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二つの知らせ


「奥様~、昼食の用意が整いました!

 コンサバトリーのほうにご用意していますが、よろしかったですか~?」

「あら、嬉しいわ。」 

 キャシーの声に振り返り、そして気づいた。

 キャシーは表裏のない明るい娘。私にそんな侍女を、エーメリーとルーファス様が選んでくれた。



 キャシーの給仕で昼食をいただいていたら、エーメリーが入ってきた。

「失礼します、奥様。旦那様より魔導便が届きました。」

 エーメリーの様子はいつもと変わらない、でも。ナイフとフォークを置いたら、かちゃりと音を立ててしまった。

「急ぎの用件?それとも、……何かあったの?」

 エーメリーがにこやかに笑った。

「まあ、申し訳ございません、奥様。そうではなく、大旦那様と旦那様は今日中にお帰りになるそうです。奥様宛のカードはこちらに。」


 カードには予定より遅れて王都を発つこと、夜にはこちらに着くということが記されていた。それだけが簡潔に、けれど。

 魔導便は、通常の手紙より何倍もお金がかかのるのに、私の分まで送ってくださったの。なぜ、そしていいのかしら。

 でも、連絡があったのは嬉しい。予定と違いすぎたら、少し心配になるから。ルーファス様は私が心配しないように、連絡をくれたのかもしれない。いえ、何か別の理由があるのかも。わからないわ。


 エーメリーの淹れた食後の紅茶をいただいていたら、今度はバセットがやってきた。いつもと雰囲気が違う、深刻そうな、迷っているような。

「奥様、おくつろぎのところ申し訳ございませんが、念のため、お知らせを。」

 手に持っていたカップをソーサーに戻せば、またかちゃりと音を立てた。

「……何かしら、悪い知らせ?」

 バセットが苦笑する。

「悪いというほどのことはございません、いつものことでございますので。ただ、場所が場所だけに、少々困ってはおります。

 今まで奥様に心配をかけないようにと、旦那様がこれに関することについては、いっさい奥様にはお伝えされませんでした。」


 ずいぶんと慎重な言い方、私が心配すると思われている何かがあるのね。

 キャシーは口元を手でおさえ、エーメリーは私を気遣うように見ている。二人とも、内容は見当がついているようね。


「でも、私が知っておいたほうが良いということ?」

 そう聞けば、やはりバセットは苦笑した。

「念のためでございます。それに、奥様にこの先ずっと、お知らせしないわけにもまいりませんので。」


 それもそうね。この領地のことなら、今知るか、いずれ知るかのどちらかだもの。

 なるほど、だからルーファス様が留守の今なら、いい機会ということなのね。

 でも私、不勉強すぎるわ。この領地にそんな問題があったなんて。

 ルーファス様のせっかくの配慮を無駄にすることになるかしら。でも、バセットはバセットで配慮してくれているのもわかるわ。

 どちらにしても、私ができるのは聞くことだけ。お義父様もルーファス様も不在の今、私が聞いておく必要がある、ということ。聞いてどう対応するかは、バセットに相談すればいい。


「教えてくれる?」

 そう問えば、バセットが頭を下げた。

「では、ご報告だけ。瘴気が湧きましてございます。」


 ……だから、ルーファス様は心配し、私に話されなかった。私が怖がるかもしれないと。私の父も知っていたはず、けれど私にその話は伏せられた。私が結婚を嫌がるかもしれないと。

 バセットもまた私の反応をうかがっている。エーメリーも、キャシーも。


 瘴気とは、ある日突如発生する遭遇すれば運が悪いとしか言いようのない、生物も無生物も蝕むモノ。強いものなら当然、弱いものでも放置すれば、蝕みは進行し、魔種を呼び瘴石が芽吹き、それが瘴気を生成しという悪循環。対処方法はあるけれど、危険には違いなく。よって、瘴気の発生しない領地のほうが当然好まれる。

 でも、違うわ。私の胸に今、思い浮かんだことは。


「バセット、いつものことと言っていたわね。ではもう対処はしている?」

 聞けば、バセットが言い淀む。

 そう、地域によって瘴気の発生状況は異なる。年に数回という領地もあれば、強さも頻度も半端ない特殊な土地もある。そうではない所は例えば、強力な瘴気が湧くが年に数度、弱い瘴気だが頻度が多いなど状況は様々。

 ルーファス様の領地は特殊な土地ではない、そうであればさすがに聞いたことがあるはずだから。でも、いつものことと言うくらいには頻度が多い。頻度が多いなら、対処もある程度慣れているはず。けれどバセットは言い淀んだ。ということは。


「やはり、発生した場所が困るところだったのね?」

「奥様の子爵領では瘴気の発生は稀であると聞き及んでおりましたが、奥様は知識がおありなのですね?」

「少しだけ。」


 瘴気の対処法は二つ。浄化かその場所の破壊。浄化ができる聖属性持ちの魔法士は少ない。破壊は光属性と水魔法の合わせ技でもできるけれど、光属性もまた希少。よって、弱い瘴気程度なら火魔法を使って一度で破壊がセオリー。

