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不幸の悪女と呼ばれても、あなたを幸せにしたいんです  作者: 息吹 紡


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15/20

15.救世主

 

『ハレイロ』のお金を騙し取った男、ソルの魔の手が迫った時――


「治安隊、こっちだ。不法侵入者がいるぞ!」


 その声を聞いて、セレスティアは驚いた。逆光で顔は見えないものの、間違いない。

 倉庫に飛び込んできたのは、他でもないアルミオだった。


(どうしてアルがここに?)


 セレスティアも驚いたが、ソルのほうが驚きは大きかったようだ。おかげで一瞬の隙ができた。

 伸びてくる手が白銀の髪を掴みかけるのをなんとかかわして、アルミオの方へと走る。


「セレス、大丈夫かい?」


 アルミオも、セレスティアに駆け寄った。


「ちっ」


 男は顔を隠すようにフードを深く引っ張り、舌打ちをした。


 こちらに向かってくるかと思ったが、くるりと背を向けて倉庫の入口とは反対方向に向かう。


 同時に、近くに落ちていた石をセレスティアの方へ投げつけた。


「セレス!危ない!」


 アルミオがセレスティアを押し倒した。


 男は一度だけこちらを振り返り、素早い動きで窓際に積まれた荷物を駆け上がると、窓ガラスを割って逃げ去ってしまった。


 バラバラになったガラスのかけらが倉庫の床へと降り注ぐ。


「……ソレジオン?」


 去り際に一瞬のぞいた男の横顔に、戸惑うように小さく呟いたアルミオが、勢いのままセレスティアを抱きしめた。いつになく力強く、頬が触れ合う。


「セレス、無事かい?」


 いつもよりほんの少し低い声が耳元で囁く。なぜか心臓がドキドキと音を立てた。


(まだ、恐怖が抜けてないみたいね……)


「大丈夫よ。アル、ありがとう。アルがいなかったら――」


 距離をとりながら、危なかったと続けようとした時。ぽたりと血が滴った。


 セレスティアではなくアルミオからだ。


「ア、 アル……血が出てる!!」


 よく見るとアルミオの左のこめかみに、血が滲んでいる。


 男が投げつけた石は、セレスティアではなくアルミオの頭に当たったらしい。


「ああ?こんなのかすり傷だよ。君が無事でよかった」


 アルミオは大したことないという風に耳の上を押さえるけれど、その姿がシャンデリアの下で動かなくなっていくアルミオの姿に重なる。


「いや……!」


「セレス?落ち着いて。僕は大丈夫だから――」


 セレスティアはアルミオを抱きしめた。


 肩が、腕が、唇が震える。


 この手を緩めるとアルミオをまた失ってしまいそうで。触れないように、関わらないように距離を置いていたことを忘れ、彼を抱きしめ続けた。


 セレスティアの突然の豹変に戸惑いながらも、アルミオはセレスティアを支えるように背中に腕を回した。


「セレス、大丈夫だよ」


 アルミオが子守唄のような優しい声で、何度も繰り返しながら、背中をさすってくれた。


 大丈夫だよ、大したことないよ、と。


 その声を聞いていると、不思議と体の震えが治っていく。


「ごめんね、また傷つけてしまって……」


「大丈夫だよ。セレスのせいじゃないし」


「でも……」


 頭が冷静になってくると、血を止めなくてはいけないと思い当たる。


 ハンカチを探しあて、「かすり傷だから」というアルミオのこめかみに有無を言わさず押し付けた。


 幸い、血はすでに止まりかけている。セレスティアがようやくほっとしかけた時。


 開け放たれた倉庫の入り口から、どかどかと足音が入ってきた。


「こっちです!」


 キキとデイジーが、治安隊を引き連れてやって来たらしい。セレスティアとアルミオの元へ駆け寄った。


「お嬢様、アルミオ様、大丈夫ですか?」


「私は大丈夫、でもアルが怪我をしてしまったわ」


 二人とともに駆けつけた治安隊のうちの一人が素早く頷く。セレスティアが押さえていたハンカチをそっと外し、手際よく包帯を巻いてくれた。


(よかった……)


 まだ心臓がどくどくと音を立てている。

 キキに手を貸してもらい立ち上がろうとするが、脚に力が入らなかった。


 腰が抜けてしまったのだろうか。


 なんとか踏ん張ろうとしていると、ふわりと身体が宙に浮いた。


「えっ?ちょっとアル!」


 無言でアルミオに抱きあげられる。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。


「震えてる。脚に力が入らないんだろ?」


 アルミオはどちらかというと、細身の貴公子のような感じなのにどこにそんな力があるのだろう。しっかりと両腕でセレスティアの全身を支え、涼しい顔をしている。


「でも……アル、怪我してるのに」


 歩けないのは困るけれど、流石に怪我人の世話になるわけにもいかない。

 そんなセレスティアに構いなく、アルミオはずんずんと歩いて行く。


「俺にだけは甘えて……」


 ぶっきらぼうにつぶやく彼が、いつもと少し違う。


 近くにいてはいけないのに。


 今だけは、アルミオと離れたくなくて、家まで送るという申し出に、気がつけば素直に頷いてしまった。


 治安隊がセレスティアにも事情を聞きたがったが、アルミオの口添えもあり、今日のところはデイジーが本部で話しをすることになった。セレスティアも後日、治安隊に行くと約束する。


