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不幸の悪女と呼ばれても、あなたを幸せにしたいんです  作者: 息吹 紡


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17/20

17.二度目のデビュタント

 その日は久しぶりに、気持ちよく目覚めることができた。いつもの悪夢ではなく、なぜかカユラ王城にあるという金色の薔薇園へ行く夢を見たのだ。


 前のデビュタントではとても楽しみにしていたものの、見ることができなかった金色の薔薇園。


 今度こそ見れることを、セレスティアは密かに楽しみにしていた。


(なんでも、見た人は幸せになるって言われてるパワースポットなのよね)


 これは幸先がいいかもしれない。つい嬉しくなって、キキに夢の話をしようと口を開いた。


「キキ、おはようあのね――」


(……そうだった。キキはいないんだったわね)


 しん、とした部屋に寂しさを覚えるけれど、前を向いて頑張らないといけない。セレスティアは冷たい水で顔を洗い、気合いを入れるために頬をパン、と叩いた。


 以前のデビュタントで着付けを手伝ってくれたキキはもういない。寂しいけれど、今日はデイジーが手伝いに来てくれた。


 倉庫での事件以来、ドレスの修繕が終わってからも、デイジーは何やら理由をつけてティエラ家に足を運んでくれている。ソルに顔を知られたセレスティアのことを心配しているらしい。


「『ハレイロ』の立て直しも大変なのに、ありがとうね」


「お嬢様の為なら、いつだって駆けつけますよ!」


 デイジーはそう言って、リボンの位置やウエストの締め加減などを細かく調整してくれる。

 前回、試着をした時以上の徹底ぶりで、なんだか怖いくらいだ。目が真剣すぎる。


 かなり念入りにチェックをした後、デイジーはようやく満足気に微笑んだ。


「完成です!」


「……すごいわ」


 セレスティアは思わず、深く息を吐いた。


 色々な角度から確かめたくて、つい何度も鏡を見てしまう。そのたびに、裾がひらりと広がって、白百合の花が咲くみたいで、花の妖精にでもなった気分だ。


(本当に綺麗、魔法をかけられたみたい……)


 セレスティアが感動していると、デイジーが悪戯っぽく言った。


「お嬢様、とっても似合っていますよ。最高です。これでアルミオ様もイチコロですね」


「もう、アルとはそういう関係じゃないのよ」


 斜め上からの褒め言葉に、セレスティアは苦笑した。


 あの倉庫での一件以来、デイジーはすっかりアルミオ“推し”になったらしく、セレスティアと彼の仲を応援しているらしい。

 何度否定しても、素知らぬ顔なのだ。


 最後の仕上げに、母の形見のネックレスを身につけた。白百合の花結晶でできた品で、父が贈り母が結婚式の時に身につけていたものらしい。


(うん、今日のドレスにぴったりだわ)


 ちょうどその時、支度は済んだかい?と父がやって来た。セレスティアの顔を見るなりおいおいと泣き出しそうだったので、やんわりと引き離す。

 貰い泣きしてしまったら大変だ。


「ティア、本当に大きくなったね。ドレスもネックレスもよく似合ってるよ」


 父は心底嬉しそうに、そしてほんの少し声を震わせながら言った。


 研究で忙しいはずのアーノルドも、わざわざ見送りに出て来てくれた。


「セレスティアお嬢様、セリーナ様の生き写しのようですな」


 デイジーが、頑張ってという風に両手をグッと握る。


「では、気をつけて行ってきてくださいね」


 とっくに成人は済んでいるのに、こんな風に盛大に見送られるのは、なんだか恥ずかしかった。

 でも、それ以上に嬉しくて胸がいっぱいになる。


「みんな、ありがとう。行ってくるわね」


 外に出ると、やっぱりしとしとと雨が降り始めた。


(ドレスが汚れませんように)


 前もって用意しておいた傘をさす。

 馬車の屋根は簡単に直してもらったものの、念の為に大きなハンカチも積んでおいた。


 アルミオとは王城で待ち合わせようと約束していた。心配だから迎えにいくと言ってくれたけれど、彼は間に合わないことを知っているからだ。

 ところが門を出ると、屋敷の前に豪華な馬車が止まっていた。


 ひまわりの家紋、バーレー家の馬車だった。


「セレス、一緒に行こう」


 馬車から降りてきて手を差し出したのは、他でもないアルミオだった。しかも白薔薇の花束を片手に、満面の笑みを浮かべている。


「えっどうしてアルがここにいるの?」


 セレスティアは目を丸くした。


 アルミオは午前中の商談でトラブルがあって、迎えには来られないはずだ。


「都合がついたから、せっかくだし迎えに来たんだよ」


 そう言って、花束を差し出される。

 受け取ると、ふわりと薔薇の香りがセレスティアを包む。


(いい匂い……)


 困惑しながらも、こうなってしまえば断る理由もない。それに、どんな風に顔を合わせればと悩んでいたので、逆に気が楽になった。


(今から一緒に行けば、遅れて入って目立つこともないだろうし、むしろありがたいわ)


