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短剣


「奥様、信用しすぎてはダメですよ?」


 隣でクスクスと笑う声がした。

 首に突き付けられた短剣。笑い声とは裏腹に、抜き身の刃から伝わるもの。

「騒いだりなさいませんよう。」

 妖艶な美女の艶やかな声。

 私はこうした荒事には慣れていない。それでもはっきりと分かるほどの、本気。


 分からない、なぜこんなことになっているのか。

 セルマさんにお茶に誘われて、ヘレンが風邪気味で、ついでに一緒に来る予定の護衛が怪我をして、慣れた場所だから大丈夫だと、一人で馬車に乗りミルトンのフォレット商会に向かおうとしたところ。ちょうどヴィオラさんがお帰りになるというので、ではミルトンまで一緒にとそんな話になり。二人して馬車に乗り込めば。


「そう、大人しくしていてくださいな。でないと奥様か、御者が傷つきますよ。」

 その言葉に、思わずきっとして隣を向く。

「奥様には、御者のほうが効きますか。」

 ヴィオラさんがくすりと笑う。

 私は痛いのは嫌。誰かが痛い目に合うのも嫌。目的が私ならば、余計なことはしないで欲しいわ。 

 小さく息をつく。なぜこんなことになっているのか。ルーファス様も信用していた、そう見えたのに。本当にわからない。


 でも、わかることもある。

 私とヴィオラさんが一緒に馬車に乗ったことは、皆知っている。馬車も領主館のものだし。これでは、わざわざ探しやすく追いかけやすくしているようなものだわ。

 いったい彼女は何がしたいのか。首をかしげてじっと見つめれば、やはり艶やかな笑みが返ってきた。

 

 窓からは畑と点々と羊の姿が続く。

 ミルトンには向かっていない。先ほどヴィオラさんが御者に何か指示を出していた。奥様の望みで行き先が急遽変更になった、とでも言ったのかもしれない。

 どこまで行くのかわからないけれど、ここはまだレイウォルズの領地。

 私はじっと馬車の中で座っている。その向かいでヴィオラさんは足を組んでくつろいでいる。嫌味なほどスタイルの良さがよく分かる。完全にくつろいでないのも分かるけれど。

 とりあえず、このままだと何も変わらない。


「ヴィオラさん、暇だわ。良ければ質問に答えてくださる?

 もちろん、答えたくない質問は答えなくても結構ですから。」

 問いかけてみれば、ヴィオラさんが笑った。余裕の笑みで。

「ええ、よろしいですよ、それで。」


「年齢をお聞きしても、よろしくて?」

 何か可笑しかったらしく、ヴィオラさんの唇が弧を描く。

「二十三歳。」

 おや、ルーファス様と同い年、ユースタス様より二歳年上なのね。


 続けて聞いてみる。

「魔法士でいらっしゃるの?」

「ええ。」

「属性は何を?」

「基本属性はどれも、得意なのは水と火ですね。」

 さすが。やはりこれくらいでないと、冒険者としてはやっていけない。

「短剣も使われるのでしょう?」

「一応、接近戦になったときのために。魔法をまとわせて。」

 なるほど、なるほど。


 さらに続けて聞いてみる。

「あなたが監視役になられた経緯は?」

 ヴィオラさんが足を組み替えた。

「あの時ちょうど、妹が病にかかりましてね。薬さえ飲めば症状を軽くすることができるものの、その薬がそこそこ高価で。

 その時ですよ。急遽、私のような容姿の冒険者を探していると依頼が出ました。詳細を聞けば何とも面倒な依頼でしたが、報酬が良かったので受けることにしました。」


「依頼の詳細とは?」

 ヴィオラさんの耳飾りが揺れる。

「まずはユースタスを隣国まで行かせること。護衛達に本気で追わせるから、そちらも本気で逃げろとね。捕まるようなら本気が足りない、その程度の本気なら首根っこを捕まえて領主にならせるからと。あの次期領主殿は、その通りに実行しましたね。そして見事にユースタスはそれに引っかかり、本気で逃げて。その後は監視と報告を。

 まあ、逃げるより、どうやってユースタスに近づくか、私にはそのほうが問題でしたが。既婚の貴族の依頼主に恋人になるよう迫られて、隣国に逃げている途中だと話したら、いとも簡単に、あっさりと信用されまして。」


 ……疑わないものかしら。いえ、ヴィオラさんが堂々とそう言ったら、疑えないかも。


「監視と同時に隣国での生活や冒険者としても、できればサポートしてほしいと次期領主殿からの依頼にあって。正直面倒ではあったのですが、報酬も良かったですし、ユースタスもなかなか面白い人材だったので、結局そうなりまして。

