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おもてなしのその後


 その日の午後、予定が空いた私は庭の散歩をしていた。

 落ちていた緑の葉っぱを拾い上げて見ていたら、庭師が向こうの木の葉だと教えてくれる。

 「奥様、小包が届いています!」

 向こうからキャシーの呼ぶ声がした。


 小包は雑誌だった。フランシスからまとめて届いた。

 王都で流行しているワイン。話題になっているボンボンショコラ。私が試したくなった思い付きの結果がここにある。期待してしまう。少しでも、私が願ったキーワードが載っていないかと。

 ページをめくる。読み進める。そこに書かれていたものは。


 ……これは、推理小説というより温泉日記ではないかしら。

 もっぱら温泉描写にページが割かれ、読んでいるこちらまで温泉の気持ち良さを味わっている気分になる。

 わかるわ、私も温泉体験があるからよくわかる。彼女、ハマっちゃったのね、温泉に。私もハマっちゃったから、わかる。あれから二週間に一度はメイウッド屋敷の温泉に行っているくらいだもの。お肌もしっとり滑らかになるのよね。ついでにルーファス様とピクニック風ランチも楽しんで、って話がそれたわ。

 

 フランシスが書いた小説はミステリー要素もあるけれど、ドラマチックというよりは日常系。ささいな疑問、ささいな不可解、ささいな謎。それを、温泉のある田園地帯の小さなホテルを訪れた令嬢と執事が解き明かせば、同じ宿泊客のこじれていた恋人たちが仲直りし、こじれていた婚約者たちが無事結婚し、こじれていた新婚夫婦が新婚らしくなり、こじれていた熟年の夫婦の仲が改善し、こじれていた老夫婦の仲が幸せなものに変化する。そんな話だった。

 ……誰に受けるのかしら、これ。私には受けたけど。けっこう受けたけど。

 そして残念なことに、地名も出なかったし、魔石についても出てこなかった。


 実は最近の推理小説にこういうのがあるのよね、ボンボンショコラもそうだけど。作中に出てきたワインが、実際に存在するそのワインがファンの間で話題になり、ファンではない貴族や富裕層の間にも広まって。すたれる寸前だったその領地が盛り返したと。


 だから、ちょっとでもレイウォルズという地名と魔石について触れてあれば、多少は宣伝になるのではとないかと、そう思ってフランシスにこちらの滞在をすすめてみた。

 残念ながら、私のささやかな思惑と期待は、はずれてしまったけれど。



「すみません、そんなことを考えてみたのですが、そう上手くはいかなくて。」

 ルーファス様からお茶のお誘いがあったので、ついでにフランシスが送ってきた小説について話すことにした。失敗は隠すと苦しくなるだけ、早めに暴露してしまいたいもの。

 ルーファス様が驚いた顔になる。浅はかすぎると笑われてしまうかしらね?


