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館に帰るまでのいくつかのこと


「ずいぶんと、くだらない真似をしてくれたな。」


 後ろから聞こえたその声に、ピッと背筋が伸びた。ルーファス様が怒っている。とてもとても、怒っている。

 でもきっと、私を探しに来てくれたのだと思う。心配も、してくれたかもしれない。

 振り向く前に、

「シェリル、無事ですね。」

と肩を抱き寄せられた。その手が痛いほどに強い。


 ええと、ええと、説明しなければ。だって。

 ここではっきりと成果を出さないと、ヴィオラさんはまた私を利用するかもしれない。

 せっかく、ルーファス様と一緒に夕方を過ごせるはずだったのに。

 ルーファス様に急な仕事が入ったり、私に急な浄化が入ったりと、だから二人で過ごせる時間は貴重なのに!

 もう邪魔はさせない。ここで決着を付ける。


「ルーファス様、迎えに来てくださってありがとうございます。

 今回のことはすべて、ヴィオラさんがユースタス様のためにと考えられたことです。

 確かに私は何の説明もなくここまで連れてこられましたが、すべてユースタス様のため。

 レイウォルズを出ていかれても、ユースタス様はこちらのことをずっと気にかけられていたご様子。

 ユースタス様が今後、憂いなく実力を発揮されるよう、一度レイウォルズに戻り、元婚約者である私と話し合った方がよいと、ヴィオラさんは考えられたようです。」


 そう言ってみれば、ユースタス様はものすごく驚いた顔になった。

 ヴィオラさんには睨まれた。けれど反論はないようなので、私の推測はおおむね当たっていたのだと思う。

 ルーファス様はといえば、その怒りをあらわにした表情は変わらなかった。

「こんな形でシェリルを利用したことは、許しがたい。」

 そう言ってくれるのは嬉しいけれど。今は従弟のユースタス様のためにのほうを重視しておきません?


「ユースタス、そんなに気になるなら、表へ出て剣を抜け。」

「はあ?何、俺とやろうっての?」

 なぜか好戦的になったユースタス様とルーファス様が部屋を出ていく。


 ……なぜ、そうなるの。

 私にはよくわからない展開になってしまった。ヴィオラさんが獲物を狙う豹のように私に寄ってくる。

「よくもバラしてくれましたね?」

「気づかないユースタス様が鈍感すぎるのでは?」

 言い返せばヴィオラさんが笑った。やはり、はっと見惚れるほどの艶やかな笑みで。

「確かに。

 ですが、奥様には感謝しますよ。

 ユースタスは元婚約者と領地のことが、ずっと引っかかっていたようなので。

 これで心置きなく、実力を発揮できるようになる。

 しかし、何度か時間が必要だと予想していたんですけどねえ。これほど上手くいくとは。」

 ヴィオラさんの唇がニッと弧を描く。

 さすが、これくらい強かでなければ、貴族でもそうだけど上位の冒険者としてはやっていけないということね。

 でも!上手くいったのだから、今後私とルーファス様の時間を邪魔しないで。

 協力しないわけじゃないのだから、アポイントメントを取ってほしい!


 私たちが階下に降りて行けば、宿の前で二人が向かい合い、剣を抜いたところだった。

 ヴィオラさんは面白そうに見ているだけ。私はまさか本当にこんなことになるとは思わず、ハラハラしてしまう。そんな私にヴィオラさんが耳打ちする。

「奥様、どちらが勝つか賭けません?」

「賭けませんし、勝ち負けにも興味はありません。あなたの目的が達せられたのなら、私はすぐさま帰りたい。」

 ヴィオラさんが声を上げて笑った。


 よくわからないけれど、こういうのは決闘とでもいうのかしら。魔法は使わず、剣のみで打ち合って。

 ああ、でも。ルーファス様、カッコイイ。そしてすごい。ドラゴンハンター相手に全然負けてないし。冷徹なほど真剣、そんなルーファス様の表情も初めて見たし。

 両手をぎゅっと握って見守っていたら、ユースタス様がルーファス様の剣を跳ね上げ、その首に自分の剣を突き付けた。


 ルーファス様の表情がふっとゆるむ。

「できるようになったじゃないか。」

 ユースタス様が剣を収める。

「るせぇ。相変わらず偉そうなヤツだな。それにだ、今更分かったか。」

 ルーファス様が立ち上がる。

「いや、最初からそう思っていたよ。お前に向いた才能があるのは。それに気づいていたのは、伯父上も同じだ。

 お前はドラゴンハンターと呼ばれるようになってもなお、劣等感がぬぐえないのか。」

 ユースタス様が舌打ちすると顔を背けた。


 その気持ちは、わからなくもないけれど。

 ユースタス様は劣等感を感じるほど、お義父様のような領主になりたかったのかもしれない。この領地を大切に思っているのかもしれない。


 皆して宿の部屋に戻れば、宿の主人からお茶とビスケットが届けられた。先ほどルーファス様が迷惑料を渡していたから、そのお礼のようで。

 せっかくだからいただこうという話になり、小さな丸テーブルを四人で囲むことになった。

 不思議な感じ。思えば、ユースタス様とこんなふうにお茶を飲んだことなどなかった気がする。

 