 ユースタスに聞かれれば、本当のことを話してよいと言われていましたけれど、半年気づかれませんでしたね。」


 ……気づかないものかしら。いえ、ヴィオラさんが堂々とそばにいたら、疑えないかも。


「隣国での生活を金銭的に援助すると、次期領主殿には言われていたんですけどねえ。結局、ユースタスはそれに頼りませんでしたよ。そうそう、領地を出るときにも、冒険者としての装備と馬のほかは身一つで。妙なところでプライドが高い。」

 その台詞はあきれているようで、そんなユースタス様のことを認めていると感じられて。

 私は思わず問い返す。

「それは、また。冒険者は、装備のメンテナンスや更新に加えて、薬に、魔石、魔導具などが必要でしょう。大変だったのでは?」

「へえ、冒険者についてご存知なんですね、奥様?」

「少し、聞きかじっただけですわ。」


 ヴィオラさんの黒髪がさらりと揺れた。

「ユースタスは王都の大学に通っていた間、近くの中規模ダンジョンで、自力でいくらか稼いだそうです。」

「まあ、そんなことを?」

「しかし、大学では自分が興味のある単位はもちろん、領地経営に必要なあれこれも結局学んだというのだから、中途半端ですよねえ。」

 その台詞はあきれているようで、やはりユースタス様に対する愛情が感じられて。


 私は知らなかった。ユースタス様がそんなことをしていたとは、知らなかった。

 けれど、そんな行動を取った理由は分かる気がした。迷い。

 このまま何事もなく領主になる道と、それ以外の道と。そう簡単に敷かれている道を変えられないとわかっていても、迷う。ジタバタしてみたくなる。


「私からも一つ聞いてみたいですね、奥様。」

「ええ、構いませんわ。」

 答えつつ私は少し身構える。


 ヴィオラさんが向かいでさらりと髪をかき上げた。

「ユースタスがドラゴンを狩ったことについて、何とも思わないと?」

「いえ、素晴らしいことだと思いますけれど?」

 私と結婚して嫌味を言い続けるより、間違いなく素晴らしいでしょ。

 それに、うちの国にドラゴンはいない。だからドラゴンは魔獣と称されるものの中でも別格扱いくらいの認識しかなく、素晴らしいとしか言い様がない。

 もしかして、もっと賞賛すべしということなの?


 首をかしげたところで、馬車が止まった。

 ヴィオラさんが短剣をちらつかせて、馬車から降りるよううながす。私は大人しくそれに従う。指示された通り御者には用が終わるまで待つように言い、ヴィオラさんの隣を歩いてゆく。

 ここは浄化で一度来たことがある村。村と言っても店も多く宿もある、隣国につながる街道のある所。


「奥様、瘴気が出ましたか!?」

 私に気づいたらしい村人が声を上げる。周りの村人が振り返る。

「いいえ、今日は別件のなの。安心して。」

 笑みを浮かべて私が答えれば、

「そうですかい。」

と村人はちょっと頭を下げて、歩いて行った。周りの村人も安心したように歩き出す。

 ……私がそのまま歩いていたら、ここに奥様がいるって言っているようなもの。ヴィオラさんはいったい何をしたいのかしらね?

 

 そのままヴィオラさんに連れられて、着いたところはたぶん宿。階段を上がり一室に入れば、

「おう、戻ったのか。」

と振り向いた人がいた。

 

 これは誰?

 あの人に、私の元婚約者に似ている、そう思った。

 元婚約者に似ている誰かが、私を見て驚いている。

 けれど雰囲気が全然違って、似ているだけの別人に見えた。


 一歩部屋に入ったところで私は立ちすくす。

 ヴィオラさんは余裕の足取りで、その人の隣に並んだ。

「ヴィー、どういうつもりだよ、妹に会いたいんじゃなかったか!?」

 などと詰め寄られても、ヴィオラさんの余裕は崩れない。

「あら、分からない?」

と艶やかな笑み。その威力にはその人も太刀打ちできないようで。

 ヴィオラさんがひらひらと手を降って部屋を出ていく。

「私に求婚したければ、昔の女との関係をきっぱり清算して。」


 すごいわ、なんてカッコイイ台詞。

 対するこちらは、子どもが拗ねている表情とでもいうのか、ヘタレているわ。

「昔の女じゃねえ、単なる元婚約者だ!」

 彼がドアに向かって言い返す。おや、まあ。やはり私の元婚約者なの。


 まるで別人のように見える彼が、舌打ちする。

「まったく、なんでこんなことになってんだか。」

 それを言いたいのは私も同じだけど。

 元婚約者が鋭い目つきで私を見下ろした。


「お前、今の生活が不満なら、逃がしてやるよ。」




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