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不幸の悪女と呼ばれても、あなたを幸せにしたいんです  作者: 息吹 紡


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10/20

10.あなたを守るために


("好きな人ができた"か)


 アルミオは夜空の下、1人で馬を走らせながら思った。いつの間にか空を覆っていた雲が散り散りになり、丸い月が顔を出している。


(セレス、嘘をついてたな)


 本当にあてがあるのかは定かではないが、彼女がその相手を好きではないことはすぐに分かった。それでも意味もなくあんな嘘をつくわけがない。


 きっと何か彼女なりの考えがあるに違いない。


 湖に落ちてからセレスティアは何か変だ。今日もどこか思い詰めている様子だった。

 それとも自由に会えなかったこの6年の間に、彼女の気持ちは変わってしまったのだろうか?


(“幸せになって”か。あの頃は幸せだったな)


 過ぎ去った幼少期に思いを巡らす。両親がまだ生きていた頃だ。


 あの頃は、未来はあの月のように希望に満ちていた――



 アルミオとセレスティアの婚約話は、2人が生まれた時からあった。きっかけは、二人の母親であるミレイヤ・バーレーとセリーナ・ティエラが同い年の友人同士だったことだ。

 元々交流があった上に、同時期に子どもを授かったことに盛り上がり「子どもたちを結婚させたいわね」なんて冗談で盛り上がっていたらしい。


 そんなセリーナが出産で命を落とした時。ミレイヤは生まれたばかりのセレスティアを胸に抱き、涙を流しながら友の娘の幸せを願ったという。


 幼いアルミオに向かって「あなたがティアをお嫁さんにして、幸せにしてあげるのよ」なんて言っていたのは、ミレイヤ自身がセレスティアを実の娘のように思っていたからだろう。


 そしてアルミオはというと、母からそう言われた時「分かったよ」と素直にうなずいた。貴族の結婚や成人がどんなことを意味するのか知らなかったセレスティアも、「よろしくね」と言って2人で手を繋ぎ笑った。

 そんな微笑ましい光景に、大人たちはみんな顔をほころばせた。


 あの頃は、本当に幸せだった。


 10歳のとき、バーレー家主催でパーティーをすることになった。セレスティアと揃いのドレスを仕立ててもらって、パートナーとして初めてのミニ舞踏会を開くことになったのだ。


 アルミオが試着した小さな蝶ネクタイを整えながら、ミレイヤは微笑んだ。


「よく似合ってるわ。すっかり大きくなって……今度のパーティーは、小さなデビュタントね」


「本物のデビュタントでも、僕がティアをエスコートするんだ」


「ふふ、楽しみね。なら今から、たくさん練習しておかないとね」


 ミレイヤは嬉しそうに目を細めた。2人の未来を思い描いていたのだろう。


 アルミオはパーティーの日を指折り数えながら、一生懸命にステップを練習した。一緒に踊るセレスティアにかっこいいと思って欲しくて必死だった。


 その頃になると、親が言うからではなくて、自分の意思でセレスティアを幸せにしたいと思っていた。セレスティアが傷ついていると、アルミオの胸も痛んだ。彼女が笑っているところをもっと見たいと思った。

 今回のパーティーはデビュタントの練習、その一歩だと。


 ところが、そのミニ舞踏会が開かれることは無かった。


 父と母が事故で亡くなったのだ。いつも通りに見送った両親との、突然の別れだった。


 隣国に商品の仕入れに行った帰りに、足場の悪い渓谷で馬が脚を踏み外してしまったらしいと聞かされた時、現実味がなさすぎて悪い夢だと思った。


 馬車ごと崖下へと転落した両親は、遺体すら見つかっていない。だから、ふらりと帰ってくるんじゃないかという思いを捨てられなかった。


 気持ちの整理もつかないうちにレイトスがアルミオの後見人となり、ラグマ家に引き取られるような形になった。パーティーどころか、セレスティアときちんと話もできないまま、気がつけば6年も経ってしまった。


 温かくもどこか寂しいラグマ家の日々の中で、セレスティアはアルミオの希望だった。彼女に再会する日を夢見て、一人前になれるように努力した。

 初めはレイトスが守ってくれていた事業も少しずつ自分でできるようになり、成人が目前になると少しずつ自分で判断できることも増えてきた。


 デビュタントは彼女と、と決めていたアルミオは、ティエラ家に申し込みの手紙を送った――



(やっとセレスに再会できたんだ)


 久しぶりに会えたセレスティアは、月の女神のようだった。風になびく白銀の髪は、満月の光が降り注いでいるみたいだったし、緑色の瞳はどんな宝石よりも美しい。


(会うたびに綺麗になるから、心配だ……)


 彼女の薄い夜着姿、そこからのぞく白い手足を思い出して、かあっと顔が赤くなる。

 アルミオは邪念を追い払おうと、ぶんぶんと頭を振った。夜風が頬の熱を冷ましてくれる。


(とりあえず、帰ったらすぐにエドワード卿お義父さんへ手紙を出さないと)


 少し距離を置いたからといって、幼馴染の縁はそう簡単に切れるものでもない。彼女が何をしようとしているのか、見極める必要がある。


(僕はもう、セレスのそばを絶対に離れない。それが僕の幸せだ)


 *


「嘘でしょ?」


 応接室で手紙を広げたセレスティアは思わず声を上げた。赤くなった目をこすりながら、手紙を読み返す。昨晩よく眠れなかったせいで目がぼやけているのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。何度見ても手紙の文面は変わらない。


 『声をかけていただいて嬉しいけれど、デビュタントのパートナーにはなれません』


 デビュタントのパートナーを申し込んだ、ユーミンからの返事だった。


 セレスティアの記憶が確かであれば、ちょうどこの頃、ユーミンの方から誘いが来たはずだったのに……。


(どうして気持ちが変わったのかしら?)


