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瘴気に当たれば


 夏至の祝祭の翌日、“また会いましょう”そんな簡潔なメッセージカードを残して、フランシスは帰っていった。


 目的のために頑張ってみた私の苦手なことだけど、フランシスが楽しんでくれているのが分かってそれは嬉しかった。私も、信じられないことに少し楽しかった。

 おもてなしの練習のために、今度はディアドリーも招待してみようかと考えたほど。ええ、半年後くらいにね。


 そして午後は、残念ながらルーファス様に急用が入ることはなく、私にも急用が入ることはなく、瘴気も発生することなく、ルーファス様が提案を忘れることもなく、無事ダンスのレッスンが行われた。キャシーやアントニー、ヘレンにカーライルまで参加してもらって。

 ちなみに二人一組向かい合ってダンスのはずなのに、二列になってするものだから、ルーファス様と立ち位置が入れ替わり、さらに隣と入れ替わって、次には元に戻ったりしてとかなるものだから、とりあえず私は大混乱。本当に見ているだけなら綺麗なのに。


 そして私は、お相手がルーファス様なら、苦手なダンスも何とか練習できるということがわかった。なぜなら教え方が上手だから。加えて練習の合間のちょとした会話、練習中に笑みを交わし合うこと、失敗してもルーファス様と一緒に踊ることが楽しくなってきて。こんなルーファス様との時間の過ごし方もあるのだとわかったから。


 ちなみに、その後の紅茶とキャロットケーキは大変美味しかった。そして気づいたら、週一回のダンスの練習が私のスケジュールに組み込まれることになっていた。

 おかしい。よくわからない。この皆のダンスにかける熱意は何なのかしら。エーメリーに、バセットまでダンスの練習に大賛成するものだから、否とは言えなかったけれど。来年の夏至にはルーファス様とダンスをしたい、私もそんな気分になっているけれど。

 

 

 そしてまた、奥様業をこなす毎日に戻った。

 加えてファッションの勉強をしたり、ダンスの練習が入ったり、庭の散歩をしたり。ヘレンおすすめ、ハイウエストのデザインの室内着が仕上がり、それを着てみたり。

 確かに柔らかい生地で腰を締め付けないから着心地が良く動きやすく、ついでに控え目にあしらわれたレースやリボンが私に似合っていて。自分で言うのもなんだけど、初々しく可愛いと言えなくもない感じ?なぜかルーファス様にも好評で。

 最近は本を読む余裕も出てきて、推理ものや恋愛ものや旅行記、セルマさんから教えてもらった話題になっている家政の本などを、フォレット商会を通じて注文する余裕もでてきて。なぜかルーファス様には、他にも欲しいものを注文するようにと言われてしまったり。

 

 そんな時、それは起こった。油断していたわけではないのだけれど。



 

 領主館からしばらく馬車に乗ってたどり着いた村。村と言っても、宿もあり店も多い。その村から隣国に続く街道に、瘴気が発生していた。

 いつもどおりセルマさんと護衛二人と共に浄化に向かう。瘴気ランクはE。今日は一度で浄化できるはず。

 いつものように左手を上げ、浄化を開始する。カウント1、2、3、4、5。影虫は現れない。もやもやとしていた瘴気ももう見えない。セルマさんが緊張を解く。護衛の二人が肯き合って最終確認に向かう。


 その時。

 暖炉の火がパチッと跳ねるように、瘴気が飛び散った。


 それは偶然、私に向かい。

 私は避けられなかった。

 とっさに腕をかざせば。手首から左肘にかけて、どろっとしたソレがまとわりついた。


 激痛。


 私はぐっと奥歯を噛みしめる。

 まるで火傷をしたときのようなヒリヒリと、怪我が悪化したときのようなジクジクと、猛毒を持つ虫に刺されたかのような鋭い痛み。それらが混ざり合って酷く悪化したような。

 

 セルマさんがすかさず湿布を巻き付けてくれる。聖水を染み込ませた薬用湿布を。

 しばらく待つと、痛みがほんの少しおさまったのが分かった。ふっと小さく息を吐きだす。

 運悪く瘴気が当たってしまった、程度のことね。大丈夫、経験あるもの。このくらい平気だわ。


「一日あれば引くかしら?」

とセルマさんに聞いてみる。前もそれくらいだったから。

「薄い瘴気なら一日で痛みも酷くはなりませんが、今のは濃かったですね。この蝕みでは長引く可能性が高いです。痛みの悪化と発熱も。」

とセルマさんが答える。

 ……大丈夫、経験したくないけど学園での聖魔法の練習中に二度、薄い瘴気に当たったことあるもの、似たようなものよ、きっとね。

 うずくように激しく痛むけど。骨まで痛むような気がするけど。つまりはすっごく痛いけど! 


