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第三話 焔の少女 -壱-

 まったく、ついていない。


 カバルは、小声で毒づいた。聞こえる様に言うと他の連中にまた小突かれる。

 肩が痛い。腰も痛い。ほとんど道などないような森の中、無理に荷車など曳いているから進む都度、荷車が跳ね上がる。

 荷物は、十になるかどうかの子供と幾らかの木材だから重いとは言えないが、そもそも荷車などを進めることが出来ない場所なのだ。自分の他に二人。前で草木を切り払っている男に、後ろで警戒している男。二人とも何度か一緒に仕事をしている。

 そして荷台の子供。

 血で染まったような赤い髪の娘。今は眠っているが、目を開けば同じ赤い瞳だろう。


「気持ちの悪い」

「何か言ったか」

 と、先頭の男が尋ねる。

「言ってねえよ。それより、こいつ。もういいんじゃねえか?」

「駄目だ。もっと奥、誰も追いかけて来れない位の場所という約束だ」


 聞こえないよう、舌打ちする。そうだ、こいつは仕事に対して几帳面だ。だから客にも信頼されている。今回の仕事もこの男の紹介で、首領扱いだ。金もこいつ経由で払われる。


「分かったよ」


 木の根に荷車の車輪が引っかかる。いらつき、乱暴に引っ張る。荷車が大きく跳ねた。





 気付けば、森の中だった。

 少女は、瞼を開いた。身体が揺れていた。何かに乗せられている。

 見上げた先には木々。枝葉の隙間から日の光が落ちてきているが、僅かなもので薄暗い。

 荷台に乗っているようだ。痛む首をひねると男が曳いている。荷台には自分の他、鉄製の盆が置かれていた。その上で木片が焚べられ、火が燃えていた。盆は中央にあり、荷車の端に転がされている自分などよりも、余程丁重に扱われていた。


 良かった。


 火の中に揺らぐ、何よりも親しい存在を感じ取り、安堵した。

 身を起こそうとするが、手首が縛られていて思うように動けない。荷車の揺れも激しい。なんとか身を起こしたが、荷車の後ろを歩いていた男と目が合ってしまう。


「こいつ、起きやがったぞ」


 荷車が止まる。男が近寄ってくる。

 その時。盆の上の火が爆ぜた。

 男の伸ばした手に、蛇のようにからみつく。火が男の手に触れる寸前、別の声が飛んだ。


「おい、やめさせろ」


 前から戻ってきた男の曲刀が、少女の喉元に突きつけられる。この男の声だった。他の男たちと雰囲気が違う。この男が首領のようだ。蛇のような冷徹な目で、火を睨む。

火勢が戻った。時間が巻き戻ったかのようだった。


「もういいじゃねえか。ここで」


 荷車を曳いていた男が疲れた声で言う。


「黙っていろ」


 首領が吐き捨てた。曲刀を喉に突き付けたまま、少女の身体を引っ張り上げようとする。


「言葉は分かりますかね。暴れるのは勘弁してくだせえよ。でないと、あんたの大事な嬢ちゃんが傷つくことになる」


 少女は動かない。

 おい、立てよ、と首領が低い声でささやく。声音だけで人を殺せそうな威圧感がこもっていた。


「大人しくしてくれりゃあ、この嬢ちゃんには何もしやしませんよ。村に引き取らせます。あんたとは離れるけど、お互い幸せになれるってもんだ」


 首領が、火に向かって話しかける。まるで人に向かって話すように。だが、火に変化はない。

 人ではない、反応のない存在に話しかけている自分か、動こうとしない少女か。あるいは両方に苛ついたのか、首領は乱暴に少女の髪をひっぱり、引きずり出そうとした。

 が、少女がすり抜けた。

 身体をひねり、男の曲刀に自分の髪を絡ませたのだ。髪が切れる。幾房かは引きちぎれるが、構わず火の方へ飛び込み、火のついた木片のひとつをつかみ取る。

 炎が踊り、少女の手首の枷を焼き切る。そのまま荷台から転がり落ちた少女だが、すぐに立ち上がり木片を構えた。

 荷台越しに、首領が曲刀を構える。


「おまえら、囲め」


 荷台の後ろから来た男と、荷台を曳いていた男に命令する。荷台の左右から男たちが迫った。

 少女が木片の火を突き付ける度、男たちはひるむが、段々と火勢が弱まっていく。


「仕方ない。火も消しちまうしかないか」


 首領格の男がつぶやいた。


 そう簡単に、消えるものか。


 怒り。少女の胸のうちに湧き上がる。

 彼女の火は特別だ。普通の手段で消すことなど、出来はしない。

 が、同時に恐怖も感じた。

 万が一にでも、彼らが何か特殊な手段をもっていたら。

 消させなんて、しない。

 少女が木片の先端に灯る火を木の枝に近づける。葉に火がつく。水分を含んだ枝葉は激しく燃え上がることはなく、少しずつ燃えながら煙が巻き上がる。

 男たちは焦った。このまま森が火事になってしまえば自分たちも生き残ることが出来るか分からない。逃げ出せたとしても、もし大火事になり、自分たちがその原因と分かれば、森の民か、あるいは自分たちの雇い主からの追及も免れない。


「くそ、この火を消せ」


 慌てる男たちの隙を突き、少女は森の奥へと逃げ出した。





 本当に、ついていない。

 カバルは再び毒づいた。心の中でだ。口に出して言ってしまったら、横で怒り狂っている首領に殴られかねない。

 火は小さなものですぐに消すことが出来たが、煙が酷かった。煙で視界を遮られ、少女を逃してしまった。


「この森の中だ。そんなに離れていないはずだ。火は土でも掛けて消してしまえ」


 全くだ。あの気味悪い火の化け物が、取り憑いた子供から離れるはずがなかったのだ。馬鹿な雇い主の報酬に目がくらんだ。俺たちも馬鹿者だ。

 少女が去ったと思われる方へ進む。草木が邪魔だ。いらつく。それは同行する二人も同じようで、獣が徘徊する森の中でなければ怒号を上げていたかもしれない。

 音がした。何かが動く音だ。

 三人は足を止めた。音は多くない。首領にうながされ、カバルが先行する。

 損な役回りだ。木陰からそっと奥を覗き見る。


 男がしゃがんでいた。


 継ぎ接ぎだらけの外套。色違いの布やら皮も宛がわれていて、まるで蓑虫のようだった。木の根の間に生えていた茸を摘んでいた。

 不意に、こちらを振り向いた。

 頭巾から見えたその瞳は、黒と黄色。左右の瞳の色が違った。特に黄色い方の目。瞳孔から四方に光が散っている。色違いだが、あの娘と似ている。

 不気味さに後ずさった。


「逃げないでください。そちらから何かしなければ、私も何もしない」


 男は立ち上がった。背は高い。肩まで上げた両手には摘んだ茸以外、何も持っていない。


「あんた、何者だ?」

「私ですか。商人のようなものです。いや、学者といった方がいいのかな」

 男は、言葉を選んでいるようだった。森の民のようだったが、警戒した様子はない。

「あんたのことはいい。それより、子供を見なかったか。逃げ出した奴隷なんだ」


 気付けば、首領格が姿を見せていた。相手が独りで無手だと分かったからだろう。


「いえ。見ていませんが」

「そうか。ならいい」


 カバルを促し、首領が立ち去る。

 二人の姿が消えたのを見届けると、男も森の奥へと姿を消した

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