第二話 祝り -壱-
アガネは《祝り》である。
アガネが《祝り》としての能力に目覚めたのは、八歳の頃だった。
その日、アガネは村の境界近くにある社へ供物を届ける為、朝靄の中を歩いていた。子供たちの、持ち回りの日課だった
森と村との境に差し掛かった時、アガネは足を止めた。
そこに、女性が立っていた。
薄い光を身にまとい、風にも揺れない長い髪を持つ女性。
アガネは、その姿に見入った。ほっそりとした身体、澄んだ瞳。そして何より、彼女の包む淡い金色の光。晴れ渡った日の下で輝く麦穂の野のようであった。
「こんにちは」
アガネは恐る恐る声をかけた。女性はアガネを見つめ、微笑んだ。その笑顔に、アガネは不思議な安らぎに満たされた。
そっと近づく。女性は、アガネの頭を撫でてくれた。暖かい。太陽の光をたっぷりと浴びた藁の中にいるような、そんな温もりが全身を包んだ。
村に戻ったアガネを、村人たちが騒然とした様子で見つめてきた。
何か悪いことをしてしまったのだろうか。長老の許へ連れていかれた時、アガネは緊張で息も出来ないほどであった。
だが厳しい表情でアガネを見つめていた長老は、次第に表情を緩め、やがて目に涙を浮かべた。
「お前は《祝り》となったのだ」
長老はアガネの髪を撫でた。その髪も、そして瞳も元々の黒色から、麦穂のような黄色に変わっていた。
「精霊の伴侶となり、その言葉を伝える者。火の精霊なら、その種火を守り続ける者。氷の精霊なら、精霊の宿る氷片、玉石を守る者。地の精霊なら」
アガネは、傍らに女性がいることに気付いた。不思議なことに長老にも、誰にも見えないらしい。
「精霊の宿る土地で共に生きる者。地を見守り、その豊かさを守る者。お主が成ったのは、そのような存在なのだよ」
村にとって、それは大きな恵みになる。ようやった、と長老がアガネを褒めたたえた。
以来、村は豊作に恵まれない年はあっても、大きな凶作はなく、村人たちは地の精霊を讃えた。
元々あった社を、吉祥の地としてアガネが最初に精霊を見つけた場所へ移した。
社の周りの土地は村と森との境、良い土壌ではなかったはずだった。しかし社が移ってからは、不思議と土も柔らかくなり、豊かな実りをもたらしてくれた。
その地味豊かな土地は《祝り》であるアガネのものとなった。社を守りつつ畑を耕し、精霊と共にこの場所で生きる。
アガネは幸せだった。満ち足りていた。
はずだった。