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夏の遠出


 また奥様業に戻り、毎日のやることリストに聖水作りも加わってそれも慣れてきたころ、ルーファス様から遠出に誘われた。

 もしかして羽石を見に行くのかと思ったけれど、そうではなかった。あれは冬に行くとさらに綺麗だから、その時に是非見せたいというルーファス様の提案に、一緒に見に行く約束をすることになった。

 約束がまた一つ、増えてしまった。とても楽しみだけど。


 今回は小高い丘でピクニックだそうで。朝早めに出発し、のんびりと馬車で出かけるそうで。

 一緒に来るのは、キャシーとアントニー、三人の護衛。

 私は新調したショートブーツに新調した散歩用の外出着、そして帽子。

 晴れた空に、さわやかな風。

 

 近くの村で馬車を降りて、丘に向かう。

 なだらかな道を歩いていく。

 羊に羊、そして羊。広がる草の緑、それから点々と木立。

 景色を楽しみながら歩いてく。

 その道がだんだん上り坂になって。間違いなく上り坂になって。


 ……小高くなかった。小高すぎた。

 

 キャシーとアントニーは普通に歩いている。荷物も持って、おしゃべりしながら。

 護衛の二人も当然のごとく荷物を持って。 

 これ、普通なのかしら。私は一時間も歩かないうちに息が切れてしまったのに。


 とりあえず、近くにあった石の上に座らされて私は息を整えている。

 ルーファス様が私の前にひざまずく。

「すみません、シェリル、僕の配慮が足りず。」

「いえ、その、これほど歩くことは、あまりなく、いえ全然なく。」

 キャシーが飲み物を渡してくれる。

「ヘレンさんが気にされていた通りでしたね。あたしは、奥様は庭をよく歩かれているから、大丈夫かと思いました。」

 アントニーは不思議な生き物を見るように私を見ている。

「お嬢様っていうのは、こんな感じなんですねえ。」

 ルーファス様が残念そうに言う。

「本当はこの上の景色を見せたかった。シェリル、あなたが嫌でなければ、またお誘いしてもいいですか?」

「……はい。」

 何度が来ていれば、そのうち慣れて最後まで行けるかもしれないもの、そのうちね?

 そして、次に見晴らしがいいという場所に案内された。


 すごい。

 私はここでも十分すぎるくらいだと思う。

 どこまでもなだらかに続く緑の丘陵。

 空にはその果てまで点々と白い雲が浮かび。

 風が吹きすぎてゆく。

 

 私は帽子を押さえて振り返る。

「私、こんな場所初めてで。素晴らしいです。」

「良かった。」

 ルーファス様が答えた、私をじっと見つめるようにして。


 その後は、木陰でゆっくり昼食を取った。

 広げたクロスの上に並ぶのは、ポークパイにキッシュ、サンドイッチ、ハムにチーズにビスケット、プラムケーキに果物、それから紅茶。


 途中、のどかな景色を横切って、小石みたいな何かが十数個、兎のように跳ねて来るのを目撃することになった。……あれは、何?

 キャシーもアントニーも、ルーファス様にも驚いた様子はない。

「もう夏ですねえ。」

「夏になると、出るからなあ。」

 キャシーとアントニーは平然として、おしゃべりをしている。

「シェリルは初めて見ましたか?僕たちは飛石と呼んでいます。

 こちらは避けていきますよ。たまに毒があるものも混ざっていますが、こちらが何かしない限り攻撃はしません。移動して巣を作る場所を探しているんです。」

 ……石の話をしているのよね?それになぜ皆、蝶が飛んでいるくらいの反応なの?この辺りでは当たり前ということ?


 その時、護衛が魔獣の痕跡があったから見回ってくると伝えに来た。

 魔獣、その言葉に私は不安になったけれど。キャシーとアントニーは平然として、おしゃべりをしている。これ、普通なのかしら。 

 しばらくして護衛の二人が報告に来た、一匹は仕留め、一匹は追い払ったということだった。

 やはりキャシーとアントニーは平然として、おしゃべりをしている。これ、普通なのかしら。


 それから、ルーファス様が護衛と話し合って、少し早いけれど戻ろうということになった。

 魔獣もだけど、天気が崩れるかもしれないということだった。

 私にはよくわからない。日差しが弱まり、雲が増えている気はするけれど。


 発つ前に、私はもう一度この景色を眺める。

「また、ここに来たいです。」

 そう伝えれば、ルーファス様が笑って答えてくれた。

「あなたが望むなら、何度でも。」



 帰り道、あと少しで村に着くというところで、雨が降り始めた。

 本当に雨になったと、私は空を見上げる。そんな私の手をルーファス様が引く。

「シェリル、こちらに。」

 連れていかれたのは近くの木の下、ここで雨宿りをするみたい。護衛の一人が馬車を回してくると走って行った。

「雲がきてたからなあ。」

「村まで大丈夫かと思いましたけど、ダメでしたねえ。」

 アントニーとキャシーがのんびり話している。

 先ほどまで晴れていたところに、バターカップの黄色が咲き乱れる野原に、さあっと雨が降っている。

「シェリル、もう少しこちらに、濡れますから。」

 ルーファス様に引き寄せられた、私の肩を抱くように。


 ……近い。エスコートとはまた違う距離の近さ。どきどきする。それなのに。

 離れたくなくて、もう少し近づきたくなって、そんな自分に驚いて、迷って、恥ずかしくて。でも、ほんの少しルーファス様に身を寄せてみた。

 雨は降り続いている。

 今なら、濡れないためにそうしたのだと言い訳ができるから。私はもう少しだけ、ルーファス様に身を寄せる。


 肩にあるルーファス様の手に力がこもり、そっと抱き寄せられた。





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