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招待状がまず一件


 ドラゴン鑑賞会は盛況のうちに終了した。ユースタス様がドラゴンを返した後は、街の人だけでなく冒険者にも囲まれていた。あれがユースタス様らしいのかもしれないけれど、ぶっきらぼうに照れくさそうに、問いかけに答えていた。


 その夜、お義父様から話があった。ユースタス様とヴィオラさんは大規模ダンジョンに出発するためミルトンに宿をとっているからとそちらに戻り、ルーファス様と私とお義父様との晩餐の席で。

「テルムステッドから夜会の招待状が先ほど届いた。一週間後だ。」

 隣のルーファス様がすぐに反応する。

「伯父上、これは断れませんね。」

「そうだな。シェリルも、ルーファスと共に出席してくれないか。」

「あ、はい。」

 答えれば、お義父様が表情をゆるめる。

「すまぬな。すでに私のみの出席で返事をしていたのだが、今日の騒動を聞きつけて、ユースタスを呼びたいらしい。同時に、今まで夜会に出なかった次期領主とその妻も、是非とのことだ。」


 私もこれは、一週間後という急でも仕方ないという気がしている。

 隣の領地テルムステッドは、頻度は多くないもののレベルC、Bの瘴気や中型と大型魔獣の発生が起こる。レイウォルズの半分の広さの土地に、中規模ダンジョンを抱える森を持ち、そこから採取できる魔石で潤っている領地。

 その森に一番近い街がミルトンであることから冒険者ギルド支部があり、おかげでレイウォルズの瘴気や魔獣対策もできる仕様になっている。テルムステッドからこちらに中型の魔獣がやってくることもあり、何かとやり取りの多いお隣、というのがバセットの話だった。

 一度、こちらの晩餐会でご領主と奥様にお会いしたこともある。お義父様やルーファス様と話が弾んでいたから仲は良いほう。奥様も私に好意的に話しかけてくださった。そんな方たち主催の夜会なら、出席してもマシだと思う。

 

 お義父様が優しく私を見ている。

「エーメリーとバセットから聞いている。夜会などは出席するのも苦手だと。今まで、どうしても出席が必要なものはなかったので、私のみで参加していた。こちらの晩餐会には招いているしな。 

 ただ、一度他家の舞踏会に参加しておくのも良いのではないかと思った。」


 お義父様のアドバイスはたぶん合っていると思う。

 それ以上に、今までそんな配慮をしていただいていたとは、有難いと同時に申し訳なくなってしまった。

 いえ、それだけじゃないわ。今、気づいた。もしかしたら、人の多い夜会では噂話にも花が咲く。花婿が駆け落ちした惨めな花嫁だと噂される、私がそんな状況におちいるのを防いでくださっていたのかもしれない。


 ルーファス様はまた心配するかもしれないと、隣を見れば、

「シェリル、できるだけ僕がそばにいるようにしますから。」

と力強い笑みが返ってきた。

 何だか私も、大丈夫かもしれないとそんな気分になってきた。夜会で実際できるだけそばにいることは難しいけれど、それでも。


「お義父様、今までありがとうございます。」

 せめてそう伝えれば、

「いや、そうかしこまることはない。出たくない夜会など、理由をつけて断ればよいのだ。」

とお義父様から茶目っ気のある笑顔が返ってきた。つられて、もっと気分が楽になった。



 翌朝はさっそく舞踏会の準備をすることになった、主にドレスなどのコーディネートを。ヘレンから静かな気合が感じられる。いや、あの、そこまではと思うものの、ここは気合を入れるのが正解だとも思う、結婚後初めての大きな夜会だから。


