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満足と不満 ~晩餐会~


 と、昨日はそう思ったものの。



 驚いたことに昨日は結局、お茶の時間の前にルーファス様が戻って来られた。

 一緒にミルクティーとブルーベリータルトをいただいた後、夕方まで四阿で過ごした。ルーファス様の魔石の話はおもしろくて。王立学園で学んだ程度の私に、わかりやすく話してくれて。ちょっとした疑問を尋ねれば、丁寧に答えてくれて。一緒に過ごす時間が、ただ嬉しくて。


 私の好きという気持ちはふくらんでいく。ふくらんでしまう。

 政略結婚の夫にそんな感情を押し付けるのは、応えられない感情を押し付けるのは、やはり良いとは思えない。

 私たちは政略結婚。そう簡単に離婚はできない。

 今の関係で上手くいっているなら、それを続けたくなる。関係が悪化するよりそのほうが良い。今の関係が壊れるのは、怖い。

 押し付けてしまって、鬱陶しいとか邪魔だとか、そう思われるようになるのは、嫌。

 押し付けてしまってその思いを、私の好きという気持ちを拒絶されるのは、苦しい。

 私は妻として大切にするけれど、恋愛感情はまた別。そう言われてしまったら悲しい、すごくかなしい。


 かといって。

 男性の気を引くとか、何をしたらいいのかわからないし、私にはできそうもないし……。

 いやいや、わからなくとも、できなくとも、何かするべき、努力とか!?

 何をどんなふうに努力すればいいと!?

 

 奥様業?それは、できないより、できたほうがいいわね。でも、そもそも私がいなくてもこの館は問題なかったのよ。

 瘴気対策?それは、できないより、できたほうがいいわね。でも、そもそも冒険者に依頼するのでもOKなのよ。

 浄化?聖水作り?できないよりは、できたほうがいいわね。でも、私の代わりになるような聖属性持ちが見つかれば、私がする必要はなくなるのよ。ルーファス様も、私の負担を減らすため、条件に合う魔法士を引き続き探しているとのことだったし。

 どれも私ができれば便利だろうけれど、どうしても私である必要はない。


 何か、ルーファス様のためになるような、役に立つようなことをするとか?

 外出の際のお供とか雑用はアントニー。仕事の補佐や調整に身の回りの世話はカーライル。料理や掃除に洗濯は、使用人が全部やってくれる。私の出る幕はないわ。

 だいたい、どれも私にはできないし。いいえ、できなくても頑張ったほうがいいのかしら。いいえ、頑張る前に止められるわね、奥様が何をやっているのかと。

 それに、役に立つことが恋愛感情につながるのかどうか、分からなくなってきた。


 何か、ルーファス様が望むようなことをしたらいいのかも。喜ぶようなことをしたらいいのかも。

 ルーファス様が私に望むこと、ルーファス様が喜ぶことって、何だっけ?

 “できれば幸せに、ここで過ごして欲しい。”

 それなら、私はすでに幸せだわ。


 もっと幸せになったほうが良いならば、庭の散歩の時間を増やすとか。料理長に美味しかったものをまた出して欲しいと頼むとか。思いついたアイデアをちょっと試してみるとか。買いたい本を2冊まとめて買っちゃうとか。ルーファス様と一緒に過ごす時間をもう少し増やしたいとか。ルーファス様に私を好きになってほしい、とか。


 私はもっと幸せになりそうだけど、ルーファス様は結局どうなのか。

 私が何か努力したら、ルーファス様は私を好きになる?

 私が何の努力をしたら、ルーファス様は私を好きになる?

 好きになってもらえたらと、そう思う。でもルーファス様の好きという気持ちは私の努力で作れるものかしら。


 そもそも、私がルーファス様を好きな理由だって。

 大切にしてくださるのが嬉しい。私に寄り添ってくださるのが嬉しい。

 でも、大切にされたから、配慮してくれるから、それが全部の理由ではないもの。


 最初から、何となく好意を持った。良い雰囲気の方だと感じた。

 一緒に暮らすうちに、少しずつ会話をして、共に食事をして、同じ時間を過ごして、心地よい時間を過ごせるようになって。

 何より、ルーファス様の穏やかな雰囲気に、私も穏やかな気分になることができるから。子爵家でくつろげたことがない私には、それが何ものにも代え難い。


 それに、なぜかどきどきする。そして恥ずかしい。

 触れられて、抱き上げられて、額や頬に口づけられて、ただ見つめられて。

 私はもっと触れてほしくなる。私から触れてしまいたくなる。

 こんな気持ちをルーファス様に知られたら、どう思われる……?