 ルーファス様がユースタス様に近況を聞いている。なんだかんだ言いつつもユースタス様がそれに答えている。

 隣でヴィオラさんがビスケットをつまむ。そんな姿も艶やかに見えるとは、ちょっと驚き。

 では、同じくビスケットをつまんでいる私は、どんな姿に見えるかしら。ウサギやリスがかじっている感じかしら。いやいや、どちらも害獣だわ。

 

「ユースタス、一度領主館に顔を出せ。」

「そのうちな。」

 いつの間にか、二人の会話はそんな話になっていた。はぐらかすユースタス様に、ルーファス様はため息をついている。ヴィオラさんは優雅に紅茶を飲んでいるだけ。

 私はユースタス様を見て、ルーファス様を気にして、迷って、結局口を開いた。


「ユースタス様、あなたがいかに、この領地をまたお義父様も大切に思われているかよくわかりました。

 けれどユースタス様、領主になることだけが、この領地を、そしてお義父様を大切にすることではないのではありませんか?

 領主にならなくても、この領地を大切にすることはできるのではありませんか?」


 ユースタス様にルーファス様、加えてヴィオラさんまで私を見てくるので、思わず固まってしまった。

 いや、あの、そんな画期的な策なんかじゃないからね?

 ほら、魔法の才のあった貴族の子息が、魔法の研究機関に所属しながらも、領地のために魔導具を開発するとか、よく聞く話だしね?


「言ってみろよ。」

とユースタス様の睨みつけるような視線。いやいや、そんなに警戒するような話でもないからね?