「あなたはそんなことを考えて、あの令嬢をレイウォルズに滞在させたのですか。

 僕には、そんな方法は思いつかなかった。」

 まあ、考えたのは確かだけど、結果は出なかったのよね。

「その、失敗でしたけれど。メイウッドという言葉が一度出ただけで。」

 私は苦笑して見せる。けれどルーファス様は首をふった。

「この場合、僕にとって結果は問題ではないんですよ。あなたがこの領地のために行動してくれたことが、この領地のことを考えてくれたことが重要なのですから。

 それに、あなたの発想は興味深いと僕は思う。

 もう一つ。シェリル、あなたが楽しそうでした。準備も令嬢を歓待しているときも。何よりそんなあなたが見られて、僕は良かった。」


 ……よく、分からない。私が楽しそうだと、なぜルーファス様が良かったになるのか。

 もしかしたら、ルーファス様の仕事が上手くいったり、ルーファス様に良いことがあったら私も嬉しくなるわ。

 そういうことで、いいのかしら。楽しくても、結果は出なかったのだけど。




 それからしばらくたった午後、予定が空いた私は庭の木陰のベンチで過ごすことにした。

 しばらく読書をした後、なぜか地面の小石が気になった。まさか庭の小石まで跳ねないと思うけれど。じっと観察した後、拾い上げる。 


「奥様、手紙が届いています、急ぎのものかもしれません!」

 向こうからキャシーの呼ぶ声がした。

 小石だと思った何かが、ぴょんと手のひらから逃げて行った。


 館に戻れば、ちょうどルーファス様が帰られたところだった。

「お帰りなさいませ。」

と速足で出迎えに行けば、ルーファス様が穏やかに笑った。

「ただいま。僕は間に合ったようですね。エーメリーに頼んでおいたんです。

 シェリル、お茶を一緒にいかがですか?」


 二人で階段を上がる。

「今日は少し暑い。」

「はい、でも、庭の木陰は気持ち良くて。」

「それは良いな。お茶の後、木陰を一緒に散歩しませんか。」

「はい。」

 そんな会話をしながら居間に入れば、エーメリーがお茶の支度をしているところだった。


「奥様、手紙が届いております。」

 エーメリーが支度の手を止めて、トレーに乗せた二通の手紙を持ってくる。

 ……すっかり忘れていた。ルーファス様に会ったら、そんな手紙のことは。


「ありがとう。」

と受け取ったけれど、エーメリーは珍しく浮かない顔のまま。それを不審に思ったのかルーファス様が尋ねる。

「エーメリー、差出人は?」

「旦那様、それは。」

 狼狽えたエーメリーが私を見る。私はまったく心当たりがないので、ひとまず手紙を見てみることにした。


 一通は、恋愛小説を送ってくれた大商会の令嬢であるディアドリー。もう一通は……。

 これは確かに驚くかもしれない。私もまさか、手紙が届くとは思わなかった。ガスター侯爵家の令嬢イヴァンジェリン様から。


「シェリル?」

 じっと封筒を見てしまった私を不審に思ったのか、ルーファス様が声をかけてくれる。

「いえ、怪しいものではありません。ガスター侯爵家のご令嬢からなので。」

 ルーファス様が絶句する。

「……侯爵家ですか!シェリルはそのご令嬢と交友があると?」

「いえいえ。」

と私は慌てて手を振る。

「交友というほどではありません。ほんの少し、お話ししたことがあるというだけなので。」

「ですが、手紙を送られる程度には親しいのでは?」

「いえ、それは、たぶんですけれど、学園を卒業する際にイヴァンジェリン様から少し早いけれど結婚おめでとうと一言声をかけていただきまして。

 だからこの前、簡単な近況報告の手紙をお送りしたんです、お礼として。」


「それでも奥様、余計なことですが、早めに返信なさった方がよろしいのでは。」

 珍しい。エーメリーがわたわたしている。

「そうだね。急ぎの要件ということもあるかもしれないから、早めに開封したほうがいい。」

 ルーファス様にもうながされて、ペーパーナイフを手に取る。入っていたのは折りたたまれた二枚の便せん。少し緊張しながらそれを広げた。


 エーメリーはお茶の支度を続け、ルーファス様は自分宛ての手紙を確認している。

 気にせず読みなさいってことだと思うけれど、私的な手紙だからちょっと恥ずかしい。

 時候の挨拶から始まって、結婚相手が変更になったようだけど、生活が安定しているようで良かったと、お手本のような筆跡で書かれていた。

 婚約者との不仲を気づかれていたのかもしれない。けれど、今の結婚を祝ってもらえるのは嬉しい。 

 続きを読み進める。


「……え?」


 ルーファス様とエーメリーがぱっと顔を上げた。

 エーメリーは心配そうに。ルーファス様はきりっとした表情で、

「シェリル、何か困ったことでも?」

と今にも立ち上がって対処してくれそうな雰囲気。


「あの、違うんです。

 何と言うか、イヴァンジェリン様が、温泉に興味があるから、こちらに滞在してみたいと。

 どうもあの推理小説を読まれたようで。」


 エーメリーとルーファス様が顔を見合わせる。ルーファス様は疑わしそう。

「侯爵家のご令嬢は、温泉に興味がおありだったのですか?」

「いいえ、そんな話は聞いたことがなくて。だから、私も驚いてしまって。

 単に、私が知らなかっただけかもしれませんが。」

 エーメリーは不安そう。

「侯爵家のお嬢様が、ご友人である奥様の領地に訪問されたいとのことでしょうか?」

 ルーファス様が答える。

「シェリルの話を聞けば、そこまでの仲ではなさそうだが。

 それに、ここは観光地ではない。単に田舎に行きたいだけなら侯爵家の領地のほうが快適だ。侯爵令嬢の気を引くようなものは、残念ながらないからね。

 シェリル、ほかに心当たりは?」


 私は迷いながら答える。

「ひとつ、あるのですが、たぶんそれだとも思うのですが。」

 ルーファス様とエーメリーの視線が私に突き刺さる。

 待って。そんな、大層な理由ではないからね?