 自分の御者に声をかけ、花束を預け、促されるままにバーレー家の馬車に乗り込んだ。


 向かい合って座ると、貴公子然としたアルミオの姿に目が止まる。


(やっぱり今日のアル、気合いが入ってるわね。女の子たちが騒ぐのも仕方ないわ)


 今日のアルミオは、セレスティアの髪色に合わせるかのようにシルバーの燕尾服を着ていた。

 胸元にはバーレー家の花であるヒマワリを模した黄金のブローチが輝いている。


 ベストとネクタイをきっちり身につけ、手袋をはめた姿は二度目のはずだが、流石に見惚れてしまった。


「どうしたの?じっと見つめて」


 アルミオが小首を傾げる。ちょっと幼いくせに、そんな仕草もなんだか様になる。ずるい。


「今日のアル、かっこいいなあって思って」


 素直にそう言うと、アルミオはなぜか真っ赤になった。


「……っ、それは反則だよ」


 何やら小さく呟いているが、よく聞こえない。聞き返そうとすると、アルミオが顔を上げて言った。


「セレスも、今日はお母さんのドレスを着たんだね。すごく綺麗だよ」


 表情も声音もいつものアルミオだ。セレスティアも素直にお礼を言った。


「ありがとう」


「でも……」


 なぜかアルミオの手が伸びてくる。


(えっ何?)


「髪に糸くずが付いてたよ」


 にこりと人懐っこく笑う。


(アルってもしかして……あざといのかしら?)


 でも、久しぶりにいつもの空気でアルミオと過ごしている気がして、仲の良い幼馴染に戻れたように感じられて。少しだけ嬉しくなる。


 そんな自分の心に、釘を刺す。


(こんな風に一緒に過ごすのは、今日で最後よ……)


 会う頻度は減ったし、デビュタントさえ終わればこのまま疎遠になっていくだろう。


 セレスティアも、他の相手を探して婚約するつもりだった。そうすれば、異性の幼馴染同士が顔を合わせることはなくなる。


 和やかな空気の馬車で、束の間の温もりに浸る。


 アルミオのそばは居心地がいい。


 でも、彼の優しさに甘えたままではいけないのだから。


 そんなことを考えていた時。曲がり角に差し掛かった馬車が、突然大きく揺れた。


「きゃっ」


 急に馬が止まったらしく、身体が跳ねる。


 向かいの席に座っていたアルミオに飛びつくような形になってしまった。


(び、びっくりした……)


「失礼いたしました。前が詰まっており、馬が驚いて止まってしまいました」


「大丈夫だ」


 アルミオは落ち着いた声を返しながらも、受け止めたセレスティアの方を見る。


「っ――」


 唇が触れそうになるくらいに顔が近づき、思わず2人とも目を逸らしてしまった。


「……ごめん!」


「ううん、セレス、怪我はない?」


 セレスティアは頷いて、慌てて自分の席に戻った。


 雨のせいだろうか、随分と道が混んでいるらしく、その後も馬車は何度か止まりながらゆっくり進んでいく。


 結局、王城に着くまでに随分と時間がかかってしまった。


(私たちが最後に到着するのは、どうやら変わらないのね)


 早く大広間に着いたら他の令嬢と話をしなければならなくなるかと思ったけれど、杞憂だったらしい。


 アルミオが、「遅くなってごめんね」と言うけれど、きっと彼のせいではない。

 アルミオがエスコートをしてくれ大広間に辿り着く。


(やっぱり、何度見ても本当に華やかね)


 デビュタントの会場は記憶のままだった。

 大きく遅れた訳ではなかったが、セレスティアとアルミオが入るとやっぱりざわめきが二人を包む。


「まぁ、アルミオ様だわ。今日もステキね」


「隣にいるのって、あのセレスティア嬢じゃない?」


「“あの”セレスティア嬢って?」


「知らないの?彼女の周りでは、とにかく不運な出来事に見舞われるんですって。呪われてるみたいに」


「それにしても、どうして白薔薇ではなくて白百合のドレスなのかしら?ティエラ家の方がリリエル家よりも家格が高いのに」


 そんな会話が聞こえてくる。セレスティアは冷めた心で聞き流していた。


(ああ、どうして前はこんなことで傷ついていたのかしら)


 周りの目以上に怖いものを、セレスティアはもう知っている。


(好きに呼べばいいわ。それに、悪評が広まった方が好都合だし)


 家格の低い白百合のドレスを身につけていることも、なんとでも言えばいい。

 でもセレスティアの心はもう揺れなかった。


 このドレスを着ることになるまでの道のりを思うと、むしろ誇らしかった。


 それに回帰前のデビュタントで身につけたドレスよりも、自分には似合っていると、胸を張っていえる。


 セレスティアが願うのはただ一つ。


(どうかアルが、無事に過ごせますように――)


 ついに、ファンファーレの音が鳴った。式典の始まりを告げる音色が。

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