「奥様、料理長と晩餐のメニューの最終チェックをお願いいたします。」

とエーメリーが呼びに来た。朝食の後、自室でぼーっとしすぎていたかもしれない。

「わかったわ、その前に。エーメリー、今日のお客様について、ざっと確認させてくれる?」

 一週間前に聞いたはずだけど、念のため。

「かしこまりました。ダンベリーのご領主夫妻とそのお嬢様でございます。」

とエーメリーがにこやかに答えてくれる。

「ああ、そうだったわね。隣の隣のご領主。特産はワインと羊。お義父様の領主どうしのお付き合い。私がお会いするのは初めてよね?」

「はい、その通りでございます。」

とエーメリーがにこやかに答えてくれる。

「最後に教えて、お名前は?」


 ええ、私にとって人の名前を覚えるのは難しいのよ。ついでに顔も。

 例えば、お義父様と仲の良いフルムロウの領主様は、よく遊びに来られる。そして時々泊まって帰られる。奥様と来られることもあり、さすがの私も慣れたお客様。お二人とも私に他意がなく、会話しやすい方たち。この前も領主様には羊、奥様には刺繍について、話を聞かせてもらった。これだけお会いすれば、私でも名前と顔を覚えられるのだけど。


 その後、私はエーメリーと共に、晩餐室の準備や使用人の配置などの確認を行った。それでも、細々したことが後から出てくるもので。軽いランチをはさみつつそれに対処すれば、そろそろドレスに着替える時間になっていた。お客様がいらっしゃるので、いつもの室内着というわけにはいかない、面倒だけど。


 下着から初めて、ドレスを着付けて、化粧に、髪を結い上げ、アクセサリーを付ける。時間がかかるけれど、しょうがない。今日のドレスはヘレンおすすめの一着。流行を押さえてありながらも、派手過ぎず、品の良さを感じさせるデザイン。私も気に入っている。ただ私が着ると、デキる奥様風にはなってくれない。威厳が垣間見える奥様にもなってくれない。どういうわけか、初々しい若奥様風には見える。いいのかしら、これで?


 身支度が終わった後、応接室に向かえば、もうお義父様もルーファス様も、支度を済ませて来られていた。毎回思うのだけど、正装を着こなしたルーファス様は何というかカッコイイ。もちろん、いつもの雰囲気も好きなのだけど。


 しばらくして、お客様が到着したとエーメリーが告げに来た。

 到着したお客様はまずクロークルームに通し、それから執事が応接室に案内する。

 挨拶、そしてしばらく会話をしたあと、家令が晩餐のしたくが整いましたと告げに来て、晩餐室に移動する。


 お義父様はいつも通り堂々としていらっしゃる。私は何とか、元子爵令嬢らしい所作と雰囲気を作り出す。ルーファス様は人当たりのよい穏やかな好青年にしか見えない。ただ人当たりの良さを前面に出されるからか、いつもとは少し違って感じる。

 書斎にいらっしゃるときのルーファス様は冷静。お義父様には尊敬を、身近な使用人には親しみをこめた表情を見せ、来客には人当たり良く。

 私の好きな穏やかな雰囲気は、もしかしたら私が一番知っているのかもしれない。


 晩餐室でそれぞれ席に着けば、一品ずつ給仕が料理を運んでくる。

 スープ、魚料理、前菜、肉料理、その後はスイーツとアイスクリーム、フルーツと続く。

 私は今日のお客様はどんな方だろうかと、様子をうかがう。

 

 隣の隣のご領主と奥様は、お義父様と当たり障りのない会話をしている。天候とか、ワインとか、羊とかについて。

 そのお嬢様はといえば、年齢は私より三才くらい年上の結婚適齢期、金の髪に青い瞳、整った顔立ちをつんと澄ました、わかりやすい美人。そんなお嬢様がルーファス様にだけ話しかけている。その隣にいる私は分かりやすく無視をして。

 話しかけられているルーファス様は人当たりの良さを崩さない。というか、人当たりよくしつつも、必要以上の親しさは見せない。そして、会話の合間に私にも話をふる、私が特別であるかのような親しさをこめて。

 ええ、今までもあった。結婚適齢期のお嬢様が訪問されると、こんな感じになることがある。お客様の前でも、お客様の前だからこそ、妻である私は特別という扱いをルーファス様はする。


 たいていのお客様は、私の実家が子爵家であることを分かっているから、私に対して丁重に接する。多少含みのある言い方をすることはあっても、子爵家のご令嬢が大領主に嫁がれたとはいえ貴族でなくなるというのは大変ですねとか、その程度の嫌味をいうくらい。