「学園にいたとき、たまたま本当に偶然、イヴァンジェリン様が困っているところを私が助ける形にになったことがあって。

 その時、私は見返りを求めるなど侯爵家のご令嬢相手に怖れ多いと思ったのでそれで良かったのですが。お礼に一度力を貸すから、困ったことがあったら頼っても良いと、そんなお言葉をいただいてしまって。社交辞令だと思っていたのですが。」


 ルーファス様が大きく息をついた。

「まず、あなたが困るようなことではなくて良かった。

 それから、ご令嬢の話は本気だと僕は思いますね。高位の貴族であればあるほど、その周りの人間の行動には思惑が絡む。あなたの助けは本当にご令嬢の力になったのだと思いますよ。」


 ……そうかしら?偶然知ったイヴァンジェリン様の趣味を、黙っていただけだけど。

 見習い冒険者として王都の外れのギルド支部に行ったとき、おしのびでギルドに来られていたイヴァンジェリン様に偶然私が気づいてしまって。同時にイヴァンジェリン様にも私が学園の生徒だと気づかれてしまい。その意味ではお互い様だったのだけど、私も両親ほか知れわたったら困るし。けれど、イヴァンジェリン様のほうがもっと慌てられて。


「シェリル、次期はいつ頃と?」

 ルーファス様が問う。エーメリーも気になる様子。そうよね、何しろ侯爵家のご令嬢だものね。

「それについては書いてありません。だから、招待があれば受ける、というような意味にも取れます。招待をするかどうかは私しだいだと。

 そして、もしこちらの滞在が良いものであれば、それを知り合いの方に少しばかり宣伝してくださる、そんなお話が言外に含まれているのだと思います。」


 ルーファス様が嘆息する。

「それは、すごいですね。侯爵令嬢が少しでも話せば、それは広まりますよ。

 いえ、シェリル、あなたがすごいというべきか。」

 ……それは、違うんじゃないかしらね?


「奥様、もう一通もそんなお手紙でしょうか。」

 エーメリーは今度はそちらが気になる様子。確かにね、今までにないお客様だと、迎える準備をするのも大変だものね、奥様は頼りないし。

「そうだね。普通の手紙かどうか、僕も気になってしまった。

 シェリル、今、内容を確認してくれませんか?」

 ルーファス様にもうながされて、ペーパーナイフを手に取り開封する。入っていたのは折りたたまれた三枚の便せん。少し緊張しながら便せんを広げる。

 いえ待って、私、何をそんなに緊張しているのかしら。ディアドリーからは普通の手紙のはずだわ。三冊の本のお礼と感想、そして近況報告をこの前送ったのだから。


 一枚目の便せんには、ディアドリーにしては珍しく時候の挨拶から始まって、結婚相手が変更になったようだけど、私の生活が問題ないようで安心したと、書かれていた。二枚目は……。


「え?」

 ルーファス様とエーメリーが私を凝視する。

 エーメリーは心配そうに、ルーファス様はきりっとした表情で、

「シェリル、やはり何か困ったことでも?」

と、今にも立ち上がって対処してくれそうな雰囲気。

 確かにそうかも。わたしではこれに対処できない。ぜひルーファス様に任せてしまいたい。


「私、どうしたらいいのか。

 この手紙は、王都で五本の指に入る大商会の令嬢、ディアドリーからです。

 フランシスの書いたあの推理小説が、ひそかに話題になっていると、それも貴族や富裕層のご婦人方の間で。

 そこでひとつ、仕掛けてみたいのだそうです。ちなみに彼女は商人になりたいそうで、調べてもらったら分かりますけれど二つ、小さいですが成功させている事業があります。

 

 そのディアドリーがレイウォルズで何をしたいかというと、観光地というよりは、貴族や富裕層のご婦人向けに、社交や日々の生活に疲れてしまったご婦人に、手紙の言葉で言えば、温泉で癒しを、極上のリラックスとリフレッシュを提供したいそうで。

 温泉が引いてあり、そういうご婦人方を招けるような館があれば借りたい、その運営は彼女にまかせてほしいと。

 もし、同じ提案をしてくる商人がいれば、友人のよしみで、こちらを優先させてほしいとも書いてあります。」


 エーメリーがトレーを落としそうなほど驚いている。ルーファス様が大きく嘆息した。

「それはまた、すごい提案ですね。」

 私もそう思うわ。これは商談。ただ私は、商売的なことはさっぱりなのだけど。


 ルーファス様がきりっとしたお顔で続ける。

「先ほどの侯爵家のご令嬢のお話ですが、お越しいただいても、こちらでは十分なもてなしができないのが問題です。僕たちには侯爵令嬢をもてなせるほどの経験も知識もない。

 加えて、ここを温泉で観光地化するには瘴気の問題がある。隣国では温泉を使った保養地もありますが、この国ではまだそれは浸透していない。

 しかしこの商会の令嬢の提案なら、そこが解消できる。現実的に可能だと思わせる説得力があります。

 こちらとしては場所の提供と、やはり瘴気対策が必要ですか。安全が確保できなければさすがに来られませんからね。

 あとは、どのくらい採算が取れるような仕組みにできるかでしょうか。」

 

 なるほど。ルーファス様、すごいわ!そんなルーファス様が私に言う。 

「もちろん、まだ案の段階です。これでどうなるもわかりません。

 でも、あなたがいなければ、この道筋すらできなかったでしょう。

 シェリル、あなたは本当にすごい。」


 ……。やっぱり、私がすごいわけじゃないのだけれどね?




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