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舞踏会の夜


 とうとう、舞踏会の日がやってきてしまった。

 テルムステッドの領主と話があるからとお義父様は一足先に出発されたので、この馬車にはルーファス様と私だけ。


「シェリル?」

「はい?」

「いえ、緊張していますか?」

「……少し。」

 恥ずかしい。ルーファス様に気づかれている。うつむけば、ルーファス様に左手を取られてしまった。

「指輪をしていますね。」

「はい、もちろん。」

 ルーファス様が指輪に口づけを落とす。どきっとした、一瞬、緊張も忘れるほど。

「指輪ははずさないでください。」

「……はい、もちろん。」

  

 馬車が止まれば、先に降りたルーファス様が私に手を差し出してくれる。その手を取り馬車から降りれば、レイウォルズの館ほど大きくないものの立派な館があった。ルーファス様にエスコートされて階段を上がれば玄関ホール。入口に立っている従僕にルーファス様が招待状を見せる。

 そこからは一度別れて、私は淑女用クロークルームへ。着ていたマントを預け、鏡の前で髪やドレスを確認。今のところ大丈夫。

 次は案内されて、ルーファス様と共にいったん喫茶室へ。それからテルムステッドのご領主と奥様に挨拶するため舞踏室となる大広間に向かうのだけど。

 

 ルーファス様と並び立ち、肘に手をかける。その腕を思わずきゅっとつかんでしまったら、私の手をルーファス様の手が包み込んだ。

「やはり苦手ですか。」

「はい、でも、今日は何とか。」

「僕はほっとしていますよ。あなたがすでに僕の妻であることに。」

 ……?

「あなたが婚約者ですらない状態であったなら、僕はずっとやきもきしていなければならないところでした。今夜のあなたは一際可愛らしく、美しいので。」

 ……。ルーファス様、本当に褒め言葉が上手いわ。どうやって学んだのか気になってしまうくらいよ。

でも、でも、嬉しくなってしまう。


 大広間に入る。ルーファス様と共に、私も顔を上げて歩いていく。

 周りをさっと確認すれば、人数は四十人くらい。良かった。時間的にこれより増えても、六十人くらいだろうから。参加者は近隣の領主とその奥様、お嬢様にご子息、といった感じ。私がお会いしたことがある方も何人かいらっしゃる。それ以外はこちらのご領主の親戚や友人とそのご家族かもしれない。

 

 まずは二人で、テルムステッドの領主夫妻にご挨拶。ご子息夫妻を紹介していただき、ご親戚の紳士や淑女にも軽くご挨拶。

 その後、近くにいらっしゃったフルムロウの領主夫妻に挨拶に向かう。するとご子息夫妻や、ご令嬢とその婚約者、加えてお会いしたことのない領主夫妻を紹介されて、さらにそのご子息とご令嬢にもご挨拶。

 ……私はすでに誰が誰だか大混乱。


 そんな会場の端に、見知った姿を見つけた。なんとヘイデンさんだった。もしかすると、ほかに冒険者も招かれているのかもしれない。そうね、貴族の夜会ではありえなかったけれど、中規模ダンジョンのある領地だもの、当然なのかもしれない。その近くに、ユースタス様とヴィオラさんの姿も見えた。会場の視線はちらちらとその方向に向かっている。

「シェリル、余計な憶測が巡る前に、ユースタスにも一言声をかけておきましょう。」


 ヘイデンさんも交えて、見た目はなごやかに挨拶を交わす。いえ、見た目なごやかでなかったのはユースタス様くらい。とてもとても面倒そうだったから。その後はお義父様と合流。

 ここまで、私に向かってくる視線はやはりというべきか、好意的なものもあるけれど、好奇、軽視、あるいは侮蔑まじりのものも。そんな私のそばに、ルーファス様は毅然として立っていてくれる。


