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予期せぬ来客


 九月も半ば過ぎて、秋の気配が日に日に増してゆく今日この頃。 

 朝の散歩の途中、庭師にこれから咲くという秋薔薇の名前を教えてもらった。ラ・マリエ、アンゲリカ、フェアリーボタン……。


「あ、奥様!?」

 その声に振り向けばキャシーだった。けれど、いつもと様子が違う。そわそわして落ち着きがなく、困ったような、それでも何か言いたいような。心当たりがない私は首をかしげる。

「どうしたの?」

「ええと、今、旦那様に、その、お客様が来られていて、急ぐからと訓練場にご案内して。」

 そうね。ルーファス様は護衛との訓練に行かれたところだものね。

「……悪い知らせだったの?」

と聞いてみれば、キャシーは首を振った。

「あ、あたしには理由も何もわからないですから。それで、後で奥様にもお客様を会わせたいと、旦那様がそう言われて。」

 それで伝言を持ってきたと。普通の来客なら、部屋に通して待ってもらうわ。訓練場に案内する必要があるほど急ぎの要件だったのか、それとも。

「お客様はどなただったの?」

「……たぶん、冒険者の。」

 キャシーが口ごもる。

 瘴気や魔獣の件で、冒険者ギルド職員の誰かが、領主館まで来ることはある。最近では高濃度聖水の買取という話も出ていたし、まだ数本も作れていないのに。あるいは急ぎの要件ではなく、ギルド職員が多忙だから早く用件を済ませたいとか。

「わかったわ。私から、訓練場に出向くわね。」

 キャシーが慌てて首をぶんぶん振った。

「ええと、奥様は、応接室とかでお待ちになったほうがいいと、あたしは、思ったり。」

「でも、何かわからないけれど、急ぐのでしょう。私が行ったほうが早いと思うわ。」

 キャシーが困り顔になった。私は首をかしげる。いったい何なのかしらね?


 とりあえず館の裏手をぐるっと回って、訓練場まで歩く。

 その途中、植え込みの向こうから、淡々としたルーファス様の声がした。

「ミイラ取りがミイラになってどうする。」

「まあ、そんなこともありますよ。結果的に、ミイラではなくドラゴンでしたけれど。」

 それは艶やかな声、聞いたことのない女性の声。


 植え込みを巡れば、後ろ姿のルーファス様と向かい合って、彼女がいた。

 驚いた。

 くっきりとした目鼻立ちに、艶やかな笑み。揺れる耳飾り、ショートにした髪型、それでも見惚れるほどの色気があって。

 体つきも、……、……、言いたくないけど、いわば私とは正反対。良く言えば華奢な私に比べ、豊かなお胸に、ウエストのくびれ。ご職業がらか引き締まった見事な体。

 一言でいうなら妖艶、そんな方が腰に短剣、冒険者スタイルに身を包み立っていた。


 それだけじゃない。彼女にあるのは、一目見てわかるほどの自信と余裕。

 すごいわ。

 称賛と、少しばかりの嫌な気持ちが沸き起こる。いえ、少しじゃない。認めたくないほどの、嫌な気分、とっても。

 それは嫉妬。そんな生き方がしたかった私のうらやむ気持ち。そんな生き方ができなかった私の妬む気持ち。

 加えてもう一つ、ルーファス様が魅かれるのではないかと、私とは正反対な彼女に魅かれてしまうのではないかと、そんな余計な嫉妬。


 彼女の視線がついと横にそれた。私を見る。その視線をたどって、ルーファス様が振り返った。

「シェリル!」

「……急ぎかと思い、こちらに来ました。」

とルーファス様の横に並べば、彼女の瞳が興味深げに細められた。

 ルーファス様が私の腰に手を回し、紹介してくれる。

「シェリル、冒険者のヴィオラ・ベイリーです。ベイリー、僕の妻のシェリルだ。」

 私は片足を引き少し膝を折る。

「初めまして、シェリルと申します。」


「これは、ご丁寧に。」

とヴィオラさんが大輪の花が開いたような笑みを見せる、見惚れそうなほどの。

 思わずルーファス様の様子をうかがえば、なぜか普通だった。ヴィオラさんの外見とか雰囲気は意に介していない、存在していないかのように、淡々と事務的に。あの、目の前にすごい美女がいるのだけど!?


