表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/53

すれ違い


 あまり眠れないまま朝になった。

 しかも、ヘレンに手伝ってもらい朝の支度をしている最中、キャシーが伝えに来た。

「旦那様は護衛の方たちと訓練されるとのことで、朝食は先にお一人ですませて欲しいとのことでした。」


 私は小さく息をつく。

 たまたま訓練される日だった?それとも、私は避けられている?それとも、私が気にしすぎなの?それとも?

 わからない。ルーファス様が何を考えているのか、わからない。


 でも、決めた。


 朝食はお義父様と天気の話をしながら、朝食室でいただいた。

 お義父様いわく。

「次期領主としての仕事が増えたからな。ルーファスも時々、身体を動かした方がいいだろう。」

 とのことだった。


 その後、二冊の本を持ってルーファス様の書斎に向かう。午前中、外出の予定はないと昨日聞いたから。

 ノックをすれば、カーライルがドアを開けた。少し驚いた表情を一礼して隠す。

「奥様、旦那様は今、シャワーを浴びて着替えをされているところで。」

「そうなのね、ここで待っていてもいいかしら?」

「もちろんでございます。」


 カーライルが書類や届いた手紙を整理している。私は落ち着かないままソファに座って、手に持った本をぱらぱらとめくっている。

 突然ドアが開いた。

「カーライル、例の倉庫の件で、」

と言いかけたルーファス様が、驚きの目で私を見た。

「おはようございます、ルーファス様。」

と立ち上がりドアに向かう。ルーファス様の前に立つ。

「お仕事の前に、これだけお渡ししたくて。私のおすすめです。

 本格派の推理小説と、軽妙なタッチのピカレスクもの。どちらもフランシスの書いたものですけれど。どうぞ。」

 ルーファス様がゆっくりと本を受け取る。

「では、私はこれで。」

 ルーファス様の横をすり抜け廊下に出ようとして、手首をつかまれた。

「シェリル、眠れていますか?」

「昨晩はあまり、でも今日は眠れると思います。」


 廊下に出る。後ろでドアが閉まった。

 両手をぎゅっと握り締める。緊張した。

 私、いつものようにできていた?いつものように少しは笑えていた?

 でも。

 握っていた手から力が抜ける。良かった。拒絶はされなかったもの。


「あれ。」

と横からアントニーの声がした。ピッと背筋が伸びる。アントニーはたぶん勘がいい。

「奥様、部屋に入ります?」

「今、出てきたところよ。」

 そう答えれば、アントニーの顔がぱっと明るくなった。

「旦那様、何か滅茶苦茶ヘコんでいたみたいだから。こんな時はやっぱ奥様ですよね!」

 ……主のことをそう簡単にペラペラとしゃべってはダメよ、とは言わないことにした。アントニーはわかって私に言っている。それならと、いっそ聞いてみることにした。

「ルーファス様が落ち込んでいらっしゃるなら、どんなものが効くかしら?気分が落ち着くかしら?どう思う?」

 アントニーがこともなげに言った。

「奥様が一番ですよ。」

 ……覚えておくわ。でも今聞きたいのはそれじゃないのよ。

「それ以外ではどう?」

 アントニーが首をかしげる。

「旦那様は仕事好きですし。趣味って言っても、庭の散歩に、丘陵に行ったり。仕事が煮詰まっているときは、訓練したら気分が変わるみたいです。あと甘いものも。あとは、魔石に詳しくて、しゃべらせたら止まりません。」

 いろんな情報をもらってしまったわ。

「ありがとう、教えてくれて。」

 心からそう言えば、アントニーが書斎のドアを指さした。

「奥様、もう一度入りません?」

「……さすがにそれは、お仕事の邪魔になってしまうわ?」

 だからお願い、誤魔化されておいてね。だって今日はもう、気力が尽きたもの。


 


