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遠出の帰りに


 帰りの馬車で私は眠ってしまったらしい。

 そう気づいたのは、馬車が止まって目が覚めたからだった。しかも、ルーファス様に寄りかかっていたみたいで。恥ずかしさと気まずさでどうしたらいいかわからなくなったところで、馬車の外が騒がしくなっているのに気づいた。


「シェリル、ミルトンに用があるので少し待っていてくれませんか。ただ、どうも騒々しい。」

と、ルーファス様がアントニーに目くばせする。

 一緒に馬車に乗っていたアントニーが先に降りる。続いてルーファス様が降りようとして、私の視界に入ってきたものは。


 アントニーと、その周りに倒れた男たち。

 それを遮るように出てきた大柄な男がこぶしを振り上げている。ルーファス様に向かって。

 私は叫ぼうとして声にならなかった。ただ、それを見ていた。

 何が起こったのかわからなかったくらい、ルーファス様があっという間に、相手を地面に転がしてしまったから。


 ルーファス様がこちらを振り返る。

「シェリル、そんなに目を丸くして。」

 え、私、そんなになってる?

「驚きましたか?」

 ええ、とっても驚いた。

「すみません、やはり、子爵令嬢のあなたにこんな場面を見せるべきではなかった。」

 え、そうじゃなくて。

「あなたを怖がらせてしまうなど。」

 ええ、ちょっと怖かったけど、そんなことよりも。カッコイイ。ルーファス様のいつもの雰囲気も好きだけど。でも、カッコイイ。


 それは酔った人たちの喧嘩だったらしい。次期領主が現れたせいで、早く方が付いたらしい。と、ギルドへの用を済ませて戻ってきたルーファス様が話してくれた。


 アントニーが不思議そうに聞いてくる。

「あれ、奥様、ご存じなかったですか?旦那様はそれなりにお強いですよ。登録されてる冒険者ランクもBですし。」

 そうね、ご存じなかったわね。冒険者ランクもね。

 ルーファス様はといえば、少々気まずそうにこう言った。

「強いというほどではありませんよ。剣術と体術を一通りくらいで。

 護衛と訓練はしています。最近は、毎日とはいきませんが。」


 ……私は、訓練されていることも知らなかった。いえ、政略結婚の妻なら、いろいろ話してもらえなくても、仕方がないわ。

 何となくうつむいてしまったら、ルーファス様が慌ててこう言った。

「シェリル、すみません。やはり怖がらせてしまったのでは。

 ここは時々魔獣も出ます。僕が直接討伐に出ることは、あまりなくなりましたが、まったく戦力にならないというわけにもいかないのです。

 あなたの子爵領では魔獣も出なかったと聞いています。申し訳ない、あなたに黙っていたわけではないのですが、あなたが怖がるのではないかと、なかなか話せなかった。」


 ……私になど話さなくていいと、思われていたわけではなかったの。

「怖くないとは言いません。村に行ったときに、魔獣除けの結界が張ってあるのも見ましたから。今日も魔獣除けの魔石を持たされましたし。」

 ついでにいえば、護衛やアントニーはもちろん、ルーファス様も帯剣し、キャシーまで小型の弓矢を携帯していたくらいだもの。

「ただ、こちらでは小型の魔獣と聞きました。」

「ええ、ウサギやリスくらいの大きさです。」

 小型でもそれなりに凶暴と聞くけれど、中型や大型に比べれば、まだ怖さが控え目になる。

「それならば、魔獣が出た際に、被害が少なければいいと思います。被害が少なくなるように何かできればいいと思います。」


 ルーファス様がほっとした様子になった。

「あなたを必要以上に怖がらせてしまったのではなくて、良かった。」

 私は思い切って聞いてみることにする。

「前は、討伐にも出られていたのですか?」

「ええ、魔獣が出れば、特に魔石の採集場に出たときには必ず。

 街や村、畑、羊を襲われても困りますが、魔石もかなり困りますので。

 それ以外の場合も、出られるときは行っていました。ギルドからも応援要請があるので。

 ああ、魔獣が出たときには、よくあいつが真っ先に、いや何でもありません。

 シェリル、怖くなったら言ってください。」

 ルーファス様の手が私の手を握る。

「いつでも、僕に。」

「……はい。」

 

 そう答えて、はっと気づいた。ここは馬車の中。私とルーファス様は並んで座って、その向かいにはキャシーもアントにーもいる。二人とも生温かく見守る視線になっている。

 何か、すごく、恥ずかしくなった。

 ルーファス様を見れば、気にしている様子はないけれど。それなら、私も気にする必要はないのかしら……いやいや、やっぱり恥ずかしいでしょ。

 

 そしてもう一つ、ルーファス様が言いかけてやめた言葉。あれはきっと、あの人、ユースタス様のこと。真っ先に魔獣退治に出るような人には見えなかったけど。怠惰で、いつも億劫そうで、私にはそんな人に見えたけど。私が知らなかっただけかしら。一度、何とか会話をしようと大学を卒業した後のことについて聞いてみたことがあった。お義父様の補佐をされるのか、それとも何か別のことをと。次期領主が仕事などするわけないと、腹立たしそうにそんな答えを返してきた人だったけど。


 そんなことを考えていた私にルーファス様が言った。いつもと同じように穏やかに。

「シェリル、館までもう少しかかります。疲れているでしょう。僕に寄りかかっていてください。」

 

 やっぱり私、寄りかかって寝ていたのね。疲れていたとはいえ、そこまで気を抜いてしまうなんて。

 さあどうぞと、当然のように片腕を広げているルーファス様も。

 それを、キャシーとアントニーが生温かく見守っていることも。

 きっと寝顔を見られてしまったことも。

 とにもかくにも、恥ずかしすぎるでしょ……。

 




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