいつもの時間になっても起きてこなかった。


 執事長が様子を見に行くと、その時にはもう――父は寝室で亡くなっていたそうだ。

 眠っている間に心臓が止まってしまったのだ、と聞かされた時、セレスティアの目の前は真っ暗になった。デビュタント前に、一緒にドレスを探し回り無理をしていた父の姿を思い出す。


(私は最後に、お父様と話をすることすらできなかった……)


 ずっと後悔していた。


 あの時、父ときちんと話をしていれば、異変に気が付くことができたかもしれない。そうすれば、父は亡くならずに済んだかもしれないと――


 父が亡くなった後、落ち込むセレスティアを励ますようにアルミオが婚約を申し込んでくれた。

 アルミオの両親も、突然の事故で亡くなっている。親を亡くす痛みを誰よりも知っていたから。だから優しいアルミオは、一人ぼっちになったセレスティアのそばにいてくれた。


(お父様の心臓病を治すことができれば、アルが婚約を申し込んでくることはなくなる。そうすれば、アルが不幸な事故に巻き込まれることもなくなるはずよ……!)


 そのためにはまず、『ハレイロ』に支払ったお金を取り返す必要がある。あのお金さえあれば、父の治療費にあてられるはずだ。



 あれから数日、セレスティアは折を見てキキを呼んだ。本当はもっと早く『ハレイロ』に行きたかったけれど、父が絶対安静!と部屋から出ることさえ許してくれなかったのだ。やっと巡ってきた機会だった。


「内緒で出かけられるように、外出の支度をしてくれる?」


 キキは渋りながらも、セレスティアの表情を見て何かを察したように準備を整えてくれた。

 家の馬車は目立つので、通りで辻馬車を拾い、するりと乗り込む。本当は一人で行くつもりだったけれど、キキは絶対に着いていくと言って譲らなかった。それでもどこに、何をしにとは問わないところがキキのいいところだ。


「お嬢様とお出かけするの、久しぶりですね」


 街の景色が見えてきた頃、キキがやけに楽しげに言った。ふっと空気が和らぐ。黙ったままのセレスティアの様子から、これがただの外出ではないと気がついていたのかもしれない。

 

「外出するといつも、思いもよらないことが起こるからね。今日は何もないといいんだけ――わっ!」


 その瞬間、馬車が大きく揺れて止まった。座席から転がりかけたキキとセレスティアに、ひょっこり顔を覗かせた御者が、申し訳なさそうに言う。


「お客さんすみませんね、脱輪してしまって……ここからは歩いてもらえますかい?」


(ああ、やっぱりこうなるのね)


 そう、外へ出るとろくなことにならない。でも、これくらいのことは日常茶飯事だ。いちいち凹んではいられない。

 二人はあっさり馬車を降りて、歩き始めた。


(まあまあ近くまで来れてよかったわ)


「ここからだと『ハレイロ』はどっちだったかしら?」


「たしか噴水広場を抜けると近道ですよ」


 記憶の中の景色と少し違って手間取ってしまったが、キキが案内してくれて助かった。


 『ハレイロ』のあるプルードの街は、王都の南方に位置する街だ。カユラ王国の南に隣接しているタランティエ帝国からの交易品が海路で入ってくるので、街ゆく人も洒落た格好をしている。


 とはいえ庶民の街ではあるし、貴族のお忍びといえば、侍女の服を借りたり、あえて安価なワンピースを身につけるたりすることが通常なのだけれど……。


(すっかり普段着で馴染んでるけど、私って本当に貴族の娘なの?)


 白いブラウスに若草色のスカート、踵の低めの靴。身につけているものはどれもセレスティアが日常的に着ているものだった。

 決して安価なものではないが、長年着ているのでスカートの裾は少し擦れている。さながら貴族の手放した洋服をもらった町娘というところか。


(狙ってこれなら、貴族令嬢お忍び力が高いんだけどね……まあ、今はそんなこと気にしている場合じゃないわ。馴染んでるならいいじゃない)


「これなら早く着きそうね――えっ?」


 細い裏道を抜けて噴水広場に出ると、予想外の人手に目を見張った。

 縁日かのように出店がたくさん出ていて、アクセサリーや食べ物、タランティエ産の珍しい布製品が売られている。


 まるでお祭りみたいだ。


「お嬢様すみません、どうやら船市の日だったようです。たまに大型の船から交易品が入ってくると、市を開くことがあるようで」


「そうだったのね。ここを抜けるのは大変そうだけれど、先を急ぎま……」


 そう言いかけた瞬間、セレスティアは見慣れた後ろ姿を見つけて凍りついた。


(うそでしょ、アル?)

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