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迷いと決心


 “寝室に来てくれませんか?”

 “無理強いはしません。あなたが良いと思ったら、来てください。”



 迷って。迷って。迷って。それでも迷って。それから私は、自室から寝室に続くドアを開けた。


 そして、詰めていた息を吐きだした。

 ルーファス様はまだ来ていなかったから。

 テーブルと椅子、チェスト、暖炉、サイドテーブルに灯り、あとはベッド。 

 私はまた迷って、迷って、結局ベッドの上に座ることにした。結婚式の夜のようだと思いながら。


 両手を組んでぎゅっと握り、それをほどいて、また握り締め、またほどいて。

 ドアを見る。私が入ってきた方ではなくもう一方、ルーファス様の私室から続くドアを。

 それから寝衣のすそをつかみ、離して、やっぱりぎゅっと握り締め。

 

 その時、ドアが開いた。ルーファス様だった。

 寝衣で。湯あみを終えられたばかりの様子で。明らかに驚いた顔で。

 私はもう、ほっとしたらいいのか、緊張したらいいのか、よく分からない状態になって。


 ふっとルーファス様の眼差しが柔らかくなった。

「シェリル、僕が隣に座っても大丈夫ですか?」

 私は小さくうなずく。


 少し間を開けてベッドに座ったルーファス様が、また確認する。

「少し、話をしましょうか。」

 私はまた、うなずく。


「明日、フォレット商会からチョコレートが届きます。楽しみにしていてください。」

 それはすごく楽しみだけど、今それどころじゃない私は、また小さくうなずく。


 ルーファス様が私の左手に触れる。その手が薬指に触れる。私の体がびくりと震える。

「今、話すべきことかどうか、迷いますが。

 シェリル、僕はあなたに言わなかったことがあります、指輪のことで。

 前に、ユースタスが用意していた指輪が見つからなかったと話しました。式までに見つけることはできませんでしたが、実はそのあと見つけたんです。でも僕は自分で指輪を贈りたかったので、それをあなたに言わなかった。本当のことを言わなかった僕を許してくれますか?」

 私はうなずく。

「あの、この指輪は、本当に嬉しくて。だから、もう、どちらでも。」


 部屋が静かになる。

 急に自分の鼓動が早くなったような気がして、それを紛らわせるように、思わず言っていた。

「あの、私、最初から疑問に思っていたことがあって。

 一度、両親とこちらを訪問した際、ルーファス様にはお会いしなかったと思うのですが。従兄で領主館にお住まいだったのなら、なぜお会いしなかったのだろうかと。」


 ルーファス様の穏やかな眼差しが、私を見ている。どきどきする。

「婚約の際は伯父上が王都に行きましたね。その後、一度こちらの領地を訪問されたのは覚えていますよ。あの時は珍しくユースタスにお願いされました。婚約者がこちらに来ることになったから、頼まれていた冒険者ギルドの依頼を代わりに引き受けてくれないかと。僕は呆れながらも、仕方ないと依頼をこなしましたが。それで、あなたには会えなかった。」


「そんなことが、あったのですね。」

 答えれば、ルーファス様が私の左手を取り指をからめた。

「うがった見方をするならば、ユースタスは僕をあなたに会わせたくなかったのかもしれない。」

「……なぜ?」

 触れ合う指にどきどきしつつ問い返せば、ルーファス様は指輪に口づけた。

「年が近いこともあり、僕とあいつはよく比べられていた。僕がいれば、あなたが僕とユースタスを比べてしまうのではないかと、そう考えたのかもしれない。最も、真意は本人にしか分かりませんが。」

 ……確かに、本当のことはユースタス様にしかわからない。けれど、分かったこともある。

 

「ユースタス様は本当に迷っていらしゃったようですね。領主になる道と、冒険者になる道と。」

「ええ、あいつがはっきり言ったことはありませんでしたが。」


 ルーファス様が私の指先に口づける。また体が震える。

 私は少し息を吸って、問いかける。

「ルーファス様は迷われなかったのですか?最初から魔石などの領地の仕事をされると決めていらっしゃったのですか?」

 ルーファス様が小さく笑った。

「僕は領主の甥です。幸いなことに伯父上から援助してもらえましたが、引き継ぐものは何もなく、自活するしか道がない。できることで収入を得るしかない。最初から悩む要素などないのですよ。