 ヘレンが一着のドレスを持ってくる。

「奥様、やはりこちらの、無駄ではないかとご指摘いただきながらも仕立てましたこちらが、よろしいかと存じます。」

 ええ、ホントにね。ヘレンから勧められたときは、絶対無駄になると思ったのにね。


「ありがとう、ヘレン。確かにこれがふさわしいのは、私にもわかるわ。

 淡いアプリコット色の生地に、小ぶりなレースやリボンの装飾が華やかさを添えて。

 秋冬用のドレスを着るには少し早いし。

 踊るとき裾を踏まないよう、少しだけスカート丈は短めになっているし。

 けれどね、これ、本当に着るの?」

 ヘレンが微笑む。

「もちろんでございます。」

「あの、けれどね、ヘレン。このデザイン、首はもちろん、肩とか胸元が思い切り開いているのだけど。」

 ヘレンが微笑む。

「もちろんでございます。夜会用のドレスでございますので。」

「あの、けれどね、ヘレン。開きすぎじゃないかしら?」

 ヘレンが微笑む。

「これでも奥様の希望に合わせて控え目に、かつ奥様にお似合いになるようちょうどよい開き具合になっております。もちろん首元にはアクセサリーを付けます。チョーカーがよろしいでしょう。こちらとか。」

 とヘレンがこれまた新調したパールのチョーカーをドレスに添える。確かに、合っている。


 いえいえ、まだ説得されないわ。このデザインは恥ずかしいのよ。

「あの、けれどね、ヘレン。私がこれを着ると、頼りない奥様に見えると思うの。」


 ヘレンが微笑む。

「よろしいですか、奥様。

 大人っぽく、落ち着いて、何でも卒なくこなす、できる淑女、奥様はそのように見せる必要はございません。」

 いや、そう見えたほうが便利なんだけど。間違いなく便利だと思うんだけど。もちろん中身が伴わなければ、見せかけるのも難しいんだけど。


 ヘレンが微笑む。

「奥様はその華奢さと可愛らしさを強調された方がよろしいかと。」

 けれどね。それは子どもっぽく、落ち着きがなく、ミスや失敗が多く、あれもこれもできない淑女、そのように見えるということなのよ。まあ、実際もそうなのだけど。


 ヘレンが微笑む。

「たしかにデコルテの開いたドレスは、豊なお胸をお持ちの方にはその女性らしさをアピールしやすくなります。しかし、肩を見せるドレスはそれだけではございません。そんなもの必要ないくらいアピールできるところがあるのです。それが首から肩にかけての女性らしいラインです。奥様でしたら特に、ほっそりとして上品な華奢さが引き立ちます。」


 ……ホントに?けれど残念なことに、これ以上私では反論できなくなってしまった。

「ヘレン、ではこのドレスに、ほかに何を合わせたら良いかしら?」

 有能な専属侍女が静かに微笑んだ。 



 打ち合わせが終わり、私はひとり自室で思い返す。男爵家と子爵家の夜会に二度ほど出席したときのことを。残念ながら、つながりを持つ必要もなく持参金が少なそうな子爵家の、美人でもない私にダンスを申し込む紳士はいなかったので、壁の花だったけど。いえ、そう残念でもなかった。なにしろダンスは苦手だから。それ以上に会話も。


 それ以上にもっと苦手なのは人の多さ。誰が誰だかわからないし、失礼なことをしてしまったら終りだし、空気は悪いし、ドレスは窮屈だし、ダンスの相手にエスコートされた令嬢が壁の花に向ける優越感に満ちた視線も鬱陶しい。などと思い出したら面倒になってきた。

 いやいや、そういうわけにもいかないのよ。今の私は奥様なのだから。でも憂鬱。


 とりあえず、ルーファス様に一回でもワルツの練習をお願いしなくては。相手の足を踏む回数とか、私の足がもつれてコケてしまう危険を減らすためにも、と書斎に行けば。

「もちろんですよ。あなたが望むなら何回でも。」

と快諾の言葉が返ってきた。

 私はほっとする。そして気づいた。ただひとり舞踏会の壁際に立っていた頃と、今は違うことに。


 憂鬱な私を勇気づけるように、ルーファス様がそばにいてくれるから

 強張った顔がゆるんだ私に、ルーファス様が穏やかな笑みを返してくれたから。

 



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