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不幸の悪女と呼ばれても、あなたを幸せにしたいんです  作者: 息吹 紡


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12/20

12.デビュタントの思い出

 

 その日、セレスティアは浮かれていた。


 成人式の日の16歳の女の子なんてみんなそうかもしれないけれど。ドレス問題をなんとか乗り越え、セレスティアの気持ちは多分、参加者の誰よりも晴れやかだったと思う。


 デビュタントの直前になって『ハレイロ』とデイジーが雲隠れしてしまった後。セレスティアと父は大変な目にあった。


 信じられない気持ちのまま、急遽ドレスを用意しなくてはならなくなったからだ。しかもドレスだけでなく依頼するためのお金も失ってしまった。既に持っているドレスを修繕しようにも、時間もなかった。


 落ち込んでいる暇もなく、父と一緒に心当たりのある家を手当たり次第に回るしかなかった。

 親戚の家、デビュタントを終えて数年経つ家、知り合いの家――もう白薔薇のドレスだなんて贅沢は言えない。


 なんでも良いから白っぽいドレスを譲ってもらって、薔薇の装飾を縫い付けるしかないとさえ思っていたけれど、父の方はなんとか良いドレスを譲ってもらえないかと熱心に頼み込んだ。


 妥協すればもう少し早く見つかったと思うが、ティエラ家の当主として娘に少しでも良いドレスを着させてあげようと、必死だったのだろう。


 何日も収穫のない日が続いた後、ドレス好きで有名な親戚から、良いドレスが手に入ったから貸してあげると連絡があった。しかもそのドレスは、白い薔薇がモチーフらしい。


 バーバラというその親戚は父方の大叔母にあたり、一度は結婚して家を出たけれど、離婚した後に再びティエラ姓を名乗っていた。


 いくらドレス好きとはいえ、歳が離れすぎているしデビュタントに着ていけるようなものなのだろうか、と父もセレスティアも不安に思っていたものの。そんな気持ちは、ドレスを見た途端に吹き飛んだ。


「なんて綺麗なドレスなの……」


 見せてもらったドレスは、見事なものだった。

 目を引くのは、ウエストにぐるりとあしらわれた真っ白な薔薇だ。花びら一枚一枚が立体的に咲き誇るような、生き生きとしたモチーフが縫い留められている。


 その花々の間を縫うように、腰から胸元にかけては(つた)と葉の刺繍が繊細に織りなされ、裾に向かって緩やかに広がるスカートが上品な雰囲気を醸し出しているのだ。


 ドレスに疎いセレスティアでも分かる。このドレスはとんでもなく価値のあるものだと。

 触れることすらなんだか気が引けたけれど、バーバラに勧められるがまま試着してみた。なんと平均より少し背の高いセレスティアと、サイズも奇跡的に合うではないか。


「あら〜、よく似合ってるじゃないの!」


 バーバラが嬉しそうに、ばしばしっとセレスティアの肩を叩く。


「バーバラ、こんなに豪華なドレスどうやって手に入れたんだい?まさか作ったのか?」


「そんなわけないじゃない。既製品とは思えないほど綺麗だけれど、破格の値段で売っていたからコレクションとして買ったのよ〜!私ったらツイてるわ」


 薔薇はカユラ王国を象徴する花で人気があるとはいえ、王族や四家門を連想させるドレスは問題にもなりやすく簡単には作られない。


 こんな都合よくドレスが、しかも白薔薇のデザインのものが見つかるなんて信じられなかったが、目の前にはこれまで身につけたことがないほど美しいドレスがある。鏡を見つめると、なんだか自分が童話の主人公になったような気がした。


「……本当にお借りしてもいいんですか?」


「もちろんよ。エドワードにはいつもお世話になってるしね。それにツイてる時は人と分かち合わないと!」


「本当に、ありがとうございます」


 セレスティアは父と、深く頭を下げた。


「そんなに改まらなくて良いのよ。セレスティアみたいな若い子に着てもらえて、ドレスも喜んでるわ。それにしても仕立て屋が潰れるなんて、相変わらず散々ねえ」


「はい……でも、おばさまにドレスをお借りできて珍しく運が良かったです」


 夜通し手紙を書いて徹夜続きだった父も、これで解放される。感謝してもしきれないほどだ。


「デビュタント、ぱぁっと目立って楽しんできなさいよ!」


 まさかこの、"目立って"という言葉が悪い方に叶うなんて、その時のセレスティアは思ってもみなかった――


 *


 そして迎えたデビュタントの日。

 その日は残念ながら、朝から、しとしとと雨が降った。

 雨でも髪型が崩れないように、キキが気合を入れてまとめてくれた。


「お嬢様、今日は一段とお美しいです!それにしても、アルミオ様は遅いですね……」


 時間になっても現れないアルミオにそわそわしていると、バーレー家の伝令が走ってやってきた。


「セレスティア様、アルミオ様から伝令です。トラブルの対応で出発が遅れており、王城で落ち合いたいとのことです」


 セレスティアは素早くうなずいた。

 アルミオがこうして伝令をよこしてくれたので、予定していた時間をそんなに過ぎたわけではない。ティエラ家のほうが王城に近いし、今から行けば間に合う。


「雨の中ありがとう。分かったと伝えてくれる?」


 伝令にタオルを差し出し、あわてて馬車に乗り込む。


 白薔薇の家紋が描かれたティエラ家の馬車は、よく言えば歴史あるものだが悪く言えばとにかく古い。黄金の装飾は剥げているし、久しぶりに乗ったせいか、車輪が回るたびにキシキシと高い音をあげるので初めはひやひやした。