 弁護士に牧師、軍人になる道もありましたが、あるいは冒険者か。ですが結局、僕はこの領地を選びました。僕にとってここは、大切な場所ですから。」


 指をからめたまま、ルーファス様が遠くを見る眼差しになる。


「子どもの頃、父に連れられてよく丘陵を歩きました。母の作ってくれたサンドイッチを持って。

 父と母と、三人で行くこともありました。


 領主館にも、よく両親と訪れていましたよ。父と一緒に書斎に顔を出せば、伯父上がよく来たと言ってくれる。父が伯父上と仕事の話をする間、僕は庭を探検し、それに飽きれば庭師にあれこれ聞いて回り。その後、母と伯母上がいる四阿に行けばお菓子をもらえて。お行儀良くしていたらケーキももらえましたね。家庭教師の勉強が終わったユースタスも加わり、二人で庭を駆け回っていたら、そこに父が迎えに来てくれる。

 ……昔の、話です。」


 そんな光景が見えるような気がした。ルーファス様の何より幸せな日々。

 ルーファス様はこの領地を守ることで、幸せな記憶を守りたいのかもしれない。そう思った。


 そして、今更ながらに気づいた。

「あの、メイウッド屋敷を活用する案を受け入れられて良かったのですか?」

 ルーファス様がからめた指をやわらかく握る。

「人の住まない屋敷は荒れやすいですから。あと条件を付けました。

 月に二回、あなたとメイウッドで過ごせるように。今の僕には、これで十分です。」


「ほかに聞きたいことはありませんか、シェリル?」

 ルーファス様の穏やかな声。その声にほっとして。どきどきして。


「あの、もう一つ。」

 花婿は駆け落ちだったのか、単に駆け落ちに見せかけた騒動だったのか。ユースタス様は出奔だと言った。ヴィオラさんがユースタス様と一緒にいたのは依頼だった。ルーファス様は駆け落ち騒動を起こさせたと、確かそんな言い方をした。

「ユースタス様は駆け落ちではなかったのですか?」


 ルーファス様が私の手首に口づけを落とす。体が震え、鼓動が跳ねる。

 ルーファス様が笑みを浮かべる。

「駆け落ち騒動にしたのは、僕が確実に次期領主になり、あなたを娶れるようにするため。

 それともう一つ。あなたに、あいつとの結婚はないと印象付けるためですよ。」

 

 ぎゅっと指をからめて、ルーファス様が顔をふせる。

「僕も聞きたい。なぜあの時、噴水を見るという口実まで作って僕を連れ出し、わざわざ僕にあんなことを言ったのか。

 僕はもう迷わない。次期領主は僕だ。

 それでも、ためらわないわけではないんですよ。どれほど、どれほど手放し難くなろうとも、あなたの幸せを考えるなら、あなたに本当にふさわしいのは誰なのかと。」


 私はちょっとムッとしてしまった。

「私にふさわしい誰かが現れたら、手放してしまわれるの?」


 言い終わらないうちに、ルーファス様に抱き寄せられた。


「まさか。

 あなたは僕の妻だ。そして僕があなたの夫です。もとより手放す選択肢はありません。

 あなたは子爵家の令嬢、僕は単なる領主の甥。一度手放せば、二度と手に入らない。そのチャンスはなくなる。手に入る可能性がゼロになると分かっていて、手放すようなことはしない。

 僕はあなたを手放さない。」


 そう言い切ったルーファス様の、私を抱く腕の力が強くなる。

 その腕の中で、薄い寝衣から伝わってくる熱と腕の強さにくらくらする。

 

 何か伝えたい、でも言葉にはならなくて。

 ただ目を閉じて、唇をルーファス様の唇に寄せた。


 触れる。


 目を開ければ、ルーファス様がただただ驚いていた。 

 その次に、私は驚く間もなく押し倒されて。

 瞬きする間に、ルーファス様が眼鏡をはずす。

「シェリル……。」


 ルーファス様の声が、頬に、首に触れる手のひらが、熱い。




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