 アルミオはバーレー家の馬車まで、セレスティアを抱っこしたまま連れてきた。動けないので仕方がないとはいえ、周囲の人の視線が恥ずかしい。


 広々とした馬車の中で、アルミオの隣に下される。思えばこんな風に隣同士に座るのは、久しぶりだった。


「セレスが無事でよかったよ」


 怪我をしたのは自分の方なのに、アルミオは本当にほっとしたようにそう言った。セレスティアは目を伏せた。


「アルが怪我してしまったから全然良くないわ」


「全然たいしたことないんだよ。痛くないし」


 平気だという風に、こんこん、と包帯の巻かれたこめかみを叩いて見せる。そんなアルミオのまつ毛が、ほんの少しだけ下がっている。


 嘘をついている時の癖だ。


(嘘つき、ほんとは痛いくせに)


「アル……ごめんなさい」


 そっと包帯へと手を伸ばす。血を流したアルミオの姿を思い出すと、また手が震えた。


 心の中で呟く。またあなたを傷つけてしまって、ごめんなさい。心配をかけてごめんなさい。


 萎れた花のようになったセレスティアに、アルミオは空気を変えるように明るく言った。


「困ったな。危ないことしないでって怒りたかったのに……そんな顔されたら何も言えないよ」


(いけない、アルに逆に気を遣わせてしまったわ)


 セレスティアも話題を変えようと、ずっと聞きたかった質問をした。


「ねえ、どうしてアルがここへ?」


「セレスは知らなかったかもしれないけど、ここの船市はバーレー家が取り仕切っているんだよ」


 “舟市の倉庫に盗みが入った”、とキキが治安隊の詰め所にやってきた時。そこでは次の舟市の警備について打ち合わせが行われており、たまたまアルミオも顔を出していたのだという。


 切羽詰まった様子で飛び込んだキキは、アルミオの顔を見つけると、実は詐欺師とセレスティアが対峙していることを伝えたのだという。大体の事情を聞いたアルミオは、馬を飛ばして飛んできたというわけだ。


(舟市の責任者として、不祥事があってはいけないと思ったのね)


 相変わらず律儀な人だ。それでも、アルミオが駆けつけてくれなかったら、間に合わなかったかもしれない。すぐそばまで迫った男の手を思い出すと、血の気が引いた。


「アル、助けてくれてありがとう」


「当たり前のことをしたまでだよ」


 アルミオは柔らかく微笑んだ。


「アルが来てくれなかったら、危なかったわ。本当にありがとう」


 セレスティアはふと、もう一つ聞きたかったことを思い出した。


「……あの男と知り合いなの?」


 右目の下に小さな傷のある、ソルと名乗る男。アルミオは何か知っているような、そんな風に見えた気がする。


「いや……見間違いだと思う」


「そうなのね」


(あの人、誰かと似ているのかしら?)


 セレスティアにとっても、なんだか妙に気にかかる顔だった。


(……無事に捕まるといいんだけど)


 セレスティアもアルミオも口を閉じる。話すのをやめると、なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。


 一定のリズムで揺れる馬車が揺かごのように心地よく、セレスティアは気がつくと眠ってしまった。


 *


「本当に、どうにかなってしまいそうだよ……」


 アルミオは自分に寄りかかって無防備に眠るセレスティアの、細い肩を見つめる。眠っている時に触れてはいけないと、ぐっと理性を保つ。


 キキからセレスティアも絡んでいると打ち明けられた時、何も考えられなくなって夢中で駆け出していた。


 あいつがセレスティアに石を投げつけてきた時、頭に血が上り、相手を殺したいと思った。

 いや、思っただけではない。もしもセレスティアが怪我をしていたら、本当に殺していたかもしれない。


(セレス、あんなに怯えて可哀想に……)


 彼女は異常に怯えていた。それに“また”傷つけてしまった、と言った。どういう意味だろう?


 ずっと閉じこもっていたと思いきやこんなところで会うことになるなんて……。もともと何かと巻き込まれやすい彼女だが、最近の様子はなんだか変だ。

 自分とわざと距離をおこうとしているような感じがするし、なんだか危うい。


「セレス、危ないことはしないでくれ。君がいないと、生きている意味がないよ」


 小さく呟いたアルミオは、すやすやと眠るセレスティアの頬をそっと撫でた。


 これくらいは許してほしい。


「絶対に、君を幸せにするから……」

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