13. デビュタントの不幸
「まぁ、アルミオ様だわ。今日は一段とステキね」
腕を組んで会場に入ったアルミオとセレスティアに、ひそひそとした視線が突き刺さる。
「隣にいるのって、あのセレスティア嬢じゃない?」
「”枯れた白薔薇”なんて言われてるティエラ家のご令嬢よね。でも、“あの”セレスティア嬢ってどういう意味?」
訊かれた令嬢は、扇を広げて声をひそめた。
「知らないの?彼女の周りでは、とにかく不運な出来事に見舞われるんですって。呪われてるみたいに」
「まあ、怖い……アルミオ様は大丈夫かしら?」
遅れて入ったので少し目立ってしまった二人を、小さなざわめきが迎えた。
(呪われてる、か……それなら物語の姫君みたいに、いつか呪いが解ける日が来るのかしら?)
ちくっと傷つきながら、そんなことを思う。出遅れてしまい気後れしそうになる自分を、なんとか奮い立たせる。
どうやら没落貴族で悪評のあるセレスティアが、アルミオと一緒にいることが気に食わないらしい。一部の貴族令嬢から、穴があきそうなほど睨みつけられている気がする……。
(アル、こんなに人気なのね)
それでも、どちらかといえば好意的な、羨ましげな視線を送ってくれている人もいる。
「見て、セレスティア嬢のドレス、とっても綺麗ですわ」
「本当に、見事な白薔薇の装飾ね〜。ティエラ家もまだまだ安泰そうねえ」
(やだ、嬉しい!)
影口は聞き流して、仲良くなれそうな令嬢と交流を広げるために話しかけようとしたが、すぐに式典の始まりを告げる鐘が鳴ってしまった。とはいえ、じろじろと眺められる時間が終わったことにはほっとする。
新成人たちが、大広間の中央に集まって並びはじめたので、セレスティアとアルミオも前に進んだ。成人を迎えた貴族たちは、"カユラ王国の新しい花"として、王族と挨拶を交わし貴族社会の仲間入りを果たすのだ。
(花のドレスを纏った令嬢と、そのパートナーがこれだけ集まると圧巻だわ)
さすがデビュタントとあればどの人も意匠を凝らした服装をしていて、見ているだけで楽しい。特に女子たちは家門の花をさまざまな形で取り入れており、文字通り華やかで見ていて飽きない。もっとじっくり観察したかったが、式典が始まればそういうわけにもいかないのはほんの少し残念だった。
「国王陛下のおなりです」
ファンファーレとともに現れたカユラ国王は、威厳たっぷりの顔で若い貴族たちを見渡した。行事で遠目に崇めることはあっても、ここまで近くで見ることは初めてだった。流石に国王陛下、歳は父よりも少し上だったはずだが、肌艶も恰幅も随分といい。プラチナブロンドの髪の頭上には、小さな金の薔薇の形の王冠が載っている。
「続いて、王女殿下のおなりです」
続いてルミナス王女が現れた。しかし、その姿を見た瞬間、セレスティアは――いや、大広間の空気は凍りついた。新成人だけではない。広間にいた全員が、戸惑いの表情でセレスティアと王女を見比べる。
小さなざわめきが波のように広がっていく。隣に立つアルミオでさえ、王女の姿を困惑の色を浮かべて見つめていた。
(どうして?)
異変に気がついた瞬間、セレスティアは愕然とした。国王と同じプラチナブロンドと金色の瞳をもつ、この国の王女ルミナス。この国で最も高貴な女性の一人。
セレスティアと王女のドレスは、そっくりだったのだ。
ウエストにぐるりとあしらわれた薔薇の精巧なモチーフも。花々の間を縫うように織りなされた蔦と葉の刺繍も。裾に向かって緩やかに広がるスカートの形も――全て似ている。
違うところといえば王女のドレスの薔薇は金色。刺繍とモチーフはセレスティアのものより緻密で金の糸が混ざっているところか。よく見ると、ドレスの膨らみもほんの少し大きく華やかだ。
だが、二つのドレスは瓜二つだった。その場にいた誰が見てもそう思うほどに。
波のように小さく広がった戸惑いの声は、だんだんと批難の声に変わっていく。
「どういうことなの?セレスティア嬢のドレス……ルミナス王女とそっくりだわ」
「目立ちたくてドレスのデザインを盗んだんじゃないか?」
「ティエラ家は王族を馬鹿にしているのか?」
そんなわけがない。でも、反論しようにも、式典の最中で王室からの祝いの言葉が述べられる時に弁明なんてできるはずがない。何より、セレスティアの頭は真っ白になっていた。
何が起こっているのか分からない。
この大広間の中で、一番戸惑っているのは他でもないセレスティア自身なのだから。
アルミオがセレスティアを守るように、握っていた手に力を込め囁く。
「ティア、大丈夫?何があったかわからないけど僕は味方だから……」