「奥様、申し訳ございません。高濃度の聖水を用意しておくべきでした。」

 セルマさんがきゅっと眉を寄せて言う。

「あら、それに気づかなかったのは、私も同じ。低ランクの浄化で、そこまで必要とは、思わなかったもの。次は、用意しましょう。」


「奥様、大変申し訳ございません。お守りすることができず。」

 護衛二人が苦渋に満ちた表情で言う。

「あら、こういったことに、イレギュラーな事態は、付きものだもの。

 でも、対策を考えたいから、何かいい案が、あったら教えて。」


「奥様、とりあえず戻りましょう。ミルトンなら高濃度の聖水も手に入ります。それで痛みは軽減するはずです。それまでは湿布の交換で蝕みの進行を遅らせましょう。」

「お願い、しますね、セルマさん。」

「奥様、俺は護衛ですが、馬車まで抱き上げて運ばせていただいてもよろしいですか?」

 ……ルーファス様ならまだいいけれど、それでも恥ずかしいのに、ほかの誰かに抱き上げらるのは無理。

「ありがとう、でも、それには、及ばないわ。足ではなく、手だから。」

「奥様、俺は馬で来ていますので、先にミルトンまで戻り、聖水を手に入れてきましょうか?」

 なるほど、その手があった。

「ありがとう、助かるわ。お願いね。」

 

 帰りの馬車はひたすら忍耐との勝負だった。

 痛みが悪化するたびに、セルマさんが湿布を変えてくれたけれど。馬車の振動が蝕みにこれほど響くとは、その痛みを我慢するのにこれほど気力を消耗するとは思わなかった。

 護衛が聖水を持ってきてくれた時には、飛び上がって喜ぼうかと思ったほどだった、これほどぐったりしていなければね。


 高濃度聖水のおかげで激しい激痛が単なる激痛くらいにまでおさまり、ようやく私は、ルーファス様がまた心配してしまうのではということに思い至った。魔力枯渇で倒れた時のように。

 実にタイミングよく、護衛の一人がこう言った。

「奥様、馬で一足先に領主館に戻り、今日のことを報告してきます。」



 領主館に着けば、夕暮れのなかルーファス様が待ちかまえていて、馬車から降りた私をあっという間に抱き上げてしまった。

 抱き上げられて恥ずかしいのに、私は何だかほっとして、くたっとルーファス様に寄りかかってしまった。するとルーファス様の腕にぎゅっと力が入った、まるで抱きしめるように。

 私はやっぱり恥ずかしくなってしまい、ルーファス様の肩に顔を伏せることにした。


 しばらく揺られて、気づけば私室で、ルーファス様がそっと私をソファに下ろす。

「シェリル……、」

 いったん口をつぐんだ後、ルーファス様から出てきたのは悔いる声だった。

「申し訳ありません、僕があなたにお願いしたばかりに。決して、あなたをこんな目に合わせたいわけではなかったのに。」


 ああ、どうしよう。話がそんな方向に行くのではないかと懸念していたけれど。そのとおりの展開になってしまった。ルーファス様に後悔させたいわけではなかったのに。 

 ええと……、痛すぎる。ええと……、何か話さなくては。


「あの、浄化とかそういったことには、イレギュラーな事態が付きものです。瘴気を相手に常時セオリー通りとはなりませんし。私はそれを承知の上で、浄化をしています。瘴気に当たる可能性も承知の上です。

 ですが、決して無茶をしているわけではありません。今回このような結果になりましたから、次回は安全対策を強化します。」


「次回、ですか。あなたは決めているのですね、浄化を続けると。」

 ルーファス様が痛みに耐えるように眉を寄せる。

「僕も瘴気に当たったことがあります、こういう土地に住んでいますから。

 湿布を巻いても、聖水を使っても、あの蝕みは酷く痛む。

 あなたの華奢な腕に瘴気が当たったかと思うと、僕は……!

 シェリル、あなたが痛みに苦しむような目には合わせたくなかった。痛みに堪えさせるようなことも、したくなかった。」


 そうね、私もルーファス様にこんな表情をさせたいわけではなかった。

 でも、反射神経が鈍くて、避けられなかったのよ。


「いや、シェリル、痛いのはあなたなのだから、あなたがそんな顔をしなくても。あなたが僕に気を遣わなくても良いんですよ。」

と、ルーファス様が苦笑する。

 でも、そうはいっても、何か伝えたい、私の気持ちを何か。


「私はこの聖魔法の力を役立てることができて嬉しいです。

 ルーファス様がこれを必要としてくださるのも、とても嬉しいです。

 様々なサポートをしてくださるのも、いつも有難いと思っています。


 ただ、でも、その、実はかなり痛くて。

 だから、私の気がまぎれるように、ルーファス様が何かお話をしてくださいませんか。あの、少しお腹がすいたので一緒に食事をいただきながら。それと、チョコレート、食べたい。」

 

 ……どうしよう。こんなに、お願いしてしまった。

 ルーファス様はといえば、じっと私を見返した後、何か決心したような笑みを浮かべてこう言った。

「ほかに望みはありませんか。全部、僕が叶えますから。」

 

 それからルーファス様は私の希望を全部、叶えてくれた。ずっと一緒にいて、私はあまり食べられなかったけど一緒に食事をして、たくさんお話をしてくれて、私が眠るまで。




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