 そんなオンボロ馬車に揺られながらも美しいドレスに包まれて、セレスティアの胸はドキドキと期待に膨らんだ。


(お母様とミレイヤおばさんもデビュタントで親しくなったらしいし、友達ができるといいな。それとも、お父様とお母様みたいに素敵な出会いがあるかも?)


 浮かれていたせいで、ぽちゃんぽちゃんという聞き慣れない音に気が付かなかった。

 ふと気がついた時には、ドレスの真ん中に大きな染みができている。


(うそ、雨漏りしてる……!)


 席をずらして小さなハンカチで懸命に拭うけれど、染みはちっとも消えない。そうこうしているうちに馬車が大きな音を立てて止まり、城に着いてしまった。

 乾くのを馬車の中で待とうにも、衛兵に後がつかえるからと急かされ、渋々馬車を降りる。


 みんながパートナーに手を引かれる中、染みのできたドレスで一人で降り立つと、わくわくしていた気持ちに水を浴びせられたみたいに、期待に膨らんでいた胸がしぼみかけた。


(ちょっと濡れただけだからすぐに乾くはずよ)


 嫌な気持ちを吹き飛ばそうと、両手で頬を軽く叩いた。顔を上げ、大広間の入り口の脇でアルミオを待つことにする。


 広間に入っていく貴族たちが、通りかかるたびにセレスティアのほうをちらりと見る。


「ティエラ家のセレスティア嬢だわ」


「でも、どうして一人なのかしら?それにドレスのあの染みは?」


「なんでもティエラ家の令嬢は、よくない目にばかりあうって噂よ」


 ひそひそと噂話のはじまる声が大広間の中へと消えていく。


(ああ、やっぱり私に友達なんかできないのかしら……)


 だんだんと人気がなくなり、くじけそうになった頃になってやっと、アルミオがやってきた。


「セレス!遅くなってごめん。間に合って良かった」


 慌てて馬車から降り急いできたのだろう。アルミオが追いついて隣に立つ。どうやら最後らしく、周りにはもう誰もいない。


「アル、待ってたわよ」


 アルミオが隣に立つだけで、急に自分を取り巻く空気が明るくなった気がした。

 自然と、笑顔になれた。


「……っ、遅れてごめんね。1人の間、大丈夫だった?変なやつにからまれてない?」


「?何もなかったわよ。衛兵もいるのに、変な人なんかいないでしょ」


 どちらかというと、誰とも絡んでいないことのほうが問題なのだが。


「そういう意味じゃないんだけどな。セレス……今日は一段と綺麗だね」


 褒め上手のアルミオはさらりとそう言って、上から下までセレスティアに視線を送った。ところが、スカートの染みに目を止める。


「僕のせいで濡れてしまったね」


 どこからか大きなハンカチを取り出して、恭しく拭きはじめたアルミオを、なんだか恥ずかしく、慌てて止めた。


「ちょっとアル、これくらいすぐに乾くから大丈夫よ。それにやるなら自分で拭くわ」


「僕にやらせて」


 かがんだアルミオが、セレスティアを見つめる。思いの外、真剣なまなざしに一瞬どきりとした。

 アルミオは一度決めるとちょっと強引なところがある。抵抗しても無駄だろうと思い、大人しく受け入れることにした。


「そんな大きなハンカチ、どこにしまってたの?」


「ん?まあね」


 それにしてもアルミオはどんなハンカチを使ったのか、あんなに拭っても消えなかった染みが、だんだんと目立たなくなる。


「アル……クリーニング屋さんとかもセンスあるかもね」


「なんだよそれ」


 アルミオはちょっとむくれている。


 たしかに燕尾服できっちり決めた幼馴染にクリーニング屋さんは失礼だったか。でもセレスティアは、本当に感動していたのだ。アルミオは魔法みたいに、セレスティアの気持ちまで晴らしてしまった。


 拗ねたみたいに頬を膨らませたアルミオの表情があんまりにも面白いので、小さく声を上げて笑った。


 アルミオもなぜか、つられて笑う。


 こうして二人は笑いながら、デビュタントの会場へと乗り込んでいった。さらなる不幸が待ち受けているとも知らず――

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