 まさか断られるなんて思ってもいなかったので、セレスティアは頭を抱えた。


 (どうしよう……これじゃあ、アルと参加することになっちゃうじゃない。いっそ、体調を理由に欠席する?でも……)


 ノックの音でハッと意識を引き戻された。ちらりと古時計に目をやると、約束の時間だった。


「遅くなりました」


 入ってきたのは父の元主治医ヴァン・アーノルドだ。その姿を見て、ユーミンのことなど頭からすっかり消えてしまう。


(先生、随分と老け込んだみたい)


 頬がこけ、ひげがのび、白髪の混じったぼさぼさの髪は無造作に束ねられている。一応、医者らしく白衣を纏っているもののシワだらけで、セレスティアの遠い記憶の中にあるパリッとした姿からはかけ離れている。


 研究に没頭し、寝食を忘れているほどだというのは知っていたものの、こうして対峙してみると痛ましさすら覚えるほどだ。


「先生、お久しぶりです。わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」


 セレスティアが礼儀正しく頭を下げると、アーノルドは遠くを見つめるように目を細めた。


「お嬢様、お招きいただき感謝します。ああ……大きくなられましたね。今年で16、ちょうどあの子と同じ年ですか」


 不治の病で命を奪われたアーノルドの娘メイは、セレスティアの7つ年上だった。物静かだが博識で、それをひけらかさない。セレスティアはそんな彼女が大好きだった。


 そうか、自分は今、彼女と同じ年なのか。


「メイさんのことは、私も忘れたことがないわ。聡明な彼女は私の憧れだった」


「白薔薇の姫君にそう言ってもらえて光栄です」


 銀縁の眼鏡を直しながら、アーノルドは小さく頭を下げた。7年の月日が経っても別れの悲しみは拭えていないのだろう。大切な人を亡くすということはそういうことだ。


 セレスティアは居た堪れなくなり、本題に入ることにした。


「……それで、お父様の様子は?」


「お嬢様の見たて通り、心臓の音が不規則です。旦那様も苦労の多い方ですから」


「命に関わる状態なの?」


 息を止めた真っ青な父の顔を、今でも思い出す時がある。そんな時、セレスティアの心臓までぎゅっと苦しくなるのだ。あんな思いはもう二度と味わいたくない。


「すぐに、ということはありません。心臓のリズムを整える薬を処方したので、それを飲み続ければ悪化は防げるはずです。ただ……」


 言い淀むアーノルドに、不安が首をもたげる。


「何か問題があるの?」


「はい。驚かせるようなことや、激しい運動は禁物です。心臓はね、ガラス玉みたいなもんです。取り替えてしまうわけにも行かないし、無理をさせたら簡単に割れてしまう」


 セレスティアの脳裏に、バラバラになったガラスのかけらが思い浮かぶ。嫌な考えを振り払うように、小さく首を振った。


「分かったわ。お父様が安心して過ごせるように気をつけるわ」


 必ずそうしてください、とアーノルドは大きく頷いた。


「しかし、お嬢様が医学の心得まであるとは……本当にご立派になられた」


 アーノルドは目を細める。セレスティアに誰かの姿を重ねて見るように。


 そして、躊躇いがちに尋ねた。


「それで……あの話は、本当なんですか?」


 今度はセレスティアが、大きく頷いた。


「信じられないかもしれないけれど、本当よ」


「では……枯熱病の治療の手がかりを見つけた、と」


 アーノルドの声が震える。枯熱病は、メイの命を奪った病だ。熱が下がらず、身体が枯れるように亡くなってしまう。恐ろしい不治の病。


「実は書物を読んでいて、大昔のものだったけれど枯熱病に似た症状の記述を見つけたんです。そして病に罹ったものがトリコ草を飲んで回復した、と」


「書物?そんなはずは……手に入る文献は読み尽くしましたが、枯熱病の記述なんて……しかも、トリコ草は猛毒ですぞ。熱が下がっても毒で死ぬことになるのでは?」


 不治の病を言われた枯熱病の治療方法は、本当は、今から2年後にアーノルドが自身の手で発見することになっていた。


(先生が苦労の末に、自分の手で掴み取る瞬間を奪ってしまって本当にごめんなさい)


 申し訳ない気持ちを押し隠して、セレスティアは一冊の古びた分厚い本を差し出した。


「ただの文献じゃないの。これは、7代前のティエラ家当主の日記よ」


 アーノルドは、目を丸くした。


「確かにこれは……読んだ事があるはずがないですな」


「そのトリコ草に関する記述が本当かどうか、私には分からない。でも先生なら、真実を明らかにできるはずよ」


 セレスティアは、痩せ細ったアーノルドの手を強く握った。金銭的な対価は与えられない。でも、セレスティアにはアーノルドの助けが必要だった。

 父の命を必ず救うために。


「この本は先生に差し上げます。きっとその方が役に立つから。だから先生、お父様の主治医として帰ってきて。そしてティエラ家で研究を進めてちょうだい」

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