 翌朝の目覚めは悪くなかった。昨日より眠れた。昨日は結局、朝より後はルーファス様に会えなかったけれど。

 ヘレンに手伝ってもらい朝の支度をしている最中、キャシーが伝えに来た。

「旦那様は護衛の方たちと訓練されるとのことで、今日も朝食は先にお一人ですませて欲しいとのことでした。」


 私は小さく息をついて、決めた。


 たまたま訓練される日だったとしても、私が避けられているのだとしても、私が気にしすぎなのかもしれなくても、ルーファス様が何を考えているのかわからなくても。

 今日もまたルーファス様の書斎で待って、少しだけ会話する。そうできるよう、少しだけ頑張る。


 朝食は、お義父様と秋の祝祭の話をしながらいただいた。 

 その後、ルーファス様の書斎に向かう。午前中は外出の予定があると昨日確認しておいたから、その前に話す時間をと考えて。

 ノックをすれば、カーライルがドアを開け一礼した。

「奥様、旦那様は今、シャワーを浴びて着替えをされているところで。」

「そうなのね、今日も待っていていいかしら?」

「もちろんでございます。」


 カーライルが書類や届いた手紙を整理している。私は静かにソファに座っている。

 ふと思った。ルーファス様が仕組んだという駆け落ちについて、カーライルはどのくらい知っているのだろうかと。仕事の補佐やスケジュールの調整などを行っているカーライルに内緒で策略をめぐらせるのは、簡単ではないはずだけど。それに何か行動するにしてもルーファス様が表立って動けば目立つわ。執事に指示を出したほうが……。

 突然ドアが開いた。

「カーライル、頼んでおいた書類だが、」

 言いかけたルーファス様が、驚きの目で私を見た。

「おはようございます、ルーファス様。」

と立ち上がり私はドアに向かう。ルーファス様の前に立つ。

「昨日、アントニーにルーファス様は魔石にお詳しいと聞いたんです。その、私も魔石について知りたいので、教えていただけませんか。もちろんルーファス様の時間の空いた時で、かまいませんから。」