 なぜか、ルーファス様に腰をしっかりと抱き寄せられた。

「後で会わせるつもりだったのですが。」

と話しにくそうにルーファス様が続ける。

「シェリル、一度話したことがあるでしょう。ユースタスに、結婚していないけれど親しい冒険者の女性がいると。それがベイリーです。」


 ……これは驚き。その親しい冒険者がなぜここへ?


「そしてベイリーは、僕が依頼しユースタスに付けた監視役でもある。手紙で近況報告を送らせていましたが。今日は報告のほか契約の更新をどうするかで、事前連絡もなく来られましてね。」


 ……これも驚き。ああ、だから、ミイラ取りがミイラと。


「もう一つ、ユースタスが隣国でドラゴンを狩るのに成功し、ドラゴンハンターと呼ばれていると。」


 ……おや、まあ。これは、何というか、驚いた。

 もちろん私は、その辺の事情にも、ドラゴンにも詳しいわけではないけれど。


「では、ユースタス様は、やはり冒険者をされたかったのですか?」

 聞けば、ルーファス様が苦笑した。

「そういうことに、なりますね。」

「では、望まれた仕事をされ成果を上げられたのでしたら、素晴らしいことですね?」

 ルーファス様が小さく笑みを浮かべる。

「そういうことに、なりますね。」


 ヴィオラさんが驚いたように、私を見返しているのに気づいた。そんな表情も美女がすると様になる。新しい発見だわ。

 ルーファス様が護衛を呼ぶ。

「ベイリーを応接室に案内してくれ。それからベイリー、伯父上は今外出中だ。伯父上が戻るまで居てもらうぞ。」

「仕方ありませんね。」

 肩をすくめるヴィオラさんに、ルーファス様が淡々と付け加える。

「嫌なら事前に連絡しろ。」


 護衛と速足で館に戻るヴィオラさんを見送って、私はルーファス様のエスコートでゆっくりと歩く。

 ルーファス様は心配そうに私を見る。ユースタス様がらみで私を不快にさせてしまったのではと、たぶんそんな心配を。けれど私の心配は少し違う、だって。


 いえ、そうだわ。思い返せば結婚式の時も、ルーファス様はお姉様にも妹にも関心を示さなかった。 ヘンだわ。とてもヘン。ルーファス様の好みって、ヘンじゃない!?お姉さまは間違いなく綺麗だし、妹だって美人なほうだと言われていたけれど。ヴィオラさんだって、どう見ても美女なのだけど。

 いえ、それでいいのかしら。いわゆる美人より、私のほうが好みだというならば。

 ……何か、気恥ずかしくなった。

 いえ、恥ずかしがっている場合じゃないかも。ルーファス様には、できればずっと私が好みでいていただきたいのだけど。


 そっと隣を見上げれば、ルーファス様がやはり気づかうように私を見ていた。

 だからといって、ルーファス様は私の外見が好みですかなどと、確認はできなかったけれど。


「シェリル、今日はフォレット商会に顔を出すのでしたか?」

「ええ。」

「では晩餐の前に、僕と一緒に過ごしてくれますか?」

「はい。」

 私はその言葉に嬉しくなって、ルーファス様の穏やかな眼差しにほっとした。



 けれど自室に戻れば、もやもやした気分はなくなってはいなかった。

 仕方なく、ため息をつく。


 例えば妹に、こんな気持ちになったことはなかった。妹の要領の良さや愛嬌を羨ましいと思ったことはあるけれど。

 でも、妹のそんなところを、父より年上の裕福な男爵が後妻にと見染めて。その男爵に嫁がせようかと父と母が話しているのを聞いた妹は、泣きながらお姉様と私に言った。いい人かもしれないし、楽な生活ができるかもしれないけれど、絶対イヤ。だから学園で絶対に捕まえる、自分好みの見た目の結婚相手を!と宣言した妹は、入学後半年で捕まえてきてしまった、それなりに裕福で、見た目が理想らしい婚約者を。

 ……まさか、妹の好みの外見が騎士とは知らなかったけれど。

 ちなみに、理想は見た目だけでいいらしい。中身まで求めたら欲張りすぎだと、妹は言っていた。おしゃべりな自分の話を、見た目が理想の人がそばで聞いてくれたら、それで十分だと。