「この国では、魔石といえば実用が主ですが、スランではそうではない使い方もするそうですね。例えばアクセサリーに加工するとか。

 ルーファス様からお聞きしましたが、レイウォルズでは実用魔石だけでなく、希少魔石もいろいろ採集できるとのこと。

 ユースタス様、スランのご滞在中に、魔石をアクセサリーに加工できる職人と会う機会がありましたら、ぜひ一度レイウォルズにお越しくださるよう勧めていただけませんか。」


「……お前、よくそんなこと考えつくな。」

 単にこの前読んだ旅行記から思いついたことだけど。そこまで呆れた表情をすることかしら。

「ユースタス、僕からもお願いする。必要経費は支払おう。」

 ルーファス様の言葉に、私は慌てる。

「あの、今のはあくまで思い付いたことなので。」

 ルーファス様が私に微笑んでくれる。

「ええ、わかっていますよ。ですが、あなたの発想は興味深い。

 ひとまず職人に来てもらい、加工できるか試してもらう価値はあります。」

「わかった。経費はいらねえ。気に留めておく。」

 そう答えたユースタス様に、ヴィオラさんがくすりと笑った。

「そこではっきり言わないのが、ユースタスらしいけれど。

 スランに戻ったら、この前知り合った防具職人に頼んで、職人ギルドの伝手をあたるつもりね?」

「ヴィー!なんでわざわざバラすんだよ、上手くいかなかったらカッコ悪いだろーが!」

 ……当たりなの。ルーファス様は笑いをこらえいてる。


 でもそんなやり取りを聞いているうちに、なんだか微笑ましい気分になってきて。私は思わず言っていた。

「ユースタス様、ぜひまた、ここに帰っていらしてください。ここはあなたの故郷なのですから。」


 ユースタス様が照れたように顔を背ける。私は駄目押しにもう一つ。

「お義父様に、会って行かれるでしょう?」

 ユースタス様があっという間に不機嫌になった。

「その必要はねえよ。」

「ユースタス、伯父上に会って行け。必ずだ。」

 ルーファス様も念押しする。ユースタス様が自嘲するように顔を歪めた。

「お前は、父さんの気に入りだからな。」


 その言葉にルーファス様はというと、あきれ顔。

「そんなことを気にしていたのか。確かに僕の両親が事故で亡くなってから、伯父上にも伯母上にも本当に良くしてもらった。だが、それは甥としてだ。

 伯父上は悔いておられる。ユースタスに政略結婚を強いてしまったと。伯父上自身は政略結婚で幸せであったから、あまり考えず決めてしまったと。

 ユースタス、伯父上の後悔をそのままにしておくつもりか?」

「そうですね。お義父様のお気持ちを楽にして差し上げられるのは、ユースタス様、あなたしかいません。」 

 私も言葉を重ねれば、ユースタス様が舌打ちして顔を背けた。でもそれは照れ隠しみたいで。

「わかったよ、行ってやる。ただし、ヴィーを妹に会わせてからだ。」


 と、話がまとまりそうになったところで、私はあることが気になってしまった。

 読んだ旅行記にはドラゴンについても書いてあった。ドラゴンハントという言い方をするけれど、狩るというよりは契約なのだと。ということは。


「ユースタス様、少々お聞きしてもよろしいでしょうか。」

「何だ?」

「もしかして、ドラゴンをお連れですか?」

「お前、良く知ってんな。いるぜ。」

 私は呼吸を整えて、もう一度聞いてみる。

「ドラゴンを見せていただくことは、可能でしょうか?」

「何、お前、ドラゴンに興味あるのかよ?」

「興味を持ったのは最近です、読んだ旅行記に出ていて。この国には棲息していませんし。」

「見たいなら、見てみるか?」

「可能でしたら、お願いしたいです。できれば。」

 私は小さく息を吸って慎重に答える。

「できれば、ミルトンで、皆に見てもらえたらと。」

「はあ?」

と怪訝そうなユースタス様、けれどルーファス様は。

「シェリル、感謝します。それならユースタスの評判を挽回できる。」

 ええ。それと同時に、ちょっと話題になることで、何か良い影響が出ることを期待して。

 ついでにセルマさんあたりに相談すれば、ドラゴン来訪記念で売れるものを作ってくれそうよね?住人向けというより、ミルトンを通る冒険者をターゲットにした何かとか。

 

 ちっと舌打ちしたユースタス様が、にやりと笑った。

「やってやってもいいぜ。俺の質問に答えるならな。ルーファスは口を出すな。

 お前、ドラゴンハンターの妻にならなくて、もったいなかったと思わねえ?

 正直にちゃんと答えたら、協力してやるよ。」


 私は思わず両手で胸を押さえてしまった。

 ヴィオラさんは面白がっているし、ルーファス様は口を出そうか迷っている様子。そんな中で、私は唇をかみしめる。

 つまり、目的達成のためには、私もリスクを取る必要があるということね。ああ、それでも、だからといって。苦渋の決断だわ。


 そんな私を見かねたのか、ルーファス様が口を出す。

「ユースタス、取引したいなら僕がする。それに、嫌ならドラゴンの件はなしでかまわない。」

「いいえ、ルーファス様、やはりドラゴンは必要です。私はそう思います。」

 私はユースタス様に向き直る。

「正直に、ちゃんと、お答えします。なので、それにクレームはつけられませんよう。」

「いいぜ。」

 ユースタス様が余裕の表情でにやりと笑う。


 リスクを取ってでも欲しいとはいえ。いやいや、恥ずかしすぎるでしょ。 

 ルーファス様大好きという意味にしかならないことを、わざわざこの場できっぱり話さなくてはならないなんて!


 だって、ドラゴンハンターの妻になったとして、私は幸せかしら。そんな気はしない。まったくしない。

 だいたい私程度の聖魔法士がドラゴンハンターと一緒に冒険者をやっていけるわけもなく。そうすれば私はレイウォルズなり、どこか別の場所でも夫が帰ってくるのを待ち続けることになる。ちょっと想像してみる。そんな生活、私は楽しくない。私には合わない。私は今の暮らしのほうがいい。そもそも。

 私が好きなのは、大好きなのはルーファス様なのだから。


「ユースタス様、正直に申しまして、私はドラゴンハンターの妻になれなくて、もったいなかったとは思いません。」

「お前、そこは悔しがっとけよ!