 でも、それは少数。たいていの場合、私に気を遣う。お義父様とルーファス様が私を尊重する言動をとるので、なおさら。

 年配の領主夫妻の場合はそう身構えなくてもよいのだけど、ご家族で晩餐に来られると時々こんなお嬢様もいたりする。お嬢様は、レイウォルズの次期領主夫人でも狙っていたのかもしれない。


「貴族のお嬢様がこちらに嫁がれるのは、大変でしょうね。今までの暮らしと違いますもの。そうなると、今までと同じものを求められるのではありませんか。

 だからといって、ルーファス様が妻の要望に合わせなければならないなんて。もともとルーファス様が婚約されていたわけでもないのに。言葉にするのもはばかられることですが駆け落ちなんてことが起こったせいで。」

とルーファス様に同情するように、今日のお嬢様が話している。


 これはまた今までになく、あからさまね。私は首をかしげて、お嬢様をじっと見つめる。これほどわかりやすい嫌味を言って何がしたいのだろうかと。単に嫌味を言いたいだけ?それとも、私を蹴落としてルーファス様の妻の座を奪いたいとか?


 でも、そう言いたくなる理由はわかるわ。レイウォルズ、この領地は魅力的だもの、多少の瘴気の発生と小型の魔獣さえ気にならなければ。広大な領地に畑と畜産、特に羊、これだけでも安定した収益が見込めるけれど、加えて魔石。弱小貴族よりもお金がある。

 今の生活レベルを下げたくないと思えば、あるいはもっと上げたいと思えば、お金のある嫁ぎ先は魅力的だわ。欲しいでしょうね。

 手に入らなかったのなら、嫌味の一つも言いたくなるくらいに。


 ご領主を見れば、苦虫を嚙み潰したようなお顔。奥様は話題を変えようと、慌てて出された料理の話を口にされる。けれど、お嬢様の台詞はこの場の全員に聞こえてしまった。

 お義父様がゆったりとした調子で言う。

「ルーファス、お前、何か困っているのかね?」

 ルーファス様がにこりと笑う。

「まさか!シェリルは素晴らしい妻です。不満などありません。

 シェリルはこちらに合わせてくれるだけでなく、提案もしてくれますから。

 婚約者ではかなったのに結婚することができた僕は、果報者です。」

 とか何とか。ついでにルーファス様は私の手の甲にうやうやしく口づけながら、そんなことを言うものだから、恥ずかしいことこの上ない。 

 このお嬢様のような私を貶す台詞はルーファス様には通じない。なぜなら基本、ルーファス様は私を称賛するから、相手が何を言おうと。この政略結婚は上手くいっていますよと見せるために必要なのは分かるけど、やっぱり私は恥ずかしい!


 嫌味をいったお嬢様は当てが外れて、きゅっと口を引き結んでいる。あら、その顔はやめたほうがいいわね。せっかくの美人が台無しよ。美人であるから余計に意地悪く見えてしまうわ。

 ただこういうお嬢様の場合、後から私だけに言ってくる。晩餐が終了し、男性は晩餐室に残り、女性だけ応接室に戻る。そのちょっとした移動の、すれ違う間に。


「婚約者に逃げられたにも関わらず、まだここに居座ろうとするなんて、図々しい。さすが貴族のお嬢様、私だったら恥ずかしくてそんなことはできないわ。ルーファス様もこんな女と結婚しなければならないなんて、内心どれほどご不満なことか。」

 とか何とか。嫌味を言うタイミングが上手いわ。でもね、政略結婚とはそういうものなのよ。恥ずかしかろうが、相手が不満だろうが、結婚しているという状態が重要なのだから。


 似たようなことは今まで二度あった。嫌味をほのめかすとか、ほんのちょっと嫌味を言うとか、その程度だったのだけど。今回はずいぶんとあからさま。

 そんな今日のお嬢様はといえば、すれ違いざま嫌味を言った後は、ツンと取り澄ました態度を崩さず、そして時間になるとお帰りになった。体調が悪くなったとか言って、泊まりに持ち込むかと予想したけれど、そんなことも起こらなかった。


 わざわざこんなことを言ってくるからには、私とルーファス様を離婚させるようなことを画策してくるに違いないと、いったいどんな策略を仕掛けてくるつもりなのかと身構えていたのだけど。特にそんなことはおこらなかった。拍子抜け。そこまで気概のある淑女ではなかったらしい。

 というより、私の知っている貴族令嬢のほうが気概がありすぎるのかもしれないけれどね?

 



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