 舞踏会の開始は主賓にあたる紳士が到着してからになるようで。その主賓は私でも名を聞いたことがあるほどの、貴族ではないけれど大領主の、ええと誰だったか。

 不意に周りのざわめきが盛り上がり、それから静かになった。ルーファス様が小声で教えてくれる。

「セルズベリーのご領主ですよ。」

 ああ、そうだった。あそこは広大な土地に羊にワインに大規模ダンジョン、そして冒険者の街を持つ所。


 セルズベリーのご領主はテルムステッドの領主夫妻に挨拶した後、良く通る声で言った。

「ところで、ドラゴンハンターが来ると聞いたのだがね。」

 テルムステッドのご領主にうながされて、ユースタス様が歩み出て一礼。

 セルズベリーのご領主が破顔する。

「ほう、ユースタスだったか。素晴らしいではないか!あとで話を聞かせてくれ。」


 セルズベリーのご領主がまた尋ねる。

「ならば今日は、レイウォルズの次期領主も参加か?」

 テルムステッドのご領主にうながされて、今度はルーファス様が歩み出る、ついでに私も。ルーファス様は一礼、私は片足を引き軽く膝を曲げる。

 セルズベリーのご領主が納得の表情でうなずいた。

「これはまた可憐な奥方だ。ルーファスが夫にと名乗りをあげるわけだな。レイウォルズは安泰だ!」


 その一言で、会場の雰囲気が変わった。私を見る視線が好意的なものに変わっていく。

 すごい。

 そして、これを仕掛けたのは誰だろうかと気になった。お義父様とテルムステッドのご領主と、その意を汲んだセルズベリーのご領主だろうか。


 セルズベリーの大規模ダンジョンは初級から上級者向けだけど、駆け出しの冒険者が行くとダンジョンの管理上トラブルが増えて困るのだと、そんな話をバセットから聞いた。だからその周辺の初級の冒険者でもOKなダンジョンを持つ街を、セルズベリーは積極的に支援していると。そのあたりの事情がからんでいるのかもしれない。

 

 そこで、楽団の演奏が始まった。セルズベリーのご領主とテルムステッドの奥様が踊り始めれば、次々とダンスの参加者が増えていく。

「シェリル、僕と踊っていただけますか。」

 ルーファス様が一礼して手を差し出してくれる。その手に私の手を重ねて答える。

「はい、喜んで。」

 

 私は周りを見る余裕もなく、ぎこちない動きしかできないけれど、ルーファス様のリードが上手なので、ふつうに踊れているように感じてしまう。それに練習の時、足を踏んでも構わないし、倒れそうになったら支えるからと言ってもらった。だからといって踏みたいわけではないし、コケたいわけでもないけれど、気が楽になった。苦手なのは変わらないけれど、ルーファス様がお相手ならワルツも楽しい。


 続けて三度踊ったところで、休憩しましょうと舞踏室から連れ出された。私はこんな経験初めてなのと、踊って体が火照っているのと、ルーファス様がカッコよくて、ぼうっとなってしまった。


 喫茶室に入るころにはその夢見心地も落ち着いた。やはり舞踏室の熱気に当てられたらしい。でもルーファス様はカッコイイ、と隣を見上げれば、

「疲れましたか?」

 いつもの穏やかな眼差しでルーファス様が聞いてくれる。私はほっとする。

「はい、あの、私、舞踏会でこんなに踊ったの、初めてで。」

 ルーファス様が微笑む。

「そんなあなたのダンスの相手になることができて、僕は光栄ですよ。」

 ……大げさな気もするけれど。そう言われれば、やっぱり嬉しくなるのだけど。


 私を椅子に座らせると、ルーファス様が聞いてくれる。

「まだ頬が赤いから、冷たいものにしますか?」

 喫茶室の長いテーブルには、紅茶、珈琲から、レモネードにワイン、フルールポンチにパウンドケーキまで、いろいろ並んでいる。

「アイスクリームに、シャーベットもありますよ。」 

「あの、シャーベットがいいです。」

 うなずいたルーファス様がテーブルに向かえば、給仕係の使用人が進み出る。給仕がトレイにグラスとシャーベットの器を乗せて持ってくる。それを受け取ったルーファス様が、私に向かって歩いてくる。

 壁の花だった私は当然、こんなふうに何かを持ってきてもらったこともない。ルーファス様から器を受け取りながら、なんて贅沢なのだろうと思った。 


 銀のスプーンでシャーベットをすくい、口に入れる。その冷たさが火照った体に心地よい。

「……美味しい。」

「良かった。」

 そう言ってルーファス様もグラスを傾ける。ただ、中身はレモネードに見えるのだけど。

「あの、お酒でなくて良かったのですか?」

「ええ、今日は。」

 ふだんはお義父様に合わせて飲まれないけれど。来客のある晩餐会ではワインもたしなむルーファス様は、酔ったところなど見たことないほどお酒に強いようなのだけど。

「シェリル、気にしないで。僕はそう簡単に酔いませんが、今日は確実に素面でいたいので。」

 そうね、ルーファス様にとっては久しぶりの夜会になるものね。次期領主として間違いなく周囲に認められたことだし、ちょっと酔って失敗したくはないものね。たぶん。


 私たちが来た時には空いていた喫茶室に人が多くなってくる。ルーファス様が私の持っていた器を給仕に渡すと、手を差し出した。

「そろそろ戻りましょうか。」

 エスコートされながら、私は気分が落ち着いているのに気づいた。ルーファス様がずっと隣にいてくれたからだと思う。けれど、

「シェリル、僕は挨拶回りに行く必要がありますが。」

とルーファス様。離れても大丈夫かと心配そうなその顔に、私はゆっくり答える。

「お会いしたことのある領主夫人もいらしゃいますから。先ほども声をかけていただきましたし。大丈夫だと。」

 ルーファス様がますます顔をくもらせた。

「それも少々気になりますが。今日は舞踏会です。ダンスに誘われれば、あなたはそう断るというわけにもいかない。僕が少しばかり嫉妬してしまうだけです。」


 舞踏室に着く。ルーファス様の手が私の手を包み込み、そして離れた。




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