 けれど当然、破壊しにくい場所というのはある。


「バセット、対処状況を教えてくれる?」

「……これは、別の意味で旦那様に叱られてしまいそうですが。」

 そんなことはないんじゃないかしら。ルーファス様の懸念はたぶん、私が心配したり怖がったり嫌がったりすること。私はきっと、それとは違うわ。


「奥様、今回の発生場所はミルトンの中央広場でございます。」

 バセットの答えに、私は両手をぎゅっと握る。

「それは、困るわね。」

  

 ミルトンはこの館から一番近い、レイウォルズ領で最も大きな街。二週間前に一度、ルーファス様が連れて行ってくださったところ。明るい活気、行き交う人々と走る子供たち。広場にある噴水には人々が集まり、おしゃべりし、しばし休息する姿。そこでは、露店の並ぶ市が立つ日もあると聞いた。


「この領地の瘴気ランクは?」

「EからD、まれにCでございます。」

「瘴気頻度は?」

「Bというところかと。」

「発生する瘴気は弱いけれど、頻度は多いということね。それなら、街には結界を張っているでしょう?」

「奥様、よくご存知でいらっしゃいますね。結界ランクはDを使用しており、メンテナンスも定期的に行っております。」

 私は小さく息をつく。

「それでも発生したということは、運が悪かったわね。街中ならすぐ破壊というわけにはいかないでしょう。とりあえずの対処はどんなことを?」

「ミルトンには冒険者ギルドの支部がございますので、そちらに聖水による結界を依頼しました。これはすぐ対応すると返事が来ましたので、ひとまず瘴気の広がりは抑えられるかと。

 同時に聖魔法士の手配が可能かも問い合わせたのですが、隣の領地でランクAの瘴気が発生しているため、そちらに人員が割かれており、聖魔法士どころか火魔法をつかえる者もすぐには手配が難しいとのことでした。近隣の冒険者ギルドに依頼をした場合、早くて二、三日後の到着になりそうだと。ひとまず依頼を出してはおりますが。」

「タイミングが悪かったわね。街の様子はどう?慣れていると言っても、瘴気は怖いものだわ。」

 バセットがうなずく。

「うちの護衛を二人行かせて、見張らせています。それで、街の住民はいくらか安心するでしょう。ちなみに二人とも火魔法が使えますが、対応できるのはDまでです。」

「さすがだわ、対処に慣れているのね。」

「恐れ入ります。」

「それに護衛にも魔法士がいたの?」

「今回のようにギルドが頼れない場合に備えて、また館の敷地内の瘴気に対処できるうにと、雇っております。」


 バセットはできる限りの対応をしている。夜にはお義父様たちもお帰りになる。

 きっと私が出しゃばるまでもない。私が何かしたいと思うのは独りよがりかもしれない。

 けれど。

 冒険者ギルドに依頼をしているといっても、いつ冒険者が来るかは未定。聖水の結界で瘴気の蔓延は抑えられても、瘴石が芽吹いたら面倒になる。瘴気を火魔法で対処するには、ある程度の範囲を破壊しなくてはならない。

 ただし、浄化ならその必要はない。

 もし私が、できる限りの聖魔法を使えば、少なくとも事態の悪化は防げる。


 もう一度ぎゅっと両手を握り締める。

 私がしても良いのか。やっぱり私の独りよがりなのか。

 それでも、私ができることがあるならば。


「キャシー、今朝話した腕輪と、外出着の用意をしてくれる?

 エーメリーは、お帰りになるお義父様とルーファス様のための準備をお願いね。

 バセット、ミルトンまで行くから馬車と、誰か護衛についてもらった方がいいかしら?」

 バセットが嘆息した。

「これは、本格的にお叱りを受けそうです。」

「そうはならないと思うけれど。あと私では相手にしてもらえない可能性があるから、冒険者ギルドと交渉できる人がいれば。」

 バセットが苦笑する。

「奥様、何をなさるご予定か、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「私、聖魔法士の資格を持っているの。」

 

 バセットが、エーメリーが、キャシーが驚いた顔でこちらを凝視する。

 あら、困ったわ。


「ごめんなさい、期待を持たせてしまったわね。でも、魔力量が多くないの、というか少ないの。

 今の状態より少しマシにする、くらいしかできないと思うわ。

 それでも、街の瘴気は困るでしょう?だから、行かせてね。」


「……奥様。」

 バセットがためらうように言葉を止める、けれど。

「二人、元冒険者の護衛を付けます。ギルドと交渉することがあれば、彼らをお使いください。

 キャシー、お前も奥様に付いていきなさい。」


 そうなのよね、奥様である私はそう身軽には動けなくて。命じられたキャシーは頑張りますという顔だったから、まあ良かったけれど。

 それに、まずは部屋着から着替えないと、外出もできないのよ。




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