「……あなたが望むなら。シェリル、眠れましたか?」

「はい。」

「……良かった。」


 私が廊下に出れば、後ろでドアが閉まった。

 両手を握り締める。緊張した。でも、昨日より不自然ではなかったはず。少しは笑えていたはず。

 それから。

 握っていた手から力が抜ける。良かった。今日も、拒絶されなかったもの。

 でもルーファス様は、少し疲れていらっしゃるようだった。


 ……。……。……。私が鬱陶しいから、とか。いやいや、そうとも限らないはず。そうとも、限らないといいのだけど。

 とりあえず、料理長にルーファス様の好きなデザートやケーキを用意してもらうよう、頼みに行こう。




 翌朝の目覚めも悪くなかった。昨日も結局、朝より後はルーファス様に会えなかったけれど。

 ヘレンに手伝ってもらい朝の支度をしている最中、キャシーが伝えに来た。

「旦那様は護衛の方たちと訓練されるとのことで、今日も朝食は先にお一人ですませて欲しいとのことでした。」


 私は首をかしげ、そして決めた。

 今日もまたルーファス様の書斎で待って、少しだけ会話する。少しだけ頑張る。


 朝食は、お義父様と冬の祝祭の話をしながらいただいた。

 その後、ルーファス様の書斎に向かう。カーライルによれば午前中の予定は流動的だそうなので、その前に話す時間が取れるといいけれど。

 ノックをすれば、カーライルがドアを開け一礼した。

「どうぞ奥様、旦那様は今、シャワーを浴びて着替えをされているところで。」

「そうなのね、今日は本棚を見ていてもいいかしら?」

「もちろんでございます。」


 カーライルが書類や届いた手紙を整理している。私は本棚を見ている。重厚な本もあるけれど、最近出版されたような専門書に図鑑、魔法書や小説もあるみたい。

 ドアが開いた。立ち尽くしたルーファス様が、戸惑うように私を見ている。

「おはようございます。」

と私はドアに向かい、ルーファス様の前に立つ。

「ここの本をお借りしてもよろしいですか?私もいろいろ読んでみたくなって。」

「……ええ、もちろんです。」

「ではまた、選びに来ます。」


 廊下に出る。後ろでドアが閉まった。

 良かった。拒絶はされなかった。でも、私の行動にどのくらい意味があるのか、わからなくなってきた。まだ三日目なのに。

 ルーファス様から感じるのは、諦めと、迷いと、じっと耐えているような何か。

 加えて、やはり疲れていらっしゃるような、そんな雰囲気だった。


 結局、午後にもう一度、ルーファス様の書斎に行くことにした。

 ノックをすれば、カーライルがドアを開け一礼する。

「これは奥様、旦那様が外出中なのはご存知のことと思いますが。」

 ええ、それはご存知よ。ではなくて。

「聞きたいことがあるの、少し良いかしら。」

「何でございましょう?」

「ルーファス様のことなのだけど、いつもより疲れていらっしゃるように見えて。」

 カーライルがうなずく。

「実は今、前倒しで仕事を進められており、旦那様はスケジュールに余裕がない状態でございます。」

「何か、お忙しい時期なのね?」

「いえ、旦那様ご自身が忙しくしていらっしゃるだけで、次期は関係ございません。また、この程度なら体力的には大丈夫です。」

 カーライルが含みのありそうな笑みを浮かべた。

「ですが、奥様が心配なさっていたと、旦那様にお伝えいたしますので。」

 とりあえず私は慌てた。これ以上鬱陶しいと思われるかもしれないのは、避けたいというか。

「その必要は、ないと思うわ?」

 反対したのに、カーライルの笑みが深くなる。

「いえいえ、重要なことでございますので。」

 ……本当に?



 その夜、寝衣でベッドに入ってぼんやりと開いた本を眺めていたら、ノックの音がした。

 ……もしかして、ルーファス様?

 慌ててベッドから出て。だから落ちてしまった本を、気持ちを落ち着かせるために拾い。やっぱり急いでガウンを羽織って、ドアを開けた。


「シェリル、少しだけ良いですか?」

 ドアの前に立っていたのは、やはり疲れたような雰囲気のルーファス様だった。

「カーライルから聞きました。あなたが心配していると。

 ですが、あなたが僕の心配をしなくても良いんです。これは僕の問題ですから。」


 確かに、そうかもしれない。私には、どうにもできない問題なのかもしれない。でも。

「フランシスが帰った後、ルーファス様は言ってくださいました。私が楽しそうで良かったと。

 私も同じです。だから、ルーファス様が疲れていらっしゃるようなら、気になります。」


 ルーファス様が一歩部屋に入る。ドアを閉めるとそれに寄りかかり、淡々とした眼差しが私を見下ろした。

「参りましたね。あなたが心配することはない。僕のは単に、自業自得ですから。」

「それは、」

 言いかけた私を、ルーファス様が遮る。

「やはり僕は浅はかでしたね。いえ、分かってはいたんです。覚悟もしていた。

 しかし、ここは本来ユースタスが継ぐべき場所、僕ではない。それを策略で奪ってしまったということです。」

 

 ……確かにそんな見方もできるけれど。そうではない見方もできるのに。


「お義父様はそれについてご存知なのですか?」

 とりあえずそう聞けば、ルーファス様は苦笑した。

「結婚式の前日に話しました。僕がユースタスをそそのかしたことも。

 伯父上はそれで良いと。ユースタスに迷いがあるのは気づいていた。式までに来なければ、それがユースタスの選んだ道だと。

 だが、伯父上が納得したからと言って、罪悪感がなくなったわけではなかった。それを今、思い知るとは。

 それだけの覚悟をしていたつもりでしたが、足りなかった。この程度で揺らいでしまうとは。」


 私はもう何も言えなくなってしまった。

 ルーファス様がもう一度苦笑する。

「シェリル、妻であるあなたが困るようなことにはしません。

 僕は自分の責任を全うします。それがどれほど苦いものであったとしても。

 あなたが悲しむようなことではない。これは僕の問題です。」


 ルーファス様がそう断言する。

 私はうつむく。さみしいと、そう思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