14.『ハレイロ』を救うために
デビュタントが1ヶ月後に迫ったある夜、ティエラ家の屋敷へとデイジーが興奮気味にやってきた。
「ソルから手紙がありました!」
セレスティアも、つられて少し声が大きくなる。
「なんて書いてあったの?」
「セレスティア様が言った通りでした。"約束通りお金が5倍になったから渡したいが、大金のため、引き出すのに手数料が必要"と書いてあったんです。これまでみたいに封書で送ってほしいと言われました」
「言っていた通りに返信した?」
「はい。“大金なので直接渡したい”と返事を出しました」
「ソルからの折り返しはあった?」
「はい。つい先ほどあって、急いでこちらに来ました。急ですが明日の夜、会うことになりました。プルードの街の外れにある倉庫に来てほしいとのことです」
相手が直接やりとりすることを渋る可能性もあったけれど、会う約束を取り付けられたのは好都合だ。セレスティアは、デイジーを静かに見つめた。
「……デイジー、一緒にソルを捕まえましょう」
「そんな、セレスティア様!危険すぎます」
デイジーは目を丸くした。
「これ以上、セレスティア様に迷惑をかけるわけにはいきません。治安隊に任せるべきでは?」
「証拠もないのに取り合ってくれるか分からないわ。それに、そのソルって人物、かなり用心深いんじゃない?」
手口自体は典型的な方法だが、デイジーがすっかり信じ込んでいたのは、それだけ手練れていたのだろう。回帰前にも全く尻尾を出さなかったということは、情報を集めたり、秘密裏に動くことに長けているに違いない。
このチャンスを逃せば、もう捕まえられないかもしれない。
「……私、デイジーの作るドレスが大好きなの。本当に相手のことを考えていないと、あなたのようなドレス作りはできないわ」
「セレスティア様……」
「そんな『ハレイロ』を潰そうとした人は絶対に許せないわ」
*
待ち合わせ場所に指定された町外れの古い倉庫には、船市の時に使う旗やテントが保管されているようだ。人気のない薄暗い場所は、なるほど秘密の取引にはうってつけなのだろう。薄雲のかかるこんな夜には、ネズミ1匹すらいなさそうだ。
閑散としたその場所へ、セレスティアとデイジーは二人きりでやってきた。
「セレスティア様、本当に大丈夫ですかね?」
デイジーが不安そうに爪を噛んだ。セレスティアは、あえて明るく言った。
「もうデイジー、何度も言ったでしょ?今の私は“セリ”あなたのアシスタントよ。こう見えてお忍び力は高いと思うのよね」
目立つ白銀の髪を短く纏めて帽子で隠し、デイジーに仕立て屋のアシスタントに見えるように服選びを手伝ってもらった。毎度のことながら、貴族の娘には見えないだろう。
「まあ、確かにまあまあ馴染んでますけど……そういう意味じゃなくて……」
「危険なことはしないわ。顔を確かめて、証拠を握るのよ」
「でも、セレスティア様の身に何かあったら……」
「それはあなたも一緒でしょう?」
「へ?私なんかとセレスティア様は、比べものになりませんよ……」
「そんなことないわよ。とにかく、私が言った通りにお願いね」
「分かりました」
「セレスティア様も、地味な格好していても顔が目立つんですから。帽子は絶対に外さないでくださいね。あと、なるべく喋らないでください」
「セリ、よ。分かったわ」
デイジーの不安が大きくならないように、おどけて見せたものの、セレスティアも本当は緊張していた。
(うまくいきますように)
こう祈った時に限って、いつも思いもよらないアクシデントがついてくる。今日ばかりはそうならないことを心の底から願った。
静かな夜の倉庫でしばらく待つと、長い外套に身を包んだ長身の人物がやってきた。
背が高く、すらっとしていて身のこなしには隙がない。
打ち合わせ通りに、まずデイジーが進み出た。
「あなたがソル様ですか?」
「……ああ、そうだ。そっちは誰だ?」
警戒したように、セレスティアの方を顎でしゃくる。
暗がりの中フードを被っているので顔はよく見えないが、声は低い。男だ。それに傲慢だがよどみない話し方、ただのごろつきではなさそうだ。
