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シークレットストーン~夏の四阿で~


 今日は午後から来客があるので、ルーファス様は早めのお帰りになる。そう聞いたのは朝のこと。

 私に同席は求められなかった。だからお仕事関係の誰かなのだと思っていた。

 だから、ちょうどルーファス様がお客様を見送るところに遭遇して、驚いてしまった。来客はセルマさんだったから。


「奥様、昨日の浄化も、お疲れ様でございました。

 今日は、ご注文の品をお届けに上がりました。」

 そう言うと、セルマさんはルーファス様と私に会釈して帰って行った。


 私は首をかしげる。わざわざ商会長夫人が届けに来る品とは何だろうかと。気になって思わず聞いてしまった。

「注文の品、ですか?」

 けれど、私の問いにルーファス様は答えなかった。

「シェリル、ちょうど良かった。四阿まで散歩しませんか。」


 庭の小道をルーファス様と歩く。王都と違って、ここは夏でも涼しい。

 そういえば結婚式は三月だった。今は夏。夏になった。それだけ、時が過ぎた。

 ふと、冬はどんな感じだろうと思った。


「ここは雪が降りますか?」

 足を止めて問えば、ルーファス様の穏やかな眼差しが私を見下ろす。

「降りますが、積もって困るほどではありません。」


 また二人で歩きだす。緑の葉と花々が揺れる小道を歩く。

「シェリル。」

「はい。」

と足を止めれば、やはり ルーファス様の穏やかな眼差しが私を見下ろした。

「僕は、あなたが妻で幸せですよ。」


 その言葉は、私には唐突に感じた。

 政略結婚の妻なのに、夫に大切にされている私は幸せだと思う。でも、逆はよく分からなかったから。

 政略結婚の妻を大切にする夫は、幸せなの? 

 ルーファス様が不幸せそうに見えるわけでは、ないけれど。

 私の戸惑いは顔に表れてしまったのかもしれない。ルーファス様が小さく苦笑した。


「四阿まで、もう少し歩きましょう。」

 うながされて、また歩き出す。

 歩き出したところで、気づいた。私もルーファス様が夫で幸せですって、答えればよかったと。

 

「シェリル、サマープディングは好きですか?」

 いつものルーファス様の口調に、私もいつものように答える。

「はい、好きです。ラズベリーもブラックベリーも、ベリーの入っているデザートはどれも好きで。」

「それは良かった。今日の晩餐のデザートは、サマープディングだそうですよ。」

 

 そう言ったルーファス様は、いつもどおりの穏やかな様子に見えた。だから、思い切って言ってみようと思った。

「あの、私もルーファス様が夫で幸せです。」


 ルーファス様が答える。

「……それは、良かった。」


 私は、一生懸命言ったつもりだった。私は間違いなく幸せだと。でも、何か伝わっていないような気がした。


 ルーファス様にうながされて、また歩き出す。

「この前読んだと話していた旅行記、僕に貸してもらえませんか?」

 いつものルーファス様の口調に、私もいつものように答える。

「はい、いつでも。」

「あなたが面白かったと言っていたでしょう。時間ができたので、僕も読みたくなりました。」


 話しているうちに四阿に着いた。ルーファス様がベンチに落ちていた葉を払ってくれる。

 私が座れば、ルーファス様も隣に座った。樹々の緑に、通ってきた小道には鮮やかな夏の花々。

 そう、四阿が緑と花に囲まれるほどになった。


「シェリル、大変待たせてしまいましたが、ようやく出来上がりました。」

 ルーファス様が小さなケースを取り出す。蓋を開ける。


 そこには二つの指輪が並んでいた。シンプルな金のリング。


「あなたは、指輪に特別な希望はないと言っていたので。」

 ええ、そうだった。結婚指輪はシンプルなものが主流だから、ルーファス様から贈ってもらえるだけで嬉しくて、ほかは任せていたのだった。


「だから、僕のほうで少し付け加えました。どうぞ。」

 渡されたのは、小さなほうのリング。たぶん質は良いものだと思う。それ以外はやはりシンプルなデザインに見えるけれど……、あ。

 リングの内側にきらりと光るもの、小さな宝石が埋め込まれていた。透き通る明るいブラウン、ルーファス様の瞳に似ている。


「気が付きましたか。それはトパーズです。僕のほうにはこれを。」

 大きいほうのリングをルーファス様が私に見せる。内側には小さな緑の輝き。これはもしかして。


「あなたの瞳の色です。このペリドットが、シェリルの若葉のような色合いに最も似ていたので。

 あなたの指輪のブラウンは僕の色になります。受け取ってくれますか?」


「はい、もちろん。」

 そう言いながら、私は指輪を不思議な気持ちで見つめてしまった。これはただの指輪だけれど、ルーファス様がそばにいるような、離れていてもそばにいてくれるような、そんなふうに感じてしまって。


「シェリル、指輪をはめても良いですか?」

「あ、はい、お願いします。」

 私は指輪を渡す。そうね、本来なら結婚式にこれをする予定だったものね。


 ルーファス様が私の手に触れる。慣れたけれど、どきどきする。

 指輪がゆっくりと私の左手の薬指を通り、そこにおさまった。


「僕もはめてくれますか?」

「あ、はい、そうですね。」

 ルーファス様から指輪を受け取る。そして、ルーファス様の指に触れずに指輪ははめられそうにないことに気づいた。……どうしよう!?いえいえ、やるしかないのよ。

 

 左手でルーファス様の手を持ち上げるようにして、それから右手に持ったリングを薬指に通していく。

 慣れない。自分からルーファス様に触れるのは慣れない。どきどきしてしょうがない。

 けれど、終りというのはくるもので。


「シェリル、ありがとう。」 

 その言葉に気づけば、指輪はルーファス様の薬指の根本におさまっていた。

 ほっとして手を離す。


「それから、この指輪には魔法耐性を付与しましたので。浄化の時に外さなくても大丈夫ですよ。」

 ああ、そうだった。魔法の影響を受ける貴金属や貴石というのは意外に多く、魔法士は仕事中に指輪などを外す必要があるのだった。でも、わざわざ外さなくてもいいのね。ずっと付けていても大丈夫なのね。


「僕も仕事で魔法を使うことがありますから。」

 ルーファス様が付け加える。確かに、外したり付けたりするのは面倒だし。私はなくしてしまうのが怖いし。そのほうが便利よね。


 ふと、それだけなのだろうかと思った。

 指輪の注文はオーダーメイドだから時間がかかる。デザインを選び、石を選び。

 ルーファス様はそれに魔法耐性も付けた。私は詳しくないけれど、貴金属に魔法を付与するのは費用がかかるうえに、できる職人も少ないはず。だから、できあがるまで時間がかかった。

 時間と費用をかけてまで、指輪を外さなくても良いようにした。


 私がずっと付けていられるように。

 ルーファス様もずっと付けていられるように。


 なぜ?

 それはまるで、ルーファス様は私のことが好きと、表しているような。


 もしそうなら。

 ルーファス様が、私のことを好きになってくださったのだとしたら。

 ルーファス様が、政略で結婚した私を少しずつ好きになってくださったのだとしたら。

  

 それは私の錯覚?私の勘違い?私に都合のいい思い込み?


 それとも私のことを、好きなの?




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