そんなアルミオの言葉にも、セレスティアは何も返せなかった。
どういう経緯で王女のドレスとそっくりのドレスがバーバラの元へやってきたのかは分からないが、偶然というには似過ぎている。そしておそらく、落ち度があるとすれば自分の側なのだろう。
波乱を極めるデビュタントの中で、大きくなるざわめきに終止符を打ったのは、他でもないルミナス王女だった。
「静粛に。新たに成人を迎えたカユラ王国の花たちへ、祝いの言葉を述べる――」
ルミナス王女が何事もなかったかのように淡々とそう告げると、潮が引くようにざわめきは消えていく。凛とした王女の声によって、儀式特有のピンと張り詰めるような沈黙が再び大広間を満たした。
セレスティアへの視線もぴたりと止まり、新成人たちはみんな王女を見つめた。
ルミナス王女はよどみない声で、成人を迎えた貴族たちに祝いの言葉を述べた。たしか王女は2年前に成人を迎えたはずだが、18歳とは思えない落ち着きだった。
祝いの言葉が終わった後、ルミナス王女は周囲には悟られないように、側近の侍女に小声で問いかけた。
「このドレスがどのように管理されていたのか調べてくれ」
その後も表向きは大きな混乱なく、何事もなかったかのように代表の言葉と乾杯という風に、儀式は続けられた。
しかしセレスティアはずっと、ろくに顔をあげられなかった。王女の姿が目に入るたびに落ち着かない気持ちになる。ドレスのことを公では不問にした王女の手前、みんなが何も触れないようになると、セレスティアの存在は空気のようになる。いや、むしろ空気のように消えてしまえればよかったのに。
式典が終わりパーティーへと移行するタイミングで、耐え切れずアルミオに言った。
「ちょっと気分が悪くて……テラスで休むわ」
「一緒に行くよ」
「1人になりたいの」
「でも……」
そこへちょうど、男女2人組がやってきた。
「アルミオ様、ご挨拶に伺いました。紡績事業でお世話になっているデオ・クロッカスです。こちらは妹の――」
セレスティアのことなど見えていないかのように、アルミオへの挨拶が始まる。懇意にしている相手らしく、アルミオも無碍にするわけにもいかずに挨拶に応じた。
セレスティアは優雅に礼をすると、アルミオの手をほどいてその場を去った。
早足でテラスではなく、大広間の出入り口へと抜ける。
“貧乏令嬢のくせに身の程知らずな”
“王族と同じドレスを着るなんて”
交流を始めた貴族たちから、セレスティアのドレスを責める声が聞こえてくる。一刻も早くこの場を去りたかった。外へ出ると、あれっという顔をする王城の衛兵に声をかけた。
「気分が悪くて……」
「では、医務室の方にご案内いたしますよ」
「いえ、御者を呼んでくれる?式典は終わったしお先に失礼するわ」
パーティーでは、ファーストダンスがある。こんな自分と一緒に踊ればアルミオまで失礼な視線にさらされるに違いない。なら黙って帰ってしまった方がいい。
耐えきれない気持ちで、セレスティアは逃げ出してしまったのだ――
セレスティアが逃げ帰り、社交界での非難の声は大きくなってしまった。やっぱり、ティエラ家の用意したドレスに問題があったんだと。でも、素知らぬ顔であの場に居続けることはできなかった。王女にも申し訳がなかった。
結局デビュタントの直後、なぜあんなことが起こったのかは事実解明が行われた。
廃棄されるはずだったルミナス王女の試作ドレスを、侍女の1人が秘密裏に闇市へと売り捌いたことが分かったのだ。実家に借金があり、お金に困っていたのだという。
そして売られたドレスは、周り回って、デビュタントのドレスに困っていたセレスティアの元へとやってきてしまったらしい。ドレスを貸してくれたバーバラ自身も闇市で買ったものとは知らずに、別のドレスコレクターから買った品だった。
セレスティアの誤解は解かれたものの、謝られることも慰められることもなかった。
むしろ今度は、闇市に出されたドレスで成人式に来たなんて縁起が悪すぎると噂され、「やはり呪われている」と陰口を叩かれるようになった。
さらに父の死がそれに拍車をかけ、“呪われた悪女”とまで呼ばれるようになったのだ。
*
(今度のデビュタントでは、目立たずにひっそりと過ごそう……)
小さなため息をつきながら、セレスティアは完成した白百合のドレスを見つめた。なんとかドレスも整ったし、今度はきっと無事に終えられるはずだ。デイジーはもっと工夫を凝らしたいと言ってくれたが、すでに十分すぎる。
目立たずに無難に終えることだけがセレスティアの願いなのだから。
ところが、あっという間にデビュタントの1ヶ月前になったある夜。デイジーが興奮気味にやってきた。