「この子は、私の助手のセリです。お金の取引だし、心配だからついてきてもらったの。ちょっと人見知りなんだけど、いないよりはマシかと思って」
「……ど、どうも」
セレスティアは小さく呟いて、顔を伏せた。男は興味なさそうに、デイジーの方に向き直る。
「……ふうん。ということは、約束の金はきちんと持ってきているんだな?」
「ええ、ここにあります」
デイジーが、下げていたカバンから小箱を取り出す。
「じゃあそれを早くこちらへ。こっちも急いで君の金を下ろしてこよう」
男は箱を見るなりひったくりそうになったので、デイジーがそれを防ぐように小箱を抱きしめた。
「待って、約束のお金を引き渡すというこの証明書にサインしてちょうだい」
男の声に、不機嫌が滲んだ。
「すぐに渡すんだから、必要ないだろう?」
「いいえ、念のためにお願いよ」
「……ちっ仕方がないな。ペンは?」
事前の打ち合わせ通り、デイジーが一歩も動かないので、ソルが前へ出た。
(もう少しで、顔が見えるわ)
ソルがもう一歩、前に出る。天窓から光が差し込む位置に入ったけれど、風が強く、流れる雲が陰を作って月が隠れているらしい。
薄暗い闇が続いて、ソルの顔は見えないままだ。
(もう少し、もう少し引き伸ばして……)
デイジーが、筆記具を探すふりをして時間を稼ぐ。
「何をもたもたしているんだ」
ソルが苛立ちを隠せなくなり、仕方なく証明書とペンを差し出したとき。
セレスティアの願いが届いたのか、強い風が吹き雲を散らす。
月明かりの下、証明書にサインをするソルの顔が晒される。
赤みのかかった茶色い顎髭。骨ばったいかめしい顔つきに、右目の下に小さな傷跡がある。
(見えた……!貴族じゃ、ない。でもこの人……どこかで見たことがあるような……)
「さあ、書けたぞ。さあ早く金をこちらへ」
その時、細く開いた入り口から倉庫の中まで強い風が舞い込んだ。はらりと、セレスティアの帽子が宙に舞う。
(うそ、ピンで固定してたのに……!)
あらわになったセレスティアの顔を見て、男は眉間に皺を寄せる。
「おい、どういうことだ?その女は助手じゃないな」
鷲のような鋭い目が、セレスティアを睨みつける。
どくん、と心臓がはねた。
「デイジー、逃げるわよ」
デイジーが箱を投げ捨てて、男の手から書き終わった証明書をむしり取る。
男は一瞬、遠くへ投げられた箱に気を取られ拾いに行く。金を回収することのほうが優先らしい。
(残念ね。そこには何も入っていないわよ)
その隙に、セレスティアとデイジーは倉庫の入口へと駆け出した。
倉庫の中には船市のための資材が雑多に置いてあるが、明るいうちに下見をしておいたおかげで、ぶつからずに距離を稼ぐことができた。
このまま引いてくれれば、と思ったものの、箱を握りしめた男は猪のようにこちらに向かってきた。速い。
「待て!」
デイジーと二手に分かれる。男はセレスティアに狙いを定めた。鍛えているのだろうか?思った以上のスピードと歩幅の大きさから、どんどんと距離が詰められる。
(デイジーは?)
ちらりと横目で見ると、セレスティアが注意を惹きつけている間に、入口へ走り出ることができたらしい。
ほっとしたのも束の間、男の手がにゅうっと伸びてきて、セレスティアの髪を掴みかける。
ぎゅっと目を閉じた。
(間に合って……!)
その瞬間、倉庫の入り口が大きく開き、月明かりが差し込んだ。逆光のせいで顔が見えないが、何者かが乱入してきたのだ。
(よかった……)
きっと治安隊だ。この倉庫を調べて舟市のものが管理されていると分かった後、セレスティアはキキにタイミングを合わせて治安隊のところへ向かうよう指示を出しておいたのだ。
デイジーとセレスティアがソルと会っている頃に治安隊がたどり着くよう“舟市の倉庫に泥棒が入っている”と伝えてほしい、と。
詐欺で捕まえることはできなくても、この方法ならば身柄を拘束できるはずだと踏んだ。かなりギリギリのタイミングになってしまったが。自分たちも不法侵入を問いただされるに違いないけれど。
「こっちだ、不法侵入者だ!」
大きな声が、石造りの壁に反響して響き渡る。ソルが小さく舌打ちをして目を細める。
その瞬間、セレスティアを驚きが包んだ。
(嘘、この声って……!)