 例えばお姉様に、こんな気持ちになったことはなかった。お姉様の美しさ、自信のある振る舞い、マナーに会話そして社交に表れる貴族の娘としてのデキの良さを、羨ましいと思ったことはあるけれど。

 でも、お姉様のそんなところを、花婿候補で三本の指に入る容姿端麗、才気煥発な令息が見染めて。伯爵家からの結婚の申し込みだから、断ることなどできず。けれど、子爵家の娘が婚約者になったものだから、嫌がらせが絶えず。そんなお姉様は、こんな嫌がらせもあるから気を付けてと、自身の経験と対処法を妹と私に教えてくれた。

 ……まさか、その対処法にも、お姉様のデキの良さが表れるとは思わなかったけれど。

 ちなみに、お姉様は婚約者を特に好きではないらしい。そこまで求めたら欲張りすぎだと言っていた。どのみち断れないのだから、嫌いとは思えない人で良かったと、それで十分だと。


 そんなお姉様にも、妹にも感じなかった嫉妬を、今、突き付けられることになるなんて。


 ついでに言えば、お姉様の綺麗で美しい容姿、美人な方だと言われる妹の外見を羨ましいと思ったことはあるけれど。

 父と母が子どもの頃から、これだけ見た目が良いのだからお金も爵位もあるところに嫁がせようと、それさえあれば誰でも良いというニュアンスを含ませてさんざん話すものだから。妹もさすがにうんざりだとこぼしていたし。お姉様ですら、容姿が普通なら両親がここまで欲を出すこともなかったのに、とにかく婚約が決まって良かった、これでもうあれこれ言われずに済むと、ほっとした顔で話されていたくらいだし。本来なら綺麗なことは結婚に有利な良いことのはずなのに、私にはもう良いのか悪いのか分からなくなってしまったし。


 さらに言えば、フランシスにも、私はこんな気持ちになったことはなかった。フランシスの才能をうらましいと思ったことはあるけれど。

 でも。締め切り間際に、それでも男爵令嬢として単位を取るため学園に来たフランシスは、呪いをかけられているのではないか、解呪しなくていいのかと心配したほどの顔色の悪さで、トリックが犯人がとひたすらブツブツ呟いていた。そんなことが、けっこうあったし。


 もっと言えば、ディアドリーにも、私はこんな気持ちになったことはなかった。ディアドリーの強い意思と行動力をうらやましいと思ったことはあるけれど。

 でも。彼女の意欲は家族に認められているものの、だからアイデアに資金を出してはもらえるものの、常に淑女はそんなことしなくていい婚約しなさい結婚しなさいというという家族からの猛烈なプレッシャーとの戦いだと、ディアドリーがそんな愚痴をぼやいていたことが、何度もあったし。


 そんなフランシスにもディアドリーにも感じなかった嫉妬が今、胸に渦巻いている。


 私は、ヴィオラさんのように一人で生きていけるスキルと実力が欲しかった。それができる自信と余裕が欲しかった。

 本当に欲しかった。私には向かないと知って、なお。


 でも、そうね。そんな私にできることも、ないわけでなかった。ここで何とか奥様として暮らしているのだから。

 それでもまだ私は自信がなくて、余裕もなくて。

 そうね。私に自信と余裕があれば、こんな嫉妬など感じなくてすんだのに。

 揺るぎない自信などなく、何が起きても大丈夫と思えるほどの余裕もなく。


 そうなのよね。だから不安になる。 

 ルーファス様には、できればずっと私が好みでいてほしい。けれど。

 一目惚れと言ってもらい、大切にしてもらい、私も好きになって。

 だからといって、これがずっと続くと保障されたわけでもないのよね。

 たとえ、結婚していたとしても。

 ルーファスの気持ちが今とは変わってしまうことも、あるかもしれない。

  

 ルーファス様が私を好きになってくれたらと思った。

 けれどその状態になってみれば、同時に怖くなった。

 ええ、前も似たようなことを思ったのだった。失うのが怖いと。

 

 そうならなければ、いいと思う。

 ルーファス様との穏やかな毎日が、続けばいいと思う。

 叶うなら、ずっと。




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