 ドラゴンハンターになる男が夫になるはずだったのに、逃がしたんだからよ!」

 ……クレームをつけられてしまった。私は首をかしげる。

「なぜ悔しがる必要があるのか、意味が分かりません。

 私は今の暮らしに大変満足しております。ルーファス様が夫で、私は幸せです。逃げた魚などどうでもいいくらいに。」


 ユースタス様がダンと立ち上がった。

「ほんっとに、つまんねえ女!そこは嘘でもお世辞をいっておけよ、俺の立つ瀬がねえだろうが!」

 やっぱり、意味が分からないのだけど。

「あなたはドラゴンハンターと呼ばれるほどの功績を挙げられ、素晴らしい恋人もいらっしゃる。今更、元婚約者の何を必要とするんです?」

「つっまんねえ女。これほどつまらねえって言われて、何もねえのかよ。」

「本当に意味不明なことを話されますね。恋人がいるにも関わらず、私のことを必要以上に褒められたらその方が驚きです。

 そもそも、あなたは、私に未練など欠片もないでしょう?」

「確かにまったくねえが、男のプライドの問題だ。元婚約者が俺に対して欠片も未練がねえのはヘコむんだよ!」


 いや、本当に意味分からないし。

 ガタンと椅子に座ったユースタス様が舌打ちする。

「お前、あの暮らし、レイウォルズの生活に満足なのかよ。何にもねえだろうが。」

 あら、私にはたくさんのことがあるわ。やることに、やってみたいことに、小さな幸せもたくさん。

 でも確かに、ドラゴンはいないし、大型魔獣もいないし、高難度のダンジョンもないし、ユースタス様の力を活かせるような場所はないのかもしれない。


「ユースタス様にとっては何もなくても、私にはたくさんあります。私にはちょうどいいのです。」

 ユースタス様が面白くなさそうな顔をする。

「まあ、そうだな、つまんねえ女には、つまんねえ生活が合ってるか。何、マジで不満ないわけ?」

「それは……。」

 ふと答えに詰まった、頭をよぎったことがあって。最近少しだけ不満に思っていることがあったから。


 ユースタス様が意地悪そうな笑顔になる。

「全部が幸せとか、満足とか、そうそうありえねえ。不満があって当然だろ。

 ルーファスに聞かせたら、どんな顔をするか見ものだなあ?」


「シェリル、」

とルーファス様が口をはさむ。

「僕もぜひ聞きたい。あなたの不満なら、夫である僕が何とかしたいですからね。」 

 さあ話してとばかりに、ルーファスの笑顔が要求してくる。

 ユースタス様はニヤニヤと笑っているし。ヴィオラさんは相変わらず面白がっているし。

 これはルーファス様と私の問題なのだから、あとの二人は邪魔よ。

 でも、今ここで話さなければ、余計に話がこじれるのも確か。


「実は。」

 と切り出せば、ルーファス様が真剣な表情で聞いてくれる。

 ユースタス様は余裕綽々、高みの見物とばかりにルーファス様に対して勝ち誇った表情で。


「私、もう少しルーファス様と一緒に過ごせる時間があったらいいなと、思っていて。

 お仕事が忙しいのは分かっているのですが、できれば、週に一日くらいは。」

 ルーファス様が驚き、そして目元を和らげた。

「すみません、シェリルがそう願っているのなら、もっと早くにそうすればよかった。

 あなたは一人で過ごす時間もお好きでしょう。だから、あまり僕と一緒に過ごすことを要求しては、あなたが気疲れするのではないかと、そう考えていたんです。

 あなたが望んでくれるなら、僕もあなたと過ごす時間を増やしたい。」


 ヴィオラさんからくすくすと笑う声がした。

 ユースタス様は苦虫を嚙み潰したような顔。

「……ヴィー、笑うな。

 ったく、つまんねえ女には、つまんねえ悩みが似合いだな。

 ルーファス、お前にはそんなつまんねえ女が似合いだよ。」

 それを聞いたルーファス様がにっこりと笑った。

「ユースタス、お前にとってシェリルがつまらない女で、僕は本当に幸運だ。

 おかげで最愛のひとを妻にすることができたのだから。」


 ユースタス様がそっぽを向く。

「ルーファス、相変わらずムカつく野郎だ。」


 ルーファス様が私の手を取り指をからめる。

「シェリル、あなたが僕とどんなふうに過ごしたいか、もっと教えてください。

 また丘陵に出かけましょうか。それとも買い物のほうが良い?」

「あの、そういうのも楽しみですが、二人で庭を散歩したり、四阿で過ごしたり、そういうのも。」

「冬になれば館で過ごす時間が多くなります、何をしたいか、後でゆっくり聞かせてください。」

 ルーファス様がすっと私に身を寄せ、小声で付け加えた。

「僕の部屋で。」


 どきっとした。そこは来てもいいと言われていても、一度も入ったことのない部屋。

 どきどきして、どきどきしてきて。

 ユースタス様もヴィオラさんのことも、頭から消えてしまった。




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